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第拾参話 呪った少女

 雪緒は仄と共に仄の家に向かう。


 道中、皇后崎に会った事と皇后崎について思う事を話す。


「皇后崎先輩は、怪異化について知らないみたいだった。凄く、取り乱してたし」


「それじゃあ、皇后崎先輩と怪異の意識は別にあるという事ね」


「ああ。多分、騙されてるか利用されてるかだ……」


 だというのに、雪緒は皇后崎に酷い事を言ってしまった。自責の念を抱く雪緒を横目で見ながらも、仄は言う。


「邪視が口が良く回るようならそうでしょうね。……それと、私の方でも皇后崎先輩の事を少し調べてみたの」


「調べたって、何を?」


「ただの身辺調査よ。今日までどう生きて来たのかとか。そのくらい」


 言いながら、けれど、仄は少しだけ言いづらそうに根眉を寄せる。


「けど、あまり話してて気分の良い話じゃないわね。それに、誰に聞かれるとも分からないし」


「なら、仄の家に着いてからにしよう」


 もうそろそろ仄の家に着く頃合いだ。話をするのは、それからでも良いだろう。


「そうね」


 頷き、仄は会話を切る。


 丁度その時、曲がり角から着物の女性がこちらに向かってやってきた。


 一瞬の既視感。その直ぐ後、その人が誰であったのかを思い出す。


 お互いの距離が縮まり、声の届くところまで来ればお互いに立ち止まる。仄も雪緒が立ち止まったのを見ると、一緒に立ち止まる。


「あら、お久しぶりです」


 そう言って微笑むのは、以前に(なつめ)のところに行った時に出くわした女性だ。立ち止まり、挨拶をしたということは、向こうも雪緒の事を憶えているのだろう。


「どうも。この間はすいませんでした。くらさんと、まだ話の途中だったでしょう?」


「いえ。大丈夫ですよ。話も、丁度句切が良かったですし」


「それなら、良かったです」


 少なからずほっとする雪緒。話の邪魔をしてしまったのではと、少しだけ気掛かりだったのだ。


「ふふっ、礼儀正しいのですね。ああ、そうそう。彼女、友達が少ないから、どうぞ仲良くしてあげてくださいね?」


「それは俺の方からもお願いしますよ」


「ふふっ、どうでしょう? 私よりも貴方の方が適任に思えますよ。彼女、貴方に会った後は機嫌が良いですから」


 それでは、用事がありますので。


 笑みを浮かべてそう言った後、着物の女はそのまま歩いて行った。


 結局名前を聞けなかったなと思いながらも、雪緒は仄に視線を向ける。


「雪緒くんって女性の知り合い多いよね」


「え、そうかな?」


「うん、多い」


 至極真面目に頷かれ、雪緒は考える。


 ……うん、確かに、女性の知り合いの方が多い。


 納得したところで、仄が言う。


「雪緒くん軟派野郎(プレイボーイ)だったんだね」


「いや、そんな訳……待て、なんか言い方に刺があった。なんか怒ってる?」


「怒ってはないけど、ちょっと交遊関係は見直した方が良いかなとは思うよ」


「うっ……俺も男友達が少ない事は自覚してるけど……」


「クラスメイトの誰一人として友達になれてないもんね」


「ぐうっ……」


 核心を突かれて呻く雪緒。


 そんな事を話ながら、二人は仄の家まで歩を進める。


 楽しげに話す二人を、着物の女は振り返って一瞥(いちべつ)すると、楽しげに微笑んだ。





 二人は土御門邸に着くと、早速本題に入る。


「それで、皇后崎先輩について分かった事って?」


「うん。皇后崎先輩の家、ずっと前から上手くいってないみたい」


「上手くいってないってぇと?」


 雪緒が聞けば、仄は真剣な表情で話し始める。


「皇后崎家は別段近所で噂になるような事が無い普通の家庭だったの。家族仲も円満だったみたいだし、黒い噂も無かったし」


「へぇ……」


 それがなんで上手くいかなくなったのか。そんな事を雪緒が聞くまでもなく仄が話す。


「でも、少ししてからおかしくなったらしいの。なんでも、皇后崎先輩は呪われてるとか」


「呪われてる……?」


「うん」


 頷き、仄が雪緒に新聞の切り抜きを見せてくる。


 見出しには、『小学校、集団ヒステリーか!?』と大々的に書かれていた。


「これは?」


「結構前にあった新聞記事。この小学校の名前、見覚え無い?」


 言われ、雪緒は新聞をよく見てみる。そこには、確かに見覚えのある小学校の名前があった。


「俺の憶え違いじゃなかったら、市内の小学校……だよな?」


「うん。その小学校に皇后崎先輩が通ってた。それに、その小学校の集団ヒステリーが起きたクラスが皇后崎先輩のクラスだったの」


「なんだって?」


 雪緒は新聞を食い入るように見るけれど、そこに皇后崎の名前は無かった。


「名前とかは無かったわ。皇后崎先輩が居たクラスだって分かったのも、当時を知る人から聞いたからだし……」


「まぁ、そりゃあそうだよな」


 数年前とは言え情報規制がある。子供達の名前をおいそれとは出せないだろう。


「それで、これと家族仲が悪くなったのと、どんな関係があるんだ?」


 確かに、集団ヒステリーは怖いけれど、それだけだ。家族が心配はするだろうけれど、それだけだろう。不仲になる理由には弱い。


「確かに、これだけだったら可哀相なお話ってだけだけどね……。でも、話にももっと大事な前提があったの」


「前提? 実は集団ヒステリーじゃなかったとか?」


「そうじゃないの。集団ヒステリーを起こしたのは、クラス全員(・・・・・)じゃない(・・・・)の」


 家族の不仲。集団ヒステリー。クラス全員がなった訳ではない。呪われた皇后崎。


 それだけの手掛かり(ヒント)を貰えば、雪緒にだってどういった事が起こったのか、少しだけ想像がつく。


「……つまり、その集団ヒステリーを起こしたのは皇后崎先輩だって事か……?」


 雪緒が聞けば、仄はこくりと頷いた。


「集団ヒステリーが起きた教室で、唯一皇后崎先輩だけが無事だったの。クラスメイトも、先生も全員無事じゃなかったのに、皇后崎先輩だけ無事だった……」


「なるほどな。確かに、その状況じゃ、皇后崎先輩が疑われても不思議じゃないな……」


 まぁ、子供を犯人だと疑うかどうか、そこら辺は当人達の良心が問われるところだけどな……。


「んで? その一件だけって訳でもないんだろ?」


 それだけなら噂程度だ。若干のぎこちなさは残るだろうけれど、不仲になるまでには至らないだろう。


「うん。その後から、皇后崎先輩と話をしていた人が急に気分が悪くなったり、その場で吐いちゃったりする人が出てきたみたい」


「だから呪い、か……」


 これで、ようやく合点(がってん)が行った。


 皇后崎のあの時言葉。


『ああそうさ! 御主は感じた事は無いか? 能力(ちから)が有るがゆえに孤独を感じた事は? 能力(ちから)が有るがゆえに迫害をされた事は?』


(いじ)められ、親にすら見放され、周囲からも気味悪がられた事は?』


『あるだろう!? 我に有るのだ(・・・・・・)! 御主に無いわけが無い!』


 あの時、頭に血が上っていたのでまったく聞く耳を持たなかったけれど、よくよく考えればおかしな話だ。


 皇后崎が占い師としての頭角を現したのはつい最近だ。その間、皇后崎は女子達に絶大な人気を誇っていた。その間、虐められ、迫害をされた事などおそらく無いだろう。


 だから、皇后崎が言っていたのは、つい最近の出来事ではない。ずっとずっと昔から、今までずっとあった事だったのだ。


「はぁ…………」


 雪緒は深く深く溜息を吐く。


 テーブルに(ひたい)を乗せ、心底呆れたように自分に言う。


「本っ当に……俺って奴は足りてない……」


「ど、どうしたの?」


「……いや。皇后崎先輩に謝らなきゃいけない事が一つ増えただけだよ」


 仄には皇后崎と話した事の詳細までは話をしていない。だから、皇后崎が雪緒に言った先程の言葉の真意は知らない。


 けれど、あれが、あの言葉が、もし皇后崎の|助けて(SOS)だったのであれば、自分はどれだけ酷い仕打ちをしてしまった事だろう。手を振り払い、挙げ句に突き放してしまった。


 今更遅いかもしれないけれど、皇后崎ともう少しよく話をしてみる必要があるだろう。


 机に乗っけた頭を起こして仄に謝る。


「……悪い、話遮っちまったな」


「ううん、それは大丈夫。けど、雪緒くんは大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。それよりも、皇后崎先輩の事だ。仄はどう思ってるんだ? 本当に、呪われてると思うか?」


 雪緒が聞けば、仄は(おとがい)に手を当てて考える。


「呪われてる、かもしれない。周囲に不幸が訪れる呪い、なんていうのも無い訳じゃないし……。ただ」


「ただ?」


 顎に当てた手を戻し、仄は雪緒を見る。


「ただ、逆の可能性も考えられる」


「逆の可能性っていうと……」


「皇后崎先輩が、周囲を呪っていたって事」


「皇后崎先輩が、呪いを……」


 言葉を反芻(はんすう)する。


 皇后崎が周囲を呪っていた。確かに、それは有り得る話だ。そう。そうだ。皇后崎は能力(ちから)があると言っていた。であれば、呪われているのではなく、呪っている可能性だってある。


 じゃあその能力(ちから)ってなんだ? その能力(ちから)にどんな作用がある?


 考えてはみるものの、答えはまるで出ない。


「やっぱ、専門家に聞くしかないか……」


「その専門家が目の前に居るんだけど?」


 雪緒の思わず漏れてしまった言葉に、仄がじとっとした目で雪緒を見る。


 雪緒は慌てて取り繕って言う。


「あ、いや、違うぞ! 俺の知り合いに呪術の専門家(スペシャリスト)が居るからさ!」


「呪術の専門家(スペシャリスト)? ……雪緒くん、悪い事は言わないから、友達は選んだ方が良いよ?」


 胡散臭そうな顔をする仄。確かに、陰陽師である仄が呪術の専門家(スペシャリスト)と言われて、そう素直に納得する事も出来ないだろう。


 雪緒は苦笑を浮かべながらも仄に言う。


「だ、大丈夫だよ。ちゃんと良い人だから」


 ちょっと悪戯(いたずら)が過ぎる時もあるけれど、とは言わぬが花だろう。


「……まぁ、雪緒くんが平気って言うなら信じるけど」


 そうは言うけれど、仄は納得していない様子。しかし、これ以上言う事はしないようだ。


「皇后崎先輩の事は一先(ひとま)ず置いておくとして、雪緒くんはこれからお暇かしら?」


「まぁ、帰ってもあまりやる事無いし、暇っちゃ暇だな」


 小梅が家事をしてくれるようになってから、雪緒が家事をする時間がとんと減ってしまったので、帰ってもそこまでやる事が無いのだ。


 それに、今日は元々仄と打ち合わせをするつもりだったから、まだ時間に余裕はあるのだ。


「良かった。それじゃあ、外に出ましょう。今朝言ってた怪異化した人を一カ所に集めておいたの」


「ーー! 分かった、行こう」 


 仄の言葉に即座に頷き、雪緒は立ち上がる。


 そして、仄の先導の元、怪異化した人達が集められている場所に向かった。


 土御門邸を出て、土御門家の所有車に乗り込み、その場所へ向かう。


 シートがふかふかな高級車の乗り心地を満喫しながらも、車はどんどんと都市の外れへと向かっていく。


「結構遠いんだな」


「ええ。低級とは言え怪異は怪異だから。人気(ひとけ)の無いところに集めるのは当然でしょ?」


「確かに……」


 道満も言っていたが、邪視が自らの身を削ってまで怪異を作ったとしても、それで誕生した怪異の程度は(たか)が知れている。


 けれど、それでも怪異は怪異。


 陰陽師である仄や青子達を警護する百鬼夜行、そして七星剣を所有する雪緒にとっては大した事が無い相手でも、怪異に(こう)する力を持たない一般人にとってはそれだけで脅威だ。


 人気(ひとけ)の無いところに集めるのが正解だろう。


「それで、怪異化ってどんな怪異になってるんだ? 邪視みたいな怪異か?」


 雪緒が何気なくそう問えば、仄の表情が険しくなる。バックミラー越しに見えた運転手も、顔をしかめている。


「……なにかあったのか?」


「……雪緒くんの説明を聞いたとき、私も邪視の仕業(しわざ)なんじゃないかとは思ったの」


「違うのか?」


「正直な話、ごめんなさい雪緒くん。私は、今起きている怪異化は邪視は関係ないんじゃないかと思うわ」


「……どういうことだ?」


 雪緒が問い掛ければ、仄は難しい顔をしながら言う。


「怪異化した人達は皆一様にとある姿に変貌してるの」


 言いながら、帳簿をめくってとある項目を指差しながら雪緒に見せる。


 仄が指差す先はには写真があった。その写真にはーー


「皆、この姿になってるの。これを見ると、邪視との関連性は低いように思えるわ」


 ーー牛の頭をした女の姿が写っていた。


 普通の人々が変貌したのは、邪視ではなく、牛の頭をした女の怪異。


 その名は、牛女(うしおんな)。邪視とは、まったく関係の無い怪異であった。

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