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第拾陸話 猿夢への道

「あ、起きたね」


 目を開いた途端、目に入り込んだお面。


「おわっ!」


 顔を覗き込むようにこちらを見る鬼のお面に、驚き思わず拳を奮ってしまう。


「危なっ!?」


 それを、鬼のお面は身体をのけ反らせて回避する。


「急に殴りかかるなんて、君も逞しくなったものだよ、本当に」


「あ、悪い」


 鬼のお面の正体である時雨は、からかうように雪緒に言えば、雪緒もその正体が時雨だということに気付き、素直に謝る。


「まぁ、良いよ。このお面じゃ、仕方ないしね。さて、起き抜けに悪いけど、事件だよ」


「ーーっ! そうだった!」


 事件と言われ、雪緒は即座にベッドから飛び降りる。


「時雨、猿夢はどうなってる!?」


「その言葉が真っ先に出て来るって事は、君も事態を少しは把握しているようだね。街に気配を(さぐ)ってみるといい」


 言われ、雪緒はすぐさま街の気配を探る。


 そして、自分が思っているよりも悪い状況になっている事を知る。


 街を覆うように、霊力が広がっているのだ。それも、見ただけで悪いものだと分かるほど、濃密な悪意に満ちた霊力だ。


「なんだよこれ……」


「猿夢だよ。ちょっと、いや、かなり厄介なモノになったようだね」


 晴明の言った通りの最悪の事態になりつつあると理解し、その際に晴明との熱い接吻(キス)を思い出して赤面しかけるが、今はそれどころでは無いと首を振る。去れ、煩悩。去れ、柔らかい晴明の唇の感触。


「猿夢って、夢だよな? 俺が日中に感じた気配と、随分違うみたいだけど……」


「分からない。ただ、夜になって少ししたら猿夢が広がっていたんだ。僕も昼夜問わずに猿夢の小さな気配を感じていたけど……。猿夢はこんなに大きな世界を作れる程強力な怪異じゃないのに……」


「人の夢に世界の構築を依存してるんだよな? でも、この規模だと依存どころの話しじゃねぇぞ……」


 今も広がっている霊力と猿夢の気配。


 人一人の小さな夢の世界にしては、余りにも広大が過ぎる。


「恐らくだけど、夢と夢を繋げている。方法は知らないけど、それ以外考えられないんだ」


「なんにしても、あれが猿夢だってんなら俺がーー」


「主様!」


 行かないと。そう言いかけて、それを遮られる。


 影から滲み出るように現れたのは、凍花と鈴音であった。


 二人は雪緒に傅きながら、雪緒がどうしたのかと尋ねる前に焦りを感じさせる声音でまくし立てた。


「申し訳ございません! (わたくし)が居ながら、加代様を猿夢に(かどわ)かされました!」


「申し訳ございません。同じく、わたしもです……」


「あいつらは……なんでこう何時も巻き込まれるんだ……」


 どうしてそうなると溜息を吐きたくなるけれど、そんな態度をとってしまえば凍花と鈴音が自責にかられてしまう。


 雪緒はなんとか溜息を飲み込む。


 それに、何時もと言うにはまだ二分の二の確率だ。百発百中だけれど、分母が小さすぎるのでなんとも言えない。いや、一般人である彼女達が怪異に巻き込まれるのはかなり確率が低い事のはずなのだけれど……。


 ともあれ、夢の中とあっては二人に責任は無い。むしろ、責任は自分にある。


「いや、二人は悪くないよ。悪いのは、最初で仕留めきれなかった俺だ。俺が最初で仕留めてさえいれば……」


「雪緒くん、たらればは無しだ。今は自分に出来る事を考えよう」


「……ああ、そうだな」


 そうだ。今は失敗を悔いている場合ではない。


 晴明がリスクを侵してまで雪緒を現代(こちら)に戻してくれたのだ。これで雪緒が二度と平安に行けなくなったとしても、晴明の行為に見合える行動をしなくてはいけない。


 平安に二度と戻れないかもしれないと考えれば、胸の奥がずきりと痛みを主張するけれど、今はその痛みに蓋をする。


 大丈夫だ。晴明とはまた会える。晴明なら、どうにかしてくれるはずだ。だから、大丈夫だ。今は猿夢に集中しろ。


 胸の痛みを無理矢理押さえ付け、雪緒は一つ深呼吸をする。


「よし、大丈夫だ」


 大丈夫だと、自分に言い聞かせる。


 そうしていると、炎蔵に借り受けた無線機から音が漏れ聞こえる。


 雪緒は無線機を耳に付ける。


『雪緒くん! 聞こえたら応答して! 雪緒くん!』


 (こえ)の主は仄であった。切迫した様子からして、おそらくは猿夢の事だろう。


「仄、俺だ。聞こえてる。状況は?」


『雪緒くん! 良かった、雪緒くんは無事なのね!』


「ああ、俺はなんとも無い。そっちは大丈夫か?」


『うん、大丈夫。でも、陰陽師の方も結構猿夢にさらわれてるみたい。夢の中じゃ、式鬼は使えないし……ちょっと、まずいかも』


「分かった。俺も今から夢に潜る」


『潜るって、どうやって?』


「俺の師匠曰く、幽体離脱すればいいって話だ。幽体なら猿夢の作った世界に入れるって事らしい」


『確かに、実体の無い猿夢の世界に入るにはそれしか無いけど……入ったとして、どうするの? 夢の中では式鬼は……。ああ、雪緒くんには、七星剣があるんだったわね』


「そういう事だ。じゃあ、ちょっくら行って来る」


『……雪緒くんに頼ってばかりなのは心苦しいけど……お願いします』


 本当に申し訳なさそうに言う仄に、雪緒は何も気負うことも、恩に着せるような態度を取ることも無く言う。


「気にすんな。怪異と戦う事は、俺が決めた事だ」


 仄が気にする事じゃない。そう言おうとしたけれど、雪緒とは違って、陰陽師である仄が気にしない訳が無いのだ。だから、気にするなとは言わない。ただ、自分の責務でもあるのだとだけ告げる。


「じゃあ、行って来る」


『気をつけて……』


「ああ」


 言って、雪緒は無線機を外す。


「てなわけで、俺はちょっくら猿夢を倒して来るわ」


「ちょっくらで倒せるような規模じゃないけどね。……今回、僕は助力が出来ない。夢の中に式鬼札は持ち込めないし、実体である僕等は意識の世界である夢の中には入れないからね」


「分かってるよ。俺一人でなんとか頑張ってみる」


「……すまない。君にだけ任せてしまって」


「気にすんなよ。聞いてたろ? これは俺の戦いでもあるんだ。それに……」


 自身の不甲斐無さに意気消沈している凍花と鈴音を見てから、雪緒は言う。


「俺の大切な友達に手を出されたんだ。俺が出ないで、誰が出るよ」


 自分の友人を拐かされたのだ。友人として黙っていられる訳が無い。


 そうと決まれば早速幽体離脱をしようとしたとき、傅いたままの二人が申し訳なさそうに深く頭を下げる。


「申し訳ございません、主様。早々に、このような失態をおかしてしまい……」


「仕方ないさ。夢が相手じゃどうにもならないだろ。お前達を責めたりはしないよ」


「……ですが」


「なら、次に頼むよ。俺が困ったら助けてくれ……って、今も十分助けられてるけどな」


 式鬼達が青子達を護ってくれているから、雪緒は安心していられるのだ。もうすでに、十分助けてもらっている。


「じゃあ、行くわ。吉報を持って帰るな」


 状況把握にそれなりに時間を使ってしまったので、そろそろゆっくりもしていられない。


 雪緒はベッドに適当に寝転がると、静かに目を閉じる。


 晴明は言っていた。雪緒は毎日幽体離脱をしているのだと。そして、やり方は理解できていなくても、身体がその方法を憶えているのだと。


 雪緒は目をつむり、魂が身体を離れる事をイメージする。


 すると、身体から何かが抜ける感覚がおとずれる。


 目を開けてみれば、何時もより少しだけ視点が高い。


 周囲を見渡してみれば、やはり何時も見ている部屋の景色よりも視点が高い。


 時雨を見てみれば、何時もは若干見上げるくらいなのに、今は時雨を見下ろしている形になっている。


「成功したみたいだね。いやはや、たった一度で成功するとはね」


 時雨が感心したように呆れたように言うので、自分が幽体離脱に成功した事を知る。


 振り返れば、自分の身体がベッドに寝転がっている。


 どうやら、時雨の言う通り、幽体離脱は成功したようだ。


 ふよふよと浮く半透明の自分の身体を確かめると、雪緒は自分の手を窓を突き抜けて外に出し、物体を透過出来る事を確認する。


「じゃあ、行って来る」


「うん、行ってらっしゃい」


「行ってらっしゃいませ」


「主様、お気を付けください」


「ああ」


 頷き、雪緒は自室を後にする。


 雪緒は空を飛び、霊力の高い方へ向かう。


「そういや、細かい説明とかされなかったけど、本当に夢の中に入れるのか?」


 幽体離脱しただけで夢の世界に入れるとは思えない。それに、猿夢は雪緒が知るよりも強力な怪異になってしまった。入ろうとして入れるとは思えない。


 けれど、きさらぎ駅のような制約も無いだろう。夢の世界という、ある種異界よりも確証の無いものの中にいったいどうやって入ればいいのだろうか。


 こういうとき、晴明に聞けないのは痛い。晴明なら、すぐに答えを出してくれるというのに……。


「って、晴明に頼りっきりの思考はダメだ。今は晴明は居ない。俺が自分で考えないと……」


 しっかりと現状を見据え、知識の薄い頭で考える。


 まず、現状を整理する。


 夢の世界に実体は無い。それはつまり、きさらぎ駅のように形ある場所ではないということだ。夢という概念の中に根付いている。だからこそ、目に見えた形など無く、確証のある入り方が無い。


 けれど、猿夢は他者の夢に世界の構築を依存する。猿夢に、きさらぎ駅のように自身で世界を構築する術が無いからだ。そして今回は夢の統合をしてその世界を広げている。


 そこまで考えたところで、何かがひっかかる。


 何がひっかかるのかを、雪緒は自身の知識と感を駆使して必死に考える。


 そして、自分が何にひっかかりを覚えたのかを自覚する。


「……夢の、統合……?」


 そう、夢の統合だ。そこに、ひっかかりを覚えた。


 何故だ。何故そこにひっかかりを覚えた?


 雪緒は無い頭を必死に活用して考える。


「ああ、くそ!! 本当に鈍感だな、俺は!!」


 頭を捻って、けれど、分からない。


 雪緒は恥ずかしながら、今来た道を引き返して家に戻る。


 窓を突き破る勢いで部屋に戻れば、まだ部屋に残っていた三人がびくりと身を震わせて驚く。


「時雨!!」


「ど、どうしたんだい?」


「猿夢への入り方が分からん!!」


「あ、ああ……なるほど……」


 雪緒の言葉に納得しつつ、時雨は考えるように腕を組む。


「とは言え、僕も分からない。お姉様方は分かりますか?」


「夢の中に入る方法、ですか……あの方なら分かるのでしょうけれど……」


「俺も思ったけど、ここが現代な以上無理だ」


「幽体になれば良いのではなかったのですかぁ?」


「俺もそう思ったんだけど、どうやら無理そうだ。何処から入れば良いのか皆目検討もつかない」


 三人揃って、うんうん頭を捻る。


 そこで、雪緒は自分で引っ掛かった部分を補足として付け加える。


「猿夢が夢の統合をしてるってところが、どうにも俺の中で引っ掛かったんだが……」


 これって関係あるか? と、三人に無言でたずねる。


 そうすれば、すぐさま時雨が反応を示した。


「なるほど、そういうことか」


「何か分かったのか!?」


 宙に浮いて詰め寄れば、時雨は雪緒の頭を押し返しながら答える。


「たしか、僕が言ったんだったね。夢を繋げているって」


「ああ」


「僕自身、失念していたよ。夢を繋げるという事はつまり、猿夢は未だに単身での世界構築が出来ないんだ」


「あぁ」


「なるほどぉ」


「え、どういう事だ?」


 納得を示す凍花と鈴音に反して、雪緒は未だに頭に疑問符を浮かべている。


「問題提起してる時間は無いね。本当は僕らの主として自分で気付いて欲しいところだけれど」


「お説教は後で受けるから、今は答えを教えてくれ!」


「分かってるよ。分かってるから、お姉様方も僕を睨むのを止めてくれると助かります。正直、お二人に睨まれると僕も身が(すく)む」


「ならば主様を責めぬ事ですね。それと、主様には敬語を使いなさい」


「身の程を弁えれば良い話ですぅ」


 同じ雪緒の式鬼として、時雨の態度には思うところがあるのか、不機嫌そうに言う凍花と鈴音。しかし、今はそんな事を言い争っている場合ではないのだ。


「待て待て、今はそんな事言ってる場合じゃないだろう? これについては後でちゃんと説明する。それで今は矛を収めてくれ」


「……主様がそう言うのであれば、(わたくし)に異論はありません」


「右に同じですぅ」


 雪緒の鶴の一声でこの場は即座に収まる。


 過去であり、未来の自分は、いったい二人とはどういう関係を気付いたのだろうと少しだけ興味と不安を覚えながらも、雪緒は時雨に問う。


「で、どういう事なんだ?」


 雪緒が問えば、時雨は即座に答える。


「単身での世界構築が出来ないって事はつまり、未だに夢世界の構築を人に依存してるって事なんだ」


 そこまで言われて、雪緒も漸く気付く。


「つまり、猿夢の被害者のところに行けば」


「猿夢の痕跡が必ずある。夢世界に捕われた被害者の精神と、現実世界にある被害者の身体は糸のようなもので繋がってるはずだ。それを、幽体である雪緒くんが追うんだ。集中すれば、すぐにでも入れるはずだ。そして、本来ならこれ程猿夢の霊力が溢れている場所で、猿夢の被害者を捜すのは容易じゃないけど」


「今はその被害者に目処(めど)が着いてる」


「その通り」


 時雨が頷き、雪緒は鈴音を見る。


「鈴音、青子のところまで連れていってくれ」


 雪緒が言えば、鈴音は微笑みを讃えながら傅く。


「御身の意のままに」

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