第陸話 先輩……?
翌日。学校に登校する前に、雪緒は仄に電話を入れた。
そこで、仄に晴明と道満が立ててくれた邪視の予想を話した。雪緒の予想を聞いた仄はその予想に多いに賛成し、雪緒も仄もその方向性で占い師を見る事に決めた。
学校に登校し、午前中は普通に授業を受ける。その間も、休み時間のたびに怪異の気配を感じるので、皇后崎は今日も占いをしているのだろう。
雪緒は午前の授業が終わるのを待ちながら、そういえば百々眼鬼はどうやって校舎内に入り込むつもりなのだろうと考える。
気配を消す事も出来なければ、小梅のように影に入る事も出来ない。隠れる事の出来ない百々眼鬼がどうやって校舎内を移動するのか少しだけ気になる。
妙案があると言ってはいたけれど、果たしてどういう結果になるのか……。
若干えもいわれぬ不安を覚えるけれど、時既に遅く、百々眼鬼は今も準備を進めているだろう。
雪緒が一人ヤキモキしていると、午前の授業が終了した。
「それじゃあ、行こうか」
「ああ」
授業が終わった途端、仄が雪緒に言う。顔は笑っているけれど、その眼は真剣そのものだ。
「二人ともどっか行くの?」
「ああ。ちょっと占い師のところにな」
「えー! 昨日は行かないって言ってたじゃん!」
「気が変わったんだよ。ほら、よく言うだろ? 男子三日会わざれば刮目して見よってさ」
「三日も経ってないじゃん! それに、意味分かんないし!」
「今のが意味分からないのはお前の勉強不足だ。しっかり勉強するように」
言いながら、立ち上がる雪緒。
しかし、一歩を踏み出す前にすぐ傍に誰かが立っている事に気付く。
「おっと、ごめん」
「いえいえ、大丈夫ですよ。雪緒さん」
謝ってから、その者の声を聞いてから、雪緒は今目の前に誰が居るのかに気付く。
「ーーっ! ……お前……」
幸薄そうな笑みを浮かべる少女は、驚く雪緒を見てくすくすと楽しそうに笑う。
「雪緒さん。先輩に向かってお前なんて言っちゃ駄目ですよ? めっ、です」
言って、雪緒の口に人差し指を当てる少女。
くすくすと、楽しそうに少女は笑う。
雪緒は楽しそうに笑うばかりの少女の意図を汲み取り、苦笑をしながら言う。
「あー……すみませんね。百々眼鬼先輩」
「ふふっ、いえいえ。私と雪緒さんの仲ですから。良いんですよぉ」
謝る雪緒に少女ーー百々眼鬼は楽しそうに微笑む。
百々眼鬼の格好を見て、雪緒はなるほどと納得をする。
百々眼鬼は上善寺学園の女子制服を着ていた。なるほど、これなら確かに校舎内に居ても違和感は無いし、百々眼鬼の外見は少女のそれなので制服姿も違和感は無い。確かに、これは妙案だろう。少し驚きはしたけれど。
しかして、突然の知らない女子生徒の訪問に納得しているのは事情を知っている雪緒のみであり、百々眼鬼を見た他の生徒はいったい雪緒の上級生の美少女はどういった関係なのかと興味津々に二人を眺めていた。
そして、百々眼鬼に驚いているのはなにも他の生徒だけではないのだ。
「お、陰陽師! そ、その綺麗な人誰!?」
雪緒と仲良さげに話をする百々眼鬼を見てあわあわと動揺する青子。
仄も訝しげな目をしており、お弁当を持って青子の元にやってきた加代も疑問の目で百々目鬼を見る。
そんな皆の疑問に答えるように、百々目鬼は青子に優雅に一礼をする。
「お初にお目にかかります。私、雪緒さんの友人の百々眼鬼まなこと言います」
そうやって、当たり障りの無い挨拶をする百々眼鬼。
「は、初めまして。上善寺青子です……」
丁寧にお辞儀をする百々眼鬼を前にして、青子も動揺しながらもぺこりと頭を下げる。
「あ、あの、陰陽師とは、どういう関係で……?」
しかし、雪緒と百々眼鬼の関係が気になるには気になるのか、挨拶の後に即座に百々眼鬼にたずねる。
青子にたずねられた百々眼鬼はふふっと笑みを浮かべながら答える。
「友人ですよ。あ、たまにお仕置きしてもらえるので、その時は御主人様と呼びますけれど」
「え?」
「は?」
「……はぁ?」
幸薄そうに微笑みながら、なんて事無いように爆弾発言をしてくれた百々眼鬼。
青子、加代、仄の冷たい視線が雪緒に刺さる。それどころか、教室中から冷たい視線が注がれる。
しかし、雪緒には身に憶えが無い。雪緒は慌てて首を横に振る。
「いや、いやいやいや!! そんな事してないから!!」
「ですが雪緒さん、昨日は私にお仕置きをすると仰ったではないですか」
「それはお前が俺の財布盗るからだろう!? それに、言葉のあやであって実際にお仕置きしないし!!」
「まぁ! それでは私をからかったのですか? 酷い……私が殿方に縁が無い事を良いことに……」
「違っ……!! ちょ、待て!! その冗談は本当に洒落にならん!! 勘弁してくれ!!」
段々と女子達の視線が冷たくなり、男子達の視線が凶悪になっていくのを感じ、雪緒は慌てて弁解ーーというよりも懇願をする。
ここは下手に弁解をするよりも、素直に百々眼鬼に今までの言葉が冗句であった事を認めてもらった方が早い。
慌てる雪緒を見て、百々眼鬼はくすくすと楽しそうに笑う。
「うふふ、冗談、です。雪緒さんとは普通に友人関係です」
百々眼鬼がそう言えば、ようやっと教室の空気が和らぎ始めた。
その事に安堵しながらも雪緒は百々眼鬼を恨めしそうに見る。
しかし、百々眼鬼はくすくすと楽しそうに笑うのみ。
雪緒は一つ溜息を吐いて、仄の方を見る。
「仄、行こう。先輩も、行くなら行きましょう」
「ふふ、はいはい」
「うん」
百々眼鬼は楽しそうに微笑み、仄は一つ頷く。
「じゃあ、俺達は行って来るから」
「あ、あたしも行く! 加代、昨日の占い師先輩のところ行こっ!」
「え、う、うん」
加代は状況をまるで飲み込めていないけれど、それは青子も同じだろう。青子は仲間外れになるのが嫌なだけなので、二人に着いていくと言っているのだ。
ともあれ、雪緒は若干居心地の悪い教室からさっさと出て行きたかったので、青子と加代が着いて来る事に対して今は何も言わない。今は、一刻も早く百々眼鬼の作ったこの微妙な空気の漂う教室を後にしたい。
雪緒はクラスメイト達から好奇の視線を浴びながら、教室を後にした。雪緒達が出て行った教室では、百々眼鬼と雪緒の関係が勘繰られるように会話のネタにされていた。
教室から少し離れた場所。そこで、雪緒は周りに誰もいない事を確認して、青子と加代に言う。
「二人とも、少し時間を空けてから教室に戻れ。これからする事はこっちの案件だ」
雪緒がそれだけ言えば、青子も仄も雪緒達が何に首を突っ込もうとしているのか察する。
「え、でも……」
しかし、青子は不服そうに雪緒を見た後、百々眼鬼に視線を移す。彼女は帰れと言われなかった。自分達は駄目で、彼女は良いと言うのか。そんな不満を、目で訴える。
「私、百鬼夜行の一員でございます。青子様の考えているような関係ではございませんよ」
青子の憂慮を汲み取った百々眼鬼が笑みを浮かべて言う。
人ではない事を明かせば、二人は多少は驚いたような顔をしたけれど、すぐにその驚きも沈下する。
「……でも……」
しかし、青子はまだ納得できていない様子。
例え、雪緒が心配だったのだとしても、青子が居たとして何が出来る訳でもない。怪異関連では、青子に出来ない事の方が多いだろう。
「青子さん達は戻ってて。正直、今回の怪異、どうなるかまったく予想がつかないから」
だから、不安要素は一つでも少ない方が好ましい。
「それに、次に加代が怪異に巻き込まれたら即刻引っ越しなんだろ? 俺は加代が転校するのは嫌だし、青子だってそれは同じだろ?」
「それは……そうだけど……」
「青子、ウチらは戻ろう? 正直、ウチらが居ても何も出来る事無いよ」
加代が青子を窘めるように言う。
何も出来ない事は分かっている。かえって足手纏いになる事も分かっている。けれど、青子は雪緒が心配なのだ。
戦う事を、失う事を怖いと言った、強がっている雪緒が。
「……分かった」
しかし、自分が心配して着いていっては二人に迷惑がかかってしまう事も理解している。きさらぎ駅でも猿夢でも、二人は足手纏いであったのだから。
ようやっと青子は頷き、そんな青子を、加代が手を引いて教室とは別の方向へと連れていく。雪緒が先程言った通り、少しだけ間を空けるためだろう。
「ふふ、主様、とても愛されておりますね」
「心配かけさせちまってるだけだよ。それと、学校で主様は止めろ」
「では、私の事も百々眼鬼ではなく、まなことお呼びください。それが私の頂いた名です」
「ああ、分かった」
そういえば、百々眼鬼は妖としての名であって、個体を示す名前ではなかった事に思い至る。
「雪緒くん、そろそろ行きましょう」
「ああ」
少しだけ表情の固い仄が雪緒を急かす。今日一日ずっと待っていた接触の機会だ。少しでも長く時間を確保したいのだろう。
頷き、三人は占い師、皇后崎の居る教室へと向かう。
皇后崎の居る教室は二年三組。雪緒の教室とは階が一つだけ違うだけだ。
階段を上がり二年の廊下を歩けば、すぐに皇后崎の居る教室へとたどり着いた。
三人は入口から教室内を覗き込む。
教室内には既に女子の人だかりが出来ており、きゃーきゃーと姦しく騒いでいた。
人だかりの中心、少しだけ見る事が出来たけれど、そこに魔女のような三角帽を被った、フリル過多の改造制服を着た少女が座っていた。
「あそこ。あの真ん中に座ってる女の人が占い師」
「占い師っていうか、見た目的には魔女だよな……」
いや、魔女でももっと慎ましやかな格好をしているはずだけれど。
魔女というよりは、中二病といった言葉が合いそうな格好の少女だ。
そんな事を考えながらも、雪緒は感覚を研ぎ澄ませる。そうすれば、皇后崎から怪異の気配が微妙に漂っている事に気付く。
「雪緒さん。彼女から呪いのようなものが流れてます。完全に黒ですね」
百々眼鬼ーーまなこがじっと皇后崎を見ながら言う。
「それと……いえ、これは後でで良いでしょう。今は彼女に接触してみましょう」
「そうだな。仄、行こう」
「ええ」
意を決し、三人は教室内に入り込む。
先輩の教室という事もあるけれど、雪緒に関しては女子の中に男一人で入っていくのだ。とてつもなく気まずいし、場違いのように思う。
女子達の一番後ろで三人は皇后崎を観察する。
魔女のような三角帽。右目には魔方陣の描かれた眼帯。フリルをふんだんにあしらわれた改造制服。見た目は可愛らしく、ともすれば雪緒と同い年か年下に見えてしまう程幼い。
本当に先輩なのかと疑問に思うけれど、我が物顔で教室に居座る様子を見るに、彼女は前情報通り二年生なのだろう。
「ほうほう! 御主は探し物をしてほしいのだな? して、その探し物とは?」
「探し物っていうか、探し猫っていうか……。うちの猫が三日前に外に出て行ったきり帰って来ないの。どこにいるか分かる?」
「くははっ! 猫探しなど容易い! どれどれ……」
意気揚々と皇后崎は右目を隠す眼帯を外す。そして、目の前に座る女子生徒の目を覗き込もうとして、その視線が上にずれる。
ずれた視線はどこに寄り道をする事も無くーーーー雪緒とぶつかり合った。
「ーーっ」
雪緒を見た途端、皇后崎は目を見開き心底驚いた様子を見せた後、しかし、すぐにその顔に深い笑みを浮かべる。
対して、雪緒は自分の顔を見て笑う皇后崎の意図が読めずに困惑する。百々眼鬼は笑みを冷ややかなものにし、仄は表情を引締める。
「煌星ちゃん……?」
視線を外した皇后崎を不審に思った女子生徒が皇后崎の名前を呼ぶ。それで、皇后崎は我に返る。
「あ、ああ、そうであったな。うむ、猫は今日家に帰れば帰っておるだろう! 安心せよ。傷一つ無いぞ!」
皇后崎が取り繕いながらそう言えば、女子生徒は目に見えて安堵する。
「良かったぁ……」
「うむ。では席を空けてくれ。乗客が来ておるでな」
「え、あ、うん。ありがとう、皇后崎さん」
安堵する女子生徒を急かして退かし、目の前の席を空けさせる皇后崎。
「すまぬが今日は先約がおった。他の者はもう占えぬ」
皇后崎がそう言えば、周囲に集まる女子から不満の声が上がる。
しかし、皇后崎はくふふと不敵な笑みを浮かべる。
「くふふっ、そう気落ちするな。今日は上客が来ておると言うたであろう?」
言って、皇后崎の視線が雪緒に向く。今度は、たまたま気付いた訳ではなく、自らの意思を持って雪緒の方を見た。
「待っておったぞ我が同朋。さぁここに座ると良い。御主の運勢を、この我が占おう」