第参拾話 終着、きさらぎ駅
右半身を雷によって焼かれた鬼主。
そして、それをやった本人はというと、少しばかり動揺していた。
……これって、こんな使い方できるんだ……勢いで堕ちろとか言ったけど、本当に堕ちるとは思ってなかった……。
「凄い……流石、七星剣と言ったところだね。いや、それを扱える雪緒くんも充分に凄いけどさ」
「お、おう。だろ?」
「……まさか偶然?」
「んなわきゃにゃぁだろ!」
「……まぁ、偶然でも良いさ。九死に一生を得た訳だしね」
「じゃあその不満げな顔を止めてくれるか!?」
言いつつ、二人は迫り来る異形を相手取る。
鬼主に大ダメージは与えられたけれど、まだ致命傷とまではいかない。それでも、幾らかこの世界へのダメージにはつながっているのか、所々に歪みが生じてきている。
「つうか、さっきのあの炎のビームみたいなのなんだ? なんか、イメージと違うんだが?」
「怪異の近代化による影響、とは噂されてたね。怪異が近代化していくにつれ、その特色も近代化していってる、っていう……あれも、鬼火の一種だとは思うけどね」
「なーる……」
時代が変わるごとに、怪異も変わる。その特性も現代寄りになっていく。
きさらぎ駅しかり、トイレの花子さんしかり。その時代時代に根付いた怪異というのは、その時代の特色を取り込んでいく。
「さて、雪緒くん。良い子はそろそろお家に帰る時間だ。さっさと片付けようか」
「ああ。これ以上親を心配させる前に、帰さねぇとな!」
異形の数も減ってきた。
鬼主も弱ってきた。
今なら、周りを気にする事無く鬼主と対峙できる。
「行っておいで。それで、決着をつけておいで」
時雨が、優しい笑みで言う。
どうやら、時雨はこのまま露払いをしてくれるようだ。
雪緒は時雨に向かって一つ頷くと、駆け出す。
向かう先は鬼主。
しかし、鬼主もただやられるのを待つばかりではない。
残った腕を雪緒に向けて伸ばす。
雪緒は走りながら、両手の剣を振り回し切り付ける。
出鱈目な剣技。いや、技とも言えないお粗末なものだ。けれど、この場を終わらせるには充分だ。
「帰、ル、帰ル、な、帰さ、なぃ、帰帰、帰帰帰帰帰帰ーーーーーーーーッ!!」
壊れたラジオのように出鱈目な言葉を発する鬼主は、発狂したように腕を振り回す。
しかし、雪緒にはそれが駄々をこねる子供のように見えてならなかった。
「いいや、帰るさ。良い子はお家に帰る時間だ」
雷を放ち、防御の膜を張り、暴れ狂う腕を捌く。
「お前も、在るべき処に帰るんだ」
「帰、帰るな帰さない帰るな帰れ帰りたい帰らなきゃ帰さない帰るな帰るな帰るな帰れ帰せ帰ってきて帰るな帰るな帰るな帰るなーーーーーーーーッ!!」
大顎が開く。
熱に沸騰し白濁した瞳の目玉が大顎から飛び出る。そして、炎が凝縮していく。
「同じ手を、三度も喰らってたまるか!!」
叫び、左手に持った剣を投げる。
剣は真っすぐに飛んで行き、白濁した目玉と大顎を貫いた。
凝縮し始めていた炎が散る。
走る。走る走る走る。
雪緒は死に物狂いで鬼主に向かって走る。
「あ、あぁ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
鬼主が、咆哮を上げる。
そして、癇癪を起こすように腕を振るう。
「帰、かか、ええ、かえかえかえかあえあえあえあああかかかーーーーッ!?」
「何言ってっか……分かんねぇよ!!」
暴れる腕をかい潜り、切り付け、雪緒は走る。
全てを終わらせる。終わらせて、帰って、明乃と繁治に怒られて、こってり絞られて、疲れ果てて寝て、起きたら晴明に会って、そんでもって何時もみたいにお茶を呑む。
事の顛末を話して、ありがとうを言う。
起きたら何時もみたいに学校に行って、変わらない日常を過ごすんだ。
「帰るな、帰るな帰るな帰るな帰るなぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!!!」
「うるっせぇッ!! 皆帰んだよ!! ずっと一緒になんていられねぇから帰んだろうが!!」
「あああああぁあぁぁっぁぁあああああああッ!!」
荒れ狂う腕が激しさを増す。
雪緒は左腕を伸ばし、来いと一言叫んで大顎を貫く剣を手元に戻す。
「帰るなああああああああああああああああッ!!」
喉が割れんばかりの絶叫。
しかし、雪緒の堪忍袋の緒はとうに限界を超えている。
「また会うための”またな”だろうが!! そんな簡単な一言も言えねぇ奴が、一丁前に誰かと繋がろうなんてしてんじゃねぇ!!」
雪緒は一緒に帰れなかった。一緒に帰って、ただいまを言いたかった。
確かに、今居る人達は帰りたくないと思ったかもしれない。けど、だからといって、ここは彼等の居場所になり得ない。彼等を帰さなくていい理由にはならない。
彼等の帰りを待つ人が居る。彼等と帰りを共にする人が居る。
帰りだけじゃない。彼等と一緒に居たいと思う人も居る。遊びに行きたい。通学路を共に歩きたい。一緒にご飯を食べたい。他愛の無い事を話したい。部活をしたい、共に働きたい、一緒に酒を呑みたい。
大なり小なり、彼等を待つ人は確かに居るのだ。彼等の居場所になる人は、確かに居るのだ。
「帰るんだよ、俺達は!!」
声にならない絶叫が上がると同時に、今までに無い程の数の腕が雪緒に迫る。
雪緒は右手に持った剣を逆手に持ち、槍投げの如く投擲する。
雷を纏った七星剣が、破敵の勢いを持って腕を焼き尽くす。
雪緒は七星剣を追うように、力強く地面を蹴りつける。
そして、雪緒が投げた七星剣が、全ての腕を焼き尽くし本体に突き刺さる。
鬼主が絶叫を上げる。
ようやっと懐に潜り込めた雪緒は、突き刺さった七星剣の柄を握り締める。
雷光が瞬く。
「じゃあな。またななんて、言わねぇから」
握った七星剣を押し込みながら下に向けて引き抜く。
次いで、左手に持った剣と一緒に切り上げる。
最後に、振り上げた剣を稲妻と共に思い切り振り下ろす。
雷鳴が轟く。
アスファルトを穿つ程の威力を持った雷により、周囲に土煙が舞う。
しかし、突如としてその土煙が晴れた。
雪緒が左手に持った剣を振るえば、風が舞い、土煙を押し出したのだ。
悠然と立つ雪緒。その前に、黒く焼け焦げた鬼主があった。
そう、あるだけだ。最早活動はしていない。
全身に刻み込まれたきさらぎ駅を構成する呪言は一字一句残さず焼け尽くされ、その文字は鬼主の身体の何処にも見受けられなかった。
鬼主の身体が崩れ落ちる。と、同時に、世界が一瞬大きく歪んだかと思えば、次の瞬間には雪緒の目によく馴染んだ駅に立っていた。
雪緒は周囲を見渡し、最後に駅名を確認してほっと一息ついた。
その駅名は、上善寺学園に程近い、雪緒がきさらぎ駅に向かうために寄った駅と同じだったからだ。
「道明寺……」
声が聞こえ、雪緒は振り返る。
そこには、呆然とした表情の上善寺や、あのホームセンターに居た人達が立っていた。
近くには時雨も立っており、納刀して安堵したような穏やかな笑みを浮かべている。そして、時雨は雪緒を見る。その目は、安心させてあげな、と言っているようであった。
「ど、道明寺、ここって……」
上善寺がきょろきょろと周囲を見渡しながらたずねてくる。
「ああ。どうやら、無事に帰ってこれたようだな……」
雪緒が、他の人にも聞こえるくらいの声で言えば、ざわめきは大きくなる。
人気が無いから不安になるけれど、時間を見ればもう夜中の一時を回っているし、人気が無いのも当たり前であった。
どうにも、時間にズレがあるのか、それとも雪緒達が長く滞在していただけなのか。
「主殿ーーーー!!」
と、後ろから場にそぐわない幼い声が聞こえてきた。
雪緒がその者の姿を確認しようと振り返る前に、それは雪緒の頭に後頭部方向からしがみつき、強制肩車状態で雪緒に引っ付いた。
「良かったでありまする! 主殿の帰りが遅く、その上札も効力を失っておられたので、もう帰って来ぬのではと、某気が気ではござりませんでした!!」
良かったでありまするぅと泣きながら雪緒の頭に顔を埋める少女ーー小梅。
叫び声が頭蓋骨に響いて痛いけれど、小梅を心配させてしまった事が申し訳なく、雪緒はそのまま小梅の頭を撫でる。
しかして、小梅が出て来たということは、いよいよここは現実世界なのだと実感させられる。
雪緒は小梅の頭を撫でつつ、なるたけ優しい声で言う。
「皆、家に帰れるぞ」
それは、静かな、けれど、ざわめく駅のホームに、自然と響いた。
「帰ろうぜ。俺、もうくたくただ……」
そう言って笑えば、上善寺の顔がくしゃりと歪み、涙が流れ落ちる。
「道明寺ぃ~~~~!!」
泣きながら、上善寺は雪緒に抱き着いた。
「うわっ……と……」
そして、憚ることなくわんわんと泣きわめく。
上善寺が泣いた事で、他の者の緊張の糸も切れたのか、途端に涙を流し始めた。特に、子供組は顕著で、上善寺と同じようにわんわんと声をあげて泣いた。
普段であれば、近所迷惑になると咎めるであろう大人達も、今は鼻をすすって涙を流していた。
皆の緊張の糸が切れ、ようやく雪緒の緊張も解れてきた。
「雪緒くん」
「千鶴さん……」
涙を指で拭いながら、千鶴が雪緒の側に寄る。
そして、雪緒の格好を見て、少し眉尻を上げる。
「もう、無茶して! とっても心配したんだから!」
「それは、素直にすみません……」
心配をかけた事は本当なので、雪緒は素直に謝る。
しかし、頭は下げられない。心情的なものではなく、小梅が頭に居るためだ。重くてバランスを崩しそうになる。
素直に謝った雪緒に、しかし、千鶴は笑みを浮かべて横から雪緒を抱きしめた。
「ありがとう。君のお陰で、皆助かったよ……」
「あ、いえ……俺一人の力じゃ、ありませんから……」
言いながら、雪緒はどこか落ち着かない様子で千鶴と上善寺から視線を外した。
落ち着いて考えれば、今は美少女と美女の二人に抱き着かれているという男なら嬉しすぎる状況にある。健全な男子高校生の雪緒としては嬉しいけれど、少し反応に困る。
しかして、視線を逸らした先には、少し意地悪く笑みを浮かべる玖珂の姿があった。まぁ、涙を流しているので、その意地悪さも半減ではあるけれど、それにしたって雪緒にとっては厄介極まりない。
「雪緒くん。ありがとね」
素直にお礼を言う玖珂に、しかし、雪緒は先程と似たような事を言う。
「俺だけの力じゃないさ」
「だとしても、結局ウチらを助けてくれたのは雪緒くんでしょ? なら、雪緒くんには、ちゃんとありがとうを言いたいよ」
素直で、一直線な玖珂の言葉。その言葉に返す前に、抱き着いた千鶴が茶化すように言う。
「そうだぞ~? それに、あの時立ち上がって化け物を倒した雪緒くん、超格好よかったよ。お姉さん、ついついきゅんと来ちゃったもの」
「きゅんて……」
いったいどう返したら良いのだろうか。ありがとうと言うのは照れ臭いし、誤魔化すにしたって雪緒はうまい誤魔化し方を知らない。そのため、雪緒の視線は助けを求めるように時雨に向かった。
時雨は苦笑しながらも、雪緒の元に近付いた。
「これは、僕も抱き着いた方が良いかい?」
「そんなことしてみろ。速攻で成仏させてやるからな」
「はは、冗談さ。今は両手に花を楽しむと良いよ。|無粋な連中の相手は僕に任せてくれ(・・・・・・・・・・・・・・・・)」
時雨は、そう言った途端、その目に険呑さを宿す。
「影からこそこそと、随分と趣味が悪いじゃないか。まずは出て来て、自分達の無能さを詫びるのが先決じゃないのかい?」
何処にともなく、時雨はそう声を張り上げた。
気付けば、小梅も雪緒の肩から降りており、雪緒の背中を守るように立っていた。
雪緒も、まだ終わってないのかと、緩んでいた緊張の糸を張り直して、左手に持った剣に力を込める。
千鶴は空気を読んで雪緒から離れ、玖珂も不安げな表情で雪緒の方に寄ってきた。上善寺だけは雪緒にしがみついたままだが、それを気にする余裕も無い。
「……何者か分からないけど、ただの式鬼ではなさそうね」
そんなすました言葉と共に、物陰から一人の少女が出て来た。
雪緒と玖珂はその少女を見た瞬間、思わず目を見開いた。
その少女は、雪緒のよく知る人物であり、玖珂にとっても少しは知る人物であったからだ。
「ていうか、雪緒くんのそれ、何かな? 多分だけど、七星剣だよね? なんで雪緒くんが持ってるのかな? それは陰陽連の本山に眠ってたはずだけど」
訳知り顔でたずねてくる少女。
その少女に、時雨が刀に手を添えて言う。
「礼儀がなってないね。彼は君達の代わりにきさらぎ駅を終わらせたんだよ? まずは、ありがとうごめんなさいじゃないかな?」
「……私は、貴方じゃなくて雪緒くんと話してるのだけど?」
少女がそう言った途端、周囲の物陰から複数の人影がにじみ出すように出てくる。
その全員が、時雨と似通った格好をしていた。
そして、それは目の前の少女も例外ではない。
黒を基調とした軍服のような衣装。時雨はそれを、隊服と読んだ。
「……まさか、陰陽師だったのか? 仄」
少女ーー土御門仄は、雪緒の言葉にこくりと頷いた。
「うん。私は陰陽一族に名を連ねる家系の一つ。土御門家の陰陽師だよ」
衝撃の事実に、雪緒はおろか、玖珂も言葉を失う。
しかし、約二名は殺気立っており、今にも仄に襲い掛かろうと言わんばかりであった。
「貴様!! それ以上近付いてみよ!! その身、ただでは済まぬと知れ!!」
小梅が毛を逆立てた猫のように威嚇し、周囲に炎の弾を浮かび上がらせる。
臨戦体勢をとる小梅に、周囲の陰陽師も臨戦体勢をとる。
「止めろ小梅。時雨も抑えてくれ」
雪緒が止めれば、小梅は炎を消し、時雨は一歩後ろに下がった。しかし、二人の表情は納得を示しておらず、油断無く周囲を最大限警戒している。
二人がしぶしぶ矛を納めたのを確認すると、雪緒は仄の方に視線を戻す。
「仄、悪いけど、今日は勘弁してくれ。俺としても話したい事があるけど、皆もうくたくたなんだ」
そう言って、雪緒が視線を急に出て来た陰陽師達に怯えている被害者達に向ければ、仄もそちらに一度視線を送る。
「うん、分かった。私としても、雪緒くんと適当に話を終わらせたくは無いから」
「ありがとな」
雪緒が笑みを浮かべて仄にお礼を言えば、仄も笑みを浮かべて頷く。
「さて。とりあえず今日はお開きと言うことで……あ、でも、その剣はこっちに返してくれないかな? それ、私達の物だからさ」
笑顔で、なんの躊躇いも無く、配慮も、思慮も無く、仄は言った。
まるでそれが当たり前のような、そんな口振り。
けれど、雪緒はその言葉が癪に障った。
「貸す、なら良いけどな。これ、俺のだからさ」
少しだけ苛立ち混じりに雪緒は言う。
そんな雪緒の言葉に、仄がぴくりと眉を動かし、笑みを消して言う。
「……ちゃんと聞こえて無かったのかな? それは、私達の物なんだけど? 何百年も私達が管理してきた宝剣なんだけど? 分かる? 何百年前から私達の物なの。雪緒くん、泥棒になっちゃうよ?」
「なら、そっちが盗人だな。これは千年前から俺のだからな」
雪緒は刺のある言葉を返す。
彼等が陰陽師だと言うことは、晴明が、雪緒の居る時代にまで七星剣を残るように計らってくれたのは明らかだ。だから、今の時代まで七星剣を管理してくれた事には感謝している。
けれど、あの時晴明は七星剣を雪緒に託したのだ。晴明は、雪緒に力を与えてくれたのだ。
与えられた力に固執する訳では無いけれど、晴明が雪緒のためを思って託してくれたものを、我が物顔で自分の物だと主張されるのは面白くない。
雪緒の言葉に、仄だけではなく、他の陰陽師達も鋭い視線を雪緒に向ける。
「それ、自分が何言ってるか分かってるの?」
「そっくりそのままお返ししてやるよ。これは千年前から俺のものだ」
「……それは陰陽連が管理してるの。つまり、陰陽連の物資になる。勝手に持ち出した雪緒くんは、ただの泥棒になるよ?」
「悪いが、俺はこれの制作者本人に貰ったんだ。レンタル料貰っても良いくらいだ」
「制作者本人? それって、安倍晴明から貰ったって事かな?」
「そうだ」
至極真面目に雪緒が頷けば、仄は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「千年以上前の人物から貰うなんてどうやって出来るの? 時間遡航出来る訳でもないのに」
出来るんだな、これがまた。
そうは思ったけれど、雪緒は言わない。今ここで大事なのは、雪緒が時間遡航をしている事ではなく、この剣が雪緒の物であるという事だけなのだから。
というのは建前で、何故だか、晴明との事は秘めておきたいと思ったのだ。
しかして、売り言葉に買い言葉が続き、最早雪緒には収集がつけられなくなっていた。
雪緒としては、借りる、預かると仄が言えば、素直に渡していた。けれど、返せとなれば話は別だ。七星剣は雪緒の物であって、彼等の物では無いのだから。
いったいどうしたものか。
自分で巻いた種ではあるけれど、雪緒は途方に暮れていた。
そこに、今まで黙っていた時雨が一歩前に出て言う。
「君、もうそれくらいにしないかい? きさらぎ駅の解決も出来ず、その上史上初の七星剣の使い手から七星剣を奪おうだなんて……君達、これ以上無様を晒すのがお望みかい?」
「黙れ、式鬼風情が!!」
仄の後ろに控えていた陰陽師の一人が、時雨に怒声を上げる。
「そうは言うけどね、その式鬼風情と陰陽師でもない一般人がきさらぎ駅を終わらせた訳だよ? 今の今まで何も出来なかった君達は、君が下に見る僕以下になる訳だけど?」
「なんだと!?」
顔を赤くして怒りをあらわにする陰陽師。
そんな陰陽師に、時雨は更に言う。
「そんな僕以下の君達に今すぐに出来る事が一つだけある。被害者である彼等を病院に送り届け、僕等をこのまま家に帰す。簡単な事だろう?」
「人が黙って聞いていれば、勝手なーーーーッ!?」
怒鳴り声を上げようとした陰陽師の首に、抜き身の刀が押し付けられた。
目にも止まらぬ抜刀。誰もが視認出来ぬ速度で抜かれた刀は、時雨が本気で戦えばここに居る全員が気付かぬ内に首を切り落とせるという事の証である。
仄も陰陽師達も、それどころか、それを見ていた者全員が驚きに目を見開く。
「力ずくっていうのは好みじゃない。けど、必要とあれば力ずくになってしまう。全員ここで朝までおねんねするか、黙って職務を全うするか。好きな方を選ぶと良い」
鋭い視線を向けて言った後、時雨は刀を鞘に納めた。
刀を納めた時雨を見て、仄がはぁと溜息を吐いた。
「分かったわ。今日は引き下がるとします」
「し、しかし……!!」
「職務を全うできなかったのは事実ですもの。それに、今こだわるべきは七星剣では無いはずです。生き残った行方不明者をリストと照合してください。それと、|異界(きさらぎ駅)消失と同時に町に現れた怪異の対処に増員を送ってください」
「……了解しました」
「それと、残った人員で彼等を病院へ。雪緒くん、貴方も病院に行くのよ。良い?」
最後は雪緒に向けて言う。その声音と表情は、他意無く雪緒を案じているようであった。
「あ、ああ……っつぅ……」
病院と言われた途端、段々と痛みを思い出してくる。
そして、それと同時に自分にへばり付いた上善寺の存在を思い出す。
「おい上善寺。そろそろ離れろ。脇腹が痛い……」
「……」
呼び掛けるも、上善寺は返事をしない。
訝しげに思いながら、雪緒は再度声をかける。
「おい、上善寺?」
「……」
しかし、なおも上善寺は返事をしない。
そんな上善寺に玖珂が近付き、顔の方に耳を寄せる。
そして、納得したように一つ頷いた。
「寝てる」
「この状況でか!?」
玖珂の言った一言に、雪緒は思わず突っ込んでしまう。
しかし、よくよく耳を澄ませてみれば、確かに寝息が聞こえてきた。
玖珂と千鶴が苦笑し、小梅は心配そうに雪緒を見て、時雨はくくっと楽しそうに笑った。
「はぁ……緊張感の無い奴だ……」
雪緒は一つ盛大に溜息を吐いた。
しかし、そんな雪緒の言葉など聞こえていないのか、上善寺は心地良さそうに寝息を立てるのであった。