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第漆話 退院日は騒がしく

 朝餉を食べ終わり、食後のお茶を飲んで一息着く二人。


「小梅が先の世で何も思い出せぬという話だが」


 一息着いたところで晴明がそう話を切り出す。


 雪緒は調度お茶を飲んでいたので頷くも返事も出来なかったが、晴明は構わず話を進める。


「恐らく、其方の主観が関係しておるのだろう」


「俺の主観?」


 湯呑みを置いて聞き返す雪緒。


「其方が小梅を式鬼として使役する限り、小梅は其方と言う存在に紐づけられる。その紐づけが、少なからず小梅にも影響を及ぼしておる」


「と言うと……えーっと……」


 考えようとして、しかし、小難しくて全く分からない雪緒。


 そんな雪緒に呆れること無く、晴明は続ける。


「つまり、其方が体験していない事柄は、小梅も思い出せぬのだ。先の世で小梅の記憶を紐解くには、其方が小梅の過ごした時を過ごさねばならぬ」


「てことは、地道に毎日を過ごしていくしか無いと?」


「そうなるな」


「なるほどなぁ……」


 晴明の言っている事は小難しくてあまり良く分からなかったけれど、小梅が過ごした時を雪緒も一緒に過ごさなくてはいけない事だけは分かった。


「まぁ、結局は憶測でしか無いがな」


「そこら辺はおいおい確認するしか無いだろ。一日二日で結果が見える話でも無いしな」


 小梅の記憶力が普通の人と同じであれば、何か特別な事をした日以外の全てを憶えておくなと土台無理な話だろう。そのため、一日二日平安で過ごしたとしても、それらは誤差の範囲でしかないのだ。


「それにしても、俺が体験しなきゃ思い出せない、ねぇ……なんだか日記みたいだな」


 雪緒の言だと、小梅は差し詰め、平安の日記帳と言うことになる。実に失礼な話だが、雪緒は他に良い例えが思い浮かばなかった。


「言い得て妙だな」


「まぁ、失礼な話ではあるけどな」


 そう言って、庭先で(くわ)で土を掘り返している小梅を見る。


「畑か?」


「ああ。何か育てようかと思うてな」


 そう言って、晴明は鍬を握っていない。


「小梅がな、どうしてもやりたいと言うてな」


(うち)の子が我が儘言ってすみません」


「いや、よい。どうせ何にも使わぬ。であれば、畑を耕す方が庭のためになる」


 そう言った晴明の顔は穏やかで、本当に何とも思ってはいないようであった。


「そいや、陳とか崩れたりしないのか?」


「心配は要らぬ。崩れぬように耕す」


 まぁ、晴明に限って何も考えてないということも無いかと、納得する。


「よし、俺も手伝うか」


「余計な事はせんで良い。冬と小梅に任せておれ」


「……へーい」


 畑を耕すなどやったことも無かったので、ちょっと面白そうだなと思い立ち上がろうとしたけれど、晴明の言葉が雪緒が立ち上がるのを遮る。


 冬と小梅は式鬼ーー化生である。そのため、見た目よりもずっと力が強い。子供には重たそうな鍬も、小梅は難無く振り回している。そこにただの人である雪緒が行っても逆に足手まといになるだけだろう。


 浮かした腰を再び降ろし、茵に座り直す。


 しばしの間、静寂が二人の間に降りる。


 別段、沈黙も静寂も嫌ではなかったけれど、雪緒は何かを話した方が良いかと思い、口を開いた。


「夢なんじゃないかと思ったんだ」


「……何がだ?」


「今ここに居ることが」


 普通に生きていれば、時間遡航なんて事は起こりえない。自分は、普通から逸脱しない人間だと思っていたので、この場所に来れた事自体、全部眠っている間の夢だと思ったりしたのだ。


「夢の方が良かったか?」


「そう思うんだったら、小梅を召喚しようなんて思わないさ」


「さもありなんな」


「まぁ、夢じゃなくて良かったよ」


「何故だ?」


「せっかく出会えたんだから、夢だったら寂しいだろ?」


「そうか」


 せっかく出会って、仲良くなれそうだと思えば夢落ちでしたでは何とも物寂しい。


 家族に会えないかもしれないという不安もあったけれど、起きれば家族に会うことが出来る。


 完全に不安が無いわけではないけれど、それでも、こうして晴明にまた逢えるのは嬉しい事だと思っている。


「まぁ、寝てる間に晴明達に逢いに来てる訳だし、夢って言えば夢なのかもしれないけどな」


「いや、そうは思わぬ方が良い。いずれどちらが夢か分からなくなるやもしれん。時代を遡っていると意識せよ」


「あれか。胡蝶(こちょう)の夢ってやつか?」


「なんだそれは?」


「蝶々になる夢を見る話だよ」


 蝶になる夢を見て、目が覚めた時に自分が蝶の夢を見たのか、蝶が自分の夢を見てるのかと考える話だ。


 雪緒に当て嵌めれば、現代から平安に移動しているのか、平安から現代に移動しているのか分からなくなる、といったところだろうか。


「大丈夫だよ。俺は晴明達に逢いに来てるって思ってる。俺の帰るべき家も知ってる」


 しかし、雪緒の場合、帰るべき場所と、自分の家族がはっきりしている。何処が正しい居場所なのか、間違える事は無い。


「そう、か……なら、良い」


 そう言う割に、晴明の表情は心持ち寂しげに見えた。


 そんな晴明の表情を見た雪緒は、何か言い募ろうと口を開いたーー


「晴明様。苗は何を植えましょう?」


 ーーが、冬の声に遮られ、口はただ開いただけとなった。


「なんでも良かろう。好きにせい」


「分かりました」


 音を出せなかった口を閉じる。


 冬が間に入ったからか、晴明の表情はいつも通りに戻っていた。


 晴明に何か言いたかった。けれど、いったい何が言えただろうか? 晴明の事をろくに知りもしない雪緒に、いったい何が。


「どうした? 小難しい顔をしておるぞ?」


「……いや、なんでもない」


 恐らく、何かは言えた。しかし、その何かは凡そ心に響くようなものではなく、ただ会話の繋ぎになる程度の何かだ。発したとて、特に意味は無い。


 警戒をする割に良くしてくれる晴明。常の余裕のある表情から一転して寂しげな表情を浮かべる晴明。寝ずの看病をして雪緒を(おもんばか)る晴明。


 ここ三日程でそれなりに晴明を見てきたけれど、見ていただけで何も知れはいない。


 それがなんだか嫌で、雪緒は笑みを作って言う。


「なあ、晴明って好きな食べ物ってあるか?」


「なんだいきなり」


「良いから良いから。なんか好きな食べ物ってあるのか?」


 急に聞いてくる雪緒に当惑(とうわく)しながらも、晴明は答える。


 そんな晴明に、雪緒はお見合いの席のような質問を続ける。


 押すように質問をして来る雪緒に少し鬱陶しがる素振りを見せながらも、質問には律儀に答える晴明。


 鬱陶しがる素振りを見せる晴明に気付きながらも、質問から話を広げる雪緒。


 そんな初々しいような二人を、冬は嬉しそうな顔で生暖かく見守った。


 小梅は畑を耕すのに夢中だった。



 〇 〇 〇



 現代と平安を跨ぐ生活もかれこれ一週間になった。


 寝ている間に平安に行っているけれど、どういう訳かその疲れは現代に影響されない。ただ、怪我をした場合は、その怪我が現代の身体にも出来ている。


 晴明曰く、魂が傷ついたから影響している、とか。


 平安の雪緒は人よりも式鬼に存在が近い。剥き出しの魂に、ちょっと形を与えてあげている状態なのだそうだ。


 式鬼に疲れという概念は無い。消耗と消費という概念はあるけれど。


 ともあれ、疲れ知らずの式鬼に近しい存在として在る平安の雪緒は疲れないーーという訳でもない。精神的な疲れが仮初(かりそめ)の身体に影響を及ぼすそうだ。


 雪緒は不完全にして不安定な存在だ。人の理と化生の理が混在している状態にある。晴明にも、良く分からない状態になっているらしい。


 ともあれ、現代と平安の二重生活をするのに支障は無い。朝起きれば身体の疲れは取れているし、特に身体に異常は無い。


 それは検査入院期間中に嫌という程身体を検査したので身をもって知っている。


 現代では健康優良児。平安では意味不明存在。差が激しい。


 しかし、平安での事など看護師に話す訳にもいかないし、もちろん明乃と繁治に話す訳にもいかないので、表向きはただの雷に撃たれた健康優良児だ。


 一週間かけて雪緒が至って健康であると証明されると、とうとう退院の日が来た。


 病院の入口から出たところで、千鶴が笑顔を浮かべながら花束を渡してくれる。


「ほい、退院おめでとう」


「どーも」


 千鶴から花束を受け取り、軽く返事をする。


「それにしても、驚くほどに異常が無かったね?」


「まさか至って健康だと太鼓判を押されるとは思いませんでした」


「なんで入院してたって話だよねぇ」


 言いながら、けらけら笑う千鶴。


「まぁ、何事も無くて良かったよ。本当、雷に打たれたとは思えないよね」


「自分でもびっくりですよ。何かしら後遺症が残ると思ってましたし」


 手足が痺れる等の後遺症くらいは覚悟していたけれど、別段何が起きるでもなく平穏無事に過ごせてしまった。


 世界では雷に撃たれて特殊能力を手に入れた、なんて話もあるけれど、雷に撃たれて出来るようになったことと言えば時間遡航と式鬼神召喚くらいだ。いや、くらいではない。特殊能力よりも数段凄い事だ。


 人にもメディアにも言えないことなので、誰の目にも晒される事は無いけれど。


「平穏無事が一番良いよ。それよりも、君が一番気にしなくちゃいけないことがあるでしょう?」


「うっ……」


 人がなるべく気にしないようにしていた事をさらりと言われ、思わず唸ってしまう雪緒。


 そんな雪緒に、千鶴はやけに嬉しそうに言う。


「一週間遅れの学校だけど、まぁ頑張りたまえ!」


「俺の不幸がそんなに嬉しいですか……?」


「あまり四苦八苦しない君が学校で四苦八苦してる様を想像するだけで面白い」


「最低! この人最低!」


「くふふ、冗談よ、冗談。まぁ、なんかあったら電話しなさいな。お姉さんが相談乗ったげるから」


 言って、雪緒の頭を乱暴に撫でる千鶴。


「ちょっ! 止めてくださいよ、子供じゃないんですから!」


「この間高校生になったばかりのガキンチョじゃないの」


「そりゃあ、千鶴さんの歳から言ったら多くの人はガキですけーー」


「千鶴さんは永遠の十七歳。復唱」


「千鶴さんは永遠の十七歳です!」


 早い。撫でていた手が違和感無く顔面を掴んでいた。頭を撫でられていたと言うのにまったく気付けなかった。


 慌てて復唱をすれば千鶴は掴んでいた手を離す。


 雪緒の顔には若干減り込んだ指の跡が付いていたが、鏡が無いので本人には確認のしようが無い。


「ったく、女性に年齢の話はしないもんよ?」


「女性はアイアンクローなんてしないもんですよ?」


「世の女性の必須スキルよ」


「なんて荒んだ必須スキルだ……」


 世の女性が全員アイアンクローなんて出来なきゃいけないなんて、どれだけ荒んだ世の中なのだろう。そんな世の中は御免願いたい。


「そうじゃなくて。わたしはね、これでも心配してるのよ? なんか、良くない噂も聞くし」


 そう言った千鶴の顔が少しだけ険しくなる。


「良くない噂?」


「そう、良くない噂。君、電車通学じゃないよね?」


「徒歩圏内なので、徒歩で通学しようかと」


「そう。なら良いの」


 そう言って笑う千鶴。


「因みに、それってどんな噂なんですか?」


 一瞬前の険しさが気になりたずねてみた。


「いいのいいの! 気にしない気にしない! それよりも、君が新しい学校でやっていけるのかどうか、わたしは心配だよ。君、学校への道のりわかる? ちゃんと友達とか作れる?」


 けれど、明るく振る舞って千鶴は誤魔化す。


 入学式に行けず、新生活にも遅れてしまった雪緒に、これ以上暗い話をしたくなかったのだろう。


 その気遣いを理解した雪緒は、ふっと笑って言葉を返した。


「なんか親戚のおばーー」


「あ?」


「ーーお姉さんみたいな事言いますね」


 危なかった。全部言ってたらアイアンクローじゃ済まなかった。調子ぶっこいて笑ってる場合じゃなかった。


 心中で冷や汗をかいていると、低い声と鋭い眼光を収めて、千鶴は優しげな表情で言う。


「まぁ、短いようで結構濃い付き合いだったからね。君のこと、結構気に入ってんのよ」


「恐悦至極」


「よきにはからえ」


 雪緒がふざければ、偉そうに胸を張る千鶴。


 確かに、雪緒にとっても、千鶴のノリの良いところは大変好ましい。年子の明乃とは違い、歳の離れた姉がいるような気になった。


 入院中もこんな風によくふざけあっていたので、確かに、濃い付き合いにはなった。


「俺も、千鶴さんの事を姉のように思ってましたよ」


「あー、浮気ー? 明乃ちゃんに言っちゃおー」


「なんでそうなるんですか。歳の離れたーー」


「千鶴さんは?」


「永遠の十七歳!」


「よろしい」

 

 即座に答えた雪緒に、千鶴は偉そうに鷹揚に頷く。


「……二人目の姉って感じがして、とても親しみやすかったですよ」


 慎重に言葉を選んで言えば、千鶴はにっと笑う。


「そーかそーか! わたしも、弟みたいで悪くなかったよ」


 言って、また乱暴に頭を撫でる千鶴。


 最後にぽんぽんと軽く頭を叩くと、腰に手をあてて言う。


「ま、本当に何かあったら言いな。愚痴くらい聞いてあげるから」


「それじゃあ、その時は頼りにさせてもらいますよ、姉さん」


「おう。頼りにしな、弟よ」


「はい」


 最後にそう言って、雪緒はお辞儀をしてから、病院を後にした。


「なんだったらデートもしてやるぞー!」


「遠慮しときまーす!」


 背中から聞こえてきた千鶴の軽口に、雪緒も軽口で返す。


 そんな雪緒の言葉を聞いて、千鶴はにっと微笑んだ。





 今日は退院日だが、雪緒にとっては今日が登校日でもある。


 登校日をいつにするかという学校側の問いに、雪緒はなるべく早くが良いと言った。


 そうしたら、途中からの参加になるけれど、退院日にそのまま学校に登校することになった。


 着替えも無いので一度家に帰ってからの登校になる。学校に到着するのは、二時限目くらいになりそうだ。


 病院から家まで歩いて帰っていると、一瞬黒い(もや)のようなものが視界に入る。


「あん?」


 黒い靄の方に視線を向けるも、そこには何も無く、ただ民家があるのみだ。


 気のせいかと思い頭をかきつつ、学校に遅れるのも嫌だったので気にせずに歩いていく。


 病院から家まではそんなに離れておらず、歩いて二十分程で着いた。


 約一週間ぶりの我が家。現代と平安の二重生活のせいもあり、かなり久しぶりに感じる。


 鍵を開けて家に入る。


「ただいまーっと」


 言いながら靴を脱いで家に上がる。


 自室のある二階に上がる前に、病院に持って行っていた服をかばんから取り出して洗濯機に放り込む。


 それから二階に上がって、久しぶりの自室に足を踏み入れる。


 カーテンが閉めたままになっており少しだけ薄暗い部屋。しかし、雪緒にとっては都合が良い。


「っと、その前に……」


 雪緒は普段着から制服に着替える。


 一度袖を通して違和感が無いか確認をしたので着方は分かる。といっても、男子の服など特に違いがある訳でもないし、洋服など狩衣に比べれば断然着やすい。


 今日から通う学校の制服に袖を通し、変なところが無いかを確認する。


「よし、平気だな。後は……」


 雪緒はかばんから式鬼札を取り出すと、なれた調子で式鬼神召喚をする。


「式鬼神招来」


 途端、式鬼札が人の形を模していき、やがて小梅が現れる。


 小梅の姿ーーと言うより格好ーーは良くも悪くも目立つので、小梅には病院の屋上に残っていてもらい、家に帰ってから召喚して連れて来るという段取りだったのだ。


「ほほう! ここが主殿のお部屋にござりまするか! 主殿の匂いで一杯にござりまする!」


「変態っぽいぞ小梅」


 召喚されるなり匂いを嗅ぎはじめる小梅にそう言いながら、雪緒はリュックに荷物を詰める。


 雪緒の通う私立上善寺学園は普通の高校に比べて校則が緩い。学校指定の鞄も無ければ、制服の着崩しもある程度なら黙認される。


 緩い校風だが、偏差値はそれなりに高いため、素行不良の生徒は数えるほどしかいないらしい。


 ある程度成績を維持していれば、着崩していようが髪を染めようが特に何も言われないのだ。

 

 そのため、雪緒は学校に行くのにリュックを使う。頑丈な上に容量か大きいので使い勝手が良いからだ。


「主殿、何処へ向かわれるのでありまするか?」


 雪緒の部屋を物珍しげに眺めていた小梅が、準備を始めた雪緒のリュックの中を興味深げに覗いている。


「学校。俺、昼間は学校に行かなきゃいけないんだ」


「がっこう?」


「人が集まって勉強するところ」


「なんと! それは素晴らしい事にござりまするな! どうぞご存分にお励みくだされ!」


「励む前に気が重いイベントが一つ待ってるけどな……」


 中身を入れ終え、リュックを閉める。


「財布、ハンカチ、スマホ……は、まだ買ってないんだったけか」


 明乃が適当に買うと言っていたスマホだが、繁治がそれだと可哀相だと言って雪緒が退院するまでは買いに行かないと言ったのだ。


 明乃は甘やかしすぎと怒り、雪緒はゲームが出来ればどんな機種でも構いはしなかったのだが、折角の繁治の好意に甘えようかと思ったのだ。


 ともあれ、スマホが無いのは少し心許(こころもと)ない。


 手軽に連絡が出来ないのはとても不便だ。


 まぁ、それも含めて罰だと思うことにしよう。


「小梅、俺が帰って来るの夕方くらいになる。それまで部屋に居てくれ……って、ずっと部屋に居ても暇か」


「いえ! 主殿の留守をお守りするのが某の勤め! 暇などあるはずもござりませぬ!」


「つってもな……」


 本人はそう言っているけれど、雪緒としては何も遊べるものが無い部屋に幼子一人残す事に抵抗があるのだ。


 さりとて、雪緒の部屋に小梅でも出来る遊び道具があるわけではなくーー


「いや、一つあったか」


 ーー記憶を辿り、一つだけ小梅にも出来そうな遊びがある事を思い出した雪緒は、机の引き出しからあるものを取り出す。


「小梅、これで遊んでてくれ」


「これは、何でございましょう?」


「これは塗り絵って言ってな、この色鉛筆でこの絵に色を塗るんだ」


 母親ーー楸が趣味でやっていた塗り絵。最近では多くの種類があるからとても楽しいのだと言って、雪緒にも一つ買ってきたのだ。


 この塗り絵は塗り絵の横カラー写真が載っているので、それを参考にして色塗りが出来る。これならば、知らない花や建物があっても、簡単に色塗りが出来るだろう。


「隣のこれを参考にして色を塗ってみな」


「なんと! 精密で精緻な絵にござりまするな! それに、某の知らない建物や草花もあるでありまする!」


「これは写真って言って……あぁ、説明してる暇が無いな。まぁ、これで暇でも潰しててくれ。あ、鉛筆の芯が折れたらこれ使ってくれ。鉛筆を刺して回せば勝手に削れるから」


「承知! 某、全力で楽しむでありまする!」


 そう言ってわくわくを隠しきれない笑みを浮かべる小梅。


「ま、程々にな」


 そんな小梅を見て微笑ましい気持ちになりながらも、あまりゆっくりもしていられないのでリュックを背負って部屋から出て行く雪緒。


「行ってらっしゃいませ!」


「行ってきます」


 元気な小梅の声を背に受け、雪緒は家を後にした。


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