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第拾陸話 皇后崎の能力

 雪緒と秀郷がひとしきり打ち合い、雪緒が地面に身を投げていると、晴明がようやっと口を開く。


「……一つ、可能性がある」


「か、かのう、せい……?」


 肩で息をしながらも、雪緒は晴明の言葉に返す。


「ああ。とは言え、邪視についての可能性だがな」


「儂も考えが纏まったところだが……おそらくは行き着く先は同じであろうな。汝に譲ろう」


「元よりそのつもりだ」


 雪緒は上体を起こして晴明を見る。


 雪緒が起き上がるのを待っていた訳ではないけれど、晴明は雪緒が起き上がったところで話を始める。


「先ず、私はおかしいと思うた。何故力ある邪視がわざわざ人に宿る?」


「邪視っていう概念に引っ張られたからじゃ?」


「邪師という存在もある。では何故そちらに引っ張られなかった?」


「概念としての怪異の方が有名だったから、とか……?」


「仮にそうだとして、だからどうした? 今までだって怪異がそのまま(・・・・)で終わった事があったか?」


「確かに……」


 怪異は伝承を少なからず逸脱している。確かに、邪視という概念になったとして、邪視という存在になれない道理は無い。


「それに、この怪異事変には誰かしらの介入がある。そして、どうやって怪異を強化しているのか知らぬが、その方法、手段、回数に際限は無い」


「どうしてそう言い切れるんだ? 怪異の強化方法も知らないのに」


「簡単な話だ。もし私が首謀者だとして、まず猿夢には強化は施さぬ。怪異として弱すぎる。先ず最初に候補から外す。だが、その猿夢をいの一番に強化した。であれば、その方法等に際限は無いと考えるのが必然だ」


「それには儂も同意見だ。回数に制限があるのであれば、猿夢に使わずに他の怪異に使う。それこそ、天変地異を起こせる怪異や、神性に近い怪異にな」


 晴明の言葉に、道満が同意する。


 雪緒も、晴明の説明を聞いて納得する。


 確かに、回数に制限がある中で弱い怪異を強化する利点が無い。それどころか、自分の首を絞める行為になるだろう。


「話を戻すが、その強化があるゆえ、邪視が強化されていてもなんら不思議は無い。であれば、邪視が概念であろうが存在であろうがさして問題は無い。問題があるとすれば、どちらでもあれる邪視が何故概念で留まっているのか、だ」


「概念の方が倒されない、とか?」


「七星剣の浄化はきちんと作用している。それに手順を踏みさえすれば(はら)えなくも無い」


 確かに、邪視が身を削ってかけた呪いは七星剣の浄化によって消滅した。邪視を宿している皇后崎も苦しそうにしていた。浄化の結界が効いていなかった訳でない。


「じゃあ、邪視はなんで概念のままなんだ?」


「私も最初はそれが分からなかった。が、よくよく考えれば直ぐに分かる事だ。雪緒、私は最初に言ったな? 何故邪視が人に宿っているのか、と」


「ああ」


「そもそもそれが間違いであった。邪視は誰にも宿ってはおらぬ。邪視は存在として()り、其方の言う占い師は怪異など宿してなど(・・・・・)いなかった(・・・・・)のだ(・・)


 皇后崎が邪視を宿していない? いや、そんな訳が無い。では何故皇后崎は邪視の能力を使えたのだ? 占いは? 透視は? 呪いは? 皇后崎が邪視を宿してなかったら説明が着かないじゃないか。


 晴明の言葉に雪緒は混乱する。


 そんな雪緒に晴明は説明を続ける。


「その占い師……皇后崎、と言ったか? 其奴(そやつ)は何年も前から呪われているのであったな?」


「あ、ああ……」


 大勢がが昏倒(こんとう)している中、皇后崎だけは無事であった。そして、皇后崎と話しをしている者が原因不明の不調に見舞われる事があった。その事を、雪緒は晴明に話していた。


「これは仮説だが、限りなく正解に近い仮説だと私は思うておる」


「その、仮説って……?」


 雪緒が問えば、晴明は神妙な顔付きで言う。


「皇后崎は恐らく何年も(・・・)前から(・・・)邪視という(・・・・・)能力をその(・・・・・)身に宿し(・・・・)ている(・・・)


「邪視を、宿してる……?」


「うむ。でなければ、今回の事に説明が着かぬ」


 晴明の言葉に道満は意を(とな)えない。つまり、道満も晴明と同じ意見だという事だ。


「……確かに、そうか。怪異は伝承に根付いてその形を得てる。今まで俺の中で怪異ってのはきさらぎ駅で倒し残した奴らだったけど……」


「きさらぎ駅の倒し残しは言わば怪異の模造(もぞう)に過ぎぬ。であれば、原典が現れぬ道理は無い」


 魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)。怪奇、怪異、妖怪。様々在るけれど、それらが存在する事を雪緒は知っている。


 であれば、現在町に蔓延る怪異の元となった怪異がすでに雪緒の住む町、もっと言えば、世界に存在していたとしても不思議は無い。


 しかし、その中で皇后崎が怪異を宿す確率はかなり低いだろう。その確率がかなり低い貧乏くじを、皇后崎は引いてしまったのだ。


 だから、あんな事を……。


「……それで、皇后崎先輩に邪視は宿ってないって事か?」


 雪緒は今は話を進めるべきだと自責をいったん()める。


 雪緒の表情が一瞬陰ったのを晴明はしかと見ていたけれど、雪緒が話を進める事を選んだので、晴明もそれに従う。


「ああ。ただ、本物と偽物ではあるが、同じ怪異のため親和性が高い。その親和性の高さを利用された。邪視は皇后崎の目と自身の目を(つな)ぎ、皇后崎の目を使って能力を使用した。邪視の気配が薄かったのはそのためだ」


「つまり、皇后崎先輩は利用されてるって事か?」


「であろうな。呪いの事も知らない様子であったのだろう?」


「ああ」


 それどころか、雪緒が問い詰めれば酷く取り乱していた。皇后崎が演技派だと言われればそれまでだが、あの様子を見る限りそうではないだろう。


「怪しまれずに事を進めるための工夫であろうな。邪視にとっては運が良かったな。まぁ、隠れ(みの)にされた方はたまったものではないがな」


 晴明にも、邪視が何をしようとしているのかまでは分からない。けれど、良からぬ事を企んでいる事は分かっているために、利用されている皇后崎に対して同情的に言う。


 しかし、雪緒の心中は穏やかではない。


「……透視とか、占いってのは?」


「邪視の逸脱した能力だ。本来の邪視を持つ皇后崎に、相手を呪う以外の能力は無いだろう」


「そうか……。そう、だよな」


 邪視を持ち、呪われた子と言われ、親とも不仲になる。そんな皇后崎の暗い過去を利用して、付け込んで……。


 自然と、拳を握り締める。


 皇后崎は、どれだけ嬉しかっただろう。呪われた子と言われた自分が誰かのためになれる事が。


 皇后崎が自分の力をひけらかしたかった可能性もあるけれど、それは限りなく低い可能性だ。能力を持って苦労をした皇后崎が、自身にとっての闇である能力をひけらかす事はしないはずだ。


 多分、誰かに必要とされたかったのだ。


 自分は呪われてない。誰かを幸せに出来る。そう、思いたかったはずだ。


 全部、雪緒の想像だ。憶測だ。でも……。


『……なんで、私ばっかり……!』


 あの時の泣きそうな表情を、雪緒は忘れる事が出来ない。


「ん? 晴明、汝の説明はそれだけか?」


 二人して黙り込んでいれば、道満が意外そうな顔で晴明を見た。


「なんだ? 他に何かあるのか?」


「ある。儂が一番危惧(きぐ)しておる事が一つある」


「……少なくとも、私はこれ以上の憶測は出ぬ。話してみよ」


「よかろう。ほれ、雪緒もうなだれとらんでしかと聞け」


 道満に言われ、雪緒は俯きがちであった顔を上げる。


 雪緒が顔を上げれば、道満は話を始める。


「邪視がその皇后崎という者を選んだ理由はもう一つある」


「隠れ蓑にするためだけじゃなくてか?」


「ああ。概念でもあれるのであれば、人は選ぶが、特定の誰かである必要は無い。馴染むのには時間がかかるだろうが、素質がある者に邪視を宿してしまえば良いのだから」


「……確かにな。そういった呪術を体内に宿せる者は多くはないが、少なくも無い。血眼(ちまなこ)になって探す必要が無いほどには居るはずだ」


「なおかつ、邪視の(はかりごと)は長期的だ。尚更に人を選ぶ理由が無い。いや、もしかしたら他の者にもすでに手を付けているのかもしれぬがな」


「その可能性はある。怪異に変性したのは町の人だ。それに、変性した人が多過ぎた。皇后崎一人じゃ無理がある」


「であれば、そちらの方向でも考えるが良い。儂が言いたいのは、皇后崎が邪視にとっての次点での標的である可能性があるという事だ」


「……なるほど、そういう事か」


 道満の言葉に、晴明が納得したように相槌を打つ。


 しかし、雪緒にはとんと理解が及ばない。


「どういう事だ?」


 雪緒が(たず)ねれば、道満が答える。


「先程、晴明が言うたであろう? 模造の邪視と本来の邪視は同じ怪異であるがゆえに親和性が高いと」


「ああ」


 だからこそ、皇后崎が狙われたのだとも言った。皇后崎が一番利用するのが容易(たやす)かったから利用されたのだと。


「しかしな、邪視の目的は親和性(それ)だけは無い。先程も言うたな? 概念でもある邪視にとって親和性の高さはそこまで必要は無いと」


 邪視をその身に宿す事の出来る者はそれなりに居る。だから、邪視を持っている皇后崎は使いやすい(こま)ではあるけれど、駒を多く作れる邪視に皇后崎に固執(こしつ)する理由もまた無い。


 しかし、道満は皇后崎が邪視の副次的な目的であると言う。


「それ、矛盾してないか? 邪視にとって皇后崎先輩は必ずしも必要って訳でもないんだろう?」


「ああ。だが、とある目的を達成するためであれば、皇后崎程うってつけな者はいないな」


「とある目的……?」


 首を(ひね)る雪緒を見て、晴明が道満を半眼で見る。


「道満、焦らすな」


「くふふっ、悪い悪い。雪緒が良い反応をしてくれるゆえな。つい儂も勿体振(もったいぶ)ってしまう」


 晴明に言われ、道満は楽しげに笑う。


「さて。これ以上晴明に怒られても堪らぬゆえな。答えを言うとしよう。恐らく、邪視は皇后崎を分体として使うつもりだな」


「分体?」


「ああ。考えてもみよ。自身と同じ思考、同じ能力の者がもう一人いれば、それだけで取れる手段は格段に増える。邪視の目的は分からぬが、その目的を果たすために自身をもう一人作り上げようとしている可能性は高い。いや、皇后崎が純粋な邪視の力を持っているのであれば、潜在能力は皇后崎の方が上やもしれぬ。邪視が自身より更に強力な邪視を作り上げようとしている可能性もあるな」


 どれにしたって、ろくなものではないがな。


 そう言って、道満は話を締め(くく)った。


 二人の話を聞いて、雪緒は一つ思う。


「……なぁ、皇后崎先輩の邪視って、消す事は出来るのか?」


 晴明の言葉に、二人は顔を見合せる。


 晴明が顎で道満に話すように促す。こういった事はやはり自分よりも道満の方が詳しいと分かっているからだ。


「正直、分からぬな。儂が皇后崎の目を見れば分かるやもしれぬが、儂が(じか)に見る事はかなわぬゆえな」


 道満は皇后崎の状況を人づてに聞いているだけだ。いかに道満といえども、直に見ていない相手の状態までは正確には分からない。


「それに、皇后崎の邪視が自然に身についた技術や、元々持っていた才能であった場合、(はら)う等の行為は無意味だ。本人が制御する他無い」


「……要は、現状じゃ道満でも分からないって事か?」


「そうなるな。流石(さすが)の儂も話に聞くだけで相手の能力がどういった物かなど分からぬからのう」


「そうか……」


 雪緒は少しだけ考えるような表情を見せた後、両手に木刀を持って立ち上がる。


「秀郷さん。稽古の続きお願い」


「ん? もう話は良いのか?」


 小梅を膝の上に乗せて休んでいた秀郷に、雪緒が声をかける。


「うん。今の俺に出来る事は一つしかないから」


 道満が分からないのであれば、雪緒だって分からない。だったら、雪緒は少しでも強くなるために剣を振るうしかない。


「ありがとう二人とも。また何か分かったら教えてほしい」


「ああ」


「うむ。そうだ雪緒。邪視を祓えるかどうか分からぬがな、怪異の方の邪視との繋がりであれば汝の七星剣で断ち切る事が出来るはずだ。皇后崎の邪視がどうなるかは分からぬが、皇后崎を邪視から引きはがす事は出来るぞ」


「分かった。ありがとう」


「雪緒。一つ一つ解決していけば良い。皇后崎の邪視は急務(きゅうむ)ではない。良いな?」


「ああ」


 晴明の言葉に頷き、木刀を構える秀郷に向き直った。


 雪緒の背中を、晴明は不安そうに眺めた。

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