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第拾壱話 話す事、話さない事

感想、評価、ブクマありがとうございます。

 秀郷に稽古を付けてもらった晩。


 一日中騒がしかった事もあり、常と変わらぬ夜なのに、一層寂しく感じてしまった。


 その寂しさと心地良いと思いながらも、雪緒は晴明とのこの一時は何事にも変えがたいものだと思う。


 寂しいけれど、就寝前のこのゆっくりとした時間が落ち着く。


「今日はやけに夢中になって刀を振るっておったな。なんぞ、心境の変化でもあったか?」


 寝巻に着替え、後は寝るだけとなったところで晴明が聞いてくる。


 雪緒は少し考えた後、包み隠さずに話す事にした。


「皆を守りたいからってのもそうだけど、俺に七星剣(ちから)をくれた晴明に恥ずかしくないようになりたいって思ったんだ」


 雪緒は七星剣を使っている。けれど、まだ使い手と呼べる程の技量など無い。それが、恥ずかしく、晴明に申し訳ないと思ってしまう。


「せっかく晴明がくれた力なんだ。晴明の顔に泥は塗れないからさ」


「なんだ、そんな事か」


「そんな事って……結構重圧感じてるんだぞ、俺」


 なんでもない事のように言ってのける晴明に、雪緒は少しだけ拗ねたように言う。


 晴明は、そんな雪緒を見てふっと笑みを浮かべる。


「元より、其方は立派だよ。前にも言ったが、誰かを助けるために自ら一歩を踏み出せる其方を私は尊敬しておる。それは今も変わらぬ。今も、私は其方を尊敬しておる。何度も怪異に立ち向かえる勇気を持つ其方を、私は恥ずかしいとは思わぬ」


「お、おう……そうか……」


 思ったよりも素直に言う晴明に、思わず雪緒は頬を赤く染めて、ぶっきらぼうに返事をしてしまう。


 そんな雪緒を見た晴明はふふっと楽しそうに笑う。


「なんだ? 照れておるのか?」


「そ、そりゃあ照れるだろ。そんな素直に()められたら……」


 言いながら、晴明から視線を逸らす雪緒。存外、雪緒は誉められる事に慣れていないのだ。


 顔を背けながらも、しかし、雪緒は言わねばならない事は言う。


「け、けど……俺が弱いせいで、俺に七星剣を与えた晴明が間違ってたなんて言われたくないからさ。晴明には、本当に感謝してもしきれないから……」


「感謝をしているのは私も同じだ」


 そう言った晴明の声には温かさがあった。


 雪緒は、背けていた顔を晴明に向ける。


「この家も、随分と騒がしくなったな……」


 雪緒が増え、同日に小梅が増えた。


 足繁く通う道満。今日から雪緒の稽古をつけるために通う気満々の秀郷。


 確かに、晴明と園女のみの生活からは考えられない程騒がしくなった。


「まさか、私がこんな風に生活出来るとは思うておらなんだ。ともすれば、私はこのまま寂しく一生を過ごすものだと思っておった」


 それは、嘘では無いのだろう。人を寄せ付けない晴明にとって、自分の周囲に人が増える事は怖い事だったはずだ。


 陰陽師としての才能が有る晴明は周囲に勝手に期待され、羨望、嫉妬、その他諸々の感情に晒されてきたはずだ。生来からの臆病もそれに拍車をかけただろう。


 だからこそ、晴明が誰かを寄せ付けるという事は、生半可(なまはんか)な覚悟ではないのだ。


 穏やかに微笑みながら晴明が言う。


「其方が私に勇気をくれたのやもしれぬな」


 真っ直ぐな、澄んだ瞳が雪緒を捉える。


 雪緒は、視線を逸らすこと無く、晴明に言う。


「それこそ、晴明も一歩踏み出したって事だろ。俺を見つけてくれたあの日からさ」


「そう、か。……そうであれば、嬉しいな……」


 そう言って笑った晴明は少しだけ幼く見えた。まるで、共に歩いてくれる家族を見付けたかのような、そんな温かさと幼さを持った笑みだった。



 〇 〇 〇



 翌朝。


 雪緒は朝一番で時雨を呼び付けた。


 音もなく時雨は雪緒の部屋に現れたけれど、それは何時もの事なので気にしない。


 朝っぱらから申し訳ないけれど、仄とも通話が繋がっている状態だ。しかし、これは怪異に関わる事なので業務内だと思って許してほしい。


「それで、僕を呼び付けた訳を聞こうか?」


「聞きたい事があってな。時雨、人が怪異になってる、なんて事起こってるか?」


「……」


 雪緒が率直に問えば、お面の奥に隠れた表情が動いた気がした。


「……目敏いというか耳敏いというか……」


「そういう反応するって事は、もう起こってるって事なんだな?」


 雪緒が問えば、時雨は諦めたように頷いた。


「ああ。起こってる。一昨日の夜から失踪者が出始めた」


『それは私も聞いてるわ』


「おや? それじゃあなんで雪緒くんに報告しなかったんだい? まさか手柄を横取りされるのが嫌だったとか?」


『それはお互い様でしょう? 情報が確定するまでは雪緒くんを混乱させたくなかっただけよ。ただでさえ邪視に手間取ってるんだもの。他の怪異の中途半端(あやふや)な情報で困惑させたくなかったのよ。貴方こそ、なんで言わなかったの?』


「ちょっと待った! 言い争いをするために電話してるんじゃないんだ。時雨も、連絡取り合ってる時くらい毒を抜いてくれ」


 言い争いに発展する前に雪緒が待ったをかける。


 どうにも時雨と仄ーーというよりも、陰陽師との折り合いが悪い事は分かっていたので、少しでも言い争いになりそうなら止めようと決めていたのだ。


「……僕は僕の友人を案じただけだよ。それ以外の意図は無い」


 不機嫌そうに時雨が言う。


 身を案じた。それは、雪緒が人であった者を殺せないだろうという時雨の配慮だろう。


 だからこそ、時雨は雪緒に怪異化した人の事を言えなかった。


「ありがとうな、時雨。でも、俺ももう覚悟を決めたんだ。次からは言ってほしい」


「……分かったよ。次から(・・・)は言うよ」


 雪緒の言葉に頷く時雨。けれど、納得しているのかしていないのかは、仮面の奥に表情を隠しているために判断がつかない。 

 

「頼むな。それじゃあ話を戻すけど、その怪異化は邪視の呪いが影響してる」


『邪視の呪い? 待って、邪視は呪いをかけていたの? 殆ど暗示に近いものって結論になったんじゃなかったの?』


「だったんだがな。どうにも、俺もあの時呪われてたらしい」


『は!? 何それ、聞いてないわ!』


「俺も気付かなかったからな」


 それどころか、一緒に居たまなこも気付いていなかった。まなこが気付け無いのであれば、仄や雪緒に気付ける道理は無い。


 道満でさえ、違和感を覚える程度なのだ。雪緒達が気付けなくとも仕方の無い事だ。


 しかして、それは道満が呪いを解呪してくれたからこそ呑気に言えるのだ。それを知らなかった二人は少なからず動揺する。


「らしいって事は、もう大丈夫なんだろうね?」


「ああ。解呪の方はしてもらった。もう大丈夫だ」


『大丈夫だって……もう少し緊迫感を出せないの? 危うく怪異になるところだったのよ?』


「つっても呪われてたって実感無いしな」


 天才呪術師である道満が、お前は呪われていたと言っのだたから雪緒は呪われていたのだろうけれど、気付いたら道満に呪いを解呪されていた雪緒にとっては本当に実感も緊迫も無かった。


 道満が言うのだから在ったのだろうな。それくらいの認識しかない。


『呆れた……図太いんだか、疎いんだか……』


「実際疎いよ俺は。まぁ、俺の事はもう良いよ。解決した事だし」


 問題は、解決してない人々の方だ。


「邪視に占われていた人って俺だけじゃないだろ? 学校中の生徒に呪いが付与されていてもおかしくない」


『ーーっ。確かに、そうね……』


 思案するように間を開ける仄。


 そんな仄に、雪緒は護身剣の能力で解呪が出来る事を告げる。


「一応、七星剣で解呪可能らしい。怪異に変性してから間もない人達も、まだ呪いの段階の人も」


『そんな事が可能なの?』


「ああ。護身剣を俺は防壁っていう形だけでした使ってないけど、護身剣のそもそもの力は不浄を払う、又は寄せ付けない事だ。まぁ、知らなかったから呪いとかばんばんかかってたけどな……」


「次から気をつけておくれよ、本当に。猿夢に眠らされた時は冷や冷やしたんだからさ……」


「ちゃんと気をつけるよ」


 時雨の溜息混じりの言葉に雪緒は申し訳なさそうな顔で返す。


「それで、護身剣を中心に浄化する為の結界を張る。その中なら、怪異の不浄を払えるはずだ。実践してないから、確証は無いけど……」


『……真偽の程はともあれ、分かったわ。私達も手を(こまね)いている状態だから、その(わら)(すが)らせてちょうだい』


「ただ、どれくらいの広さを保てるのかが分からない。それに、結界の持続時間も分からない」


『それはぶっつけ本番で調整するしか無いわね。場所の手配は私に任せて』


「頼む。後、出来るだけ怪異になった人を回収してくれ。それと、呪いを持ってる人も。怪異になった人はどれくらいで元に戻れなくなるのか分からないから、なるべく急がせてくれ」


『分かってるわ。……今度は、手遅れになる前になんとかしましょう』


「ああ。邪視の好きにはさせないさ」


 報告と方針を固め、二人は通話を切った。


「それで? 僕は何をすれば良いのかな?」


「時雨も怪異になった人の回収を頼む。百鬼夜行も大半を回収に向かわせる」


「了解。……それにしても、よく呪いの影響だって分かったね」


「ん、ああ。えーっと、知人に、な。教えてもらったんだ、うん」


 唐突に問われ、雪緒は視線を泳がせながら答える。


 分かった訳ではない。雪緒は教えてもらったのだ。それを自分の手柄のように言うのは抵抗があるけれど、言わねばならないから言っているに過ぎない。


 そんな若干の後ろめたさもあるけれど、雪緒が慌てたのはどういった経緯で呪いの影響である事を知ったのかを説明が出来ない事だ。


 雪緒が呪いの影響だと知ったのは平安での出来事。それゆえに、上手く説明が出来ない。


「知人、ね……」


 そんな雪緒に、時雨が疑わしげな視線を向ける。


 けれど、特に何を言うでもなくずっと組んでいた腕を解く。


「まぁ、良いよ。僕に言えない事ならそれで良い」


「言えないって訳じゃ……」


 否定しかけ、しかし、実際どうなのだろうと考えてしまう。


 平安に時間遡航(タイムスリップ)している事は確かに信じがたい事だ。けれど、これほど信じられない事態が起きている今、まったく信じられないとは言えないだろう。


 有り得なくはない。あってもおかしくない。けれど、限りなく(ゼロ)に近い確率。しかし、まったく信じられない話ではない。


 時間遡航とは、それほどあやふやな事だ。


 けれど、時雨であれば信じてくれるはずだ。何を馬鹿なと雪緒を馬鹿にせず、信じてくれるはずだ。


 時雨だけではない。他の誰であれ、雪緒の事を信じてくれるはずなのだ。雪緒が真剣に言えば、誰もそれを馬鹿にしたりはしないと、雪緒は確信を持って言える。 


 だというのに、雪緒は何故誰に話す事もしないのだろう。何故、誰にも話せないのだろう。


 自分の中で浮かび上がった疑問に困惑していると、時雨は言う。


「無理に言う必要は無いよ。誰にだって話せない事も話したく無い事もある。だからね、雪緒くん」


 真剣な時雨の声。いや、真剣なだけではない。そこには、今まで感じた事も無い拒絶という意思が込められていた。


「僕にも、知られたくはない過去がある。君の式鬼だから、僕もなるべく包み隠さず話したいけれど、こればっかりは話せない」


 時雨がいったいなんの事を言っているのか分からない程、雪緒は物分かりが悪い訳ではない。


 生前に何があったのか話してほしいと言った時の事だろう。


「僕も、出来るだけ波風は立てないつもりだ。けれど、少しの毒は許してほしい。彼らはそれを受けるだけの行為を、僕にしたのだからね」


 それだけ言って、時雨は雪緒の部屋を後にする。


 残された雪緒は、ただ呆然としながらもどこか納得していた。


 きさらぎ駅の後、時雨がどうして何があったか話してもらうと雪緒が言ったのをはぐらかしたのか。猿夢の後も、すぐに姿を(くら)ませて、今日まではぐらかしたのか。


 それは、時雨が話をしたくないと思っているからで、雪緒と腹を割って話を出来ないと思っているからだ。


 確かに、雪緒は時雨に話をしていない事がたくさんある。そんな相手に、どうやって胸襟(きょうきん)を開けば良いのだ。


「はぁ……本当、色々見えてないよな、俺って……」


 自分自身に呆れて溜息が出る。


 怪異の事も、友人の事も、何も分かっていない。


 しかし、ただ落ち込んでいるだけでもいられない。雪緒にはやるべき事があって、それは決して失敗の出来ない事なのだから。


 俺が時間遡航の事を何も話せない事について、俺自身で答えが出せるまで、この件は保留だな……。


 時雨にだけではなく、誰にも話せない理由。この事が分かるまで、雪緒も踏み込んだ事を聞けない。


 そう判断した雪緒は、時雨の過去についての詮索を一旦止める事にした。現状、それ程障害になっている訳でもない。時雨も、毒は吐くけれど、自分のしなくちゃいけない事はしっかり分かっている。


「……俺も、俺のやるべき事をやるか」


 気持ちを切り替えて、雪緒はリビングに降りる。


 まずは、朝食を食べる事。それが雪緒の最初のやるべき事である。

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