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第拾伍話 その繋がりは熱烈に

いやーん

「起きたか雪緒!」


「おわっ!?」


 平安で目を覚ました途端、晴明が危機迫った顔で雪緒に迫った。


 なんだなんだどうしたと一瞬慌てるけれど、そういえば、昨夜は猿夢に夢の世界に連れ去られたのだということに思い至った。


 雪緒はそれに思い至ると、かくかくしかじかと説明をする。


 説明をし、結果、大丈夫であると言えば、晴明は目に見えてほっと胸を撫で下ろした。


「そうか……ならば、良いのだ」


「悪いな、心配かけたみたいで」


「心配をするのは常の事だ。其方気にする事では無い。……が、少々面白くは無いな」


「何が?」


「仮にも、其方と私は契約をしておる。私が契約をしていたのにも(かか)わらず、猿夢は其方を掠め取って行った。気に食わぬ訳があるまいよ」


 そう言う晴明の顔は不機嫌そうで、常よりも眉間に(しわ)が寄っていた。


 その迫力に、雪緒は思わずたじろいでしまう。


「……まぁ、何にせよ、其方が無事で良かった。其方が急に気を失うものだから、私も少し焦ったぞ」


「悪い……俺が不甲斐無いばかりに……」


「いや、其方に非はあるまいよ。猿夢が私の想像より強力だっただけの事だ。次は、もう少し慎重に怪異を見定めるとしよう。さぁ、それよりも朝餉にしよう」


 晴明に促され、雪緒は頷く。


 布団を片付け、いつものように朝餉を食べる。


 最初は雪緒と話しをしていた晴明。だが、徐々に徐々にその表情を曇らせていき、とうとう考え込んで黙りこくってしまった。


「? 晴明?」


「……其方、猿夢に連れ去られたと言うたな?」


「あ、ああ」


 雪緒が戸惑いつつも頷けば、晴明は箸を置いて考え込む。


「なぁ、どうしたんだ?」


 問いかけても、晴明は答えない。


 仕方なく、付き合いの長い園女を見るも、園女も小首を傾げるばかりだ。冬も、似たような顔をしている。


 話しを聞いていた二人をしても、雪緒の説明にはおかしなところは無かった。それなのに、晴明は考え込んでいる。


 雪緒達が首を捻っていると、晴明は雪緒に言う。


「雪緒、私は言ったな。猿夢は低位の怪異であると」


「ああ」


「其方の時代の陰陽師も、猿夢は低位だと言っておったか?」


「ああ」


「……であれば、何故其方に干渉できた?」


「え、何故って……」


 考えてみるけれど、答えは見当たらない。そも、雪緒はその手の知識に明るくない。分からない事の方が多い。


 雪緒が考えていると、晴明が言葉を整理するように言う。


「おかしいのだ。仮にも私だぞ? 私の契約だぞ? 時を跨いでいるとはいえ、そちらでもこちらでも干渉出来る者などそうそう居るはずが無い。ましてや意識は平安(こちら)にあるのだぞ? どうやって呼び戻したのだ?」


 考えるように(おとがい)に手を当てる。


「何故だ? 何故呼び戻せた? 低位の怪異に出来る芸当では無い。では、いったい誰が……誰が(・・)? ーーっ!! そうか、そういう事か!!」


 弾かれたように顔を上げて、雪緒に詰め寄る晴明。


 雪緒の両肩を乱暴に掴み、晴明が焦ったように顔を近付ける。


「雪緒、其方()く現代に戻れ!」


「ま、待ってくれ晴明! 話しが見えてこない! 落ち着いて説明してくれ!」


「これが落ち着いてなどいられるか! 早うしなくては、其方の大事な者まで死ぬ事になるぞ!」


「は? それは、どういう……」


「今は時間が惜しい! 早う戻れ!」


「待ってくれって! そもそも、俺がここでどうこうしても戻れないって言ったのは晴明だろ?」


「そ、それはそうだが……だが、時間が惜しいのだ!」


「時間が惜しいのは分かった。でも、何も説明されないまま戻ったって、俺には何も出来ないだろ? 頼む、簡潔でいいから説明してくれ」


「む、むぅ……それも、そうか」


 奇しくも、きさらぎ駅の時とは逆だなと思いながら、雪緒は晴明を宥める。


 晴明は雪緒の目の前に座り直し、おほんと咳払いを一つする。


「で、俺が戻らないといけない理由って?」


「その前に、一つだけ説明をする。本来、私は低位の怪異に干渉されるようなやわな召喚はしない。それは時を経た場合でも関係は無い。現に、其方は毎夜こうして平安(こちら)に来て、現代(あちら)に戻っておる。自惚れに聞こえるやもしれぬが、一重に私の実力があってこそだ」


「自惚れじゃないだろ。晴明は凄い奴だよ。俺が保証する」


「い、今はそんな事は良いのだ。んんっ、良いか? その私の召喚が昨日邪魔された。其方が目覚めかけていたとは言え、猿夢の実力を考えれば、本来であれば有り得ない事だ」


 ようやく、雪緒にも晴明が何を危惧しているのかを察してくる。


「つまり、誰かが俺を現代に引き戻したって事か?」


「ああ。……これは、其方に言うべきか迷っておったのだが……」


 考え、けれど、決断したように晴明は雪緒を見る。


「前回の、きさらぎ駅。あれでもしやと思っていたが、昨日(さくじつ)の出来事でほぼ確信に変わった。この件に限らず、其方の町に蔓延る怪異に、手を貸している何者かが居る」


「ーーっ!? きさらぎ駅は怪異として発生したんじゃないのか?」


「発生はした。が、その後だ。其方から聞いたきさらぎ駅の伝承との食い違いが大きすぎるのだ」


 黄泉戸喫(よもつへぐい)は黄泉の国の者にするだけではなく、その者を異形へと変貌させた。


 異界を構築する陳を一身に刻む鬼主(きさらぎぬし)の存在。


 そして、異常なまでの人をさらう能力。


 きさらぎ駅は、世間で伝え聞く噂話から逸脱しすぎているのだ。それはもう、多少の変化とは言えない程に。


 もちろん、晴明の気にしすぎという線もあった。だから、雪緒には話しをしなかった。けれど、事態はそうもいかない展開へと発展している。


 晴明の式鬼神召喚に干渉できる程の力を持つ何者かの存在が影を見せ、怪異に何らかのちょっかいをかける可能性が出て来た。


 全て晴明の杞憂であれば良い。けれど、杞憂で終わらせるには雪緒と晴明の繋がりに割り込める者の存在は余りにも大きすぎた。


「この一件、前回の一件、そしてこれからの怪異による被害。その全てに、何者かが手引きをする可能性が出て来た。……いや、正直に言おう。必ず、その何者かは干渉してくるであろう」


「何者かって?」


「分からぬ。さすがに、そこまでは見えぬ。が、何者かが居てもおかしくは無いのだ」


 影で手引する何者か。


 雪緒には、今一分からないけれど、晴明が言うのであればその者は確実に居るのだろう。


 そして、その者のせいで多くの人が傷付き、悲しみ、苦しんだ。


 誰であれ、目的がなんであれ、到底許される行いでは無い。


 雪緒は静かに怒りを(みなぎ)らせる。


 きつく握り締められる雪緒の手に、晴明が己の手をそっと重ねる。


「落ち着け。今はその者の事はいい。それよりも、今優先すべきは猿夢だ。その者が猿夢にすでに手を貸しおるのは確実だ。猿夢は一度其方に敗れ、そして今は瀕死(ひんし)だ。その者はもう一度猿夢に手を貸すだろう。手を貸す方向性が見えぬが、必ず何かをしてくるはずだ」


「つまり、猿夢はまだ終わってないって事か?」


「ああ。それどころか、更に力を増して其方等(そなたら)の前に立ちはだかるはずだ」


 猿夢がまだ終わっていない。それどころか、更に強力になって帰ってくる。


 なんだが続編物の鮫の映画のような話しだけれど、当事者である雪緒には決して笑えない話しだ。


「それは分かった。でも、それは今日なのか? もっと時間が経ってからとか」


「消滅寸前なのだぞ? すぐにでも手を打つはずだ。それに、強力になったのであれば其方でも気配を追えるはずだ。良いか雪緒? 猿夢が強力になってしまえば、きさらぎ駅の比ではない。夢という世界にはきさらぎ駅のような制限が無い。無制限に、無尽蔵に人々を自らの世界に引きずり込むぞ?」


 無制限、無尽蔵。その二つの言葉に、雪緒の背筋に冷たいものが走る。


 きさらぎ駅には、入場するための資格が必要だった。けれど、猿夢は夢の世界。その入場に制限は無く、また、制約も無い。


 猿夢は、無制限、無尽蔵に、自らが標的と定めた人間を夢の世界に引きずり込む。


 事ここに至って、ようやく雪緒にも焦りの色が見え始める。


「ど、どうしよう晴明? 俺、早く戻らないと!」


「そうしたくとも方法が無い! だから私も珍しく焦っておったのだ!」


 焦る雪緒に、晴明が怒ったように言う。


 と、その時、戸がすすすと音を立てて開かれる。


「やぁ、お二人さん。儂が遊びに来たぞ」


 手をひらひらを振って入って来たのは、呪術師道満であった。


 呑気に笑顔を引っ提げって入って来た道満は、しかし、二人の焦ったような様子を見て小首を傾げる。


「およ? 汝等、そんなに焦って、いったいどうしたと言うのだ?」


「道満よ、今は其方に構っている暇は無いのだ。今日のところは引き上げてくれ」


「待て晴明。汝等、なにやら面白い事をしておるな。儂も交ぜるが良い」


 にやりと笑いながら、道満は雪緒の隣に腰を降ろす。


 そんな道満を見て晴明はむっと根眉を寄せるけれど、今はそれどころでは無いと道満を無視する。


「して、何があった? 儂にも話してみよ。力になるぞ?」


「よい。其方には関係が無い。これは私と雪緒の問題だ。其方は黙っておれ」


「そう意固地になるでない。儂は何も取って食おうなどとは思っておらぬのだ。ただ、良い情報の対価に手伝いたいだけだ。ほれ、話してみよ」


 ほれほれと晴明を促す道満。


 しかし、晴明は根眉を寄せて道満を睨むばかりで、事情を口にはしない。


 が、根眉を寄せたまま、晴明は道満に言う。


「其方は雪緒に夢の中でも使える術を教えよ。それだけ、其方に頼む」


 何に焦っているのかは話さない。けれど、晴明が頼むと言った。それだけで、道満には十分だった。


 にやりと、いやらしく道満は笑う。


「あい分かった。では雪緒よ。儂が術を(さず)けよう」


 言うと、道満は雪緒の方を向く。


 雪緒は晴明に伺うように視線を向け、晴明はその視線を受けて道満に従えと頷く。


 雪緒は、晴明の言う通りにし、道満と向かい合う。


「で、道満は俺に何を教えてくれるんだ?」


「ん? いや、教えはせぬよ。言うたであろう? 汝に術を授けると」


 言いながら、道満は雪緒の胸に手を添える。


 晴明の目尻がこれでもかと言わん程吊り上がるけれど、道満は気にした様子も無く微笑みながら続ける。


「汝が何をするのかは皆目検討もつかぬ、が、荒事に身を投じようとしておるのはわかる。であれば、儂が汝に授けられるのは汝を護る術のみだ」


 印を切るように、道満は指を動かす。


 少しだけくすぐったいし、晴明の視線が痛いけれど、雪緒は我慢をする。


「効果の程は……まぁ、発動してからのお楽しみだのう」


 くくくと悪い笑みを浮かべる道満に、雪緒は何をされたのかと戦々恐々とするけれど、今は道満を信じる他無い。


 それに、道満といえば晴明の好敵手だ。その実力の程は信用しても良いだろう。人間性は、まだ分からないけれど。


「さて、後は晴明、汝だぞ?」


 悪い笑みを浮かべながら、道満は晴明を見る。


 雪緒も、道満につられて晴明を見ると、晴明は険しい顔をしながらじっと雪緒を見ていた。


 そして、言いづらそうに口を開く。


「……一つ、其方を現代(あちら)へと戻せる方法がある……が、正直に言って賭けにも等しい。……正直、私はこの方法はとりたくはない」


「その、方法って……?」


 たずねれば、晴明は一度躊躇ったような仕種を見せた後、覚悟したように雪緒の目を見て言う。


「其方の状態は、言ってしまえば私の式鬼だ。ならば、私が式鬼の召喚を解除すればいい」


「ああ、そうか。そういう方法もあるのか」


 召喚を解除すれば雪緒は元居た場所に戻る事が出来る。雪緒が元居た場所とはつまり現代の事。そのため、晴明が召喚を解除すれば雪緒は現代に帰還できるという事だ。


 けれど、それを渋る理由が雪緒には分からない。


 雪緒の心境を悟った道満は、にやりと底意地の悪い笑みを浮かべて言う。


「汝が現代に戻れば、今まで不確定であった汝と晴明の繋がりが更に不確定なものになる。召喚を解除すれば、汝と晴明の間にある繋がりが途絶え、二度とこちらに戻ってくる事は叶わぬかもしれぬのう。晴明は、その事を危惧しておるのだよ」


 すっと晴明に視線を向ける道満。その目は心底楽しそうで、まるでこの状況を楽しんでいるようでもあった。


 雪緒からすれば二度と平安に来られないかもしれないと知り、完全に物怖じしてしまっているので、道満の心底楽しそうにしている態度に少し苛立つ。


 晴明は考えるような……というよりも、躊躇うような仕種を見せる。


「さぁ、どうするのだ? 晴明」


 にやにやと心底楽しそうに笑う道満。


 そんな道満を晴明は鋭く睨み付けるも、その瞳に常の迫力は無い。


「時間が無いのであろう? であれば、迷ってる場合ではないのではないか?」


「分かっておる! ……分かっておるが……」


 言って、何故だか雪緒を睨みつける晴明。


「え、ええ? 俺、何かしたか?」


「其方は悪くは無い。悪くは無いが……」


 もじもじと、晴明らしからぬ躊躇いを見せる。


 なんだか新鮮だなと状況も考えずに思ってしまう。


「ほれほれ、早うせい」


「む、むぅ……! ああ、もう! 其方は暫し黙っておれ!」


「くふふ。おー、怖い怖い」


 全く怖がっていないような顔で白々しく(のたま)う道満を晴明は一度睨みつけた後、鋭い視線をそのまま雪緒に向ける。


 怒られるのかと一瞬身構えるが、どうやらそうでは無いらしく、晴明は自身を落ち着かせるように胸に手を当てて深呼吸をする。


「落ち着け、落ち着くのだ……よし、落ち着いた。落ち着いたと言えば落ち着いたのだ」


 自らに暗示をかけるように言い、晴明は今一度雪緒を見る。


「良いか? 今からする事に陰陽術以外の深い理由は一切無い。目的以上の他意は無い。良いな?」


「え、えっと、何がなんだか……」


「考えずとも良い。そして、今から私がする事に一切の抵抗をするな。良いな?」


「なんか、そう言われると怖いんだが……」


「良・い・な?」


 ずずいと顔を近付けて雪緒に圧をかける晴明。


 晴明の顔の近さもあり、有無を言わさぬ圧力もあり、雪緒は戸惑いつつも素直にこくりと頷いた。


「うむ。で、では……いくぞ」


 顔を近付けたまま、晴明は雪緒の顔を両手で掴む。


 道満が期待したように二人を見る。


 しかし、なんの事か分からない雪緒は困惑したまま晴明を見る事しか出来ない。


 雪緒が困惑をしていると、晴明がその隙をついて一気に距離を詰めた。


 ーーーー二人の唇と唇が重なる。


「ーーっ!?!?」


 柔らかい感触が伝わる。が、その感触を自覚できずに、突然の事に雪緒はただただ驚愕する。


 視界の端で道満と園女、冬がきゃーきゃーと姦しく騒ぎ、小梅は冬に視界を塞がれて頭上に疑問符を浮かべている。


 正直、小梅に見られなくて良かったとどこか冷静な頭で思いながらも、思考の九割は晴明との口づけに持って行かれていた。


 え、え? 何? なんで俺、晴明とキスしてるの? は? どういう事?


 戸惑いが思考を埋め尽くす。


 雪緒が戸惑っている間に、晴明が舌を使って雪緒の口をこじ開ける。


「ーーーっ!?!?!?!?」


 口づけをした以上の驚愕が雪緒を襲う。けれど、身体は予想以上の困惑に耐え切れずに、身体が上手く動いてくれない。


 誰に押さえ付けられた訳でもないのにぴくりとも動けない雪緒。


 そんな雪緒に構う事無く、晴明は雪緒の口内に舌を侵入させ、己の唾液を流し込む。


「ぷはっ」


 そして、即座に雪緒から口を放す。


 突然の事態に放心している雪緒に、晴明が顔を茹蛸(ゆでだこ)のように赤くしながら言う。


「そ、其方の体内に私の唾液が入った。これで、繋がりには十分なはずだ」


「え、ぉ……」


「では、行って参れ」


 晴明が戻れと一言言えば、雪緒はまるで煙りにまかれたように姿を消した。


 残された晴明は姦しい三人の生暖かい視線を受けながら、そっぽを向いた。耳まで真っ赤になっているでの、それだけで三人には十分だったけれど。


 ただ一人、小梅だけ事態を理解できずに小首を傾げていた。


 道満がにやりといやらしい笑みを浮かべて晴明を見る。


「くふふっ、汝も存外独占欲が強いのだな。儂が結んだ(えにし)を上書きするとは」


 道満がそう言えば、晴明はそっぽを向いたまま言う。


「其方と縁を結べば、雪緒がただでは済まないと思うただけだ。それに、雪緒は私の弟子だ。私が護って何が悪い」


「いやぁ? 別段、悪い事など無かろうよ。ただ、随分情熱的な接吻だと思うただけだ」


「ーーっ。だ、唾液というのは、血と同じくらいに霊力を持っておるのだ。其方もそれくらいは承知しておるだろう!」


 呪いにしろ陰陽術にしろ、術者の体液を使う事が多い。血液の方が霊力が強いとはいえ、唾液がそういった術に不十分な訳でもない。


 現代で有名な怪異に『こっくりさん』があるが、血を必要とする本格的なものもあるけれど、その血を唾液で代用しても、効果は同じなのだ。


 そして、そういった事は呪術を生業(なりわい)としている道満の方が詳しいし、晴明よりも専門的なはずだ。


 つまり、道満はただからかっているだけなのだ。まぁ、そんな事は、道満のにやけ面を見れば一目瞭然だけれども。


「そ、それに! 接吻の方が、雪緒の記憶に深く刻まれるであろう? 唾液だけでは足りぬと思うて、接吻をしたまでだ! それ以上の意味など無い!」


 しかして、晴明の接吻にはそれ以外の意味もあった。


 それは決して不純なものではなく、また、雪緒を護るためのものでもあった。


 先ほど、道満が縁を結んだと言った。道満は、雪緒の胸に触れている間に、呪術だけではなく、雪緒の心と道満の心を繋ぐ呪術を施していた。


 道満は雪緒が事を成した後、晴明に変わって雪緒を召喚しようとしたのだ。道満に雪緒を傷付ける意図は無いけれど、雪緒と自身を結び付けたモノ(・・)が問題だ。


 道満の呪術は、心と心を強く結び付けるものだ。それは一蓮托生と言っても過言ではない程の繋がりであり、道満が心に傷を負えば、繋がりの糸を伝って雪緒にもその傷が行く程の強い繋がりだ。


 呪術師である道満は、何時、誰に呪い返しをされてもおかしくは無い。そんなへまをするような甘い相手ではないけれど、それでも、万に一つも可能性があるのだ。


 人を呪わば穴二つ。その穴を三つに増やすような行為なのだ。


 だからこそ、晴明は雪緒を護るために雪緒と接吻を交わしたのだ。唾液を雪緒の体内に入れ、内側から晴明の霊力を作用させ、術的に雪緒と道満の縁を断ち、接吻をする事で道満ではなく晴明に強い意識を向けさせ、道満よりも強い繋がりがある事を意識させた。


 晴明との繋がりを残すために唾液を体内に入れる。


 晴明との強い繋がりを意識させるために強烈な記憶を刻み付けるため。


 道満の呪術を跳ね退けるため。


 以上三点の理由があり、晴明は雪緒と口づけを交わしたのだ。


 しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。それはもう過去類を見ないほど恥ずかしく、我知らず耳が赤くなるほどであった。


 そして、その事を道満も当然理解している。というより、道満はそれを理解した上で雪緒と縁を結んだのだ。


 道満としては、晴明がどういう反応をするのかを見て楽しみたかった。だからこそ、雪緒と自分を強く繋ぐ程の縁を結んだ。当然、雪緒に不利益があるならば、一蓮托生の片割れである道満にも不利益がある。その不利益をこうむる事を覚悟の上で、道満は雪緒と縁を結んだのだ。


 晴明が何もしなかったのであれば、事が終わり次第、道満が雪緒を召喚した。けれど、道満の縁を断ち切るほどの行動を晴明がしてくれる事も期待していた。


 つまり、まぁ、道満はこんな状況でありながらも、晴明をからかって遊んでいたのだ。


 道満にとってはどちらに転んでも美味しい展開だ。雪緒という遊び相手を得るか、晴明の恥ずかしい姿を見れるか、そのどちらかは必ず得られたのだから。


 今回は後者だったけれど、それだけでも大満足だ。


「くふふっ、まぁ安心せい。雪緒にはしかと呪術を授けた」


「ふんっ、そうでなくては困る」


 振り返らず、面白くなさそうに鼻を鳴らす晴明。


 そんな晴明に、道満は楽しそうに笑ってみせた。


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