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第弐話 蘆屋道満

ストックがたまったので、少しずつ放出をば。

もうこの際誰が女になってても驚かない。

 現代から平安に移り、目を覚ます。


 が、何時もの晴明の挨拶は無く、雪緒は怪訝に思って周囲を見渡した。


 自分が寝ていた場所は、常と変わり無く晴明の家だ。けれど、隣に晴明はおらず、それどころか、誰もいない。


 とりあえず起き上がり、何かあったのだろうかと警戒をすると、戸が静かに開き園女が姿を現した。


「あら、雪緒さん。お早うございます」


「園女さん。お早うございます」


 園女の存在を確認した事で、安堵する。


「園女さん、晴明は?」


「晴明様なら、御門(みかど)に召喚されました。以前の、白藻という妖の事についてだそうです」


「白藻さんの?」


 そういえば、近いうちに御門に呼ばれるだろうと言っていた事を思い出す。


「そっか……言ってくれりゃあ良いのに」


「心配をかけたく無かったのでしょうね。ただでさえ、ここ最近は忙しなかったですから」


「そうだけど……」


 それでも、一応の当事者である自分には一言は欲しかったと思ってしまう。唐突に白藻さんへの沙汰を言い渡されるよりも、事前に知っていた方が雪緒としても心臓に負担をかけなくて済むのだから。


「ふふ、まあまあ、晴明様にもお考えがあっての事。それよりも、朝餉にしませんか?」


「……はい」


 少しだけ腑に落ちないけれど、せっかく準備をしてくれた朝餉が冷めてしまうのも申し訳が無い。


 雪緒は素直に頷き、布団を片付ける。


 雪緒が布団を片付けている内に、園女が朝餉を運び込む。


 珍しく、というより、初めて園女と二人きりになった。


「いただきます」


「いただきます」


 二人できちんと食前の挨拶をする。


 そして、二人とも静かにご飯を食べる。


 雪緒としては、何か話をした方が良いのかと考えたりもするのだけれど、いかんせん園女とは初めての二人きりだ。何時もは晴明達も交えて話をしていたので、誰も交えずに話すとなると、途端に何を話して良いのか分からなくなる。


 別段、静寂が嫌いな訳ではないし、沈黙が苦になっている訳ではない。けれど、それは雪緒が思っているだけで、園女はこの静寂を苦痛に思っているのかもしれない。


 話をした方が良いのか、それとも話をしない方が良いのか。


 そんな思考を巡らせていると、不意に園女が口を開く。


「そういえば」


「は、はい」


「二人きり、というのは初めてですね」


「ですね。何時もは晴明達が居るから……なんか、新鮮ですね、こういうの」


「はい。……ちょっと、何を話して良いのか、分からないですね」


 照れたように笑う園女に、雪緒は少しだけ肩の力が抜けた。


 どうやら、どうして良いのか分からなかったのは園女も同じようだ。


「じゃあ、一つだけ、気になる事聞いても良いですか?」 


「なんです?」


「園女さんと晴明の出会いとか、気になります」


「私と晴明様の出会い、ですか」


 園女は、思い出すように一度目を閉じ、そしてすぐに(まぶた)を開いた。


「私と晴明様は、所謂(いわゆる)腐れ縁です」


「く、腐れ縁……」


 もっと別の単語が出て来ると思った雪緒は、思わず呆気にとられてしまう。


 そんな雪緒を見て、園女はくすりと微笑み、話を続ける。


「そう。腐れ縁です。たまたま出会って、たまたま世話係になって、たまたまここまで縁が続いてる。ただ、それだけです。出会い方にも、特に物語性はありません」


 ごく有り触れた出会い。それが晴明と園女の出会い。


 別段物語性も無く、別段劇的でも無い。可もなく不可もなく、雪緒と仄が教室でたまたま知り合う程度の事と同じくらいだ。


「出会いなんて、そんなものです。特別な出会いなんて、晴明様と雪緒さんの出会い方くらいです」


「いや、俺と晴明のは余りにも特殊が過ぎると言うか……」


 そもそも時代を跨いでいる時点でかなり特殊だ。いったい、時代を跨いで出会う人達が世界にいったい何人居る事だろう。雪緒の例は特殊ではあるけれど、決して有り得無いとも言いきれない。世界に数人いたとして驚きはしないけれど、例えにするには余りに特殊が過ぎるというものだ。


「まぁ、そうですね。時代を超える事が出来る人が、果たして何人居るのか……」


「超え方にもよるのう。例えば、此奴(こやつ)のように霊魂のみで時を超える者もおれば、生きながらえて時を超える者もおる」


 突然、第三者の声が割り込んで来る。


「ーーッ!」


 急いで声の方を向けば、その者は縁側に優美に腰掛けていた。


 黒を基調とした狩衣に、これまた黒を基調とした扇を優雅に扇ぐ女。


 その顔の左半分は呪言で埋まっており、一目見て分かる美貌を損なわせていた。よくよく見やれば、呪言は女の左手にも達しており、ともすれば左半身は呪言で埋められている可能性もある。


 けれど、女はまったく気にした風も無く扇を扇ぐ。


 妖艶さを漂わせる女は、ちらりと雪緒を見て口を開く。


「まぁ、生きながらえて時を超えようとも、行き来は出来ぬがのう。それに、今の話しぶりから察するに、(わし)の言うた事は的外れなようだしのう」


 言って、艶やかに笑う呪言の女。


 そこで、ようやく雪緒は警戒をあらわにする。


 晴明の陳が多重に敷かれたこの家は、(みやこ)一堅牢と言っても過言ではない。そんな晴明の家に容易く、それも気付かれぬように縁側に座っている呪言の女は明らかに異常だ。


 立ち上がり、園女を背で庇える場所まで移る。


「あんた、誰だ?」


 言いながら、手に七星剣を呼び寄せる。


 七星剣を見た途端、呪言の女は目を見開き、そして面白そうに笑みを深めた。


「ほう、それは七星剣だな? 晴明め、凡夫(ぼんぷ)に随分と贅沢な物を与えたのだな」


「いいから答えろ。返答によっちゃあ、あんたを斬る」


「ほう? 斬れるのか? (なんじ)に、この儂が?」


 挑発的な笑みを浮かべる呪言の女。


 斬る、まではできなくとも、護りの剣の力で押し飛ばす事は出来るはずだ。


 挑発に乗る訳では無いけれど、晴明の家に無断で入られたのは面白くない。


 雪緒が七星剣に力を込めようとした時、不意に背後の戸が開かれた。


「止めぬか道満(どうまん)。雪緒も、矛を収めよ。そこの意地の悪い女は私の知人だ」


「晴明! ……って、道満? 知人?」


 振り向いて居間に入ってきた晴明を見た雪緒は、即座に呪言の女の方に視線を戻した。


 そうすれば、呪言の女はにっと意地悪く笑いながら名乗った。


「儂の名は蘆屋道満。晴明と同じく、陰陽師だ」





 呪言の女ーー蘆屋道満が自己紹介をしたところで、いったん仕切り直しとなった。


 雪緒と晴明が並んで座り、その対面に道満が座る。


「改めて紹介しよう。目の前の見るに耐えん女が蘆屋道満。陰陽師と言うてはおるが、実態はただの呪術師だ」


「ふふっ、見るに耐えんとは、随分と辛辣だのう」


「自らそのなりになったのであれば同情の余地などあるまい」


 すっと自らの呪言をなぞり、くすりと笑む道満。


「汝に同情でもされた日には、嵐でも来るのでは気が気で無いのう」


「望みとあらば、今すぐにでも其方の屋敷に嵐を送るが?」


「おお、怖い怖い。のう雪緒。此奴を宥めておくれ。恐ろしゅうて敵わん」


「雪緒に構うでない。其方も、応えんでもよい」


「ふふっ、過保護だのう」


 にやりと厭らしく笑う道満に、晴明は表情一つ崩さずに言う。


「前置きはよい。して、用事とはなんだ? 私も忙しい身でな、早う済ませてくれ」


 忙しいわりにはいっつもひなたぼっこしてるよなとは思うけれど、それを言ってしまえば晴明の怒りを買う事になるので雪緒は黙っている事にする。


「汝が忙しいなど聞いたことは無いが……まぁよい。用事と言うほどのものではない。なにやら汝が男を囲っておると聞いたゆえな。友人として様子を見に来たまでよ」


「要らぬ節介を焼くでない。用向きが無いのであれば帰れ」


「まぁ待て。汝が側に置く男だ。それに、七星剣を与えたとあれば、話の一つや二つ聞いてみたくもなろう? ましてや、先の世から来たとなれば、儂としては聞いてみたい事の一つや二つは出て来る」


「其方の趣味に雪緒を付き合わせるな」


「ほう……よいのか? 今日汝を庇ったのは誰だと思うておる?」


「ぐっ……」


 得意げな顔で道満が言い、晴明がばつが悪そうに呻き声をあげる。


 雪緒は、少し後ろに控える冬に小声でたずねる。

 

 冬と小梅は、今日晴明と一緒に御門の元に行ったそうなのだ。冬は護衛として、小梅は物珍しさに着いて行ったらしい。


「なんかあったんですか?」


「白藻の件で貴族に責められていたところを、珍しく道満様が助け舟を出したのです」


「へぇ」


 珍しく、ということは、普段は知らぬ存ぜぬを通しているのだろう。


「御門に喚ばれるって凄い人なんですか?」


「道満様が直接喚ばれた訳ではありません。晴明様を失脚させたい貴族がお付きとして喚んだのが道満様なのです。道満様自身は非官人(ひかんじん)ですので、滅多な事が起こらない限りは喚ばれたりしません」


「なるほど」


 蘆屋道満。名前だけは雪緒も知っているけれど、その実態はあまり知ってはいなかった。


 安倍晴明の好敵手であることくらいしか知らず、あまり善い人間では無いという認識だ。


 そんな良くない認識の相手に、晴明が貸しを作っているという構図がなんだか嫌だった。


「晴明にお伺い立てなくても、別に質問くらい平気だ。俺の答えられる範囲なら、質問に答えよう」


「なっ、雪緒! 其方、何を軽々しく言うておる!」


「そもそもが俺のせいだ。それで晴明が責められるのはお門違いだ。つまり、俺のせいだから、あんたが晴明に作った貸しも俺のもんだ。貸しは返す。なんでも質問してくれ」


「雪緒! 其方はもう黙っておれ!」


「くっ、ははははっ! くふふふふっ!」


 必死に雪緒を止めようとしている晴明と、そんな晴明を無視して道満に言葉を返す雪緒を見て、道満は愉快痛快といったふうに腹を抱えて笑う。


 急に大笑いを始めた道満に全員が呆気にとられる。


 やがて、笑いを堪えるように腹を抑えて雪緒を見る道満。しかし、その顔はしっかりと笑っており、目尻には涙まで溜めていた。


「くっ、ふっふぅ……あぁ……愉快だのう、雪緒。汝、愉快な奴だのう。うむ、気に入った。汝に免じて、晴明への貸し付けは汝の負担としよう」


「ありがとう」


「其方ら、私を差し置いて話を進めるでない!」


「では、聞かせてもらう。なに、難しい事ではない。それに、堅苦しい話でもない」


「なら安心だ。俺も、難しい事を聞かれても答えられる自信が無いからな」


「聞いておるのか其方らは!!」


「いたっ!?」


 いっこうに返事も相槌も打たない二人に痺れを切らした晴明が、手にした扇で雪緒の頭を叩いた。


「せ、晴明。叩くならもっと優しく頼む。馬鹿になったらどうするんだ」


「其方は私が叩くまでもなく筋金の入った阿呆であろう! そうではなく、其方らは私を無視して話を進めるでない!」


 言ってから居住まいを正す晴明。


「雪緒、この女は其方が思うてるよりも邪悪な女だ。気軽にこの女の言葉に耳を貸したり、頷いたりしてはならぬ」


「酷い言い草だのう」


「其方は黙っておれ! 良いか雪緒。呪術師などろくな奴がいない。どいつもこいつも人格破綻者ばかりだ」


「儂は正気だぞ? それに、良識はきちんと弁えておる」


「嘘をつくでない。良識者が不老不死(・・・・)など夢見るものか」


「不老不死?」


「くっ、ふふふっ。晴明、種明かしは感心せぬぞ? 順序を踏んで話そうと思うておったのに」


 楽しそうに笑う道満に、しかし、晴明は不愉快そうに道満を見る。


「感心せぬのは私の方だ。雪緒に妙な話をするでない」


「しかしな? 話をすると言ったのは雪緒の方だ。それに、約束をしたのも雪緒の方だ」


「屁理屈を言うな。話す内容を決めるのは其方ではないか」


「くっ、ふふっ。まあまあ、そういきり立つな。今日は詰まらぬ話はせぬよ。世間話程度だ。見逃しておくれ」


「信用出来るとでも?」


「するほかあるまい。それに、雪緒との約定はもう縛った(・・・)。覆せば雪緒が危ういぞ?」


「ーーっ! 貴様……!!」


「死ぬ事は無かろうが、少々痛い目にあうのう……」


 厭らしく、にやりと笑う道満。


 どうやら、雪緒の知らぬ内に何かを施されてしまったらしい。


 後ろで小梅が毛を逆立てた猫のように道満を威嚇し、冬も穏やかならぬ雰囲気を醸し出している。


 そして、晴明は冷徹な瞳で道満を睨みつける。


「やはり其方は好かぬ」


「儂は汝を好いておるぞ? よき友だと思うておる」


「はっ! 陰険な呪術師と友になれるはずが無い」


「そんな事は無いと思うがのう……なぁ、雪緒はどう思う?」


「どうって言われてもな……」


 雪緒は道満の事をさして知らない。史実としても、人物としてもだ。ましてや蘆屋道満が女であったという事実に驚いているふしさえある。晴明が実は女性だったという事実が無かったら混乱していた事だろう。


「雪緒を困らせるでない。……もう、よい。分かった、好きに聞くがよい」


 これ以上道満の相手をしている方が無駄だと判断したのか、晴明は諦めたような溜息とともに言った。


 ようやっと頷いた晴明に、道満はにこりと笑顔で頷いた。


「そうこなくてはな。ではでは、雪緒よ。其方に聞きたい事が幾つもあるのだが、よいかのう?」


「良いも何も、あんたの貸し付けを返さなきゃいけないんだからな。俺に拒否権は無いだろう?」


「晴明が頷いた時点で貸し付けなど無効さ。元々、汝と話すための方便のようなものだ。貸し付け云々で縛り付けたりはせぬよ。して、儂とお喋りをするのは嫌か?」


「……まぁ、話をするのは別に構わないけど」


「では、決まりだな。冬、茶を貰えるか? それと茶請けもな」


 冬が晴明に視線を向けると、晴明は呆れながら一つ頷いた。


 それを見た冬は立ち上がるとお茶の準備を始めた。


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