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第参拾弐話 きさらぎ駅、終幕 弐

これにて第一章終幕になります。

一ヶ月と少し書いてきましたが、まさか二十万文字を超えるとは思いませんでした。

反省です。

 上善寺の病室の前に着くと、雪緒はこんこんと扉をノックした。


「はぁ~い。どぞ~」


 中から気の抜けた声が返って来る。


 返事があったので、雪緒は扉を開ける。


「あ、陰陽師(おんみょーじ)!」


「誰が陰陽師だ」


 一目見た途端にそんな事を言う上善寺に、雪緒は素っ気なく返す。


「あれ、雪緒くんじゃん。どったの?」


 上善寺の病室には玖珂の姿もあった。


 彼女は雪緒を見ると、小首を傾げて問うてくる。


 素直に話すと小野木の事も話さなくてはいけなくなるので、雪緒は目的の一つだけを話す。


「一応様子見に来た」


「ウチはお蔭さまでぴんぴんしてるよー」


「あたしも元気! 陰陽師(おんみょーじ)のお陰!」


「だから、陰陽師じゃねぇって。語呂が似てるからって止めろよな、アホ子」


「アホ子じゃ無いし! 青子だし!」


「いや、実際青子はアホの子でしょ」


「か、加代ひどい! あたしアホじゃないもん!」


「その、もんってのがいかにもだよな」


「む、む~~~~っ!」


 二人して言えば、上善寺は頬を膨らませて怒りをあらわにする。


 そんな姿もアホっぽいと思いながらも、これ以上からかうのも気が引けたので雪緒は黙っている。


「雪緒くんも座れば? ほら、ここ空いてるよ?」


 言って、玖珂が自分の膝をぽんぽんと叩く。その顔はにやっと悪い笑みを浮かべており、からかう対象が雪緒に移った事を示していた。


 しかして、とても魅力的な膝枕を御相伴(ごしょうばん)に預かった雪緒に、その程度の誘惑など取るに足らない。


 ふっと鼻で一つ笑って、雪緒はパイプ椅子を広げる。


「鼻で笑われると傷付くんだけど!?」


「後二年早ぇ」


「やけに具体的な数字だね!? ちょ、本当にショック!」


陰陽師(おんみょーじ)ここ空いてるよ?」


 言って、上善寺が得意げに自分の膝をぽんぽんと叩く。


「百年早ぇ」


「なんで加代よりも長くなってるの!?」


「自分の胸に聞いてみな」


「胸……? ーーっ、陰陽師(おんみょーじ)のエッチ!」


「言い回しだよアホ子! 俺がセクハラしたみたいになるから止めろ!」


 言いながら、雪緒はパイプ椅子に座る。


 玖珂がなるほど、こう返せば良いのかと頷いているけれど、頼むから気疲れするから止めてほしい。切実に。


 これ以上からかわれたり反応に困る事を言われても困るので、雪緒は話を戻す。


「それで、本当になんとも無いのか? 何処か不調があるとか」


「うーん…………無いよ? うん、大丈夫」


 少し考え、上善寺は笑顔で言い切った。


「玖珂は?」


「ウチもなーんにも。軽い栄養失調と擦り傷とかくらい」


 そう言った玖珂の腕には点滴が刺されており、少し動きづらそうだった。


「……それなら、よかった」


 二人が無事であることを自分の目で確認でき、雪緒は安堵する。


 大丈夫だとは聞いていても、自分の目で確認しないと不安で仕方がなかったのだ。


「ていうか、雪緒くんは大丈夫なわけ?」


「そ、そーだよ! 一番怪我がひどいじゃん! どっか痛くないわけ!?」


「まぁ、それなりにな。脇腹はまだ痛むし、切り傷とか打撲とかはまださすがに痛むわ」


 とは言え、我慢できない程ではない。歩くと痛むけれど、歩けない訳でもない。そのため、大袈裟に捉えるような事でもない。


「お互い、不幸中の幸いだったな。大事無いようで何よりだよ」


「一番大怪我した人が何言ってんだか……」


「そーだよ! 寝てなくて大丈夫なの!? ベッド使う!?」


「使うか馬鹿。なんで、女子を差し置いて寝っ転がれるよ。それに、俺が寝たら汗くさくなるぞ?」


「でも怪我してるじゃん! 汗くさくなるのはやだけど……」


 さすがに自分が寝るベッドが汗くさくなるのは嫌な様子の上善寺。


 しかして、今まで女子が寝ていたベッドで寝ると言うのは、思春期男子としては少しばかり、いや、とてもハードルが高い。にやけ面の玖珂がいるなら尚更だ。


「いいって。眠くなったら部屋戻るし」


 と言っても、部屋には泣き腫らした顔の小野木が居るはずなので、戻るに戻れないけれど。


 上善寺がでも、と言いかけたところで、病室の扉がこんこんとノックされた。


「あ、どーぞー」


 上善寺がそれに答えれば、病室の扉が開いた。


 そこには、小野木と仄が立っていた。


 小野木を見ても二人は必要以上の反応を示さなかったけれど、仄を見た瞬間、二人の眉間にしわが寄る。


 きさらぎ駅の終着後に突然現れ、恩人である雪緒に傍若無人ともとれる態度をとった仄に、二人は良い感情を抱いていないのだろう。


 雪緒としては、七星剣の事が無事に片付いたので、気まずいという感情以上は持ち合わせていない。少しのぎこちなさはあるけれど、時間が解決してくれると思っている。


「上善寺さん、玖珂さん。二人とも元気そうで良かったわ。特に玖珂さん。先生もとても心配したのよ? 本当に、無事で良かった」


「ありがとうございます、先生。ところで、なんで土御門さんが居るんですか?」


「道明寺くんの病室の前で偶然会ったの。土御門さんも二人を心配してたみたいだから、一緒にお見舞いに来たのよ」


「へぇ……心配、ね」


 言って、仄に視線を向ける玖珂。


 その視線はとても友好的とは言えず、警戒をしているようであった。


 そして、それは上善寺も変わらず、むぅっと頬を膨らませて仄を見ていた。


 二人の懐疑的な視線を受け、仄は思わず苦笑する。


「心配してたのは本当だから、出来ればその目は止めてほしいなぁ」


「それはどーも」


「どーも」


「あはは……」


 素っ気なく返す二人に、仄は苦笑を浮かべて雪緒に助けを求める。


 しかして、二人の気持ちもわからないでも無い雪緒としては、どう二人に言うべきかが分からない。


 仄が陰陽師だということは二人には知られている。ということはつまり、彼女達を本来助ける立場であった仄達の対応の遅さにも不信感を抱いているわけだ。上善寺はどう思ってるかは知らないけれど。


 陰陽師がもっと早く動いていればと、雪緒も思わないでも無い。だから、二人の気持ちはわかる。だからこそ、雪緒もなあなあな事しか言えない。


「二人ともいったん落ち着けって。先生がなんの事か分からなくて困ってるだろうが」


 雪緒がそう言えば、二人は困惑した顔の小野木を見てばつが悪そうな顔をした後、いったんは矛を納める。


 これでいいかと仄に視線でたずねれば、仄は苦笑を浮かべて頷いた。


「何があったか知らないけど、ともかく、二人が無事で本当に良かったわ」


「本当に、心配かけてすみませんでした」


「ううん、玖珂さんが悪い訳じゃないのは知ってるから。そんなに謝らないで」


 小野木達が話をしている間、雪緒は小野木と仄の分のパイプ椅子を用意する。


「って、雪緒くん。怪我人がさかさか動きなさんな」


「これくらいは平気だって」


「見てるこっちが落ち着かないの。良いから座ってる」


 言って、仄は雪緒を無理矢理座らせる。


 雪緒に変わって椅子を用意する仄。しかし、一つを用意したところで気付く。


「椅子足りないや……」


 どうしようといった目で雪緒を見る仄。


 そんな仄に、雪緒はにっと悪戯っぽく笑って言う。


「ここに座ると良い」


 言って、ぽんぽんと膝を叩く。


「は? 何言ってるの?」


 そんな雪緒の言葉に、仄は冷たく返す。


「そう言う流れなんだよ」


「いや、意味わかんない」


陰陽師(おんみょーじ)!」


 仄に冗句を言っていると、上善寺が不機嫌そうな顔で雪緒を呼ぶ。


「だから、その呼び方止めろって」


「いーから! 陰陽師(おんみょーじ)はここ!」


 言って、自分の座るベッドの空いたスペースをぽんぽんと叩く上善寺。


「そこに座れってか……」


「そう! 早く!」


「えぇ……」


 上善寺の言葉に、雪緒は戸惑う。


 女子が使っていたベッドに入るのも難易度が高いけれど、女子が使っているベッドに腰掛けるのもなかなかに難易度が高い。


 雪緒は玖珂に助けを請う視線を向ける。


 そうすれば、玖珂は苦笑を浮かべて椅子から立ち上がった。


「しょーがない。ウチが座ってしんぜよう。先生と土御門さんは椅子に座ってー」


 玖珂がそう言えば、上善寺はあっさりと矛を納め、小野木と仄も椅子に座った。


 雪緒はほっと胸を撫で下ろす。


「そういえば、道明寺くん。さっきはありがとうね」


 隣に座る小野木が雪緒に言う。


 さっきというのは、実花に会わせた事だろう。


「いえ、俺が勝手にお節介焼いただけですから」


「それでも、嬉しかったわ。本当に、ありがとう……」


 そう言って、どこか憑き物が落ちたような、幾分か子供のような笑みを浮かべる小野木。


陰陽師(おんみょーじ)、何かしたの?」


「あぁ、いや……」


 言いかけて、果たして話してしまって良いものなのかと考えて口を(つぐ)む。


 すると、小野木が晴れやかな笑みを浮かべて上善寺に言った。


「えぇ。道明寺くんには、とっても大切な時間を貰ったの……」


 そう言って微笑む小野木はどこか色っぽく、大人の艶やかさがあったーーというのは先入観や目の錯覚であり、本当は純粋な笑みを浮かべているだけだ。


 しかして、上善寺と玖珂にはそうは映らなかったようで、二人は小野木の笑みを見た瞬間、ジトッとした目で雪緒を見た。


「雪緒くん、先生に手を出したわけ?」


「さいってー……」


「待て、どうしてそうなる!」


「大切な時間って、そういう事だったのね……」


「おい仄まで! そんなんじゃ無いってお前は知ってるだろ!」


 仄まで悪乗りし始める。


「え、手を出す? 何のこと?」


 ただ一人だけ、困惑した様子の小野木。


 そんな小野木を置いてけぼりにして、三人は雪緒を責める。


 雪緒の嫌疑が晴れたのは数十分後で、事態を把握して顔を赤くした小野木によって止められた。


 事態が収集すると、雪緒は疲れによる溜息を吐いた。





『かくして、きさらぎ駅は終着を迎えた。


 犠牲者は百を超え、生存者は数える程。


 最悪の怪異であるきさらぎ駅は、ただの高校生であった一人の少年ーー道明寺雪緒によって終止符を打たれたのだ。


 被害は多かったけれど、雪緒は自身の助けたかった人達は助ける事が出来た。それは晴明との約束も、自分の願望も貫いた事に相違無い結果だ。


 自分に力が無いことを知りながらも、雪緒は奔走した。その結果、自身の救いたい者を救った雪緒のこの結果は、まさしく大団円と呼ぶに相応しいだろう。


 けれど、雪緒は安堵こそすれ、結果を喜びはしなかった。


 助けられた者の裏に、多くの助けられなかった人が居ることを、雪緒は知っているからだ。


 きっと、あの鬼主(きさらぎぬし)も、助けてほしかった者の一人なのだ。


 全部が全部助けられる訳ではない。そう思うのは傲慢が過ぎるし、過信が過ぎるというものだ。


 ただ、目の前でこぼれ落ちた、自分が終わらせた命があることもまた事実。それに目を背けようとは、そんな不義理で無責任な事は出来なかった。


 怪異、きさらぎ駅。


 それは、帰りたくないと思う者を引きずり込む、黄泉の世界。そして、帰りたくなかったのは、きっと鬼主も同じだったのかもしれない。


 寂しかったのか、妬ましかったのか。何にせよ、許容できるものではなかった。


 だから、倒す他無かった。


 救う裏に奪われる者も居る。


 そして、それを雪緒は忘れてはいけない。


 これから怪異と相対するのであれば、それは決して忘れてはいけない事なのだから。


 きさらぎ駅は終着を迎えた。けれど、雪緒にとって、それは始まりに過ぎなかった。


 これから数多(あまた)の怪異と出会う事だろう。晴明と同じ道を辿ると決めたのであれば、それは変えられぬ定めだ。


 逃げることも、顔を背けることも叶わぬ魑魅魍魎跳梁跋扈(ちみもうりょうちょうりょうばっこ)する陰陽道。


 その一歩を、雪緒は今、踏み出したのだった』


 そこまで書いて、小梅は満足げに頷いた。


「我ながら、恐ろしい程傑作でありまするな!」


 うんうんと頷く小梅。そんな小梅に、階下(かいした)から声がかかった。


「おーい、小梅ー。ご飯だぞー」


「今行きまする!」


 言って、帳面(ちょうめん)を閉じて、主の待つリビングに向かう小梅。


 閉じられた帳面にはタイトルが付けられており、綺麗な達筆でこう記されていた。


『道明寺雪緒の怪異蒐収録』





 第壱章 きさらぎ駅 終



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