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第捌話 言えない事

 何時ものように平安で目が覚めると、雪緒は晴明と何時ものようにお茶を飲む。しかし、その顔は何時もよりも精彩を欠いていた。


 上の空という訳ではなく、ちゃんと晴明との会話は成立している。受け答えも、はっきりとしている。


 けれど、しっかりと違和感を覚える。


 晴明は心配そうに眉をひそめる。


「何時もの其方らしく無いな。いったい何があった?」


「あ……っと……」


 話すべきかどうか。少しだけ考えてしまう。


 けれど、どうして言えよう。


 今更になって怖くなっただなんて。今更になって事の重大さを知ったなんて。今更になって、晴明の背負ってるものの一部を背負って、怖じけづいただなんて。


 冬にいつか言った。


『俺が助けたいのは、俺の手が届く人達だけだ』


 それに対して、冬は言った。


『その手が広がったら? 身の程も知らず広げてしまったら? 頑張って手を伸ばせば伸ばす程、貴方の手には隙間が出来る。そこから誰もこぼれ落ちないなんて事、あるわけが無い』 


 そう言われて、雪緒はそんな度胸は無いと言った。けれど、そこから冬は度胸の問題では無い。他の誰かが話を広め、その誰かが無思慮にも雪緒を頼って来たら、貴方は断れないだろうと言った。


 しかし、結果は違った。


 雪緒は、自分で手を広げてしまった。そんなつもりじゃ無かった。雪緒も、きさらぎ駅だけで終わらせるつもりだった。


 けれど、きさらぎ駅だけでは終わらなかった。


 異形が溢れ、伝承に根付き、怪異になった。


 完全に雪緒の失態だ。何も考えていなかった、無思慮な雪緒の失態。


 言えるだろうか。そんな失敗をして、責任の重さに押し潰されそうだなんて。力を貸してくれた、雪緒の勇気を尊敬すると言ってくれた晴明に、果たして、晴明の行動の結果を裏切るような事を、言えるだろうか?


 雪緒は、晴明に自分がした事が間違っていたとは思ってほしくはない。そして、これ以上の重荷を背負わせたくはないし、踏み出しかけた晴明をまた後ろに下がらせるような事はしたくない。


「……いや、何でもないよ。晴明が心配するような事は、何もない」


 だから、曖昧に笑って言った。


「本当か?」


「ああ、本当だ」


 疑うように問い掛けて来る晴明に、雪緒は即座に頷いて返す。


 晴明はしばらく雪緒を見詰める。雪緒も、晴明の目を正面から見詰める。


 互いに、互いの目から目を逸らさない。


「汝ら、何をそんなに見つめ合っておる?」


「うおっ!?」


 突然かけられた声に、雪緒は驚く。


 常ならば声をかけられたとしても驚かない。けれど、その声は雪緒には聞き慣れない声で、足音も、気配も無く雪緒の側から聞こえてきたのだ。


 思わず身を反らして声の方を見れば、顔の半分を呪言で覆われた女ーー道満がそこには居た。


「……なんだ、道満か……」


「なんだとはなんだ。せっかく昨日の話の続きを聞きに来てやったと言うに」


「道満、勝手に家に入るでない」


「勝手ではない。園女が通してくれたぞ?」


 言いながら、雪緒の隣に腰を降ろす道満。


「おーい、園女ー。儂にも茶を頼むー」


「ふふ、ただいま」


 道満の慣れた調子の注文に、園女は笑みを浮かべながら頷く。


 しかし、そんな道満の態度が不服なのか、晴明は眉間にしわを寄せて道満を見る。


「おい、園女を使うな。茶なら自分で煎れろ」


「良いではないか。園女もああして笑うておるのだから。して、雪緒。早速昨日の話の続きをしてはくれぬか? 予想は付いておるのだが、何せ予想は予想だ。確証は無い」


「俺だって確証は無いよ。昨日言ったろ? 眉唾だって」


「構わぬよ。手掛かりとなるならなんでも良い」


 では早く。さあ早く。それ早く。


 言葉には出さないけれど、態度と表情で急かしてくる道満に、雪緒は思わず苦笑してしまうと同時に、少しだけ助かったと思ってしまう。


 晴明は雪緒の言葉に納得をしていなかった。


 あれ以上の間が続けば、晴明は雪緒に食い下がっていた可能性がある。だから、道満が空気を読まずに二人の間を遮ってくれた事に、少しだけ安堵していた。


 雪緒は、晴明にこれ以上食い下がられぬように、あえて道満の話に乗った。


 昨日に晴明に言われた事を意識しながら、雪緒は言う。


「簡単な事だ。人魚の肉を食べた者は不老不死になれる。そういう伝承があるんだ」


「ほう! ほうほうほうほうほう! なるほど、やはり喰らうのか!」


 喜色(きしょく)を浮かべて雪緒の話に食いつく道満。


「どの部位だ? どの部位を喰らえば良いのだ?」


「や、さすがにそこまでは分からない」


「なんじゃ、そこは儂の為に調べてくれてもよかろうに」


「誰が好き好んで不老不死になる方法を調べるよ」


「儂は好き好んで調べておるが?」


「……そうだったな」


 いったいどうして、不老不死になりたいのか。そんな突っ込んだ事情を聞ける程、雪緒と道満は仲良くは無い。そもそも、昨日が初対面だ。


「まぁ、俺はこれ以上は調べんよ。調べたところで、出てこないだろうし」


「いや、良い。たいへん良い事を聞いた。そうか、妖を喰らうという発想は無かった」


「まぁ、眉唾だけどな。それでお前がどうなっても保証はしかねる」


「良い良い。儂のこの顔を見れば分かるであろう? この呪言も失敗の証だ。儂は不老不死になるためであればこうなる事も許容できる」


 言って、自身の顔に刻まれた呪言をなぞる。


 いったい、何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。


 不老不死を望む人は、少なからず死に恐怖を覚えている者だと、雪緒は思う。


 ギルガメッシュや始皇帝に限らず、世の権力者達は、永遠に自身の国を治めたいと思ったのか。それとも、ただただ死ぬのが怖かったのか。


 それは分からない。なにせ、雪緒は本当の意味で彼らを知る事は出来ないのだから。


 けれど、目の前の女性は違う。


 雪緒は、彼女に問い掛ける事が出来る。


 何故不老不死を目指すのか。死ぬのが怖いのか。権力を手放したくないのか。


 等々(とうとう)、思いつくけれど、先ほどの通り、雪緒と道満の仲など高が知れている。そんな込み入った事情を聞けるほど、気安くは無い。


 かといって、晴明に聞くのもまた間違っていると思う。晴明もまた、道満ではないからだ。晴明から聞いては、それは人づてになってしまう。


 ……まぁ、仲良くなってから聞けば良いか。


 そう思い、道満に抱いた疑問に蓋をした。





 結局、道満はその後適当に二人と話をして、夕暮れになると帰って行った。


 道満の雰囲気を見るに、ただ友人の家に遊びに来た、その程度の気安さしか無かった。


 雪緒から、不老不死の噂を聞いたとは思えないほど、いつも通りだった。


「ではな。また来る」


「来ても良いが、次は菓子でも用意しろ」


「ふふ、憶えておったらな」


 晴明の文句に、はぐらかすように笑って帰って行った道満。


 暫くして、夕餉の時間になり、三人は夕餉を食べた。


 夕餉を食べながら、晴明が思い出したように口を開く。


「そういえば、其方、よく道満に教えたな」


「いや、晴明が気にするなって言うから……」


「違う。其方、人魚の事を言うた後、道満に言うておったではないか」


「あー……俺なんて言ったっけ?」


「其方がどうなっても保証は出来かねる。そう其方は言った」


「ああ。確かに言ったな」


 思い出す。確かに、雪緒はそう言った。けれど、それがどうかしたのだろうか。


 雪緒が疑問符を浮かべながら晴明を見れば、晴明は言う。


「いやな、其方は其方の周囲が損なわれるのを嫌うであろう?」


「ああ」


「では、何故其方が身の安全を保証できぬ情報を道満に渡したのか、それが疑問だったのだ」


 懇切丁寧に説明されて、そこでようやく雪緒も気付く。


 雪緒は、人魚を食べたさいの副作用等、人魚を食べた後に道満がどうなるのか、その危険性を考えていながらも道満に情報を渡した。


 道満とは、確かに昨日に出会ったばかりであるけれど、悪い者ではないということは分かっていた。


 だというのに、雪緒はなんの思慮も無く道満に人魚の情報を渡してしまった。


 どうしてだろうと、考えたけれど、特にしっくりくる答えは見付からなかった。


 雪緒が思案に耽っていると、晴明が真剣な目で雪緒を見る。


「雪緒、其方もしや……」


 言いかけて、晴明は口を噤む。


「……いや、何でもない。そもそも、道満が教えてくれと言ったのだ。それを其方や私が気にする道理は無い。それに、昨日の時点で道満に言わねば事が済まなくはなっていた。それに、私も彼奴(あやつ)がどうなろうと知った事ではないからな。今の話は忘れよ」


 それだけ言うと、晴明は止めていた食事の手を動かしはじめた。


 晴明が無理矢理話を終わらせたけれど、雪緒は自分が何故何も考えずに道満に人魚の事を教えたのかを考えていた。


 しかし、考えてみても答えは一向に出てこないし、思い浮かびもしない。


 本当に何故なのだろうか。


 雪緒は一つの疑問を残しながら、その日を過ごした。



 〇 〇 〇



 翌朝、目を覚ますと見慣れぬ天井が目に入る。


 一瞬硬直してしまうけれど、昨夜の記憶を掘り起こして納得する。


 そういえば、昨日は仄の家に泊まったのだった。


 雪緒は、布団から起き上がる。


 横を見れば、炎蔵の姿は無く、更に言えば布団も無かった。


 布団とかどうしようと思っていると、ちょうど(ふすま)が静かに開いた。


「ああ、おはよう雪緒くん」


「おはようございます、炎蔵さん」


 部屋に入ってきたのはこの部屋の主である炎蔵であった。


「あの……」


「ああ、布団はそのままにしておいて良い。もう朝食が出来ているから、食堂に行こうか」


「あ、はい」


 質問を先取りされて答えを言う炎蔵に、頷く雪緒。


 よく言いたい事が分かったなと思っていると、ふっと笑みを浮かべる炎蔵。


「私の友人も、ここに泊まりに来たときに同じ事を言っていたからね」


 言葉に出していないのにまたもや雪緒の心中の疑問に答えた炎蔵に、雪緒は苦笑を浮かべた。


「……読心術でも出来るんですか?」


「表情を見れば分かるよ。さあ、皆待ってるから行こうか」


「はい」


 炎蔵に促されるまま、雪緒は昨夜大勢で夕飯を囲んだ食堂へと向かう。


 食堂に着けば、女子三人はすでにおり、どうやら雪緒が最後のようであった。


陰陽師(おんみょーじ)おはよう~」


 眠そうに欠伸をしながら言う青子。


「俺の名前は道明寺だ、アホ子。おはようさん。二人もおはよう……って、三人とも随分眠そうだな」


 青子だけではなく、仄と加代も眠そうな顔をしていた。


「うん……ちょっと、お話が盛り上がっちゃって」


「そっか。まぁ、仲良くなったようで何よりだよ」


 青子と加代の、仄に対する棘が無くなっているのを見れば、それぞれと友人だと思っている雪緒も安堵できるというものだ。


 三人の不仲は雪緒にも無視できない事情ではあった事だし。


 雪緒は昨日と同じで炎蔵の隣に座る。


 炎蔵の食前の挨拶の後に、皆が食前の挨拶をして、朝食を食べはじめる。


 朝食は焼き魚と漬物、味噌汁にお浸しと、定番中の定番の和食のラインナップであった。


 黙々とご飯を食べながら、起き抜けの働かない頭から抜け出した雪緒は、昨夜晴明に言われた事を考える。


 結局、平安(あっち)に居る間はその事ばかり考えてしまったので、晴明との話が若干上の空になってしまった。


 就寝前に見た晴明の少しだけ不満そうな顔を見て、明日は同じてつは踏まないようにしようと、昨日言われた事について考えているのだ。


 だが、本当に、何故道満にすんなりと情報を明け渡してしまったのかが分からない。


 道満に不老不死になってほしかったのか? いや、でも、道満が不老不死になったとしても、それで雪緒にメリットは無い。メリットがあるのも、デメリットがあるのも道満だけだ。


 晴明の言った通り、道満が望んで、道満自身が失敗する可能性を心得ている以上、雪緒が何を言っても詮無いことなのだろうけれど、雪緒の中でも引っ掛かりを覚える以上考えずにはいられない。


「はぁ……」


 少し思考を働かせたところで、知らず溜息が漏れる。


 思えば、今の雪緒には考える事が多すぎる。


 怪異の事、この町の事、道満の事。全て自分の仕出かした事の結果とは言え、消化する事情が多いとどうにも気が滅入る。


陰陽師(おんみょーじ)、大丈夫?」


 仄の隣に座る青子が心配そうな顔でたずねて来る。


「え、何が?」


「さっき、溜息吐いてたよ? 大丈夫?」


「え、マジで?」


「マジマジ」


 聞き返せば、こくこくと頷く青子。


「私も聞こえてきたけど、本当に大丈夫?」


 隣の仄も言ってくる。


 知らずに溜息を吐いていた事に、雪緒はいよいよ参っているなと思った。


 けれども、それを表に出すような愚は犯さない。


「いや、大丈夫だ。慣れない枕で寝付けなかったのかもな」


「雪緒くん、そんな繊細そうに見えないけど」


「おいどういう意味だ」


 加代の茶化すような言葉に、雪緒も乗っかる。


 朝の食卓に湿った空気を持ち込みたくは無かったからだ。


 加代と雪緒が緩い空気で話をすると、仄も笑みを浮かべて会話に混ざる。


 けれど、青子だけは少しだけ眉尻を下げて雪緒を見ていた。


 雪緒はそれに気付いていたけれど、あえて気付かないふりをした。


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