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第肆話 微妙な関係

 晴明に話をした翌日、雪緒はいつも通り学校に向かった。


 しかし、その足取りは何時もよりも重い。


 何故かと言われれば、隣の席の両名が原因である。


 左に座る仄とは、今は関係が微妙であり、その気まずさゆえに、あまり話をしていないからだ。それに、昨日の事もある。あれだけ不機嫌だった仄が、翌日にけろっとした調子で声をかけて来るとは到底思えないのだ。


 右に座る上善寺とは、関係は良好ではあるけれど、事あるごとに雪緒を陰陽師と呼ぶのだ。止めろと言うのに聞かず、また、仲良さげに話し掛けて来るものだから、仄と若干疎遠になり始めたこともあって、クラスメイトにあらぬ噂を囁かれているのだ。


「俺、女に振り回されてるのか……?」


 口に出して、いやいやまさかと思うけれど、自分の周りに驚くほど男が少ない事を思いだし、思わず肩を落とす。


 思い返せば、きさらぎ駅について相談してきたのも小野木と上善寺だし、助けようと思った相手は千鶴と玖珂だ。


 女難の相でも出ているのかと思い、思わず自身の手の平を見るけれど、占術師である晴明でもあるまいし、手相など分かるはずも無い。


 後で晴明に占ってもらおうかなと考えながらも、何と無く、女難の相があるかどうかを晴明に占ってもらうのは嫌だとも思う。よく知る女性に女難云々を見てもらう事の忌避感もあれば、その中に晴明が入っていた場合の気まずさといったら無い。


 それに、晴明は御門を占う程の実力者だ。そんな大物にちょっと占ってなど気安く言える訳も無い。


 結局、騒動に足を踏み出したのは他ならぬ自分なので、女難云々等などと言ってしまうのは、彼女達に失礼だろう。


 そんなことを考えながら歩を進めていれば、学校には余裕を持って到着した。


 昇降口で靴を履き替え、教室に向かう。


 そして、教室までたどり着き、教室の扉を開ける。


「あ、陰陽師(おんみょーじ)!」


「誰が陰陽師だアホ子」


「もう! アホ子じゃなくて青子だよ!」


「俺も陰陽師じゃなくて道明寺だっつうの」


 教室に入るなり、上善寺ーー青子が雪緒に声をかける。


「お早う雪緒くん」


「ああ、お早うさん」


 青子の側にいた玖珂ーー加代も、雪緒に挨拶をする。


 因みに、二人には入院中に下の名前で呼んでほしいと言われたので、特に断る理由も無い雪緒は二人を名前で呼んでいる。まぁ、青子に限っていえば、いつになっても道明寺と呼ばないので、アホ子と呼ばれているけれど。


 雪緒は挨拶を返しながら、自分の席に座る。そして、左隣に座る仄を見る。


「お早う」


「……お早う」


 仄に挨拶をすれば、ちゃんと返してくれるものの、直ぐにそっぽを向かれてしまった。


「感じ悪ーい」


「こら青子」


「いてっ」


 仄を見て率直に言った青子の頭に、加代がチョップを入れる。


 仄は青子の言葉を気にした様子もなければ、青子の方を見ることも無かった。


 そんな仄の様子が更に気に入らないのか、青子は頬を膨らませる。


「アホ子。頬を膨らませてると余計アホっぽいぞ」


「アホじゃないもん! ていうか、青子だって言ってるじゃん!」


「俺の名前は?」


陰陽師(おんみょーじ)!」


「……お前なんざアホ子で十分だ」


 躊躇いも無く陰陽師と言った青子に、雪緒は呆れた目を向ける。


 なんでよぉと怒る青子を加代がからかい、二人はいつも通り楽しげにお喋りをする。


 雪緒はたまに求められる返答に相槌を打ちながら、二人の会話には入らず気持ち少し離れた位置で二人の会話を聞いていた。


 これは自分がこれ以上居心地の悪さを感じないためであり、仄のためでもある。


 今まで仲良かった相手と気まずくなり、その相手が直ぐに他の人と仲良く話をしていれば、自分の事はどうでも良いのかと思ったりして、あまりいい気はしないだろうから。


 まぁ、青子は必要以上に距離を縮めようとしてくるので、どちらにしろ、仄からしたらあまり面白くないだろうけれど。


 我ながら、曖昧で優柔不断な立ち位置だと思う。


 そんな風に朝の時間を過ごしていれば、ホームルーム開始の鐘が鳴る。

 

 小野木が教室に入って来て、加代が自分の席に戻る。


 加代が自分の席に戻ったところで、青子が雪緒にこそっと耳打ちをする。


「ちょっと相談(そーだん)したい事があるから、放課後(ほーかご)に屋上に来て」


 相談事ってなんだ、と聞こうとしたところで、小野木が話を始めてしまったためその内容を聞くことは出来なかった。


 しかし、こそっと耳打ちをするという事は、少なくとも他人に話を聞かれたくない類だということだろう。それは恐らく、加代にでも同じ事なのだろう。


 雪緒は小野木の話を聞きながら、青子の言う相談とはいったいなんなのか、そればかりを考えていた。





 気になる事を先延ばしにされると、先延ばされた時刻までが長く感じる。


 今日一日がとても長く感じながらも、ようやく迎えた放課後……に、なったは良いのだが。


「さぁ、それじゃあ雪緒くんが手伝ってくれるにあたっての情報のすり合わせをしましょうか」


 何故だか雪緒は青子が言った屋上ではなく、仄の家、つまり、土御門邸に足を踏み入れていた。


 広い座敷に通され、数人の陰陽師の隊服を来た大人達に囲まれている。


 大人達は雪緒を胡散臭そうに、それでいて、少しばかり敵視するような目で見ていた。


 雪緒は視線の圧に耐えながらも、どうしてこうなったと心中で溜息を吐いた。


 事のあらましは、放課後になり屋上に向かおうとした時、仄に腕を掴まれて無理矢理に制止させられ、今日土御門の家に来るようにと言われたのだ。


 青子との事もあったので断ったのだが、事態は急を要すると言われてしまえば、雪緒も断りづらい。


 しかし、だからと言って青子との事をすっぽかすほど、雪緒は薄情ではないし、そこらへんの順序を間違えたりもしない。


 なので、青子の相談を聞く約束があると言えば、仄は一つ頷いて青子も一緒に連れて来れば良いと言ったのだ。


 結果、青子と加代を伴って、雪緒は土御門邸を訪れたのだ。加代は、青子を迎えに屋上に行ったら、何故か屋上に居たのでそのまま連れてきた。青子が加代と屋上にいたということは、加代も青子の相談の関係者であるからだ。


 土御門邸に到着し、まずは会議が先だと言うことで広い座敷に通されたのだがーー


「……」


「……」


「……」


 数人の大人の視線が気まずいったら無い。全員が敵意剥き出しに睨んでいるから尚更だ。


 そしてそれは、雪緒の隣に並んで座る青子も加代も同じ事のようだった。


 二人とも気まずそうに視線を下げている。


 二人には別室で待っているように言ったのだけれど、仄が油断ならないとかなんとかで、一緒に着いてきたのだ。何が油断ならないのかはまったく分からないけれど、二人がついて来る事を仄も別段止めはしなかったので、雪緒も二人の好きにさせた。


 が、結果はこれだ。


 雪緒も何があるのかは聞かされていなかったけれど、きさらぎ駅の残党怪異の事である事についてである事は想像にかたくなかった。が、何も聞かされていない二人には、これがなんの集まりなのか理解できていない事だろう。


 三人の動揺を余所に、仄の言葉から会議が始まる。


「その前にお嬢、一つ宜しいですか?」


「なんでしょうか?」


「この坊主はいったいなんですか? それに、こちらのお嬢さん方は?」


「さっきも言いましたが、彼は今回の件の協力者です。そして、上善寺さん達は彼に用事があるとの事だったので、ついて来てもらいました。それだけです」


「お嬢さん方のほうは分かりました。ですが、この坊主の事は承諾しかねますね。素人の手伝いなんて必要ありませんよ」


 言って、馬鹿にしたように雪緒を見る。


 多少頭には来るけれど、彼らの土俵に無断で上がり込んだようなものなのだ。多少の毒には目をつむろう。


業腹(ごうはら)ですが、彼は史上初の七星剣の使用者です。彼の力を借りない手はありません」


「では、七星剣だけ返してもらえばいいでしょうよ。聞くところによれば、手の施しようが無いほどの劣化が綺麗さっぱり無くなってたんでしょう?」


 返してもらうという単語に、一瞬言葉を返してしまいそうになるけれど、場を乱すだけの行為だとわかっているので自粛する。


「上が彼の七星剣の所持を認めています。彼から七星剣の返却を促す事は、上からの指示に背く事になります」


「それもおかしな話でしょうよ。なんで盗人(ぬすっと)に所持を認めてるんですか?」


「それは上が決めた事です。私の意思ではありません」


「ではお嬢はこの坊主を認めるんですか?」


「そうは言ってません。言った筈です、私も業腹だと。七星剣は我々が管理すべきです」


「でしたらーー」


「ですが、史上初となる七星剣の使用者を失う事のデメリットもまた大きいです。なにせ、きさらぎ駅を終わらせるだけの力を持つ剣です。その力を失う事は、土御門にとっても大きな不利益です」


「なら、尚更七星剣の所有者をはっきりさせるべきです。現状、七星剣の所有は筆頭(ひっとう)五家(ごけ)はおろか、陰陽連からも外れている。どの筆頭が動いてもおかしくはーー」


「あのー、ちょっと良いですかー?」


 白熱する二人の話を遮り、雪緒が手をあげて間の抜けた声をかける。


「なんだ? 今話をしてるのが分からないのか?」


 不機嫌そうな顔を隠しもしない(ひげ)をはやした中年の男。しかし、雪緒は髭の男に臆する事もなく続ける。


「いや分かりますけどね。ただ、主題は情報のすり合わせでしょうよ。俺の七星剣の所持の有無は今回関係ないはずだ。そんなくっだらない話は後でどーぞ好きなだけして、早く情報のすり合わせをしませんか?」


「なーー、貴様!!」


「それとも何か? あんたらきさらぎ駅の時もこんなようなくだらない話に時間を使ってたのか? だから被害が広がったってんなら、俺はあんたらと協力して怪異と戦うなんて御免だぞ?」


「好き勝手言いおって! お嬢! こんな口の減らないガキの手なんて借りる必要ありません! 私達だけで十分です!」


「落ち着いてください。雪緒くんも、あまり挑発するような事は言わないで」


「へーへ」


 仄の言葉に適当に頷く雪緒。そんな態度も、周囲の大人の苛立ちを募らせる。


「七星剣の事については、後ほど話をしましょう。今は、怪異についてです。根津さん、私から後で上には問い合わせます。それで今は納得していただけませんか?」


「……分かりました」


 不承不承といった態度で、根津と呼ばれた男は頷いた。


「それと、雪緒くん」


「なんだ?」


「私達がきさらぎ駅の対処に遅れたのは、決して無駄な時間を使っていたからじゃないわ。きさらぎ駅を安全に出入りする為の呪具が人数分揃わなかったの」


「あ、そう」


 さして興味もなさそうに頷く雪緒。


 雪緒としては、彼らがきさらぎ駅の対処に遅れた理由などどうでもいい。結果的に遅れてしまったという事実があるのだから、どう言い繕ったところで雪緒が彼らに抱く感情は変わらない。


 それに、まともに返してしまっては言いたい事が多過ぎて自分を止められないと思ったのだ。そうなってしまっては先のように意味の無い会話をする事になる。だから、なるべきく興味の無いような声音で言った。


 そんな心中だということは恐らく知らないだろうけれど、仄は雪緒が納得したのを見てから話を進めた。 


 互いに表面上はこれ以上言いたい事が無くなった以上、仄は当初の予定通り話を始めた。


「まず、きさらぎ駅の残党の多くの駆除は完了しました。根津さん、並びに各分家の皆様。御助力、感謝いたします」


 仄が頭を下げれば、根津達も頭を下げる。つられて青子も頭を下げそうになったところを、加代がぺしっとおでこを叩いて止める。


「しかし、幾つか異形が明確な怪異と成り果てました。私達は、急ぎ怪異の対処に当たらなくてはいけません。こちらの資料をご覧ください」


 言って、仄は紙の束を配る。


 紙の束は分家筋の者達と雪緒の分しか無く、青子と加代は興味津々に雪緒が手に持つ資料を覗き込んだ。


 そこには、よくわからない単語の羅列が書き記されていた。


 コトリバコ、ヤマノケ、牛女……えとせとらえとせとら。


 正直、雪緒もなんの事だかさっぱり分からない。


「仄、これ全部が怪異なのか?」


「うん。ただ、雪緒くんには比較的安全な怪異を担当してもらいます。仮にも君は一般人だから」


「って言ってもな……どれも、きさらぎ駅に比肩するくらいやばい怪異なんだろ?」


「そうだね。きさらぎ駅を脅威度五と考えると、幾つかの怪異が精々一、二くらい脅威度が下がるくらい」


「因みに上は?」


「十だよ。この姦姦蛇螺(かんかんだら)とか八尺様(はちしゃくさま)なんてのは私達分家じゃ太刀打ちできない。近い内に主家(しゅけ)から人材が派遣される手筈になってるわ」


「……そんなにやばい怪異なのか?」


「怪異とはまたちょっと違うかもしれない。私が知る限り、この二つは神性、またはそれに付随する者なの。簡単に言うと、最終的に私達は神様を相手にしなくちゃいけない訳」


「か、神様!?」


 驚きの声を上げたのは雪緒ではなく、話を聞いていた青子であった。


「え、陰陽師(おんみょーじ)神様と戦うの!? 危ないよ!?」


「アホ子……頼むから空気を読んでその呼び方を止めてくれ。後、危ないのは百も承知だ。それに、その神様とやらとは主家の人が戦うんだろう?」


「うん。雪緒くんには、あくまでサポートをしてもらうだけ。それでも、きさらぎ駅と比肩するほどの怪異だから、危険ではあるけど」


「そこらへんは覚悟の上さ。……まぁ、神様云々はまったくもって予想外だったけどな」


 怪異が日常の理外にあるものだとは理解している。それをふまえて、妖と相対する可能性は考えていたけれど、まさか神様までもが相手だとは思っていなかった。


 しかし、どうやらその神様とは他の人が戦う様子。運悪くかち合う事が無ければ雪緒には関係の無い話だ。


 さすがの雪緒も神様を相手にするのは無謀だと分かっている。晴明や、晴明に比肩する道満がもしかしたら勝機があるくらいだろう。しかし、現代にかの天才陰陽師や、天才呪術師は居ない。現代陰陽師の誰かがやらなくてはいけないのだ。


 しかし、神秘の残る平安とは違い、今は神秘が科学に塗り変えられた時代だ。神秘殺しは居るだろうけれど、果たしてどれほどの力を持っているのかも知らない。


 事情を知っている知り合いには、この街に蔓延(はびこ)る危険について話をしておく必要があるだろう。


 そんな事を考えていると、年若い分家の頭首が面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「ふんっ、覚悟ねぇ……ぽっと出のガキが偉そうに」


 そのぽっと出のガキが一つの怪異を終わらせた訳なのだけれど、その事をまったく考えていないような言葉に、雪緒は苛立つよりも呆れてしまう。


 まぁ、雪緒が考え無しにきさらぎ駅を終わらせてしまった結果が現状なので、あまり偉そうな事は言えないけれど。


 だからこそ、雪緒は年若い頭首の言葉を無視した。相手にするだけ時間の無駄だと思ったからだ。


 けれど、その言葉に我慢のならない者が居た。


「いー加減にしてよ!!」


 怒声と共に、ばんっと机が勢い良く叩かれた。

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