第拾参話 百鬼夜行
朝、沈鬱な表情で朝食をとり、そのまま学校へ向かう雪緒。
明乃が少しだけ心配そうな顔をしていたけれど、黙っている雪緒を見て何も言ってくる事は無かった。
学校に着き、教室に入れば仄が真剣な表情で雪緒を迎え入れた。
「おはよう、雪緒くん」
「……おはよう」
仄と炎蔵には朝の内に連絡を入れておいた。だから、仄は雪緒が猿夢を取り逃がした事を知っている。
「話、放課後に聞かせて」
「いや、早い方が良い。昼休みにしよう」
「分かった」
席に着きながら、昼休みに猿夢について話をすることを取り決める。
「あ、おはよう陰陽師~」
雪緒が席に着くと、教室に青子が入ってくる。あいも変わらず、呼び名は陰陽師である。
いつものテンションで声をかけてくる青子に、雪緒は少しだけ肩の力が抜けるのを感じながら、恒例となった常の返し文句を言う。
「俺の名前は道明寺だ。おはよう、青子」
「おっはよ~」
青子が手を挙げて元気良く返す。
そんな青子の後ろから加代が顔を見せる。
「おはよ、雪緒くん」
「おはよう、加代。……何かあったのか?」
「え、何が?」
「いや、ちょっと顔色悪いなって思ってさ」
「そう、かな……?」
言われた加代は自身の顔を手鏡を取り出して確認する。
「化粧の乗りが悪かったのかな?」
手鏡を戻しながらそう言って笑う。
気のせいか、それとも加代の強がりか。付き合いが短い雪緒には、そこら辺の判断が難しい。
「ううん、加代のお化粧バッチリだよ! 今日も可愛い!」
「え~? ありがと、青子~」
頼みの綱である青子は無邪気に加代とお喋りをしてる。そんな青子にも、見たところおかしなところは無い。
……気のせい、か。
けれど、何にせよ加代にも何か問題が発生している様子なのは、以前青子から相談を持ち掛けられた時点で分かっている。
この場での追求はしないけれど、良く見ておくにこした事は無いだろう。
自分の事もあるけれど、加代の事も心配だ。本人は大丈夫だと言っていたが、強がりの可能性だってある。加代は周りに気を遣うきらいがあるので、そこも注意して見なければいけないだろう。
「何かあったら言えよ? 俺で出来る事なら力貸すからさ」
「うん、ありがと」
雪緒の言葉に、にこっと微笑んだ加代はいつも通りの加代に見えた。
つつがなく午前中の授業を消化し、お昼休み。
「仄」
「ええ、分かってる」
お昼休みになった途端、二人はお弁当を持って立ち上がる。
「あれ、二人ともどっか行くの?」
「ああ。たまには別の場所で食べようかなって」
「じゃああたしも行くー!」
青子がそう言って開きかけたお弁当箱を閉じて立ち上がる。
一瞬、仄に大丈夫だろうかと視線を向ければ、仄は一つ頷いた。
二人のそんな様子にも気付かず、青子は加代に声をかける。
「加代~行くよ~」
「え? あ、ああ……うん、今行くよー」
青子に声をかけられて、一瞬驚いたような顔をした後、時計を確認してから納得したような声をあげて青子に答えた加代。
誰がどう見ても心ここに在らず、といった様子であった。
やはり、何か問題が発生したのだろうか。
不安に思いながらも、雪緒はその場で問い詰めるような愚を起こさず、四人で教室を後にした。
四人は密会をするのに最早恒例となってしまった屋上に到着する。
地べたに座り、四人でお弁当を食べ始める。
「で、ここに来たって事は、何か他の人に話せない話題って事だよね?」
お弁当を食べはじめてすぐ、加代が誰にでも無く言う。けれど、おそらくは雪緒と仄に向けられた言葉だ。
雪緒は隠す事も無く正直に頷く。
「ああ」
「え、そうなの?」
雪緒が頷けば、青子が驚いたように雪緒を見る。
「あたし、普通に別のところで食べたいんだと思ってた……」
「なら二人ともこんな神妙な顔してないでしょー? で、何があったの?」
加代が二人に問い掛ければ、雪緒が口を開いた。
「昨日、猿夢に遭った。んで、逃げられた」
「猿夢って?」
「青子には後で説明したげるからね」
加代がそう言えば、青子がえーっと不満げな声を上げる。
猿夢について説明不要だということは、加代は猿夢について自分でそれなりに調べたのだろう。
「いや、今から説明する。猿夢の正体と、そのシステムを。仄には、一応答え合わせをしてほしい」
「分かった」
仄が頷けば、雪緒は説明を始めた。
といっても、雪緒が猿夢と遭遇した事実と予想に、晴明の仮説を話すだけだ。
「ってところだ。多分、猿夢の本体はぼろ布纏った小人じゃなくて、アナウンスをしてる男の方。でも、そいつが何処に居るのかはまったく分からない」
全てを話し、仄に意見を求めるように視線を向ける。
加代は黙って聞いていて、青子は何がなんだかさっぱりといった顔をしていた。
仄は雪緒の話を聞くと、一つ頷いて雪緒を見る。
「多分、雪緒くんの考えで間違い無いと思う。猿夢がそこまで強力な怪異じゃないっていうのは私達も同じ見解だし、弱い怪異が人を殺害する方法としても腑に落ちる」
「そうか」
仄に同意をもらえ、雪緒はほっと胸を撫で下ろす。
「それで、猿夢はどうする? 多分、俺は警戒されてると思うけど……」
「それなら、多分もう大丈夫だと思う」
「え、どうして?」
「雪緒くんの七星剣なら、低位の怪異なんてまるで相手にならないもの。多分、猿夢が依存構築してた世界そのものを壊せてるはず。そうでなくても、もうぼろぼろになっててまともに世界の構築なんてできないよ」
「つまり、放っておいてもじきに消滅するって事で良いのか?」
「うん。人の魂を食べられないって事は、食事が出来ないって事だからね。他の怪異なら普通の食べ物でゆっくり回復できるんだけど、猿夢はダメだね。夢でしか生きられないから」
取り逃がしたと思ったけれど、逃げた相手が致命傷を負っていた、ということらしい。
仄の説明を聞いて、雪緒は安堵で胸を撫で下ろす。
「はぁ……良かった……」
仄の言葉が本当であれば、これ以上被害が出る事も無い。
自分が仕留めきれなかったせいで被害を食い止める事が出来なかったと思い、雪緒は自分の無能さと間抜けさを責めていた。けれど、現金な話であるが、これ以上猿夢が悪さを出来ないと知って、心底から安堵した。
「あ、でもしばらくは注意しないとダメだよ? 怪異なんて何があるか分かったもんじゃないから」
「ああ、それは勿論」
安堵したとは言え、自分の手で倒す事が出来なかった相手だ。油断は出来ない。
「まぁ、猿夢は十中八九討伐完了だね。一応、お父さんには私から説明しておくね」
「分かった」
「ふふ、幸先良いスタートだね」
「いや、微妙だろ。取り逃がしてんだから」
幸先良いと言うならば、雪緒はあの時に仕留められておかなくてはいけなかった。
けれど、一つ肩の荷が降りかけているのは事実。
「まぁ、そんなら、俺の話はもういいか。一応、要警戒って事で」
「うん、それで共有しておくよ」
「頼む。……さて、俺の方が終わったんなら、次はお前だぞ加代」
「げっ」
「そこで、えって言わない時点で語るに落ちてるよな、本当に……」
「あ、あはは……」
乾いた笑いを浮かべる加代。
そんな加代の肩に、青子がそっと手を乗せる。
「ねぇ、言ってみようよ。陰陽師に心配かけたくないのは分かるけど、今日の加代、ちょっとおかしかったよ? 無理してるんじゃないの?」
「……心配かけたくないっていうか、怪異以外の事で手を煩わせたくなかっただけなんだけどね。雪緒くん、大変そうだったし」
「なら言えよ。今回の一件にはほぼ一段落着いたんだ。ちょっと友達助けるくらいで、誰も文句言ったりしないだろ」
そんな狭量な輩ばかりなのであれば、本当にうんざりするけれど。
「うん。私も、雪緒くんに話してみても良いと思うよ? 三人寄れば文殊の知恵、だよ?」
「今いるのは四人だから……なるほど、アホ子がはぶかれてるのか。確かに、文殊とは程遠いな」
「ちょ、それ酷くない!? もんじゅがなんだか知らないけど、あたしだってやれば出来るもん!」
「って言って、今日数学の時に先生に指されて分かりませんって答えたのは、いったいどこの誰だろうなー?」
「ちょ、ちょっと分かんなかっただけだもん! ちゃんと考えれば分かったもん!」
「まぁ、そういう事にしておいてやるか」
「でーきーるー!!」
「はいはい」
わーわー喚く青子を適当に宥めながら、雪緒は加代を見る。
「まぁ、俺もお前が心配だからさ。俺に言えない事なら言わなくても良い。けど、俺に言っても構わないなら、話してほしい」
仲間外れが嫌だとか、そんな子供のような我が儘では無い。ごく普通に、友人として加代が心配なのだ。
自分の数少ない友人であるからこそ、悩みには相談に乗りたいし、何か困っていたら力を貸したい。例えそれが微力であってもだ。
何処まで力になれるか分からなくても、少しでも力になりたいのだ。
「……本当は、雪緒くんの手を煩わせたく無かったんだけどな」
「友達の相談を煩わしいなんて思わねえよ」
「雪緒くんならそう言うと思ったから、余計言い出せなかったんだけどね」
そう言って、加代は諦めたように笑った。
「じゃあ、相談に乗ってもらおうかな」
「おう。何でも言ってみろ」
「うん」
頷き、加代は居住まいを正す。
「実はね、ウチ、近頃引っ越すかもしれないんだ」
引っ越す。その単語を理解するのに、数瞬を要し、理解してから動揺する。
「それはまた、急な話しだな……」
「うん。ウチがきさらぎ駅にさらわれて、家に帰ってからすぐだった。この町から引っ越すって言われて……」
「てことは、学校も?」
「転校、て事になるのかな」
きさらぎ駅から戻ってすぐ、ということは、この町に広がっている怪異の噂も関係しているのだろうか。
「引っ越しの理由は、やっぱりきさらぎ駅にさらわれた事と、この町の噂の事か?」
「それもあるけど、それだけじゃないの」
「他にも何かあるのか?」
「うん。……こんな話、三人じゃなかったら信じてくれないと思うけど……。ウチね、ちっちゃい頃に、一回神隠しに遭ってるんだ」
「神隠し?」
神隠し。それは、子供や娘が突然行方不明になる事を言う。昔は山の神や天狗の仕業と信じられていた。
まぁ、式鬼や妖の存在を認知した雪緒や、物心ついた頃にはそんな者達と触れ合っていた仄には、決して馬鹿馬鹿しいと否定できる話ではないけれど。
「ちっちゃい頃にね、あの山に登ったの」
そう言って、加代はとある山を指差す。
そこは、雪緒が登山をした山で、山頂には殺生石があり、更に言えば色々と噂の絶えない山であった。
確か、噂の中には神隠しもあった。あの山に関する、少なくとも、神隠しの噂はただの噂じゃなかったのだ。
「山の麓で遊んでたらね、ウチと同じくらいの子供に手を引かれて山に連れてかれたの。怖かったけど、力が強くて振り払えなかった。山の奥に連れてかれて、いっぱい子供達が出て来て……」
話をしていて、身震いするのを抑えるように両手で自分の身体を抱きしめる加代。そんな加代を青子も優しく抱きしめる。
恐らく、今も鮮明に憶えているのだろう。
手を引かれる感覚。子供達の顔。逃げられない恐怖。
雪緒と同じように、その体験は深い深い心の傷になっているのだろう。
「でも、一人の綺麗な女の人が来て、ウチを助けてくれたの。白い着物を着た、本当に、びっくりするくらい綺麗な女の人。その人が子供達を追い払ってくれて、ウチの手を優しく引いて麓まで連れ戻してくれたの。麓まで連れてってもらったら、気付いたら居なくなってたけど」
気付いたら居なくなっていた事といい、恐らくは悪霊かそれに類する類の子供を追い払った事といい、その人はどうあれ普通の者ではないだろう。人であったとしても雪緒達に近しいところに居て、人で無かったとしたら、気が向いた妖か、あるいは白藻のような変わり者か。
「ウチが山に居たのなんてほんの二時間くらいの事なのに、山を降りたら一週間も経っててさ。それで、お父さんもお母さんも、近所の人達も神隠しだーって……まあ、確かに神隠しなんだろうけどね」
「二度目の神隠しだったから、加代の両親はこの町を出るって言い出したって事か?」
「そんな感じ」
何処か諦めたように笑う加代。
加代の説明を聞いて、自分ではどうしようもない事を即座に理解する。
加代の両親が娘を心配して安全な土地に引っ越す。これは大人として、親として考えても至極真っ当な意見だし、今の町の状況を鑑みれば雪緒だって加代の両親を止める事なんて出来ない。
理不尽な理由でもなければ、理屈の通らない理由でもない。加代の両親は、ただただ加代が可愛くて、加代が心配なのだ。
「……正直な話、俺はこの町を離れる事に関して言えば賛成だ」
「陰陽師! なんで!?」
「落ち着け。俺だってせっかく出来た友達が離れて行くのは嫌だ。けど、加代の両親が加代の安全を思って引っ越しを決断したのなら、俺はそれを否定できない」
「そんな……!」
目に見えて、青子が気落ちする。
味方になってくれると思っていた雪緒が加代の両親と同じ意見だったと知って、ショックを隠せないのだろう。
そんな青子の様子を見て、仄も言いづらそうに口を開いた。
「ごめんなさい、加代さん。お父さんも、今の雪緒くんとおおむね同じ意見だったわ」
申し訳なさそうに謝る仄。
仄の様子を見るに、仄も加代に相談された口なのか、それとも仄から話を聞くと言い出したのか。しかし、三人が仲良くなったタイミングを考えれば、仄の家にお泊りをした時だろう。
仄の言葉を聞いて、青子は目に見えて肩を落とす。
相談した先二人が加代の両親と同じ意見だと知って、落胆したのだ。
「……やっぱ、そっか」
ぽつりと加代が言う。にこっと微笑みながらも、その眉は力無く下がっている。
「寂しいけど、転校、するしか無いのかな……」
諦めたように言った加代の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
涙を流す加代を、青子が力強く抱きしめる。
青子も加代も、お互いに離れたくは無いのだろう事は、付き合いの短い雪緒でも分かる。
青子は加代を助けにきさらぎ駅に行った。自ら危険をかえりみない程に、青子にとって加代は大事な存在なのだ。
しかし、血の繋がりが無い二人がこれ程互いを思い合っているのだ。血の繋がりがあり、ましてや肉親である加代の両親は、二人が思いもよらない程に、加代の事を大切に思っているだろう。
雪緒は、涙を流す二人に声をかける。
「……加代の両親の気持ちが、俺も痛いほど分かる。大事な人が傷付くと分かっていて、危ないところには置いてはおけない。俺も、臆病だからわかるよ」
三人の視線が雪緒に集まる。
雪緒は特に視線を逸らす事も無く続ける。
「俺は、俺の知り合いが傷付くのが怖い。それが誰であれ、何者であれ、怖いんだ」
親であれ、友人であれ、式鬼であれ、クラスメイトであれ、誰であれ、怖い。
だから雪緒はきさらぎ駅に向かった。だから雪緒は七星剣を手放さない。守れないということが、何よりも怖いから。
「母さんが目の前で車に轢かれて死んでから、俺は、ずっと誰かが傷付くのが怖い。多分、加代の両親も、俺と同じなんだ」
怖いから、守りたいから、必死になる。例え自分に利が無くとも。どれだけ大変でも、助けたいのだ。
でも、それが相手の意思を無視したものだとしたら、それはただの自分の我が儘になってしまう。
「加代、俺はお前の両親の意見に賛成だ。けど、お前がどうしても転校したくないって言うなら、俺はお前の意思を尊重する。お前を手伝う。加代、お前の本音を聞かせてほしい。建前も、両親への配慮も関係無い、お前自身の言葉を」
雪緒の言葉を聞き、加代は滂沱のごとく涙を流す。
「う、ウチ……転校なんてしたくない! 青子ともっと一緒に居たい! 皆とも、一緒に居たい! バイトだってしたいし、自分の事は自分で決めたい! お父さんとお母さんに心配かけたくないけど、もっと……もっと皆と一緒に居たい! ウチ、きさらぎ駅にさらわれてからずっと後悔してた! もっともっと高校生っぽい事したかったし、もっともっと青子と遊びたかったって! もっと、ちゃんと……お父さんとお母さんと話すれば良かったって……ずっと、ずっと……!!」
そこまで言って、言葉は嗚咽にのまれて声にならない。青子が泣きながら加代をもっとずっと強く抱きしめる。
二人して、わんわんと憚ることなく泣く。
加代の本心は聞けた。ならば、雪緒も覚悟を決めるべきだ。誰かに頼る、覚悟を。
雪緒は懐から式鬼札を大量に取り出す。
「雪緒くん、何を」
しようとしているの。そう言おうとした仄の言葉の途中で、雪緒は唱えた。
「式鬼神招来」
唱えた直後、式鬼札が大量の妖に変化する。
雪緒達を囲むように現れる式鬼達は、皆一様に雪緒に向かって傅く。その中には小梅の姿もあり、小梅は他の者よりも一つ前に出て雪緒に傅く。
青子と加代が突然の事に呆然としている中、小梅が頭を垂れたまま声を上げる。
「お喚びでござりましょうか、我等が主殿」
小梅が問えば、雪緒は立ち上がり式鬼達を見る。
「ああ、悪いが喚ばせてもらった」
「何を仰りまする! 我等式鬼一同、幾星霜も主殿のお声をお待ちしておりました。どうぞ、我等に御命を」
そこに、何時もの明るい小梅の様子は無い。まるで、式鬼の頭であるように振る舞う小梅には頼もしさすら覚える。
雪緒は一度全員を見渡すと、式鬼達の代表であろう小梅に言う。
「……悪いが、お前達の命を暫く俺に預けてくれ。その代わり、俺はお前達を全力で護る」
「我等が命は、我等が主殿に喚ばれた時より主殿のものに御座りますれば。いかようにも、お使いくださりませ。これは、我等百鬼夜行の総意にござりまする」
小梅の言葉に誰も反する事は無い。皆、微動だにせずに頭を垂れる。その態度が、小梅の言葉が嘘ではないと証明している。
雪緒は一つ頷いてから口を開く。
「これより、お前達の命は俺が預かる。俺の命に従い、この町を護れ」
「「「「「「はっ!!」」」」」」
式鬼達が一斉に返答をする。
青子と加代はびくりと震えるけれど、仄は真剣な眼差しを崩さずに雪緒を見る。
「名は追って授ける。小梅はこれまで通り姉さんを頼む」
「承知!」
「そこのお前は父さんの護衛を頼む」
「ご随意に」
小梅の後ろに控える角の生えた大男に言えば、大男は低い声で返事を返す。
「お前とお前は青子と加代の護衛をそれぞれ頼む」
「はい」
「承りました」
若干着物が開けた女に青子の護衛を、きっちりとスーツを着た長身の女に加代の護衛を頼む。
というか、服装も古今入り乱れているなとどうでも良い事を考えながら、雪緒は続ける。
「残りは町の護りに着いてくれ。そして、害意ある怪異は潰せ。以上だ」
「「「「「「はっ!!」」」」」」
一つ返事をすれば、式鬼達は即座に散開した。
呆然とする加代の前に座り直し、雪緒は言う。
「俺が出来るだけこの町を安全にする。それと、さっきも言ったけどそこの式鬼を貸す。お前の護衛となって、お前の力になってくれるはずだ」
雪緒がスーツの女に視線を向ければ、女は立ち上がり、今度は加代の横で傅く。
「それが、貴方様の命であれば」
加代がスーツの女を見る。そして、困惑したような顔で雪緒を見る。
「後は、お前が思いの丈を両親にぶつけろ。後悔したんなら、もう後悔しないように言ってやれ。時には、本音でぶつかり合わなくちゃ分からないからな」
雪緒も、晴明と本音でぶつかり合った。そして、互いに分かり合うことが出来たのだ。
成功する可能性などは場合にもよるだろうけれど、相手が家族であればなんにせよ本音をさらけ出してみるに越した事は無い。
「俺みたいに後悔したくないなら、今度こそ、本気でぶつかっていけ。後悔してからじゃ、やりきれないからさ」
最後に、雪緒が笑ってそう言えば、加代は涙を流しながら一つ、力強く頷いた。