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第壱話 きさらぎ駅のその後と不機嫌な仄

第弐章、猿夢。開幕です。


感想、評価、ブックマークありがとうございます。たいへん励みになっております。

 夢を見ている。


 それが分かるという事は、これは明晰夢(めいせきむ)というやつなのだろう。


 周囲を見渡せば、そこは薄暗い無人駅。随分と陰気臭く、寂れた無人駅だった。


 なんなのだろう、ここは。


 そう思っていると、スピーカーに耳障りなノイズが走り、精気の無い男の声が聞こえてきた。


「まもなく、電車が来ます。その電車に乗ると、貴方は怖い目に遇いますよ~」


 普通の駅では有り得ない意味不明なアナウンス。


 そもそも、ここは無人駅ではないのか? そう思い周囲を見渡すも、確かにそこは無人駅で、人影の一つも在りはしなかった。


 周囲を確認している内に、駅に電車がやって来た。


 しかし、それは電車というよりも、遊園地などによくあるデフォルメされた猿が描かれたりしている電車のようなものだった。


 その電車には、顔色の悪い男女が一列に座っている。


 電車の登場に戸惑うも、まったく動く気配の無い電車に、何故か自分が乗らないと夢もこの電車も進まないという確信を覚え、覚悟を決めて乗り込んだ。


 乗り込めば、またもや精気の無い男のアナウンスが聞こえて来る。


「出発します~」


 男のアナウンスの後に、電車は出発する。


 電車は駅を出ると、すぐさまトンネルに入り込んだ。


 紫色の不気味な明かりが照らすトンネル内に、何処か遊園地のスリラーカーのような印象を覚えた。


 車輪の音がトンネル内を反響し、まるで怪物の唸り声のような音が響き渡る。


 乗るんじゃなかった、もう降りたい。いや、夢であるならば、もう目覚めたい。


 えもいわれぬ恐怖に怖じけづいていると、また精気の無い男のアナウンスが聞こえて来る。


「次は、生け作り~。生け作りです~」


 生け作り。それは、生きた魚を、頭、尾、大骨はそのままにして、身だけをそいで刺身にし、骨の上に並べてもとの姿に盛りつけた料理の事だ。


 何故生け作り? そう思った直後、背後から断末魔の叫び声が響き渡った。


 驚き、振り返れば、後ろの男性に、ぼろ布を纏った小人が群がっていた。


 しかし、ただ群がっているだけではない。小人はその手に刃物を持ち、その刃物で男の身体を裂き、まるで魚の生け作りのように仕上げていた。


 現実では有り得ない光景と、その光景に現実味を加える血生臭い臭いが鼻につき、思わず口を押さえる。


 胃から胃酸が競り上がり、酸っぱい臭いが鼻を抜ける。


 生け作りにされる間、男は絶叫を上げ続ける。


 内臓が散乱し、血飛沫(ちしぶき)が舞う。


 直ぐ背後で男が無惨な死を遂げているというのに、男の前に座る女はまるでそれに気付いていないかのように反応を示さない。


 血飛沫を身体に浴び、乱暴に投げ出された臓物が身体にへばり付いているというのに。


 なんなんだ。なんなんだここは。なんなんだこの夢(ここ)は。


 そんな当然の疑問を抱きながら視線を男に戻せば、そこには男の姿は無く、また、未だ耳に残る身の毛のよだつ絶叫は気付けば消えていた。


 けれど、今目の前で起こった事が見間違いでは無い事を、シートにこべり付いた赤黒い血と肉片が知らしめる。


 やっと地獄が終わった。そう思った直後、精気の無い男のアナウンスが聞こえてくる。


「次は、えぐり出し~。えぐり出しです~」


 そうアナウンスが響いた直後、二人の小人が現れる。


 その手には刃物ではなく、ぎざぎざしたスプーンのようなものを持っていた。


 小人が手に持つそれが、決して食用のスプーンではない事も、この後に起こる恐怖にも察しが付いた。


 案の定、小人は手に持った凶器で女の目玉をえぐり出した。


 なんの遠慮も、配慮も、躊躇いも無く。


 女の、鼓膜が破れんばかりの絶叫が響き渡る。


 耐え切れず、女から目を逸らして耳をふさぐ。


 覚めろ! 覚めろ! 覚めろ! 夢であるなら覚めてくれ!


 心中で念じ、頭を抱える。


 直ぐ後ろから聞こえる声で分かる通り、次は自分の番だ。


 恐怖で震える身体をそのままに、もう終わってくれと念じる。


 けれど、願いも虚しく、また精気の無い男のアナウンスが聞こえる。


「次は、挽き肉~。挽き肉です~」


 ……挽き肉? 


 聞くだけで自分に行われる所業が分かる。


 止めろ、止めてくれ! 頼む、早く目覚めてくれ!


 心中で声を大にして叫ぶ。


 恐怖で口は開かない。心の中で叫ぶしかない。


 塞いだ耳に、モーターが回転する音が聞こえて来る。


 なんだ……? 何をするつもりなんだ……?


 恐怖で心拍数が上がる。吐き気が止まらない。涙が溢れてくる。


 起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ!!


 必死に叫ぶ。けれど、夢より覚める事は無い。


 ナニカが、身体をえぐる。


 途端、絶叫が響き渡る。


 誰の絶叫か、それは言わなくとも分かる。自分だ。今、自分は、叫んでいる。


 喉が痛いほど震える。いや、痛いのは喉だけじゃない。擦り切れていく身体もだ。


 痛みに絶叫しながら、意識は霞に消えていく。


 やがて、全てが終わると、そこには肉片しか残っていなかった。


「次は、みじん切り~。みじん切りです~」


 精気の無い男の声が、厭らしい笑いを含んだ。



 〇 〇 〇



 学校の屋上。普段は立ち入りが禁止されているその場所に、二人の少年少女が居た。


「で、話ってなんだよ?」


 少年ーー雪緒は、目の前に立つ少女ーー仄に、あまり友好的ではない声音で問う。


 別段、二人の仲が悪いという訳ではない。


 二人は友人関係で、その期間は短く、関係はまだ浅いけれど、それでも仲は良いと言えた。


 雪緒の声音に険があるのは、ひとえに仄がこれからするであろう話が雪緒にとってあまりよろしくない話になる可能性が高いからだ。


 そんな雪緒の声音に、しかして仄は苛立つでもなく、少し呆れたように笑った。


「そんなに警戒しないでよ。別にとって食おうって訳じゃないんだから」


「とって食われることは警戒してないけどな。面倒な話に巻き込まれるのは御免なんだよ。きさらぎ駅でもうこりごりだ」


 言って、疲れたように息を吐く雪緒。


 きさらぎ駅という、別世界に人を(さら)う怪異を倒してから、すでに二週間が経過していた。


 雪緒は脇腹を骨折したものの、それ以上に大きな怪我は無く、すぐに退院をすることが出来たのだが、危険なことに自ら足を突っ込んだ雪緒に、姉の明乃の当たりは非常に強く、骨折をしているというのに召使いの如くこき使われている。


 それだけ明乃に心配をかけたという事は自覚しているけれど、それにしたって扱いが酷い。家事炊事に留まらず、明乃の私的な買い物の遣いもさせられる。更には肩揉みをやらされたり、部屋に勝手に入ってきたと思ったら勝手に漫画を持って行ったりと、かなり横暴だ。


 そんな事もあり、しばらく、というよりは今後はなるべくそういった事に関わらないと決めた雪緒なのだ。これ以上明乃の機嫌が悪くなるような案件を引き受けるのは御免被る。


 疲れの滲み出ている雪緒の顔を見て苦笑をする仄。


「協力要請をしようとかじゃないわ。まぁ、少し似てる部分もあるけどね」


「あまり聞きたくないがな……手早く頼む」


「うん。まずね、異界消失と共にこの街に現れた怪異の駆除はあらかた終わったよ」


「そいつは、良かったよ……」


 駆除という単語に、一瞬眉をぴくりと動かすけれど、雪緒は頷く。


「けど、喜んでもいられないんだよね。あらかた片付いたけど、まだ全部じゃないの。その上、ちょっとまずい事になっちゃったし」


「まずい事?」


「うん」


 頷いた仄の表情はあまり芳しく無く、事態が良くない方向に進みはじめている事を雪緒に知らしめる。


「残党狩りが間に合わなかったの。何体か、伝承に根付いてしまったわ」


「それは、どういう……?」


「怪異……雪緒くんが、異形って言ってたあれは、怪異だけど、所謂(いわゆる)化生、妖怪、(あやかし)なんて言われる類のものだったの。けど、私達が取り残した残党が、世に言う都市伝説や怪異譚(かいいたん)を知って、その性質を取り入れてしまったの」


「あー……つまり?」


「つまり、きさらぎ駅のように確立した一つの怪異譚になってしまったの」


 真剣な仄の表情。けれど、彼女が何故そこまで焦っているのか。それが、その道のど素人である雪緒には分からない。


 困惑したような顔をする雪緒を見て、仄は呆れもせずに言葉を紡ぐ。


「形の無かったものが確固たる性質(かたち)を得るの。雪緒くんは、きさらぎ駅に行ったなら分かるわよね? きさらぎ駅がどんなに厄介な怪異だったか」


 言われ、雪緒は思い出す。


 きさらぎ駅は誰もが入れるけれど、誰でも入れる訳ではない。


 帰りたく無いと思った者のみが強制的に招かれ、時間経過、もしくは、異界無いの食物を摂取した場合、異形へと姿を変えてしまう。


 黄泉戸喫(よもつへぐい)。異形を増やすためのきさらぎ駅の権能と言っても良いだろう。


 異形を増やされるという点では厄介な事この上ないし、なにより、確約された脱出方法が無いのも厄介だ。


 それに加え、異界を構成する陳を一身に刻み込んだ、鬼主(きさらぎぬし)という存在も非常に厄介であった。


 九本の腕は変幻自在に伸び、その腕から更に別の腕を伸ばすという厄介さ。


 極めつけは、現代兵器も真っ青な高出力の熱線。七星剣の護りが無かったら、雪緒達は今頃黒焦げだ。


 きさらぎ駅の性質だけでも厄介な事この上なく、また、鬼主の戦闘能力だけでも厄介だ。どちらも厄介な上に、両方を併せ持つ。


 そう考えると、確かに、異形に他の怪異譚の性質が加わるのは非常に厄介な事この上無い。


 雪緒は、仄の言葉に深く頷く。


「確かにな……」


「きさらぎ駅級の怪異が幾つもこの街に蔓延(はびこ)り、根付いてしまったの。かなり由々しき事態よ」


 疲れたように息を吐く仄。

 

 しかし、それも無理からぬ事だ。陰陽師として、仄は連日その対処に追われている。残党狩りもしながらの対応なので、疲れが出てきてしまっても仕方がない。


「んで? それで俺に何しろって?」


「雪緒くん、と言うよりは、君の式鬼の力を借りたいのよ」


 式鬼の力を借りる。そう聞いて、雪緒は少し身構える。


「なんて言ったっけ? 確か、時雨? あれの力を借りたいの」


「……なら、本人に確認してくれ」


「あれ? 雪緒くんの式鬼だよね?」


「契約はした。けど、俺と時雨は主従関係じゃない。ただの友達だ」


 雪緒がそう言った途端、仄の視線が鋭くなる。


「雪緒くん、その認識は改めた方が良いよ。式鬼は道具として使い切らなきゃ」


 仄のその言葉に、今度は雪緒の視線が鋭くなる。


「認識を改めるつもりは無い。俺と時雨は友達だ。そんで、俺にとって式鬼は道具じゃない」


「……雪緒くん、本当に甘いよ。そんな認識でいたら、守るべき者をいずれ間違えるよ?」


「いいや、間違わないさ。俺が護りたいと思った人が俺の護るべき者だ。それには勿論、時雨も小梅も入ってる」


 そして、ここで言いはしないが、冬もその内の一人だ。


「雪緒くん、式鬼は人じゃない。彼等は護るべき対象にはならない」


「人だとか、人じゃないとか、そんなことは関係無い。俺と関わって、俺が失いたくないと思った人は全員俺の護るべき人達だ」


 なんの迷いも無く、雪緒は言う。これは雪緒の紛れも無い本心である。そして、曲げるつもりも無い信念でもある。


 そんな雪緒を見て、仄は不機嫌そうに顔をしかめる。


「……病院で雪緒くんを陰陽師に誘ったけど、あれ訂正するね。雪緒くん、陰陽師に向いてないよ」


「陰陽師が式鬼を使い潰した上に成り立ってるのなら、俺は陰陽師じゃなくて良い。そもそも、俺は陰陽師じゃないしな」


「あっそう。なら、今までの話は聞かなかったことにして」


 言うや否や、仄はきびすを返して扉に向かう。


 仄の態度を見るに、雪緒に良い感情を抱いてはいないだろう事は明白だ。


 しかし、雪緒は仄の事を、少なからず友人だとは思っている。


 雪緒は、苛立つ仄の背中に声をかける。


「仄」


「……何?」


 足を止める。けれど、振り向かない。


 そんな仄の態度を雪緒は咎めず、また気にかける事も無く、ただ自分が言うべき事を言う。


「仄が式鬼を道具だと思ってるなら、時雨に口添えは出来ない。けど、俺は別だ」


 仄が、真意を求めるように少しだけ振り返る。


「異形が街に現れたのは、元々俺が撒いた種だ。それを陰陽師に任せたのは、俺の怠慢だ」


「私達じゃ役不足だったって言いたい訳?」


「そうじゃない。俺がお前達に甘えてたんだ。俺が撒いた種なら、俺が動かなくちゃいけなかったんだ。今からじゃ遅いと思うけど、もし俺の力が必要なら言ってくれ。俺が撒いた種の後始末なら、請け負う」


「……考えとく」


 短く、それだけ言うと、仄は屋上を後にした。


 重苦しい音を立てて扉が閉まれば、雪緒はフェンスに寄り掛かる。


 金網が音を立てて軋む。


「はぁ……失敗したかな……」


 少し、そう、少しだけ、仄に言うべき言葉を間違えたような気がしてならない。


 いや、雪緒の心情を考えれば、仄の認識のまま話を合わせていれば、いずれ何処かで破綻する。だから、最初に間違いの無いように言っておくのは正解であった。


 けれど、もう少し優しい言い方もあったのでは無いかと思ってしまうのだ。


 言葉は選んだつもりだったけれど、如何せん語気が強くなりすぎた。


 譲れない部分ではあったとは言え、もう少し語気を弱めても良かったはずだ。


「けど、仄の怒り様も、ちょっと過剰だよな……」


 ただの意見の食い違い。主張が違うと言うだけだ。晴明の時とは違い、雪緒は仄の言葉を否定したつもりは無い。ただ、式鬼を道具だと捉えているなら相容れない。雪緒はそう明言しただけだ。


 彼等には彼等の歴史がある。それが分かっているから、頭っから否定はしない。ただ、自分とは相容れないと思うだけだ。


 まぁ、それ以前に残党の事が終われば陰陽師とはこれっきりの関係になるのだ。受け入れられないとは思うけれど、それを正したいとは思わない。嫌なら、関わらなければ良いだけの話なのだから。


 その前提があったゆえ、雪緒の語気が強くなることはあっても、怒りをあらわにする事は無かった。そしてそれは、仄も同じはずだ。


 けれど、仄はあからさまに怒りを、というより、不機嫌さをあらわにしていた。

 

 何か、雪緒の発言が許せなかったのか、それとも単に気に食わなかったのか。


 どちらにせよ、仄の事をよく知らない自分には、計り知れぬ事情であることは確かだ。


 雪緒は一つ溜息を吐く。


「……大事にならなきゃ良いけど」

 

 言いながら、雪緒も屋上を後にする。


 その日の夜、仄かからのメッセージには、陰陽師として正式に協力を依頼する、とだけ送られてきた。

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