第拾玖話 邪視開眼、牛女発生
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皇后崎は学校を早退して家でひとしきり泣いた。
知らない。怪異なんて知らない。呪いなんて知らない。私、誰も呪ってなんてない。
枕に顔を押し付け、泣き続ける。
私の能力が制御できなくなったらどうするの? 次は誰か死ぬかもしれないんだよ? 誰かを、殺しちゃうかもしれないんだよ?
「……っ」
あの日、あの時から、皇后崎は恐れている。
級友を大勢恐慌に陥れたあの日から。
正確には、あの日からではない。最初の事が終わり、その後からだ。誰かにあいつに見られてからだと言われた。そんな事は無いと皇后崎はその子を見た。そうすれば、その子はあの時と同じ状態になった。
それから、周囲の人は目を合わせてはくれなくなった。皇后崎も、目を合わせなくなった。
段々と、段々と気付いた。
自分の目だ。目が問題なんだ。
それからだ。それからまた上手く行かなくなった。また、悪い方向に進むようになった。皇后崎だけじゃない。皇后崎の家まで、悪い方向に進んで行った。
皇后崎は四六時中眼帯を付けるようになった。右目だけが能力を持っている事を知ったからだ。
人も、動物も、魚も、虫も、皇后崎の目を見ればおかしくなる。
狂ったように、恐れるように、おかしくなる。
自分にその能力があると分かってから、その能力をじっくり見てしまってから、皇后崎は改めて恐怖した。
この能力は人をおかしくする。どんな大人も、どんな人間も、おかしくさせる。そこに老若男女は関係ない。生物であれば、おかしくできる。
それを理解したとき、体中に怖気が走った。
何……何これ? なんでこんなモノが私に……? わかんない……意味わかんない!!
あの時の混乱と恐怖は今でも思い出せる。だって、今だって怖いのだから。
朝、目を覚ました時、最初に眼帯がずれてないかを確認する。それが、嫌だった。
眼帯の存在を何時も気にする。場所はずれてない? ゴムは緩んでない? 穴は空いてない? そんな心配が、ずっと頭の中にあった。
その不安から、ようやく解放されたのだ。
安心して相手の目を見られるようになった。右目を気にしなくて良くなった。それが、たまらなく嬉しかった。
ミミの目を安心して見れる。もう誰の視線を気にする必要も無い。私は、呪いを制御出来てる。
目が見られるようになってから、少しだけ明るくなった。けれど、少しだけ明るくなっただけだ。根は何時もと何も変わらない。
けれど、このままでは目に怯えていた時の自分と同じだ。変わったのだから、自分を変えようと思った。
前髪を髪を切った。制服を改造した。喋り方を変えた。笑顔を作った。占い師、皇后崎というキャラを作った。
最初は辛かった。違和感もあった。自分が自分じゃない気がした。長らく笑顔なんてしてこなかったから、笑顔の作り方を練習した。
長年染み付いた癖は直せなくて、でも、どうにか取り繕った。
毎日疲れながら学校から帰ってきた。初日なんて、疲れすぎて帰ってきて直ぐに眠ってしまった。
でも、頑張って取り繕って良かったと思う。
皆が、私に笑顔を向けてくれる。皆が、私を頼ってくれる。それが、たまらなく嬉しかった。
今の今まで、頼られた事など無かった。だから、頼られるという事が新鮮で、皆が親しげに話し掛けてくれる事が新鮮で、自分の周りに人が居ることが嬉しくて……。
それもこれも、この能力を制御する事が出来たからだ。
もし雪緒の言っている事が本当だとしても、自分は怪異との縁を切れない。また制御できずに邪視を発動してしまう事が怖い。それが周囲の人に牙を向いたらと思うと、心臓がきゅうきゅう締め付けられる。
それに、雪緒が嘘を着いている可能性だってある。勘違いの可能性だってあるのだ。だって、自分は呪いなんて知らない。ただ少し相手の感情が見えて、相手の強い思いが覗けるだけだ。それだけなのだ。
そうだ。勘違いだ。そうに違いない。
そう思うのに、あの時の真剣な雪緒の言葉が忘れられない。
「……」
枕から顔を上げる。気付けば室内は暗く、外はすっかりと日が落ちていた。
部屋の扉をかりかりと鳴らす音が聞こえる。
「ミミー、どしたのー? お腹空いたー?」
部屋の電気を付け、愛犬の名前を呼ぶ。
扉を開けて、愛犬を迎え入れる。
ミミに、視線を合わせる。
途端、ミミが狂ったように吠え立て、涎を垂らしながら頭を振る。
「………………え?」
それはまるであの時の級友達の様相に酷似していた。
困惑する皇后崎を余所に、暴れ回るミミの頭がやがて力無く落ちた。
〇 〇 〇
町を一望出来る山にある、少しだけ開けた場所。そこにある東屋にあるベンチに腰掛ける一人の男。
目をつむり、背もたれに背中を預け、口元には微笑を称えている。
一見、怪しげな男に声をかける者がいた。
「あら。珍しく上機嫌ですね」
「そうだろう? 俺もそう思ってたところだ」
男は片目を開けて声をかけてきた者を見る。
「ふっ、やっぱ駄目か。あんた本当に何者だ? 俺に見られて何とも無いなんて」
「それは言えません。私にも守秘義務がありますので」
「おいおい、まるで話しても良い事があるみたいじゃないか。ええ? それじゃあ一つ聞くが、あんたの目的はなんだ?」
「ふふ、守秘義務、です」
「はっ、だろうな」
答えを聞けば、男は楽しそうに笑う。
「それで、どうなのですか?」
「ああ、首尾は上々。溢れてるぜぇ、たんまり」
「それは素晴らしい事です。そのまま進めてください」
「言われずとも。あ、けど一つ誤算だ」
「誤算、とは?」
「あの陰陽師の小僧が感づいた。俺のところまで辿り着くまでそうかからんだろうな」
「あら、そうなのですね。まぁ、よろしいのじゃないですか? 貴方にとっても彼は邪魔でしょう?」
「そうだがな。少しだけ足りなかった。切り離すかどうか迷ったが、押し切る事にした」
何が、とは言わない。言わずとも、目の前の者は知っているから。
「そうですか。残念ですね。純正の怪異は珍しいですのに」
言葉とは裏腹に、その表情に変わりは無い。本当に残念と思っているのか疑問だ。
「まぁ大丈夫だろ。あれが失敗しても本筋にぶれは無えからな。俺の保険が一つ消えるだけだ」
「ええ、そうですね。それで、本筋の方はどうです?」
「うーん……あぁ、丁度良い頃合いだったみたいだったな」
言って、男は町に視線を移してから、にいっと邪悪に笑う。
「よく聞いてけ。産声だ」
直後、町の至る所から動物の鳴き声が聞こえてくる。
法螺貝のような、しかし、それを幾つも低くして、悍ましさを織り交ぜたような声。
それと同時に町中から感じ取れる怪異の反応。その数、凡そ三百。
「良い塩梅ですね。本体の方は?」
「抑えてある。最後はド派手に行きたいからな。もう少し増やしてからにするぜ」
「それは浪漫がありますね。終盤でとても盛り上がりそうです。猿夢は残念な結果に終わりましたから」
「あぁ、猿公か? 確かにあれにはがっかりだな。最終的には夢爺さんにも邪魔されるしよ。弱えくせに欲張るからだ」
言って、ぼろぼろになったテーブルに脚を乗せる男。
男も猿夢の一部始終は見ていた。猿夢は崩れてからが脆すぎた。立て直しも何もあったものではない。
「貴方は、分相応に頑張ってくれると信じてますよ」
「はっ! 猿公みたいなへまはしねぇよ。俺が敗れるときは、そうだな……」
男は視線を戻して笑う。
「俺の計画を上回る奴が出て来た時だ」
〇 〇 〇
一日が終わり、もう床に入ろうと思った直後、それは起こった。
「ーーッ!?」
爆発的に増えた怪異の気配。そして、聞くも悍ましい咆哮。
雪緒は即座に破敵剣を手元に呼び寄せる。護身剣は浄化の結界を張っているので今回は使うことが出来ない。
「主殿!!」
無礼と分かっていながら、小梅が雪緒の部屋に押し入る。しかし、雪緒はそれを咎めずに即座に指示を出す。
「小梅は家を護れ! 黒曜、居るか!?」
「ああ」
雪緒に呼ばれ、黒曜は即座に姿を見せる。
「俺と一緒に来い!」
「分かった」
簡潔な指示。だけれど、今の雪緒にはそれくらいしか言えない。
「主殿、どうかお気を付けて……」
「分かってる。小梅、二人を頼んだ」
「承知!」
小梅の返事を聞けば、雪緒は即座に家を出て行く。途中、明乃が何やら尋ねてきたけれど、後で話すと一方的に告げて出て来た。
外に出ても変わらない。怪異の気配が町中から漂ってくる。
「どうして、こんなに……!」
昨日の今日で増えすぎだ。それに、昨日の牛女よりも怪異としての気配が濃い。だからこそ、雪緒でも感知する事が出来たのだ。
「理由は分からないが、今は怪異の捕獲が最優先だな。百鬼夜行全員に通達するぞ」
「頼む」
黒曜に通達の方を頼みながら、雪緒は夜の町を駆ける。
至る所から聞こえてくる怪異の声。何処から行くかなんて迷ってられない。近いところから虱潰しだ。
暫く走ると、目前に牛の頭をした女が立っている。
「黒曜! 加減しろよ!」
「ああ」
二人は加速して、牛女に近付く。
牛女は二人の接近に気付いたけれど、二人の方が速い。
「ーーふっ」
一息で黒曜が牛女を張り倒す。たったそれだけで牛女は動けなくなる。
動けなくなった牛女に、何処からか現れた子犬ほどの大きさの蜘蛛が糸で縛り上げる。
この蜘蛛は鈴音の配下であり、忠実な下僕らしい。弱い怪異ならこの蜘蛛達が縛り上げられるらしく、今回の牛女騒動に一役買ってくれている。
「次、行こう」
「ああ」
「おっと待った。雪緒くん、悪いけど急用だ」
次に行こうとしたところで、二人の目の前に時雨が現れる。
「主。俺は先に行くぞ」
「頼む」
時雨が雪緒に急用だと言ったので、黒曜は即座に自分が此処に留まる理由が無いと判断して、次の牛女の元へ向かう。
雪緒は脚を止め、時雨と向かい合う。
「で、急用って?」
「ちょいとやばい事が起きてる。彼女が危険だ」
「彼女……って、まさか!!」
そこで、ようやっと雪緒も思い至る。
「皇后崎先輩に何かあったのか!?」
時雨には皇后崎の護衛を頼んでいた。その時雨が急いで雪緒に会いに来たという事は、皇后崎の身に何かがあったという事だ。
「邪視の能力が抑えられなくなってる。一応、付近の人は強制的に眠らせておいたから、目が合うなんて事は無いと思うけど、それも応急処置だ」
「そんな……! 今日は普通だったろ!」
「もっと慎重になるべきだったね。邪視が彼女を通して相手を呪っているって事をもっと考慮すべきだった。僕も、必要な時以外は接続を切ってると思って甘く見てた」
「それって、邪視に筒抜けだったって事か……?」
「現状を考えるに、そうだろうね」
時雨が頷く。
少し考えれば分かる事だった。邪視は皇后崎の目を通して能力を行使している。ということはつまり、皇后崎の目と繋がっているという事だ。皇后崎の視界をその目が見ていても不思議は無い。
焦って先走った結果がこれだ。もっと冷静になれば、こんな事には……!!
しかし、後悔をしていても仕方が無い。雪緒は、現状で出来る事をしなければいけない。
「時雨、取り合えず皇后崎先輩の所まで案内してくれ」
「案内するのは容易いけどね。今行ってもどうにも出来ない。邪視の能力が相手に恐慌を与えるものじゃなく、命を奪う程の殺傷性を持ってしまった。なんの対策も無しに行ってどうにかなる状況じゃない」
「このまま放っておいたら皇后崎先輩は怪異になっちまう! 一刻の猶予だって無いんだぞ!?」
「まだ少しは余裕がある。その少しの余裕を使って対策を考えるべきだ」
「だけど……!!」
雪緒は焦る。皇后崎の状況もそうだけれど、町に出現した大勢の牛女の方も早く対処しないといけないのだ。
いや、待て落ち着け。俺は一人じゃない。牛女は仄達に任せよう。俺が今向き合うべきなのは皇后崎先輩だ。
焦る心で、しかし、無理矢理冷静さを保って考える。
先ず、牛女への対策は仄達陰陽師に頼る。人海戦術なら陰陽師の方が適役だ。
牛女の方を任せるとして、今雪緒がやらなくてはいけない事は皇后崎への対処だ。これは、陰陽師を頼るわけにはいかない。少なくとも、少しでも話をした事のある雪緒が行うべきだ。
「……取り合えず、皇后崎先輩の所に案内してくれ。最悪、護身剣を喚び出してでも話をする」
「……はぁ。やっぱり、言っても聞かないか。分かったよ。こっちだ」
溜息一つ吐き、時雨は案内をする。
雪緒が素直に頷かないであろう事は元より分かっていた。だから、最悪の場合は自分が終わらせる。
雪緒には斬れない。だから、自分が……。
自然と刀に伸びた右手に力がこもる。
出来れば、最悪の手段を使う事無く終わる事を願うばかりだ。




