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第拾玖話 参戦、百鬼夜行

 迫り来る電車を壊し、凶器を振りかざす小人を殺す。


 破敵剣がいかに強力な剣とはいえど、それを扱うのはまだ未熟な身である雪緒だ。その使い方はまだ拙く、お世辞にも上手とは言えない。


 だからこそ、電車と小人の両方を一人で捌くのは難しかった。


 護身剣で二人が護られているとは言え、護身剣の効力だって永遠では無い。いずれ、護りきれなくなる。


 それに、先程からこの世界の様子が変なのだ。


 なんだか、猿夢以外の何かが混じっているような、そんな感じがする。


 迫り来る小人と電車の見た目も、徐々にだが変わってきている。小人は数体に一体程奇形が交じり、電車は遊具とは思えない程作りがしっかりしはじめてきている。


 きさらぎ駅と似ている事と言い、なんだか嫌な予感がする。


 さっさと切り上げて脱出なり猿夢の主を撃破なりしたいのだけれど、こうも群がってこられてはそれもできない。


 雪緒は焦りを覚えながらも、小人どもの対処をする。


「クソッ! 次から次へと……! これじゃあキリが無い!」


 悪態を着きながらも攻撃の手は緩めない。


 しかして、このままではジリ貧なのもまた事実だ。


 きさらぎ駅の時は目の前に倒すべき相手が居たからまだいい。けれど、今回は違う。今回は、ここを凌いだ後に猿夢の主を見つけださなくてはいけないのだ。


 良くない雰囲気が蔓延しているこの世界で、二人を連れながら長居するのは危険が過ぎる。


 それに、最初とは違い、何やらこの世界そのものの雰囲気も変わってきているように思う。手のつけようが無い事態になる前に脱出なりなんなりしないといけない。


 しかして、その方法を雪緒は知らない。


 本当に、一人じゃなんにも出来ないな、俺は!!


 心中で自身に悪態をつきながら、この状況の打開策を見出だそうと頭を働かせる雪緒に数だけは異様に多い小人が迫る。


 奇形の者ばかりになってきた。電車も、遊具のそれとは違い、もはや路線を走る電車そのものだ。


 護身剣の防壁に当たる威力が遊具のそれとは違い、格段に重くなっている。奇形の小人も、その俊敏さも膂力も上がってきている。こうなっては、雪緒の手が回らなくなるのも時間の問題だ。


「どうしたら……!!」


 雪緒が焦燥に駆られはじめたその時、上空から突如として何かが飛来した。


「な、なんだ!?」


 上空から飛来したそれは、地面に突き刺さり盛大に土煙を上げる。


 小人達が、毛色ばむ。


 雪緒も土煙の中の者を警戒して破敵剣を構える。


 思考がある者は、上空から飛来したものを警戒する。けれど、路面を走る電車は違う。ここの電車に意思は無く、システムのようなものに行動を定められており、そのシステムだけが電車の行動原理だ。


 そのため、電車は動きを止めない。


 がたんごとんと車輪を鳴らして突き進む。


「ーー! しまっーー」


 一瞬の停止で対応が遅れる。


 雪緒が慌てて破敵剣を振るおうとしたその時、土煙の中から手が伸びる。


 土煙から伸びた手が、迫り来る電車をーーーー真正面から受け止めた。


「はぁ!?」


 その驚くべき光景に、雪緒は思わず驚愕の声を上げてしまう。


 片手で(・・・)受け止められた電車は、しかし己の勢いを殺せないのか、その鉄の身体を宙へと浮かせる。


 電車を受け止めた衝撃により、その者を隠す土煙が晴れる。


 電車を片手で押し止め、余裕有りげに片手で大きな棍棒を持つその者に、雪緒はそこはかとなく見覚えがあった。


「主、大事無いか?」


 振り向き、雪緒に顔を見せる。


 そうすれば、雪緒も思い出す。


「お前は、父さんの護衛を任せた……」


黒曜(こくよう)、と呼べ。主が付けた名だ」


 大柄な男ーー黒曜はそう言うと、電車を押さえる手を軽く押し返して、迫り来ていた電車に向けて押し止めていた電車を当てる。


 規模の違う迎撃の仕方に、雪緒は感嘆の息も漏れず、ただただ呆然としてしまう。


 いやいや。思考停止(フリーズ)している場合ではない。黒曜には繁治の護衛を頼んだはずだ。その黒曜が何故こんなところに。それに、此処には幽体しか来れないはずではなかったのか。


 そんな疑問が脳裏に浮かび、けれど、雪緒が疑問を口にする間も無く、雪緒の左右に何者かが着地し、その直後、氷と糸が宙を舞い小人共を意図も容易く一掃する。


 その者達を見て、黒曜が溜息を吐く。


「……お前達、仕事はどうした?」


 黒曜が問えば、雪緒の右に着地した者ーー凍花が言う。


「それを言うなら貴方もでしょう? (わたくし)は他の者と交代してきましたので問題はありません」


 凍花の言葉に続いて、雪緒の右に着した者ーー鈴音が言う。


「わたしも代わってもらったので問題はありませんよぉ? それより、貴方はどうなんですかぁ?」


「俺は小梅殿と繁治殿に頼まれて来たのだ。お前達とは違う」


「いや、待て待て。ちょっと待て! お前達、どうして此処に居る!? 此処は幽体しか来られないんじゃなかったのか!?」


 自然に話し始めた三人に、雪緒が待ったの声と当然の疑問を投げかける。


 そうすれば、黒曜が答える。


「此処は最早夢では無い。夢と異界が混じり合った世界。故に、幽体も実体も混在できる。ちょうど、主の行ったきさらぎ駅と同じ状態にある」


「あー……少し、いや、まったくもって分からないが、まぁ良い。ここがやばくなってるって事は分かった。それで、なんでお前らが此処に? 俺が頼んだ護衛は?」


「事情が変わった故、勝手に動いた。このままでは此処は別の世界に取り込まれる」


「そうなる前に、(わたくし)達で主様と加代様をお助けしようと思いまして!」


「現在の百鬼夜行の半数を動員し、囚われた者の救出、及び猿夢の撃破をしようと思いましてぇ」


「つまり、あれか? 此処にはお前達だけで来た訳じゃない、と?」


「ああ。十八の妖が此処に来ている。続々と、(ばく)の作った穴から脱出している」


「貘?」


「ああ。少し捕まえるのが大変だったが、今は快く協力してくれている」


「……もう、何が何だか……」


 貘であったり、唐突に現れる三人であったり。きさらぎ駅化している夢世界であったり。陰陽道に詳しく無い雪緒には分からない事ばかりだ。


 けれど、分かる事が一つだけある。


 三人が自分達のために身を呈してまで此処に来てくれた事だ。自分達を思っての行動に対して、雪緒は無粋な疑義をとなえるような事はしない。


 三人が皆のために動いてくれた。それだけ分かれば、充分だ。


「この中で一番護衛に秀でた者は?」


「凍花だ。鈴音は奇襲や罠に秀でている。俺は見ての通り、攻勢が一辺倒だ」


 雪緒の問いに、黒曜が答える。


「じゃあ、凍花は二人を連れて離脱してくれ。二人は他の被害者の救出を頼む」


「御意」


「ご随意に」


「了解しましたぁ」


 三人の返答を聞き、雪緒は青子と加代を振り返る。


「そういう訳だから、二人とも此処から脱出だ」


 雪緒が言えば、突然の展開に目を白黒していた二人は、けれど雪緒を心配するような目を向ける。


陰陽師(おんみょーじ)は、どうするの……?」


「俺はまだやらなきゃいけない事があるからな。もう少しこっちに残るわ」


「主、お言葉を返すようだが、後は俺達に任せて貰って構わないのだぞ?」


「そうも行くか。なんでお前達に危ない事を押っつけて、俺が高みの見物なんてしてられるかよ。それに、これは俺の後始末でもあるんだ。俺がやらなくてどうするよ」


 護身剣を引き抜けば、二人を守る防壁が消える。


「無駄だぞ黒曜。主様はこういうお方だ。だからこそ、(わたくし)は付いていこうと決めたのだからな。主様、お二方の護衛お任せください。今度こそ、完遂いたします」


「頼んだ、凍花。黒曜も鈴音も、頼んだぞ」


「はっ! ではお二方。こちらへ」


「了解しましたぁ」


 凍花は意気揚々と頷き、二人を先導する。


 二人は雪緒を案じてはいるけれど、自分達が居ては足手まといになる事を十分に理解しているので我が儘を言う事は無い。


 そして、この件に関して責任を感じている事も知っているので、雪緒がやらなくても良いだなんて言葉も言えない。


「気を付けてね?」


「ちゃんと戻ってきてね」


 だからこそ、二人は雪緒がちゃんと戻ってくるように言葉をかける事しか出来ない。


「ああ。すぐ行く」


 二人に返事をし、雪緒は二人の姿が見えなくなるまで見送った。


「……何か言いたい事でもあるのか?」


 振り向き、残った二人を見る。


 返事をしておいて行動をしないという事は、何か自分に言いたい事があるのだろう。


 そう思って尋ねれば、黒曜は雪緒を見て言う。


「義に篤いのは美徳だが、身の程は知るべきだ」


「と言うと?」


「主もあの女子(おのこ)らと現世(うつしよ)に戻れ。後の事は俺達がやる」


「そうも行かない。さっきも言ったろ? これは俺の後始末だ」


「なら正直に言おう。主では実力不足だ。戻ーー」


 黒曜が言いかけたその時、硬質な糸が四方八方、黒曜を囲むように放たれる。


 それはまるで槍のようで、糸とは思えぬ威力で地面や建物の壁に突き刺さる。


 雪緒は急な行動に驚いたけれど、黒曜はまったくもって微動だにしない。それが脅しだという事が分かっていたからだ。


 糸を放った張本人である鈴音は涼しい顔で黒曜を見る。


「さっきから聞いてれば、お前、主様に随分な口ですねぇ」


 普段の笑顔。普段の口調。けれど、その声に熱は無く、底冷えするほどの冷徹さで黒曜に向けて放たれた。


「お前、少し分を弁えた方がいいですよぉ?」


「従うだけが従者では無い。俺は主の身を案じているだけだ」


「身は案じても心根までは案じないのですねぇ?」


「主の義は理解している。が、今回は引いてーー」


「少し黙れ黒曜」


 鈴音の底冷えする声が黒曜の言葉を遮る。


 笑みが消え、代わりに鈴音の顔に複眼が現れる。両の目と出現した複眼、合わせて計八つ。そして、それに合わせて白眼が赤く染まり、口元からは獰猛な牙が姿を現す。


「……お前、それ以上主様の意向に背くようなら、その口一生開けぬよう縫い付けるぞ」


 敵意を超え、鈴音は黒曜に殺意を向ける。


 糸を放った指に力がこもり、黒曜は右手の棍棒に力が込められる。


「そこまでだ! 落ち着けお前等!」


 一触即発の空気は、雪緒の声一つでおさまる。


 二人とも力を抜き、鈴音は放っていた糸から手を離し、複眼等を戻す。


「お前等が喧嘩してどうする。……黒曜、お前の意見はもっともだが、俺はこの件から手を引くつもりは無い。それだけは分かってほしい」


「それで、主が死ぬ事になってもか?」


 黒曜の言葉に、鈴音がぴくりと反応を示すけれど、今度は噛み付くような事はしない。


 黒曜の真剣な瞳に、雪緒も目を反らす事をせずに言う。


「死なねぇよ。死んだら姉さんに百回殺される。だから、死なねぇ」


「根性論か」


「理屈じゃねぇんだよ、こういうのは。それに、死ねねぇよ。今死ぬには、残してくもんが多すぎる」


 それじゃあ、おちおち死んでもいられない。


 残される方が気の毒で、残していくのが気掛かりで。


「だから、悪い。助けてくれ。俺もお前達を守るから。って、俺に言われても、頼り無いかもしれないけどさ」


「……いや。先の言葉だけで充分だ」


 言って、黒曜は周りに残った糸を棍棒で容易く壊しながら立ち上がる。


「死ぬ気であったら放っては置けなかったが、死ぬ気が無いのならそれで良い。俺は他の者の救出に向かう。それで良いな、主?」


「ああ、頼んだ」


「任された」


 言って、ふっと一つ笑ってから跳んでいく黒曜。


「うわ~、気障(きざ)な奴ぅー。主様、ああいう奴程実はむっつりなんですよぉ? 絶対女の子の胸ばかり見るタイプですよぉ」


「……お前等って、仲悪いのか?」


「妖って基本仲悪いですよぉ? まぁ、仲が良いのもいますけどぉ」


 言いながら、ぽんぽんと着物に付いた汚れを叩いて立ち上がる鈴音。


「さてさて、ではわたしも行きますねぇ? 護衛は一人で(・・・・・・)充分なようですしぃ」


 ではでは~と手を振ってから、鈴音も跳んでいく。途中で空を蹴るように移動をしているのは糸を応用しているのだろう。


 雪緒は鈴音を見送る事無く、とある路地裏に目を向ける。


「いやぁ、やっぱばれちゃってるか。怖いね、彼等」


 雪緒が何か言う前に、路地裏から見慣れた仮面が姿を現す。


「ま、小梅が残って黒曜達が来て、お前が来ない訳無いわな」


「それは信用して貰ってるって意味で合ってる?」


「おおむね合ってるよ。さて、じゃあ行くか。保護者同伴でラスボス戦とか恰好つかねぇけどよ。猿夢の場所分かるか? 時雨」


「ああ。此処に来る前に目星は付けておいたよ」


 言って、時雨はとある方向に視線を向ける。


 そこには不気味な音を立てる巨大な建造物ーーー風車の塔があった。


「あそこを中心に霊力が流れてる(・・・・)。霊力が充満してるから霊力の識別はわかりづらかったけど、霊力の流れくらいなら分かるからね」


「うし、じゃあ行くか」


 両手に持った七星剣を振るい、気合いを入れる。


「死なせないよ」


「あ? 急にどうした?」


「僕が君を死なせない。命をとして、君を守るよ」


「……やめてくれよ。命をとすとか。どうせなら皆で生きて大団円だろ?」


「……そうだね。じゃあ、さっさと終わらせようか」


 言って、時雨は大きく跳び上がる。


 雪緒も、時雨の後に続く。漫画みたいな光景だけれど、霊力を扱えるようになればこれくらいはすぐに出来るようになる。そう、晴明から教えてもらったのだ。


 時雨は、後ろから雪緒が付いてきているのを確認しながら、雪緒の先を進む。


 誰にも見えぬ、誰にも聞こえぬ仮面の下。時雨は、仮面の中に消える言葉を吐く。


「……今度こそ、守るよ。今度こそ……」

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