第伍話 邪視とは 弐
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「呪っていた? いや、まぁ、邪視ならそうだろうけど……」
道満の言葉に、雪緒は意味が分からずに困惑する。
「くくっ、まぁ聞け。その占い師はな、他人を占うと見せかけて呪っておるのだよ」
「ちょっと待て。それなら俺の知り合いが気付かないはずがないだろ?」
仄は陰陽師だ。それも、雪緒なんかよりも年期の違う、筋金入りの陰陽師だ。だからこそ、呪いの類には詳しいだろうし、呪いにも敏感なはずだ。
「それに、呪いだって言うなら誰も被害者がいないのはおかしい」
「いや、おかしくはないな。……なるほど、そういう事か」
雪緒の言葉を道満ではなく晴明が否定をする。
「どういう事なんだ?」
「呪い、というよりも暗示だ。その占い師は、相手に暗示をかけているのだ。例えば、占い師が”今日は良き日だ”と言えば、その者は”今日が良き日だ”と勝手に思い込む。小さな事にも多幸感を覚え、勝手に己の幸せを探す。そして、自己完結で自身を幸せだと思い込む」
「待て、それならただの有り触れた暗示だろ? 呪いとは関係無い」
雪緒の言葉に、晴明が答える。
「そうとも限らぬ。よく思い出せ雪緒。その者は邪視を持っておるのだぞ?」
「邪視で暗示をかけてるって事だろ?」
「違う。おそらく、その者は占いも暗示もかけられぬ。適当に言の葉を紡いでるだけであろう。その言の葉を百発百中の凄腕占い師という前情報が暗示まで持って行き、邪視が暗示にかかりやすいよう呪いをかけているのだ」
「えっと……」
雪緒が晴明の言葉を頭の中で整理していると、見兼ねた道満が噛み砕いて説明をする。
「つまり、初めから分かりきっている事であるが、その者は占い師でもなんでもない。しかし、その者の言葉に邪視が呪いを乗せておる。加え、邪視が対象者に暗示にかかりやすいように極めて軽度の呪いもかけておる。両方とも、暗示とも呪いとも取れる程のかなり程度の低い物だ」
「暗示と呪いの丁度中間程。微かに気配は感じるが、それが呪いかどうかは区別が付きにくいのだろう」
「なるほどな……」
つまり、邪視はとても程度の低い呪いに近しい何かを対象者にかけている。呪いに近しいだけで、呪いにまでは到達していないため、仄も呪いと断ずる事が出来なかったのだろう。
けれど、それだけでは説明の付かない事が幾つかある。
「暗示をかけてる事は分かったけど、それじゃあ相手の事を見抜いたような発言はどう説明するんだ? それに、誰も知らない秘密を知ってたりもするみたいだし」
「それは分からぬ。だが、憶測にはなるが、邪視の能力は一つだけではないだろう。猿夢が夢を繋いで世界を作り上げたように、邪視にもなんらかなの伝記から若干の逸脱した能力があっても不思議ではない」
「透視、千里眼……上げればきりは無いが、それと同等の事を出来る可能性が高い。良いか雪緒。今回の敵、私達が思うている以上に厄介かもしれんぞ?」
「そこはむしろ俺にとってはいつも通りだ。俺にとってはどの怪異も強敵だよ」
雪緒は怪異と戦った経験が浅い。きさらぎ駅、猿夢。比較対象がこの二つしか無いのだから、比べようも無い。
「常より心せよと言う事だ。私達ではそちらの仔細な状況は分からぬ。それに、怪異に組する者の事もある。今回もその者の介入がある可能性がある。よく、気を付けるのだぞ?」
「分かってる。油断していい事なんて一つも無いからな」
油断しなくても負けそうになるのに、油断なんて出来ようはずも無い。
晴明の忠告に雪緒が頷いていると、道満が顎に手を当てて言う。
「それにしても、少しだけ気になるのう……」
「え、何が?」
「いや、何故邪視がそんな事をしているのかという事だ」
「そんな事って?」
「占いだよ。よく思い出してみよ。怪異は今まで何をしていた?」
「何をしていたって……」
言われ、しかし、そんな事は思い出すまでもなくよく分かっている。
「人をさらってた。それで、最終的には殺害、してた……」
「そうだ。殺害し、己の糧にしてきた。が、邪視はどうだ? 単に占いをしているだけではないか。占いをし、呪い、ただそれだけだ。それに怪異として何の意味がある?」
「それは……」
確かに、道満の言う通りだ。きさらぎ駅や猿夢は人をさらい、自らの糧にしてきた。けれど、邪視はどうだ? 邪視は占いをし、相手を少し呪っているだけだ。
それに、人に害を与えている訳ではない。むしろ、学内に限るけれど、その占い師は人々に人気を博している。
一連の事を考えれば、確かに邪視は怪異らしい事はしていない。いや、呪いをかける事自体は邪視の特性そのものなのだけれど、人の命を奪うという意味では一切怪異らしくはないのだ。
「解せぬな。理にかなわぬ」
一人、考え込む道満。
「晴明はどう思う?」
考え込んだ道満の邪魔をする事無く、雪緒は晴明に意見を求める。
しかし、晴明も道満同様に考え込んでおり、答えや意見を持っていないといった様子であった。
仕方無しに雪緒は振り返って冬を見る。
「冬さんはどう思う? 妖から見てさ」
「そう、ですね……確かに、妖の行動原理からは逸脱しているように思います。怪異や妖は脅かす事こそが本懐ですから」
「脅かす事が本懐……でも、冬さんや小梅は脅かしてはいないですよね?」
「式鬼には制約が在りますから。それに、私達は取り分け妖にしてはそういった感情は薄いのです。まぁ、脅かすと言っても、個体差がある事を憶えておいてください」
「なるほどなぁ……」
では邪視もその個体差の範疇に収まるのでは?
「雪緒、邪視はその範疇には収まらぬ。占いと言っては体が良いが、やっている事は呪いだ。良し悪しで言えば確実に悪し。決して、同情や情状酌量の余地は無い」
が、その考えは甘かったらしい。
晴明が考えながらも雪緒に釘を刺す。
雪緒に釘を刺せば晴明は直ぐに考えに没頭する。
怪異関連に関しては雪緒よりも頭の良い二人が頭を捻らせているのであれば、雪緒に出番は無い。
時間潰しに、雪緒は冬に話しかける。もちろん、二人の邪魔にならない程度にだ。
「冬さんなら邪視にどう対処します? 正直、目で見られただけで呪われるって、俺には対処のしようが無いと思うんですけど……」
「私ですか? 私は目をつむって戦いますね。音と匂い、後気配で場所は分かるので。後は距離を詰めて頭を潰します。それでお終いです」
「いや、占い師が人間なんで、頭は潰せないです……」
それに、雪緒に目をつむって戦うなんていう芸当は出来ない。
「そうですか。では目を潰しましょう。それで無力化出来ますね」
「あの、出来れば五体満足で……」
一応、それは最終手段として心に留めておいた方が良いだろうけれど、初めから目を潰して終わりにするような乱暴な事はしたくはない。
それに、目を潰して終わりだという簡単な話ではないだろう。でなければ、晴明と道満がこうも頭を悩ませる必要は無い。二人の中で何かが引っ掛かっているからこそ、そんな単純な話では終わらないのだ。
「うーん……では、私にはどうとも出来ませんね。潔く逃げます」
「そうですか……」
「雪緒、冬に聞いても無駄だぞ。冬は力だけで大抵の事はどうにか出来るからな。まどろっこしい手順はあまり知らんのだ」
「な、なるほど……」
晴明の言葉に、ふふふと微笑む冬。楚々とした見た目とは違って、以外と力押しをするようだ。しかし、逆に言えばそれがまかり通るだけの力があるという事だ。雪緒としては羨ましい限りである。いや、だからといって力押しだけでが良いと言う訳ではないけれど。
まぁ、少なくとも、きさらぎ駅や猿夢を相手にするのなら、圧倒的な力だけでどうとでもなるだろう。
「……分からぬな。理にかなわぬ事をする怪異、か……」
ぽつりと、道満がこぼす。
理にかなわぬと言うのであれば、雪緒は一人だけそういった人を知っていた。厳密には人ではないけれど。
人と恋をしたいと言っていた妖、白藻。彼女は、番という概念しか無い妖の中で、珍しく恋をしてみたいと言っていた妖だ。
妖の本懐を行かず、雪緒を気にかけてくれた彼女であれば、何か分かるかもしれないと思ったけれど、晴明には二度と誰も連れずに外に出るなと言われている。それに、もうすぐ夜が来る。今から行っても会える保障もない。
後で晴明に聞いて見ようと思いながらも、その日は冬達となんて事は無い話をした。
結局、晴明も道満も進展は無く、その日は夜を迎えた。
〇 〇 〇
京の夜道を、道満は歩く。
京とは言え、女の夜歩きは危険であるけれど、道満には関係無い。襲われれば抵抗すれば良いし、最悪下手人など殺してしまっても良い。それに、今日は雪緒に良い話を聞いた。相手に触れず、視線を合わせるだけで相手の戦意を奪う事の出来る方法を教えられたのだ。むしろ、誰か来てはくれないかと思う程であった。
雪緒と居ると次々と面白い話が聞けて飽きる事が無い。それに、呪術に関しても良い刺激になる。結界を軸に世界を構築する、きさらぎ駅。他者の夢を軸にして他者の夢の中で命を奪う、猿夢。果ては視線だけで相手を死に至らしめる、邪視。
道満は夜道、一人で愉快そうに笑みをこぼす。
「ふふふっ、まったく……雪緒とおると退屈せぬのう」
「ほう、お前がそこまで言うとは珍しいな」
笑みを浮かべる道満に背後から声がかかる。
道満は笑みを深めると、その者を振り返る。
「ああ、最近、特にお気に入りだ」
「ほうほう。お前がそこまで言うのであれば、余程の者なのだろうな」
快活に笑みを浮かべて答えるその者は、背丈が高く、程よく身体の引き締まった男であった。夜で分かりづらいけれど、その者は顔も整っており、さぞ女子に好かれるだろう事は想像に難くない。
偉丈夫と呼んで差し支えの無いその男は腰に刀を差しており、如何にも武士といった格好をしてはいるけれど、その雰囲気は気さくそのもの。威圧感も無ければ、言ってしまえば威厳も無さそうである。
しかし、その立ち姿には一切の隙が無く、気さくに話しかけた道満に対しても決して気を緩めている様子は無かった。
気を緩めない。それは、別に道満を敵視している訳ではない。かといって、良い感情を抱いていると言われれば、そういう訳でも無いけれど。
「ああ、余程の男だ。儂だけではなく、晴明も気に入っておる」
道満は男の警戒を気にした様子も無く、笑みを浮かべて言う。
この男はこれが常。晴明とはまた別の意味で周囲を警戒し続ける。それがこの男だと、知っている。
「ほう、あの安倍晴明が! それは、一度会ってみたいな」
「それだけではないぞ? 晴明の奴、七星剣を譲りおった」
「本当か!? 俺にはついぞ譲ってくれなかったと言うに……」
道満の言葉に、男は少しだけ拗ねたように言う。
武士として、戦士として、安倍晴明の作った七星剣は武器としての格も箔も違う。だからこそ、男も七星剣を譲ってくれと一度晴明に頼み込んだ。勿論、相応の対価は払うつもりであった。
けれど、晴明の答えは否。
『私には無用の長物だがな、其方にとってもまた無用の長物だ』
そう言って、晴明は譲ってはくれなかった。
そんな晴明が七星剣を譲ったとあっては、なんだか負けた気がしてならない。
悔しがるような、拗ねるような顔をする男を見て、道満は楽しそうに笑う。
「くふふっ、そう拗ねるな。汝は既に立派な物を持っているではないか」
笑いながら、その視線を男が腰に差す刀に向ける。
男は刀の柄を撫でながら言う。
「まぁ、そうなのだがな。あの晴明が七星剣を渡したのであれば、それはその男が余程腕の立つ武人である証だ。俺もそう捨てたものではないと思っていたが……いやはや、上には上が居るものだな」
「くふふっ、彼奴が腕の立つ武人? そんな訳無かろう。汝の方が確実に強い」
「なに? では何故晴明はその者に七星剣を?」
「まぁ、特別な理由があるのだよ。歩きながら話そう。汝も夜道を女人一人で歩かせはしないだろう?」
「お前を女人の数に入れて良いのか疑問だがな……」
苦笑をしながらも、男は道満の隣に並んだ。




