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第弐拾弐話 経過

感想、評価、ブックマークありがとうございます。

ローファンのランキングにちょろっと載ってました。ありがとうございます。

 成りかけとはいえ、邪視と真正面から対峙(たいじ)した反動は大きく、雪緒は現代に戻ってからも身体が不調を訴えていた。むしろ、本体である現代の身体に戻った分、肉体的な疲労(ダメージ)は大きく、布団から起き上がるのもやっとな状態であった。


 雪緒が起きた時、そこは自宅ではなく土御門邸であり、少しだけ驚いたものの直ぐに仄が説明をしてくれたので混乱も小さかった。


 身体は動かないし、土御門家には厄介(やっかい)になるし、晴明や道満には怒られるし……。本当に、まだまだだな……。


 心中でそう思いながら、雪緒は青子と加代の話しの相手をする。


 休日という事もあり、青子と加代が雪緒を心配してわざわざお見舞いに来てくれたのだ。


 心配そうにしていたけれど、雪緒が笑顔で声をかければ次第に笑みを浮かべるようになった。


「あ、そうだ! あたし、陰陽師(おんみょーじ)にクッキー作ってきたの! 食べてー!」


 言いながら、青子は女子特有の小さなリュックから袋に包まれたクッキーを取り出す。


「ありがとな。置いておいてくれれば、後で食べるよ」


 今は食べたくても手足が動かない。なので、後で小梅に食べさせてもらおうと思う。男連中に食べさせてもらうのはなんだか嫌だし、かと言って女性陣に食べさせてもらうのも気が引ける。であれば、必然的に選択肢は狭まり、その中で一番気心が知れており、この場所に来る事が出来る者となれば小梅しかいないのだ。


 小梅とは現代(こちら)でも平安(あちら)でも仲良く過ごしている。それに、子供の外見というのが安心できるし、他の女性の知り合いのようにどぎまぎする事もない。


 雪緒としては妹にお世話をされる兄、という構図だ。


「え、動けないんだし食べさせたげるよ。はい、あーん」


 しかして、雪緒の腹積もりなど知った事ではないとばかりに青子が言う。


 青子は、元より自分で食べさせるつもりだったのか、クッキーを雪緒の口に運ぶまでに迷いが無いし、邪気も無い。ただただ、親切心だけで雪緒の口元にクッキーを運ぶ。


「え、えーっと……」


 青子の行動に、勿論雪緒は戸惑う。青子は何気無しにやっている事でも、雪緒にとっては意識せざるを得ない事だ。


 そんな雪緒を見た加代は、一つ微笑んで言う。


「食べなよ。青子が折角(せっかく)作ったんだから。それに、ウチら雪緒くんが倒れたって聞いてすっごく心配したんだからね?」


「そうそう! はい、食べてー!」


「わ、分かった! 食べるから! だからクッキーをほっぺに押し付けないでくれ!」


 ぐりぐりとクッキーを雪緒の頬に押し付ける青子は、雪緒が食べると言えば頬からクッキーを離して雪緒の口元に運ぶ。


「はい、あーん」


「あ、あーん……」


 ぱくり。


 一口でクッキーを食べる雪緒。


「どお? 美味しー?」


「……うん、美味(うま)い」


 口の中のクッキーを飲み込んでから言う。


 雪緒の感想を聞けば、青子は嬉しそうに微笑む。


「えへへ。でしょー? ちゃんとレシピ見ながら作ったんだからー」


 言いながら、青子は雪緒の口元にクッキーを運ぶ。


 小腹が空いていた雪緒は、羞恥心など忘れてクッキーを食べる。


 青子の作ったクッキーは存外に美味しく、塩気(・・)が効いている上に普通のクッキーよりも大きいので食べ応えがあった。


 晴明に腹が減ったら食事を摂れと言われている。何を当たり前な事をと思ったけれど、どうやら違うらしく、魂の消耗を治すのには食事(エネルギー)()る事が何より重要らしい。次点で睡眠らしいのだが、動きたくても動けない雪緒は眠る他にやる事も無いので、大人しく寝ている。


 ともあれ、食事が一番大事だと言われれば晴明の言葉に従うのみだ。少しでもお腹が減れば何かを食べるようにしている。


 が、これが相当厄介で、少し前にパンを食べたのに直ぐにお腹が空いてしまう。お腹一杯に食事を摂っても、また直ぐにお腹が()く。


 いったい何処に消費されているんだと言うほどお腹が減るのだ。


 だから、正直青子の差し入れは嬉しい。女子の手作りである事を加味し、更には食べさせてもらっている事を考えればなお嬉しいのだ。


「これ、塩気(・・)が効いてて美味(うま)いな。塩クッキーとか?」


「え、塩なんて入れてないよ?」


「え?」


「え?」


 雪緒の何気ない一言で沈黙が下りる。


 雪緒と青子は見つめ合い、数秒後に青子は袋の中からクッキーを取り出して食べる。途端、あわあわと慌て始める。


「ど、どうしよう!? あたし、塩と砂糖間違えちゃった!」


「どうしようって、もう俺食べちゃってるし……」


「じゃあもう食べちゃダメ! うわぁ……失敗しちゃったよぉ……」


 しょんぼりと落ち込みながらクッキーを仕舞う青子。レシピを見ながら作ったと豪語(ごうご)し、雪緒に美味しいと言ってもらえて気分が良かったけれど、自分が失敗してしまった事を知ると、途端に得意げだった気分も下がってしまう。


「え、仕舞っちゃうのか?」


「え?」


 が、雪緒の気分は特に下がったりはしない。青子の作ったクッキーが美味しかったのも事実だし、何より自分のために作ってきてくれたものだ。失敗したからといって残すのは失礼だ。


 それに何より、今はお腹が減っている。何かお腹に入れないと直ぐに腹の虫が大合唱をし始めるだろう。


「今腹減ってるから全部食べるよ」


「でも、失敗してるし……」


「言ったろ? 美味(うま)いって。美味かったから、全部食べたいんだが?」


「う、うぅ……そういう、事なら……」


 少しばかり心苦しそうにしながらも、青子は仕舞いかけたクッキーを取り出し、雪緒の口に運ぶ。


「ありがと」


 言いながら、雪緒はクッキーを食べる。塩気はあるけれど、やっぱり美味しい。


「それにしても、ベタだね青子も。塩と砂糖を間違えるなんて」


 加代がからかうように言えば、青子は顔を赤くして加代に言う。


「だ、だって! 普段料理なんてしないし……!」


「聞いた、雪緒くん? 青子普段料理しないのに、雪緒くんのために作ってきてくれたんだって。健気(けなげ)だよねー」


 にやにやとからかうように雪緒に言う加代。しかし、その矛先は雪緒には向いておらず、隣で顔を真っ赤にして慌てる友人へと向けられていた。


「ち、違っ……ううん、違く無いけど……! もう! 加代の意地悪!」


 恥ずかしさが限界に達したのか、ぽかぽかと加代を叩く青子。


「あはは、ごめんって~。青子は可愛いなぁ~」


「もー! 全然ごめんって思ってないじゃん!」


 (しばら)く、そうやってじゃれあう二人。


 雪緒としてはクッキーが食べられないので腹が満たされないけれど、青子がわざわざ自分のために作ってきたという事が嬉しくて、ついつい頬が緩む。


「ありがとな、青子。わざわざ作ってきてくれて」


 雪緒が笑みを浮かべて言えば、青子は加代を叩くのを止めて雪緒に言う。


陰陽師(おんみょーじ)のためだもん。クッキーぐらい、何枚でも焼いたげる」


 青子は、雪緒にちょっとやそっとでは返しきれない程の恩を感じている。きさらぎ駅の件しかり、猿夢の件しかり。


 何度も、雪緒には助けられている。命を救われている。お菓子作りくらいなら、お安い御用だし、なんなら足りないくらいだ。


 本当であれば、もっと雪緒の事を手伝いたいという気持ちがある。雪緒の手助けをしたい。あの時の恩を返したい。そう思っているけれど、自分にはその力が無い。だから、小さな事でも雪緒のためになればと思っているのだ。


 しかし、そんな思いは表には出さない。出してしまえば、雪緒は気にしてしまう。そして、こう言うだろう。「俺がしたい事をしただけだ。お前が気に病む必要は無い」と。


 だから、顔には出さない。言葉にしない。少しだけ行動に表すのだ。


「そっか。じゃあ、気が向いたらまた作ってくれ」


「うん。分かった」 


 雪緒の言葉に、青子は笑みを浮かべる。


 そんな風に約束をして少しお喋りをした後、二人は帰っていった。


 二人が帰った後、暫くぼーっとしていれば、少ししてから仄が顔を見せに来た。


「良かった。今朝より顔色良くなってる」


「お蔭様でな。悪いな、居座っちまって」


「ううん。大丈夫。(うち)、部屋だけはいっぱいあるから」


 仄は雪緒の側に座ると、手に持っていたお盆を置く。お盆の上にはお饅頭(まんじゅう)などのお菓子とペットボトル飲料が乗っている。


「これ、食べたくなったら食べて」


「助かる。食べた分が何処(どこ)に消えてるのか分からんが、腹減るのがめっちゃ早いんだ……」


 と、言った側から雪緒の腹の虫が激しく主張をする。


 仄はくすりと笑い、お盆の上のお饅頭の包装を剥がしてから雪緒の口元に運ぶ。


「はい」


「……面目(めんぼく)ない」


 謝りながらも空腹には逆らえず、雪緒はお饅頭を頬張(ほおば)る。


「それで、先輩の様子はどうだ? もう起きたのか?」


「まだよ。怪異化の影響は大きいわ。雪緒くんみたいに消耗した訳じゃなくて、変性しかけていたんだもの。魂にも身体にも、相当な負荷(ふか)がかかってるはずよ」


「そうか……」


 雪緒が皇后崎の怪異化を阻止した後、二人は陰陽師によって回収された。皇后崎は直ぐに治療のために雪緒とは別の部屋に運ばれ、雪緒は霊的に損傷しており、回復等は本人の食事や睡眠が一番良い治療と判断されたため、そのまま寝かされた。


 しかして、眠っている雪緒を()た者は皆揃って首を傾げた。


 霊的に損傷している。それは、雪緒の状態を視れば分かる。が、一つだけ分からない事があった。


 雪緒の魂が雪緒の身体の中に入っていなかったのだ。


 当然、雪緒を視た者は大慌て。どういう事だと頭を捻る。


 が、そんな主を見ても百鬼夜行の式鬼達に動揺は無かった。聞いてみれば、(いわ)く、何時もの事なのだとか。


 結局、雪緒に仕える式鬼達が動揺をしていないのであれば、とりあえずは大丈夫だという判断になった。


 そして、式鬼達の落ち着く通りに、雪緒は今朝には普通に目を覚ました。まるで、何事も無かったかのように。


 仄は、雪緒が寝ている間の事を雪緒に聞いて、事の真相を聞き出したかったけれど、雪緒は起き抜けに言ったのだ。「先輩は?」と。自分の事よりも、先ず皇后崎の事を聞いてきたのだ。


 式鬼達の落ち着き様を見るに、式鬼達は何故雪緒の魂が身体の中から無くなっているのかを知っているのだろう。そして、それを雪緒自身も知っているはずだ。


 であれば、直ぐに直ぐどうこうなる問題では無いのだろう。それに、今は町中で起こっている怪異化の方が問題だ。そう判断した仄は、雪緒の方の問題は一旦置いておき、皇后崎について話しをした。


 心中でどう思っているにせよ、今の優先順位は怪異だ。雪緒については、後でゆっくり聞けば良いだろう。


「今は別の部屋で処置をしてるところ。流石に、病院で診てもらえる(たぐ)いじゃないしね」


「まぁ、そうだよな」


「けど、見る限りは良好よ。徐々にだけど、ちゃんと良くなってるし」


「そっか。それなら安心だな」


 仄の報告を聞いて、ほっと一安心する。


「皇后崎先輩について、一先ずうちで預かる事になったわ。今後の経過もあるし、対処もしやすいしね」


「預かることになったって事は……両親に、伝えたのか?」


「うん」


 一つ頷く。けれど、その表情は曇っており、皇后崎の両親の反応が芳しくない事を物語っていた。


「もろもろの事情は話したんだけど、酷く取り乱してて……私としては、本心として出て来た言葉じゃないって信じたいけど……」


 仄は明言を避ける。けれど、そんな反応が出てしまうという事は、皇后崎の両親が何て言ったのか、正確に分からなくてもだいたいの想像はつく。


「……そっちは、外野である俺達がなんて言っても意味無いだろうな」


「うん。聞く耳持たず、って感じだったし」


 雪緒は(かす)かに動く指先に力がこもるのを感じる。それが怒りだという事は分かるけれど、何に対する怒りなのかは明確には分からなかった。


 皇后崎に降りかかる理不尽な仕打ちに対してか。自身の子の事を少しも想わない両親に対してか。何も出来ない自分達の無力感に対してか。


「とにかく、今は経過を見るしか無いわ。それよりも、目下の最優先事項があるでしょ?」


「ああ、そうだな」


 そうだ。今一番優先すべきは人間の怪異化の方だ。昨日で一気に牛女の数が増えたはずだ。その後の対処も雪緒は聞かされてない。


「あの後、牛女はどうなったんだ?」


「一応、全ての牛女を護身剣の結界の中に収める事が出来たわ。今は牛女の浄化待ちよ。ただ」


「ただ?」


「数が合わないの」


「数が合わない?」


「ええ。昨日の段階で怪異から人に戻った人は大勢いたの。けど、結界の中にいた牛女が減っていたの」


「そりゃあ、牛女から人間に戻ったんだから、牛女の数は減るだろ」


「そうじゃなくて。人間に戻った人達の数と残っているはずの牛女の数が合わないの。明らかに、戻った人達の数以上減ってるのよ」


 仄よりもたらされた情報に、一瞬考えた後、雪緒は問う。


「え、それって結界から脱走したって事か?」


「それは有り得ないわ。七星剣の結界よ? あの程度の怪異じゃ絶対に抜け出せないわ」


「じゃあ、なんで……」


 絶対に抜け出せない結界の中から消えるだなんて考えられない。それに、周りには陰陽師が見張りとして着いていたはずだ。その目をかい潜って逃げる事だって出来ないだろう。


 では、いったい結界内で何があったというのか?


 考え込む雪緒に、仄が言う。


「多分だけど、人だけが怪異化したんじゃないんだと思う」


「どういう事だ?」


「考えてもみて。この町に蔓延(はびこ)る怪異の(もと)は?」


「怪異の元……」


 仄に言われ、雪緒は思い出す。


 この町に蔓延る怪異は純正の者ではない。きさらぎ駅内の異形がこの地に落ち、怪異譚(でんしょう)に根付いて怪異へと変性した者達だ。つまり、複製された怪異(にせもの)なのだ。


 いや、怪異として明確に確立してしまった以上、元など最早(もはや)関係無いだろう。この町に蔓延る怪異は、元はどうあれ確かに怪異なのだから。


 ともあれ、この町の怪異には()が在る。その元とはーー


「……人間、だよな……?」


「そう、人間。でも、その人間はきさらぎ駅で何になったの?」


「異形だ」


「そう、異形よ。そして、その異形は大きなくくりで言えば妖怪、化生、怪物(けもの)……まぁ、そう言った霊的な者よ。なら、霊的な者が怪異になる事は、そんなに不思議じゃないと思わない?」


 そこまで言われれば、さしもの雪緒も理解する事が出来る。


 だがしかし、それは考える限り最悪の事態だ。


 雪緒は、冷や汗をかきながら言う。


「……人だけじゃなくて、この町の幽霊も怪異になる……って事か……?」


 仄は雪緒の言葉を否定する事も肯定する事も無く、雪緒に言う。


「雪緒くん、早く治してね。今回の件、予想以上に手強いから」


 否定も、肯定もしない。けれど、その返答だけで、雪緒には十分だった。

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