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第拾話 明乃といより

 休日が明けてから、雪緒は本格的に動き出す事になった。


 一応、動くにあたって明乃と繁治には包み隠さず説明をした。七星剣の事も、隠すこと無く話をした。


 その上で、案の定明乃が反発をし、最終的に雪緒を殴って二階に上がって行ってしまった。


 小梅に炎蔵に貰ったお札を明乃に渡すように言って渡し、明乃の元へと向かわせた。


 繁治も明乃と同じく雪緒の言った事に否定的だったけれど、雪緒の覚悟を聞くと最終的には首を縦に振ってくれた。けれど、あまりにも危険だと感じたら何も気にせずに逃げる事を約束させられた。


 仄が言った危険度が十に達するような怪異、八尺様、姦姦蛇螺(かんかんだら)等に遭遇した場合には逃げようと思っている。


 なので、雪緒は繁治の言葉に素直に頷いた。


 いくら七星剣を持っていたとしても、神域を生きる怪異に勝てる気など、到底しないのだから。


 ともあれ、保護者である繁治には許可を貰ったので、雪緒は心置きなく怪異を退治できるという訳だ。


 が、問題が一つだけあった。


「……怪異ったって、どう見つけりゃいいんだ……?」


 そう、雪緒は怪異の形態を知らないので、どれが怪異かわからないのだ。


 それらしい者は昼夜を問わずに見かけるけれど、片っ端から倒していったのでは無関係の者も倒すことになってしまう。


 それが悪霊や怨霊の類であれば良いのだけれど、そうでない、ただただ彷徨(さまよ)っているだけの者だったのなら、強引に倒してしまうのは申し訳が無い。


 登校中、不機嫌そうに眉を吊り上げる明乃と歩きながら考えていると、目の前に見知った背中が目に入った。


 猫背気味の小さな背中。腰まで届く長い髪は、先の方だけがリボンで縛られている。


 少しだけ歩を早め、その背中に追い付くとぽんと背中を叩く。


「よ、いより」


「ひはっ!?」


 背中を叩いて声をかけただけなのに、猫背の少女ーー那種いよりはびくりと大袈裟に身体をびくつかせた。


 そして、恐る恐る雪緒を見ると、あからさまにほっとしたように胸を撫で下ろした。


「な、なんだ、同志か……」


「わ、悪い。まさか、そんなに驚くとは思ってなかった」


「う、ううん……大丈夫……」


「ちょっと雪緒。なに女の子驚かしてんの、よっ!」


「って!?」


 後ろから、明乃に尻を蹴られる。思い切り蹴られたのでそこそこ痛い。


 尻をさすりながら明乃を見るが、明乃はついっと雪緒から視線を外していよりを見る。


「ごめんね? こいつデリカシーとか全く無いから」


「人の尻に蹴り入れる奴に言われたくない」


 雪緒が言うが、それに取り合うことも無く、明乃は続ける。


「あ、わたしはこの馬鹿の姉で、明乃って言うの。貴女は?」


「わ、私は、那種いより、です……」


「いよりちゃんね。うん、よろしく」


 そう言って、いよりに笑顔を向ける明乃。


 しかし、真正面から笑顔を向けられる事に慣れていないいよりは、ついっと視線を雪緒に逃がす。


「ど、同志と、あまり似てない……」


「よく言われるよ」


「だ、だろうね……」


 言って、ふひっと笑ういより。


 三人は止まっていた足を学校に向けて動かしながら話をする。


「そういや、いより。ここ最近、なんか怪現象とか起こってないか?」


「ちょっとあんた」


 突然そんな事を聞く雪緒に、明乃が鋭い視線を向ける。


 が、そんな明乃を気にした様子もなく、いよりは答える。


「さ、最近は、就寝中の不審死が、連続してる……」


「い、いよりちゃん!? 無理してそんな事言わなくても良いんだよ?」


「……?」


 明乃が言うが、いよりは無理とは? と心底明乃の心配を理解していない顔で明乃の顔を見る。


「姉さん、いよりはこう見えて大のオカルト好きだ。無理とかは決してしてない」


「う、うん……ゆっきーとは、オカルト道の同志……」


「いや、同志になった憶えも無いけどな。それで、その不審死ってのは? 必ず就寝中なのか?」


「う、うん。場所を選ばないで、寝ている人が死んでる」


 心配が杞憂に終わった明乃をそっちのけで、二人は会話を続ける。


「死因は?」


「心不全……」


「全部?」


「全部……誰一人、例外が無い……」


「そりゃまた、奇妙な事で……」


 例外無く心不全。


 例外無く一つの事が起きている点では、きさらぎ駅と同じだ。きさらぎ駅も、電車でしか行方不明者は出なかった。


「他には、何か起こったのか?」


「……牛の顔をした女を見たとか、手が四本顔が二つの化け物を見たとか……」


「結構あるんだな……」


「う、うん。最近、オカルト系の話が多いよ……?」


 オカルト好きのいよりは、嬉しそうに言う。


 けれど、雪緒としてはまったく嬉しい状況ではない。怪異が多いという事は、それだけこの町に危険が多いということに他ならないからだ。


 それに、いくらオカルト好きとは言え、一般人であるいよりにこんなにも話が出回っているとなると、この町ではいつ怪異と遭遇してもおかしくないという事になる。


 明乃の影の中に小梅が潜み、明乃の警護をしてくれてはいるけれど、繁治には誰も着いていない。時雨に頼めれば一番良いのだけれど、時雨は時雨で怪異を単独で狩っている最中だ。


 もう一人、誰かの力を借りなくてはいけないのだろうか。


 そんな事を考えながらも、雪緒はポケットからお札を取り出す。


「いより、しばらくこれ持ってろ」


「こ、これは……?」


「お守りだ。とっても有り難い、な」


「ほ、本格的……あ、ありがとう……」


 本格的なお札を貰ったいよりは、目を輝かせて雪緒にお礼を言う。


 本格的なのは見た目だけじゃないのだけれど、効力の方まで説明はできない。


 いよりはお札をクリアファイルに入れて大事そうに鞄にしまう。普通の女子であれば、こんな怪しげなお札を貰ったところで嬉しくは無いだろうし、怪しげな宗教の勧誘や、詐欺か何かを疑う事間違いないけれど、事オカルト好きないよりからしたら、同志から貰った有り難いお札なのだろう。


 こういうとき、無駄な説明が必要無いというのは楽で良い。


「できれば、肌身離さず持っててほしい。じゃなきゃ効力が無いからな」


「わ、わかった。す、スマホカバーの間に入れとく……」


「そんなへそくりみたいな……」


 思わずそうつっこんでしまうけれど、実際問題、今のご時世スマホは四六時中持ち歩いている。財布の中や、スマホカバーの間に挟んでおくのが一番良いだろう。


 そんな事を思っていると、明乃が雪緒の耳に口を近付けて小さな声で聞いてくる。


「ね、ねえ。いよりちゃんって、変わった子?」


 明乃の言葉に、雪緒は頷く。


「まぁ、悪い奴じゃないよ。きさらぎ駅の時には協力してくれたし」


「あ、ど、同志。最近、きさらぎ駅について聞かなくなった……。な、何か、知ってる……?」


「……んにゃ。なーんにも」


 聞かれ、一瞬言葉に詰まったけれど、首を振って誤魔化した。


「そ、そう……。も、もう終わったのかな?」


「じゃねーの? まぁ、そういうの気にしないで電車に乗れるんだから、良いことだろ」


 適当に、はぐらかす。


 その後は、明乃を交えて話をしながら学校に向かった。


 意外な事に、いよりとはオカルト系の事が絡まなくても普通に会話ができた。テレビの事、アニメの事、話題のニュースの事、動物の事。多少言葉に詰まりながらも、普通に受け答えをしている。


 それに話をするのが好きなのか、別段嫌そうにしている素振りも無い。けれど、これだけ話せるというのに、いよりは教室では常に一人だ。


 勿体ないと思いながらも、無理に女子の輪の中に入れるのもよくは無いだろう。いや、仄に対しては無理矢理女子の輪に入れたけれど。


 ともあれ、いよりが好きで一人でいる可能性もあるので、雪緒から何か行動を起こす事は無い。何か相談をされれば、友人として手を貸すけれど。


 昇降口で明乃と別れ、二人で教室に向かう。


 適当に話をしながら教室に入ると、雪緒の席に青子が座っていた。しかし、ただ座っているだけではなく、仄と話をしていた。


 本当に、お泊りをした夜にいったい何があったというのか。


 ちなみに、加代は雪緒の前の席の椅子に座って話をしている。


 加代が雪緒に気付き、ひらひらと手を振ってくる。


「ぱ、パリピは苦手なのだ……」


 そう言って、いよりは雪緒から離れていき、自分の席へと向かった。


 雪緒は、いよりに無理強いする事も無く、そのままいよりを見送り、自分の席に向かった。


「おはよう雪緒くん」


「おはよ」


「あ、おはよー陰陽師(おんみょーじ)!」


「道明寺だって言ってんだろアホ子」


「おはよう、雪緒くん」


「おはよう、仄」


 挨拶をしながら、机のホックに鞄を引っ掛けてそのままきびすを返す。


「あれ、どこ行くのー?」


「トイレ」


 朝来てすぐにトイレに行きたいほどもよおしてはいないけれど、三人はまだ話の途中だろうし、後数分で朝のホームルームが始まる。トイレに行って帰ってくればちょうど良い時間だろう。


 教室を後にして、雪緒は言った通りトイレに向かう。


 トイレで用を足した後、手を洗う。


『主殿』


 すると、何処からともなく声がかかる。


 雪緒の影が揺らめき、小さな少女の形を取る。小梅が明乃の影から雪緒の影に移動してきたのだ。


「どうした?」


 雪緒は小梅が影を移動できる事をしっているので、それに同じる事無く小梅に返す。


『姉君は無事に教室に到着いたしました』


「そうか。学校に怪異の様子は?」


『小さい者はそれなりにおりまするが、大きな者はおりませぬ。それに、小さい者も特に害意は無いように思いまする』


「分かった。悪いが、引き続き姉さんを頼む」


『御意』


「……悪いな、こんな事頼んで」


『何を言いまする! 某、主殿、ひいては主殿の御家族の力になれる事は喜び以外の何物でもござりませぬ! 主殿は、某をこき使ってくだされ!』


「そう言ってもらえると助かるよ」


 実際は、小梅に危ない事はしてほしくない。けれど、この町自体が危険を孕んでいる以上、小梅に動いてもらう他無い。


 それに、きさらぎ駅で痛感した。自分は、一人では何も出来ないのだと。


 一人で背負い込んで自体を困窮させるよりも、素直に誰かに頼むことも必要なことなのだ。


「引き続き、姉さんを頼むな」


『御意! ……して、主殿。差し出がましい事ではござりまするが、父君はいかがいたしましょう? 某も、こうも距離が離れていると、影を移動はできませぬので……』


「……そうだな。もう一人、式鬼と契約した方が良いんだろうな……」


 けれど、誰と契約するのが得策なのか分からない。


 なんの触媒も無しに召喚をしたのでは、乱暴者や雪緒では手の付けられない者が召喚されてしまう可能性もあるのだ。


「晴明に相談してみるか」


『それがよろしいかと。む、そろそろほーむるーむが始まりまする。某は姉君のところに戻りまする』


「分かった。なんかあったら知らせてくれ」


『御意』


 小梅は頷くと、雪緒の影から明乃の影へと移動した。小梅が移動したことで、雪緒の影は常の形に戻っていた。


 小梅が去り、雪緒も教室に戻る。


 教室に戻ると、しかし、青子は雪緒の席に座ったままだった。加代はすでに自分の席に座っている。


 雪緒は青子の背後まで行くと、青子のつむじを人差し指で押す。


「ぎゃっ!?」


 急な刺激に青子が女子らしからぬ声をあげて前の仄に向かって飛び込む。


「な、な、な、何!?」


 仄に抱き着きながら青子は驚いたように後ろを振り返った。


 そこにはつむじを押した格好のまま青子を見る雪緒が居た。


「お、どいたな」


「ふ、普通に声かけてよ!」


「悪い悪い。そんなに驚くとは思わなかったんだ」


「もう!」


 頬を膨らませて怒る青子に謝る。


 青子は立ち上がり、自分の席に座るまでにぽこすかと雪緒をこれでもかというほど殴った。といっても、力はまったく入ってないので痛くはない。


 そんな二人の(たわむ)れを、加代は自席で苦笑して眺める。また、二人のそんな様子を間近で見ていた仄も、加代と同じく苦笑を浮かべている。


 そして、仲良さそうにじゃれている青子と雪緒を見て、クラスメイト達は意外そうな顔をしていた。


 その意外そうな顔の意味が、あの上善寺学園の学園長の娘とかなり気さくに接している雪緒に対してなのか。


 何時も加代と一緒に居て、男子はおろか、女子にもあまり近付かない青子が雪緒(だんし)にもあんなに気軽に接する青子が意外だったからなのか。


 はたまた、その両方か。


 ともあれ、クラスメイトが意外感を覚えているのは事実らしく、皆、こっそりと二人の様子を伺っていた。


「次やったら絶交(ぜっこー)だからね!」


「じゃあもう一回……」


「なんでよ!」


「冗談冗談」


 人差し指を立てる雪緒と、つむじを守ろうと手で頭を隠す青子。


「ほ、仄! 笑ってないで助けてよ~!」


「ふふ、ごめんなさい。雪緒くんもそこまでにしないと、先生に怒られるよ?」


「へいへい」


「返事は、はい、でしょ?」


「はいはい」


「雪緒くん、投げるよ?」


「何を!?」


 多分、雪緒を投げるという意味なのだろう。


 笑みを浮かべている仄は、しかし笑っていなかった。


 雪緒は青子をからかうのを止めて素直に席に座る。


「よろしい」


 席に着いた雪緒を見て、仄が頷いた。


 今度は、ちゃんと笑顔だった。


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