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第拾捌話 夢幻主

 加代を背負いながら三人は夢の中を歩く。


 道中、雪緒は二人に現状を説明した。


 雪緒が説明をすれば、加代は目に見えて落ち込んだ様子を見せた。


「……せっかくお父さんとお母さんに考えるって言ってもらえたのに……。こんなんじゃ、今度こそ反対されちゃう……」


「夢の中の事ならお前の両親でも分からないだろ。それに、夢じゃあ対策のしようが無い」


 ドリームキャッチャーという海外の悪夢を見ないためのお守りがあるけれど、市販のそれにどれほどの効力があるか分かったものでは無い。


 けれど、一考の余地はある。後で炎蔵に聞いてみようと思いながら、雪緒は言葉を続ける。


「悪かったな。出来るだけ安全にするとか言っておきながら、結局はこの(ざま)だ。今回は、猿夢を最初で仕留めきれなかった俺の失態だ」


「そんな! 雪緒くんは悪くないでしょ!? 今回だって、ウチらの事助けてくれたし」


「俺の失態だからな。お前達を助けるのは当たり前の事だ」


陰陽師(おんみょーじ)は悪くないでしょ! 初めての事なんだし、分からない事だってあるし、失敗する事だってあるよ!」


 その失敗で二人が危険な目に遭ってしまったのだけれど、雪緒はこれ以上は言わない。これ以上は、何を言っても雪緒の意見と二人の意見は平行線だ。


 雪緒は、自分が成さねばならぬ事を為せなかった事を責めるけれど、二人は雪緒は十分に良くやってくれていると言って雪緒の労をねぎらう。


 雪緒としては、二人の言葉や気持ちは嬉しいけれど、自分がやらなくてはいけない事を出来ていないという事実が、その気持ちを受け入れる事を拒んでしまっている。


 もちろん、二人の言葉は嬉しいけれど、二人だけではなく多くの人の命がかかっているために、その言葉に甘えてしまう事は出来ない。他の事ならば、二人の言葉はかなり有り難いけれど。


 それはさておき、二人が雪緒を案じてくれているのは事実なのだ。その事に関しては、きちんとお礼を言うべきである。


「ありがとな」


 雪緒がお礼を言えば、二人は穏やかに笑う。


 しかし、すぐに加代は緩やかに弧を描いていた眉を歪ませて、申し訳なさそうな顔をする。


「ウチこそ、ごめん……。雪緒くんに頼っちゃって……」


 雪緒が助けてくれた直前、加代は雪緒に助けを求めた。雪緒が色んなものを背負っていると分かっていながら、加代は助けを求めたのだ。


 それが、どうにも浅ましい行為のように思えてしまった。


 雪緒がどんな気持ちで戦っているのかを知っている。母親が目の前で亡くなり、誰かが亡くなる恐怖と何時も戦っているということを、知っている。


 それを知っているのに、加代は雪緒に助けを求めてしまった。雪緒の重荷になるような事をしてしまった。


 助けを求める事はすなわち、その人に自分の命を背負わせるという事だ。


 だからこそ、臆病な雪緒に自分の命を背負わせるような事をしてしまった事が、浅ましく思えてしまう。


 けれど、申し訳なさそうな顔をする加代とは対照的に、雪緒はあっけからんとした顔をしている。


「別に、大丈夫だよ。何度も言うけど、俺がお前達が傷付くことが堪えられないだけだ」


 だから動く。それが危険だとわかっていても、雪緒は首を突っ込まずにはいられない。


 自分が傷付くことは怖くない。怖いのは、誰かが傷付く事なのだから。


「それに、友達を助けるのは当たり前だろ? 俺、友達少ないからさ。お前達が居なくなるとすっごい困るんだ」


 お昼休みに一人でご飯を食べる事のなんと寂しい事か。気軽に話せる友人が多いというのはとても良い事だ。


 そんな気負いを感じさせない雪緒の言葉に、加代は泣きそうになりながら雪緒の背中に額を当てる。


「ありがと」


 お礼を言う加代に、けれど雪緒は答えない。


 少し待って、けれど、雪緒はやはり何も言わない。


 何も言わない雪緒に、二人はいぶかしげな顔をする。


 二人が雪緒に何かを問う前に、雪緒が口を開く。


「加代、もう歩けるか?」


「え、う、うん。多分」


「じゃあ、降ろすぞ」


 言って、加代の返事も待たずに背中から降ろす雪緒。


 少し名残惜しいと思いながらも、加代は素直に雪緒の背中から降りる。


 降りたところで、ちょうど、二人の耳にも音が聞こえてきた。


 がたんごとん、がたんごとん……。


 その音が聞こえてきた途端、二人は思わず息を飲む。


 レールの上を進む電車の音。それも一つではない。


 がたんごとんと、様々なところから音が反響して来る。


 青子と加代は互いに手を握り、身を寄せ合う。


 雪緒は七星剣を両手に持ち直して歩き始める。


「行こう。囲まれると面倒だ」


「う、うん」


 雪緒の言葉に頷き、二人も雪緒の後に続く。


 その時、物陰から何かが飛び出して来る。


「キィッ!!」


 甲高い声を上げて飛び掛かってきた何者かを、雪緒は焦りを見せる事無く、右手の七星剣ーー破敵剣で何者かを切り付ける。


「ギィィィィッ!?」


 聞くに堪えない甲高い声を上げて、何者かが倒れる。


 それは、ぼろ布を纏った小人で、雪緒が猿夢の中で倒した小人と似たような風貌をしていた。


 雪緒に切り付けられた小人は、泥のように溶けて消えていく。


 しかし、雪緒はすでに小人を見ていない。遠くの方を観察するように目をすがめる。


「まずいな……」


 雪緒が舌打ち交じりにこぼし、即座に左手の七星剣ーー護身剣を地面に突き刺した。


「二人とも、この剣の近くから離れるなよ」


「わ、分かった」


 二人とも、雪緒の言葉の意味が分からない訳ではない。


 ここで戦わざるをえない。そして、護身剣の近くが一番安全なのだ。


 二人は、護身剣に出来るだけ近付く。


「さて……どうするか……」


 雪緒が睨みつけるその先。路地裏という路地裏から、ぼろ布を纏った小人が幾人も現れる。


 そして、現れるのは小人だけではない。大通りの奥から、所々が錆び付いた電車が姿を現す。その電車にも、小人が何人も乗っている。


「まるでゴキブリだな」


 雪緒は、悪態を着きながら右手に持った破敵剣を構えた。その顔、焦燥を色濃く表していた。





「きぃひひひひひひひっ!!」


 男は椅子の背もたれに限界まで寄り掛かって、腹を抱えて笑う。


「あんの馬鹿め! 自分から僕の(せかい)に飛び込んで来るとか! 馬鹿にも程があるぃいっひひひひひ!」


 言いながら、所々に笑いを含む男。


 厭味な笑いは部屋中に響き渡り、聞くものが聞けば嫌気がさすほどに相手を侮蔑する色が見て取れた。


 しかして、この場には男以外には誰もいない。


 男は、オフィスチェアでくるくると回りながら愉悦たっぷりの笑みを浮かべる。


 以前、消滅寸前までの手酷い痛手を追わせてくれた憎き子供(ガキ)子供(ガキ)の癖に分不相応の力を持つムカつく子供(ガキ)。女の子を護るために必死に頑張るまるで漫画の主人公のような子供(ガキ)


 そのムカつく子供(ガキ)が、今必死に少女達を護らんとして戦っている。必死に、みっともなく、足掻いている。


「くっひひひひひひひっ! 馬っ鹿でぇ! 夢世界(ここ)で僕に勝てる訳ねぇのにさぁ!」


 幾人もの夢を集合させて作られたこの夢世界では、夢世界の主人である男のみが夢を支配できる。


 夢世界の主。仮称、夢幻主(むげんぬし)


 この世界は夢幻主の世界であり、夢幻主だけが入場も退場も許可できる。


 そんな世界にあの男が入ってきた事は正直誤算であったが、あの危険な男を早急に始末できるのならそれに越した事は無い。


 正直、最初の衝撃こそ大きかったものの、今のあの男の姿を見れば夢幻主の心配が杞憂であった事は明白である。


 一人の夢であればあの男は容易く壊していたに違いない。けれど、ここは多くの人間の夢が集合した、言わば集合夢(しゅうごうむ)だ。この大勢で生み出した広大な世界を、たった一人の男が壊せる訳が無い。


 満を持してあの男は夢に引きずり込まなかったけれど、その必要も無かったらしい。


「ふんっ、所詮はただのガキだな。心配して損した」


「そのただのガキに一度敗れたのは、他ならぬ貴方ですけれどね」


 夢幻主の独り言に、返って来るはずも無い返答があった。


 けれど、夢幻主は驚かない。


 オフィスチェアに踏ん反り返ってくるりと回転して振り返る。


「あんたか。まったく、いったい何処から入って来たのか」


「ふふっ、言ったでしょう? 玄関が開けっ放しだと。私、正面から堂々と入って来ましてよ?」


「毎回思うが、夢に玄関も何もあるものかよ。まぁ、あんたは規格外だからな。考えるだけ無駄なんだろうよ」


「ええ。貴方ごときでは考えでも無駄ですよ」


「ちっ! 本当に嫌な奴。……まぁいい。んで、今度はなんだ? またご馳走(・・・)でもくれるのか?」


「身の程を弁えなさい。本来ならあれは貴方程度が食して良いものではありません。あれは一度きり。慈悲だと思いなさい」


「……ああそう。んじゃあ何の用だ?」


 ただの冷やかしなら即刻帰ってもらいたいけれど、そんな思いを目の前の者が汲み取るとは思えない。


 しかして、目の前の者が決して冷やかしだけで自らの目の前に現れる程暇でも無い事も重々承知している。


 であれば、目の前の者は自分に何か用事があるに違いない。


 そう思っての問い掛けであったけれど、目の前の者はふるふると首を横に振った。


「いいえ、特に用事はありません」


「は? じゃあなんで此処に来たんだ?」


「ただの様子見です。種が無事に成長しているか、その確認をしに来ました。ですが……」


 言いながら、夢幻主が覗き込んでいたモニターを見る。


 そして、ふっと嘲笑って夢幻主を見る。


「彼が居るのであれば、此処ももう終わりですね。来て損しました」


「なっ!? 何を言う! あのガキを今まさに追い詰めている最中だろうが!」


「ふっ、あの程度、彼ならばどうとでも凌げます。それに、此処に来られるのは何も彼と私だけではありません」


「な、なに!? そんな訳あるか! 此処は僕の世界だ! この夢世界は僕だけの世界だ! いずれ夢世界という概念に至り、きさらぎ駅をも超えるもう一つの確固たる世界に至る、この僕の世界だ!! それを自由に行き来出来るだと!? そんな訳が無い!」


 怒り心頭で怒鳴り散らす夢幻主に、けれど、その者は呆れたように溜息を吐く。


「はぁ……それは先の話でしょう? 今現在、この世界はまだ他者に依存している状態。であれば、ここはまだ貴方の世界ではありません」


 そう、夢幻主が語るのは先の話。今はまだ、ここは他者の夢に依存した世界なのだ。猿夢という一つの世界は、まだ確立出来ていないのだ。


「だ、だが! 誰が夢の世界に来れると言う! 此処には幽体しかーー」


「あら? 私は実体ですよ?」


「ーーなっ!?」


 さらりと、事もなげに言ってのけられ、夢幻主は驚愕に目を見開く。


 そんな夢幻主を見て、くすりと嘲笑う。


「何を勘違いしているのか知りませんが、此処には実体でも来れます。いえ、来れるようになってしまったと言う方が正しいですね」


「な、何故だ!? 何故幽体以外が来れる!? 此処は夢の世界なんだぞ!?」


「ええ、夢の世界です。ですが、半分異世界です。この意味、分かります?」


「だから何だと言うのだ! 夢世界が一つの世界として確立している証明だろう!」


「そうですね。確立はし始めています。ですが、きさらぎ駅をモチーフにしたのは失敗でしたね」


「……どういうことだ?」


 沸騰していた頭が一気に冷めていく。


 きさらぎ駅をモチーフにしたのは失敗? そんな訳が無い。あんな強固な世界を(なら)えば僕の夢世界も強固になるはずだ。


 そんな思いを見透かしたように、冷ややかな笑みを浮かべる。


「確かに、きさらぎ駅は強固な世界です。私が造った(・・・・・)鬼主(きさらぎぬし)も強固な個体になりました。さすが、名高ききさらぎ駅です。ですが、一つ弊害がありました」


「弊害……?」


「ええ。世界として強固故、本物(オリジナル)であるきさらぎ駅が、同名である私のきさらぎ駅を吸収しようとしたのです。いえ、吸収、というより、融合、が正しいですね。つまり、私のきさらぎ駅と本物(オリジナル)のきさらぎ駅が一つになろうとしたのです」


「ーーっ、ということは、つまり……」


 そこまで言われれば、夢幻主でも分かる。


 驚愕に目を見開き、幽体ではかくはずも無い冷や汗が流れるのを感じる。


「ええ、此処は……夢世界は本物(オリジナル)のきさらぎ駅と融合しかけています。貴方が、強固な世界を創ろうと、きさらぎ駅の被害者を集めてきさらぎ駅の記憶(イメージ)を吸収してしまったばかりに」


 この世界には現在、きさらぎ駅の被害者が余す事無く存在する。それは、この夢世界をきさらぎ駅に近付けるために、そのイメージを強固にするためにだ。


 それが、逆にあだになった。


「なん、だって……?」


 夢幻主は膝からくずおれる。


 そんな夢幻主を気にも留めず、思い出話でも語るように気安く話す。


「私も大変でしたよ? 融合しないように鬼主に別の陳を刻んだり、きさらぎ駅とイメージを変えようとこんな大きな風車の塔(はりぼて)を建てたり。そうして漸く本物(オリジナル)からの干渉を防ぐ事が出来たのですが……」


 そこまで言って、膝を着く夢幻主を見る。


「此処は余りにも無防備。干渉を阻む陳も敷いていません。きさらぎ駅になるのも時間の問題ですね」


「まさか、そんな……」


 僕の城が、僕の国が、僕の世界が……。


 そんな考えばかりが思考を過ぎり、けれど、直ぐに我に返ると夢幻主は縋るようにその者に近寄る。


「た、頼む! どうにかできないか!? お前、きさらぎ駅からの干渉を防いでいたんだろ!? ならその処理を此処にも!!」


 縋る夢幻主に、あくまでも笑顔で返す。


「無理です。夢である分、此処は私が造ったきさらぎ駅よりも大きいです。それに、余りにも果てが無い。予想外に世界の融合も早過ぎます。この世界に陣を敷くのは不可能です」


「そ、そんな!! なんとか、なんとかならないのか!?」


「残念ながら、手の施しようが在りません。残念でしたね。きさらぎ駅の性質さえ取り込まなければ、此処は夢世界として確立出来たでしょうに」


 残念残念と言いながらも、決して残念そうな顔はしない。


「世界の融合まで最早秒読み。短い砂上(さじょう)楼閣(ろうかく)の主を、どうぞ存分に勤めてください。ああ、本当に残念です。貴方が失敗さえしなければ、此処はもう一つの異世界になりえたのに」


「どうにか、どうにか出来ないか!? そ、そうだ! あの御馳走をもう一度くれよ! そうすればきさらぎ駅よりも強力なイメージでこの世界を塗り変えられる!」


「駄目です。言ったでしょう? あれは本来貴方が食する事など出来ないものだと。一度は慈悲。二度目はありません」


「期待してるんじゃなかったのか!?」


「見所がある、と言っただけです。都合よく解釈するのはやめてください」


 見所があるから期待している訳ではない。そも、(はな)から猿夢には期待などしていない。もし上手く行けばそれでいい。少しの手間で大きな成果が得られればそれでよかった。言ってしまえば、成功してもしなくてもどちらでも良かったのだ。


「さて。それでは私もそろそろおいとまするとしましょう。きさらぎ駅に入り込めば、流石の私も出るのに一苦労しますからね」


「ま、待ってくれ! なんとか、なんとか出来ーー」


「しつこい、です」


「ーーがっ!?」


 人差し指で弾かれ、吹き飛ぶ夢幻主。


 無様に背中を打ち付ける夢幻主を見もせずに、その者は、残念残念と笑って部屋を後にした。


「……さて、早くこの世界から出ないと、貴方達もきさらぎ駅に囚われてしまいますよ? まぁ、そうはならないでしょうけれどね」


 誰にともなく呟かれた言葉は、誰の耳にも届く事は無く、宙を漂ってから消えた。


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