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第漆話 占い師、皇后崎先輩

 同朋。そう呼ばれはしたけれど、雪緒にその覚えは無く、また、皇后崎ともこれが初対面であった。


 だから、雪緒は同朋と呼ばれてもなんの事だかまるで分からないし、思い当たる節だって無い。


「雪緒くん、同朋って言ってるけど、面識あるの?」


「いや、ないと思うけど……」


「くふふっ、まぁそうであろうな。だが、我は御主を知っているぞ。御主が夜な夜なしておる事も、御主がこれまでしてきた事も、な」


 にやりと、こちらを試すように言う皇后崎。こちらが反応してしまいそうな単語を織り交ぜて来たけれど、それになるべく反応しないようにする。


「ちっとも反応を示さぬか……まぁ良い。座れ。我は御主とゆっくり話をしてみたかった」


 雪緒は皇后崎の言葉通り、彼女の目の前に座る。仄が案じるような視線を向けて来たけれど、向こうがこちらを離す気が無い上に、邪視を調べているこちらとしても都合が良い。それを仄も分かっているので、雪緒の行動に口は出さない。


「で、話ってなんですか? 俺、先輩と接点ありましたっけ?」


「くくっ、接点など無い。が、御主と我には共通点があろう?」


「共通点?」


 怪異絡み、という事だろうか? 怪異に関わっていると言われれば、確かに二人にとっての共通点だ。


 けれど、それはやはり接点ではない。


 訳が分からないという顔をする雪緒を見て、皇后崎は一つ笑う。


「くくっ、まったく分からぬと言った顔だな。ならば教えてやろう。御主と我の共通点、それは、どちらも尋常ならざる力を有しているということだ」


「尋常ならざる力?」


「そう! 我はこの魔眼! そして御主は七星剣(・・・)! どちらも、尋常ならざる力だ」


 一瞬、反応を示してしまいそうになった。


 七星剣の事は関係者以外は知らないはずだ。関係者以外で知っている者と言えば、繁治、明乃、青子、加代、そして、きさらぎ駅の被害者だけだ。きさらぎ駅の被害者に関しては、七星剣なんて名前も知らないはずだ。


 なのに、何故皇后崎は知っている? 本当に透視が出来るのか?


「いや、なんですかそれ? まったく身に覚えが無いんですが……」


 心中の動揺を隠し、出来るだけ平静を装いながら雪緒はたずねる。


「くふふっ、しらを切るか。まぁ良い」


「いや、しらを切るも何も、身に覚えが無いんですけど……」


「良い良い! 御主がそう言うのであればそういう事にする! して、今日はどうした? 御主もついに我に占ってほしくなったのか?」


 自慢げに言う皇后崎に、雪緒は本来の目的を悟られないように若干笑みを浮かべながらたずねる。


「まぁ、そうですね」


「ほほう! して、御主は何を占ってほしいのだ?」


「あー……えっと……」


 占ってほしい事など本当は無い。これは調査であって、実際に占ってもらうつもりなんて無かったのだから。


 しかし、周りの空気も相まって、占いをしなくてはいけない雰囲気だ。


 雪緒は少し考え、当たり障りの無い話題を上げる。


「……実は、同性の友達がいないんです。俺が友達を作る手っ取り早い方法を教えてください」


「御主……なんて可哀相な……。いや、我も人の事を言えないが……」


 何とも言えない視線を向けてくる皇后崎。


 やめてくれ、そんな目で見ないでくれ……。


 なんだか周囲の女子の視線も可哀相な者を見るような目をしている。仄もまなこも、若干その視線に同情を乗せている。


「で! 俺はどうすれば良いですか?」


 いたたまれない空気に耐え切れず、雪緒は少しだけ声を大きくして言う。


「う、うむ。では、占ってしんぜよう」


 言って、彼女は右目で雪緒を見る。


 そう、ここからが本題だ。相談した内容なんてどうでもいいのだ。いや、良くはないけれど。


 ともかく、彼女が占いを始めた。ここからはまなこも目を凝らして(・・・・・・)いるだろう。


「我の目を見よ」


 言葉とともに、皇后崎の右目が赤く、怪しく輝く。


 途端、漂う怪異の気配。間違いなく右目から漂っている。


 雪緒は何をされても平気なように気を引締める。


 数秒見つめ合い、暫くして右目の輝きが消え、皇后崎が訳知り顔で頷く。


「……ほう、御主も苦労をしておるようだな」


「……まぁ、苦労はしてますけど」


 逆に、苦労していない人間なんていないだろう。大小の差はあれど、人間とは苦労をする生き物なのだから。


 雪緒は自分の苦労に対する明言を避けて頷く。


 しかし、皇后崎は雪緒の警戒する態度を気にした様子も無く続ける。


「御主、自分と他人との間に壁を作っておるな? まぁ、御主の過去を見れば致し方無い事ではあるがな」


「壁? そりゃあ、初対面とかなら作りますけど……」


「そうだな。先ずそれが一つの障害だ。次に、御主は他人を、もっと言えば親しい誰かを失うのを恐れておるな? それも、異常なほどに恐れておる」


「そ、そりゃあ、大切な人を失うのは誰だってーー」


「御主のそれは度合いが違う。他の誰もがその事を思ってはいても、実感はしておらぬ。が、御主は違う。御主は心底から実感しておる。誰も失いたくない。誰かが傷付くのが怖い。常日頃からそんな不安に襲われておる」


 占いと言うには、雪緒の核心を突きすぎている言葉の数々に、段々と雲行きが怪しくなっていっているのを感じる。


 皇后崎の言葉が続くにつれて、雪緒の心が不安に駆り立てられる。


 不安を感じる雪緒とは対照的に、皇后崎は笑みを浮かべて言葉を続ける。


「理由を教えてやろうか? 御主は過去に一度心底から大事だと思う者を亡くしておる。それも、誰にも代えがたい者だ。近親者、もっと言えば母親だろう?」


「ーーっ」


 なんでだ? なんで知ってる? 楸の事は、自分からは決して話さない。


 晴明には話した。けれど、あれは平安(かこ)での話だ。皇后崎が知っているのはおかしい。


 青子達には話した。あれは人目が無いと分かっていたからだ。それに、雪緒はあの話を軽々しく話したつもりは無い。


 軽々しくなんて話せる内容じゃない。話すには、雪緒なりに覚悟の必要な話だ。


 それを、なんで皇后崎は知っている?


「商店街。そこで、御主の母親は死んでおる。それも、御主の目の前で」


 皇后崎の言葉で雪緒の脳内にあの日の光景が逆行再現(フラッシュバック)する。


 商店街。荷物が重たくて楸の数歩後ろを歩く自分。笑って雪緒を急かす楸。そんな楸を無慈悲に引きずる車。


 顔面蒼白になる雪緒。そんな雪緒に気付いた様子もなく、皇后崎は続ける。


「御主の中でその出来事がトラウマになっておる。だから、御主は友人をーー」


「そこまで、です」


 饒舌に話を進める皇后崎に右目に、まなこが右手を翳す。


 いつの間にか皇后崎の近くに回り込んでいたまなこは、笑みを浮かべてはいるけれどその目はまったくもって笑っておらず、むしろ敵意すら浮かべていた。


「それ以上は、口を閉じてください」


「ーーひっ!?」


 直後、皇后崎が驚いて後ろに倒れ込む。


 そんな皇后崎を、後ろにいた女子生徒が慌てて支える。


「お、御主! な、何者だ!?」


 驚き、怯えながら問い掛ける皇后崎。けれど、まなこの興味は既に皇后崎には無く、まなこは雪緒の手を取りゆっくりと雪緒を立ち上がらせていた。


「大丈夫ですか? 気分が優れないのでしたら、一度保健室に行きましょう」


 言いながら、まなこは雪緒を支えながら教室を後にする。仄も、雪緒と一緒に教室を出て行く。


 皇后崎の残された教室は微妙な空気に包まれており、誰も彼も気まずそうにしていた。





 二年三組を後にし、三人は場所を移した。


 雪緒はゆっくり話をしたいのもあり、そのまま屋上に行くと伝えた。


 屋上に行き、ベンチに座る雪緒に元気は無く、頭に手を当てて疲れたようにうなだれている。


「大丈夫、雪緒くん?」


 仄が雪緒の隣に座り、心配そうに雪緒の背中を撫でる。


 まなこはベンチに座る事無く、けれど、雪緒を気遣うように近くに立つ。


「大丈夫だ。悪い、心配かけたな」


 言って、顔を上げる雪緒。けれど、言葉とは裏腹にその顔に力は無く、血の気は引いたままだった。


「それで、何か分かったか、まなこ?」


 心配そうな顔をする仄に気を遣いながら、雪緒はまなこに問う。


 問われたまなこは気遣わしそうにしながらも、雪緒の問いに答える。


「呪いのような、呪いでないような、そんな曖昧な力を感じました。それと、主様にもその力が向けられていましたが……最初に見た視線とは少々性質が異なりました。邪視本来の相手に不安を与えるような視線も向けられていたようです」


 確かに、皇后崎と対峙しているあいだ、言いようの無い不安が雪緒の胸中に沸き上がってきていた。あれが邪視本来の力であるとするならば、ではいったい雪緒の過去を暴いた方法とはどんな力なのだろうか?


 晴明と道満は透視じみた事が出来ると言っていた。それを使われたのだろうか?


「主様の過去を暴いたのは過去視、透視の類ではありません。あれは主様の心の傷(トラウマ)()たのです」


「俺の、トラウマ……?」


「はい。心の傷は、その者が思っている以上に深く刻まれています。主様の心の傷は、人一倍深いでしょうし、視るのは容易かったでしょう」


「そうか……」


 自分でも、自覚はしている。今の人格形成に多くの影響を与えた事項だと、雪緒自信分かっている。けれど、まさかそこを突かれるとは思っていなかった。


「邪視の能力に過去視などの度を越えた力はありません。精々が透視が限界でしょう。過去視が出来るのであれば、あの方(・・・)の事を知らないのはおかしな話ですし」


「確かに……」


 過去視が出来るのであれば、雪緒が平安に行っている事実を知っているはずだ。彼女の性格上、その事を話さないなんて事は無いはずだ。


「七星剣の事は何処かで見られてしまったのでしょう。この間は派手に立ち回っていたようですからね」


 確かに、雪緒は猿夢の時に派手に立ち回った。その頃から皇后崎が邪視の力を持っていたかどうかは知らないけれど、霊感が有る者には少なからず見られてしまったはずだ。


「百鬼夜行の事を何も話さなかった事も気になりますが、とにもかくにも、邪視の能力にそこまでの脅威が無い事は分かりました。ただ、主様のように呪いに耐性が無い場合の被害は大きいです。今回は力の片鱗でしたが、邪視が本気で主様を視ればただでは済まなかったでしょう」


「なるほど……ありがとう。よくわかったよ」


「いえ。私は主様の式鬼ですから。これくらいは当然です」


 雪緒がお礼を言えば、まなこはにこりと微笑む。


「それで、結局邪視と皇后崎先輩ってどういう状況なんだ? 猿夢の時みたいに、人としての自我が戻ったって訳でも無さそうだし……」


「寄生している、にしては力が弱い気もするわ。力を使わなかったら怪異の気配が分からないっていうのも、邪視の力を考えればおかしな話だし」


「考えられる可能性としては彼女の元々の能力だった、という線ですが……これはあまり現実的ではないですね」


「邪視の能力を逸脱しているから、だろ? けど、可能性が無い訳ではないんだよな……」


「はい。ですが、それを言い始めてはきりがありません。この線は頭の片隅にでも置いておけばよろしいでしょう」


「そうだな……」


 結局、その後三人であれこれ考えてはみたものの、邪視の招待はいっこうに掴めず、休み時間は終了してしまった。


 まなこが帰るのを見送った後、少しだけ顔を青くして教室に戻れば青子と加代に心配されたけれど、雪緒は何でもないと笑って誤魔化した。


 彼女達は一般人。二度怪異に巻き込まれたけれど、ただの一般人なのだ。彼女達に事情は話せないし、いらない心配をかけさせたくはない。


 それに、全部話せば彼女達はきっと怒ってくれる。それは雪緒としては嬉しいけれど、彼女達のためにならない。彼女達が皇后崎に文句を言いに行って何かあってもいけない。


 彼女達には、結果と状況だけ話して、なるべく怪異から遠ざける事が正解なのだ。


 だから、みっともなく己の受けた傷を吐露する事はしない。自分の中にあの時の映像がずっと流れていようとも、平然としてみせる。彼女達には何でもない事だと安心していた欲しいから。


 これは、俺だけが抱えればいい問題だ。俺だけで抱えて、俺が解決すればいい問題。


 雪緒は笑みを浮かべて青子と話をする。そんな雪緒を、仄は心配そうな顔で見るけれど、笑顔を保つために精一杯な雪緒は気付かなかった。

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