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第拾捌話 一歩、踏み出してください

 突如として悲鳴を上げた先生を見て、皇后崎は驚く。しかし、驚いたのは皇后崎だけでは無い。


 教室中が驚きの中にあった。


 そんな教室中の驚きなど意識の中に無いのか、先生は涙を流しながらうずくまってしまっている。


 何? 何が起きて……。


 皇后崎は訳も分からず周囲を見渡す。


 が、それがいけなかった。


 皇后崎と、近くの男子の目が合う(・・・・)


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 その途端、目が合った男子が先生と同じく悲鳴を上げて泣き崩れる。


 突然、先生と同じく泣き(わめ)き始めた男子に、近くのクラスメイトが驚く。


 訳が分からない。なんで、急に……。


 訳が分からな過ぎて視線が泳ぐ。


 自分が悪い訳ではない。え、本当に? 本当に私は悪くない? 分からない。私は、悪くないの?


 そんな気持ちが視線に現れる。


 泳ぐ視線。その最中(さなか)、数名、視線が合う(・・・・・)


 同じく、悲鳴が上がる。そして、同じく泣き崩れる。


 教室中がパニックになる。泣き出す者、慌てふためく者、混乱する者。そして、それは皇后崎も同じであった。


 何が起きているのか全く分からない。突然皆が泣きはじめた。どうして? 何が起きてるの?


 不安が胸中(きょうちゅう)()める。


 どうすれば良いのか分からず、皇后崎は皆と同じくきょろきょろと不安そうに周囲に(・・・)視線を向ける(・・・・・・)


 それがいけなかったと知るのは、ずっと後の事。


 結局、皇后崎のクラスは皇后崎以外の全員が泣き崩れるという、謎の集団ヒステリー状態となった。


 皇后崎も泣いていない訳ではなかった。けれど、他の者よりは程度が軽かった。


 吐いてしまう者もいれば、失禁してしまう者もいた。そんな中、皇后崎は訳も分からず(・・・・・・)ただ泣いて(・・・・・)いただけ(・・・・)なのだ(・・・)


 異常な程の号泣と精神的な疲弊を見せる他の者と違い、皇后崎はただ泣いていただけ。それが、他の者には少しだけ異常に見えた。


 その事件の後、皆が口々に言った。


 皇后崎の目を見た途端、死にたいくらい不安になった。心に留めきれないくらいの不安が沸き上がり、異常な程の恐怖が身体を支配した。


 国語の担当だった先生が警察に言い、他の生徒も似たような事を口にする者が多数居た。


 人の口に戸は立てられない。(またた)く間に噂が広がった。


 その噂が保護者まで届き、皇后崎を気味悪がる保護者も出て来た。


 そして、噂は学校関係者だけに留まらなかった。口さがない主婦から始まり、友人、知り合いにまで話はいった。


 学区内はいざ知らず、他の区でも噂話が広がった。


 周囲から気味悪がられる皇后崎家。しかし、事件はそれだけで終わりでは無い。


 面白がって皇后崎の目を見ようとしたやんちゃな男子が、突然その場に泣き崩れたのだ。他の目を合わせた者も泣き崩れた。


 その件で、噂話が真実となってしまった。


 皇后崎に呪われる。


 真相を知らないながらも、噂は真実から始まり、そして、呪われている、不幸になるなど、およそネガティブな方に噂は広がった。


 そんな噂が広がれば、皇后崎の両親も所々で上手く行かずに疲弊する。仕事、近所付き合い、プライベート、何もかもが歯車が狂ったように上手くいかなくなる。


 親しかった者も離れ、最後には孤立無援。そうなれば、自然と行き着く先は見えている。


「あんたなんか……あんたなんか産まなければ……!!」


 乾いた平手打ちの音が聞こえた後、母に言われたその言葉は、幼い皇后崎の心を容易く壊してしまった。


 両親に心配をかけたくないからといじめにも耐え抜いていた皇后崎だった。けれど、その言葉で全てが崩れさった。


 もう、我慢する理由も、頑張る理由も無くなってしまった。





「先輩? どうしたんですか?」


 突如として顔面蒼白になった皇后崎に、案じるような視線を向ける雪緒。


「あ、い、いや……なんでも……」


 はっと我に返った皇后崎は、誤魔化すように首を振る。皇后崎が首を振れば、肩に乗せた人形もふるふると()わらない首を揺らす。


 顔色が悪い皇后崎を見て、話を続けようか一瞬悩むけれど、事はもう手遅れなところにまで進みつつある。であれば、当事者である皇后崎には少し我慢してもらって話を聞いてもらうべきだと判断する。


 しかし、皇后崎を追い詰めては駄目だ。皇后崎は被害者なのだから。


「……じゃあ、話を戻しますね。皇后崎先輩。先輩が占いをするたびに、先輩は無意識の内に占った対象を呪ってるんです」


「ーーっ」


 雪緒の言葉に、皇后崎が言葉を詰まらせる。


 そして、何かを恐怖するような表情(かお)を浮かべる。


 雪緒は慌てて皇后崎に言い募る。

 

「これは別に先輩が悪い訳じゃありません。むしろ、先輩も被害者です」


「わ、たしが……呪いを……?」


 しかし、皇后崎は雪緒の言葉が耳に入っていないのか、わなわなと唇を震わせて言葉を漏らす。


「先輩は、邪視という怪異に利用されてるんです。このままだと先輩も危ないです。詳しい事を説明している余裕が無いので、今日俺と一緒にーー」


「……嘘よ……」


 来てほしい所がある。そう言おうとした時、皇后崎が雪緒の言葉を遮る。


「そ、そんなの嘘だわ……だって、あいつ言った。私は能力を制御できるようになったって……」


 わなわなと身を震わせながら、皇后崎はまるで自分に言い聞かせるように言う。


「私は能力を制御できてる……だって、誰も私の目を見ても怖がらない……怯えない、吐いたり泣き出したり叫んだり怖がったりしない!!」


「皇后崎先輩……」


「呪いなんて知らない!! 私やってない!!」


 泣きそうな顔になりながら、顔面蒼白になりながら、皇后崎は雪緒を睨む。


「……私からこの能力(ちから)を取り上げたら許さない!! 絶対に!!」


 言って、皇后崎は雪緒に背を向ける。


 雪緒は慌てて声をかけようとしたけれど、結局何も言えなかった。


 皇后崎が邪視に悩まされてきたであろう事は想像に(かた)くない。今まで制御の出来なかった邪視を制御できるようになった。これだけで、皇后崎はどれ程嬉しかった事だろう。


 雪緒がしようとしている事は、危険を取り除くと同時に、能力の制御を皇后崎から奪うという皇后崎にとってはどっちに転んでも不幸にしかならない事だ。


 けれど、このままでは皇后崎が邪視になってしまう可能性が高い。このままの状態でいる方が、皇后崎にとっては危険なのだ。


 雪緒は何とか言葉を出す。


「先輩! このままじゃ先輩の方が危険なんだ! 邪視の制御の方法は俺が必ず調べます! だからーー!」


「そんな言葉を信じろっていうの!? 会ったばかりのあんたを信じろって!?」


 振り返り、皇后崎は叫ぶ。


「いっぱい行った! 神社とかお寺とか、怪しい宗教にだって行った! でも何処もどうもしてくれなかった! 分かる!? 日に日に私の目の力が強くなってく恐怖が!! どんどん……どんどんどんどん強くなってく……いずれ人を殺しちゃうんじゃないかって……それが不安で……」


 人を殺してかしまうかもしれない不安。雪緒とは同じようで少しだけ違う角度からくる不安だ。


 雪緒は、自分が何も出来ないで誰かが死んでしまうのが怖い。


 皇后崎は、自分のせいで誰かが死んでしまうのが怖い。


 しかし、怯える理由は違うけれど、その根幹は同じだ。


 弱い自分。二人の根幹にあるのはそれだ。


 そこで、ようやく雪緒は理解する。邪視は能力があったというだけで皇后崎を選んだ訳ではない。皇后崎の心の弱さを理解して、皇后崎を選んだのだ。


 皇后崎は邪視の制御という圧倒的な安心感を捨てられない。多分、雪緒が何の確証も無いまま、何の事後策の無いまま皇后崎に邪視を手放せと言っても聞く耳を持たない。


 皇后崎の邪視と今町で起きている怪異事件を結び付けて話をしない限り、皇后崎は納得しない。


 けれど、怪異への変性と邪視の呪いの繋がりは薄い。晴明や道満だって頭を捻っているのだ。


 雪緒には、辻褄を合わせて説明は出来ない。


「……」


 だけど、言える事が一つだけある。 


「先輩。多分、先輩は俺なんかとは比べものにならない程、辛い思いをしてきたんだと思います……」


 楸が目の前で死んだ。けれど、雪緒には家族が居た。家族が、ちゃんと支えてくれた。


 けれど、皇后崎は誰も支えてはくれなかった。誰も、味方をしてはくれなかった。


 皇后崎は、孤独(ひとり)だった。


 その辛さは、頼れる人が居た雪緒とは比べものにならないだろう。きっと、その事実が今もその心に重くのしかかってる事だろう。


「でも、それを承知で一つだけ言わせてください」


 雪緒は皇后崎の目を真っ直ぐ見据える。


「先輩。一歩だけ、踏み出してください。このままだと、先輩は必ず後悔する」


 全部を理解できていない皇后崎にこんな事を言っても、意味が分からないだろう。絶対に頷かないだろう。本当なら、雪緒が悪役になってでも皇后崎を事が終わるまで邪視の手の届かない所に連れていくのが最善だ。


 それをしないのは、それをしてしまえば皇后崎が変われないからだ。


 誰かに変えられた結果で皇后崎自身が変われる程、皇后崎の問題は浅くない。


 だから、これは皇后崎が自分で踏み出さなきゃいけない問題でもある。邪視と決別し、邪視と向き合うか、このまま邪視に良いように利用されて怪異になり果てるのか。それを選ぶのは、皇后崎だ。


 ……しかし、本心としては皇后崎の状況をこのまま見過ごせない。最悪、悪手であっても皇后崎を邪視から引きはがす。それで恨まれて、憎まれても、構うものか。


 自分が憎まれて大勢が助かるのであれば、それで良い。七星剣の所有者というだけで憎まれたりしてるのだ。今更それが一人増えたところで構わない。


「でも、先輩が踏み出さないなら、俺が先輩をの現状を無理矢理変える事になる。俺は、必ず先輩から怪異を引きはがす。そうしなきゃ、誰も幸せになれないから」


「もし……もし貴方の言う怪異が私の邪視を制御してるんだとして、じゃあ、私はどうするの? どうすれば良いの? また誰かに怯えるの? やっと皆の目を見れるようになったのに、また下を向いて生きていかなきゃいけないの? 誰かに、怖がられなきゃいけないの……?」


 皇后崎は涙を流す。


 そこには、どれくらいの感情が乗っているのだろう。どれくらいの悲哀が乗っているのだろう。


「私は、もう……誰かに怖がられるなんて嫌だ……!!」


 涙を流しながら、皇后崎は走り出して屋上を後にする。


 雪緒はその背中を追わない。追っても、意味が無い。


 あれが、皇后崎の答えだ。なら、今行っても仕方が無い。雪緒では、どうする事も出来ない。


「あー、女の子泣かせたー。悪いんだー」


「煩せぇ……」


 雪緒をからかう声に、雪緒は少しだけ苛立たしげに返す。


 いつの間にか屋上には時雨が立っており、皇后崎が出て行った鉄扉に顔を向けていた。


「邪視を持ってしまった少女、ねぇ……。生前でもそんな特異な子、見た事無いよ」


「……時雨は、邪視を消し去る方法を知ってるか?」


「悪いけど、知らないね。肉体のように能力に衰退があれば消えるのを待つばかりだけど、何年かかるか分からないしね」


「邪視を封じる方法は?」


「知らない。僕も真面目な方じゃ無かったから、その手の事は全然調べてこなかったんだよね」


「お前、元陰陽師だろ……?」


 雪緒が言えば、時雨は雪緒に視線を向けて言う。


「殺すのが一番(らく)だったんだ」


「……」


 その一言に、どれ程の感情が乗っているのか分からない。けれど、それが冗談の類や、冬のように自然な反応とは思えなかった。


「そっか……」


 結局、雪緒はそれしか返せなかった。


「それで、彼女をどうするんだい? 殺すのかい?」


「んな訳あるか! あの人がこのまま死ぬのは、絶対に違う。そんな事、あっていい筈が無い」


 皇后崎を不幸の最中に終わらせる事など決してしない。皇后崎は、幸福(しあわせ)になって良い人だ。いや、幸福(しあわせ)にならなくちゃいけない人だ。


「時雨、皇后崎先輩の周辺警護頼めるか?」


「良いよ。邪視からの接触が無いとも限らないしね」


「ありがとう」


「お礼は良いよ。僕も彼女のような子は見過ごせないしね」


 言って、時雨はすっと煙のように姿を消す。


 雪緒は一つ溜息を吐く。


 怪異を解決すれば終わりって訳じゃないのは分かっていたけれど、随分と面倒だった。

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