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第弐拾陸話 生存者達

 感動の再会を果たした二人を見つつも、このまま感傷に浸っている場合ではない事を思いだし、雪緒は千鶴の元へ寄る。


 まだ状況に着いて来れていないのか、千鶴は呆けた顔で雪緒を見る。


「えっと、雪緒くん。君が、なんでここに……?」


「経緯は後で話します。その前に一つ確認させてください。千鶴さんはここの食べ物を一つでも口にしましたか?」


「う、ううん。何も、食べてないわ。おばあちゃんが、ここの物は食べちゃダメだって言ってたから」


 おばあちゃんというのは、先程の老婆の事であろう。


 なにやら訳知りのようだが、ともかく、詮索は後で良いだろう。


「良かった……」


 千鶴の答えを聞いて雪緒は心底安堵する。


 時雨から黄泉戸喫の話を聞いて、そこが一番心配だったのだ。


「実家に帰るから、お土産とかいろいろ買っておいたのが良かったわ。細々と食べて、今日まで持ちこたえたの」


「今日まで。ということは……」


 雪緒は、散乱したお土産の類のゴミを見る。


「うん。もう食料も尽きちゃったわ。それに、飲み物も……」


 よく見れば、千鶴もバリケード内に居る人達も疲れたような顔をしている。


 細々と食いつないだと千鶴は言った。床に散乱しているゴミを見るに、食べていたものもお菓子の類だろう。栄養も足らないし、腹の足しにもならない。ただ、少しの栄養補給程度だ。


 雪緒は自分のリュックを漁る。


 中には、食料になりそうな物はお菓子が少しと、お茶の入った水筒くらいしか入っていない。


 とりあえず、雪緒はそれらを全て出す。


「俺が持ってるのは、これくらいですけど……良かったら」


「ありがとう、雪緒くん。かずくん、皆、このお兄ちゃんがお菓子持って来てくれたよ? 良かったね」


「本当?」


 お菓子を受け取った千鶴が、笑顔で呼びかける。


 そして、その呼びかけに答えた声の幼さを聞いて、雪緒は途端に背筋が寒くなり、血の気が引いていく。


 奥からとことこと歩いてきたのは、小学校低学年程度の男の子だ。


 雪緒は咄嗟に薄暗いバリケード内を素早く見渡す。


 黙視できるだけで、十人は軽く超えている。


 その中には、かずくんと呼ばれた少年よりも年上だろうけれど、明らかに小学生や中学生の姿もあった。


 上善寺学園の制服を来た男子生徒や、他校の制服を来た女子生徒も居た。


 老人、サラリーマン、主婦、子供。噂で聞いた通り、老若男女関係なくそこには居た。


 引いて行った血の気が、更に引いていく。


 分かっていた事だ。目をつむっていただけだ。目を背けていただけだ。都合よく考えていただけだ。どうにかなると甘い算段を立てていただけだ。


 頭が回らない。今自分がどこに立っているのか分からなくなる。足元がふわふわする。


「落ち着いて」


 ぽんと、冷たい手が雪緒の肩を叩く。


 見やれば、時雨が真剣な眼差しを雪緒に向けていた。


「ここで取り乱しちゃダメだ。君が取り乱せば、事を為すのが難しくなるよ?」


 ゆっくり、言い含めるように言葉を紡ぐ時雨。


「落ち着いて、深呼吸をするんだ」


 時雨の言う通り、雪緒は深呼吸をする。


 そうすれば、少しだけ落ち着けたような気がした。


「そう、それで良い」


 にこっと笑う時雨。


 笑顔を浮かべる時雨に、雪緒は言う。


「俺が見ていなかった部分も、あんたは知ってたんだな……」


「まぁね。生前の仕事柄、そういう事には目を向けていないといけなかったし」


「仕事柄……? 警察かなにかか?」


「なーいしょ」


 言って、ぱちりとウィンクを一つする時雨。顔が整っているために、ウィンクをするのも様になっているあたり腹立たしい。


「僕の事よりも、今はしなくちゃいけない事があるんじゃない?」


「……そうだな」


 頷くも、雪緒の視線は子供達に行ってしまう。


 自分の判断一つで、この人達は……。


 そう思ったところで、少年の一人と目が合いそうになり、雪緒は慌てて目を逸らした。


 逸らした先では、上善寺と玖珂が涙を流しながら互いの手を握りあって話をしている最中であった。


「本当にごめんね、青子。ウチがあんなメッセ飛ばしたから……」


「いいの、頼ってくれて嬉しかった……!」


 玖珂が謝ると、上善寺は思い切り首を横に振る。


「だからって、ウチのためにこんなところまで来るなんて……青子、バカだよ……」


「加代は大事な友達だもん! 当たり前じゃん!」


 言って、明るい笑顔を浮かべる上善寺。


「でも、帰り方も分からんないのにこんな所に来るなんて……」


「それは大丈夫! 道明寺がなんとかしてくれるから!」


「え、道明寺くんが……?」


 上善寺と玖珂の視線が雪緒に向く。


 だが、まずい。今ここでその話をされると非常にまずい。


「上善寺、まーー」


 待てと言おうとした。が、遅かった。


「ここに来る事が出来たのも道明寺のおかげなんだよ? 行き方も帰り方も知ってるって言ってたし!」


「本当!?」


 ……言ってしまった。憚ることなく、大きな声で、言ってしまった。


 ここが狭く、そして、皆が大きな声で喋る元気も無い事を考えても、興奮しきった上善寺の声は大きかった。


 玖珂を見つける事が出来たのでテンションが上がってしまっていたのだろう。


 だから、憚ることの無い大声で言ってしまった。その迂闊さに、上善寺は気付いていない。


「大丈夫、道明寺が助けーー」


 それ以上の言葉は、言わせてはいけなかった。


「上善寺!!」


 空気を引き裂くように、雪緒が大声で遮る。


 上善寺だけじゃなく、他の者もびくりと身を震わせた。


「落ち着いて、雪緒くん。青子ちゃんも、興奮するのは分かるけど、声は抑えて」


 時雨が二人の間に入り、両者を窘める。


 雪緒はちらりと周囲を見る。


 怯えたような困惑したようなそんな表情の中に、どこか期待をしたような色があった。


 もう、誤魔化しは効かないだろう。


 雪緒は溜息を一つ吐く。


「時雨さん、一回外で話そう。上善寺、玖珂、それに、千鶴さんも着いてきてくれ」


 それだけ言うと、雪緒はさっさとバリケードの外に出て行く。


 時雨以外の三人は困惑したような顔をしている。


「三人とも、作戦会議だって。行こうか」


 時雨が、出来るだけ明るく言う。


 三人は、戸惑いながらも時雨の言う通り、バリケードから外に出た。


 三人の後に時雨も続く。


 残された者達は、困惑した顔で時雨の背中を眺めた。





 ホームセンターから出た五人。


 雪緒は時雨を除く三人に向き直る。


「五人までだ」


 言って、指を五本立てる。


「五人……?」


「それって、どういう……」


 困惑した顔で、雪緒に問う。


 雪緒は、真剣な表情で言う。


「比較的安全にここから抜け出せる可能性があるのは、五人だけだ」


 言いながら、制服のポケットから五枚の半ばから破れた札を取り出す。


「これがあれば、恐らく安全に外に出られる。けど、見ての通り五枚しかない」


 元々、雪緒と千鶴、玖珂と小野木の友人の分。そして、予備として一枚を作っただけだった。


「今ここに居るのは丁度五人だ。俺達だけなら、安全に外に出られる」


「そんな!」


 雪緒の言葉の意味を理解した上善寺が声を上げる。


「それって、中の人達を見捨てろって事?」


 玖珂が迷いのある表情で雪緒に問う。


「そうだ」


 雪緒は、一つ頷く。


「そんな! それじゃあ、中の子供達はどうなるの!? あんたも見たでしょ!? 中には小学生の子も居るんだよ!?」


「見たさ。けど、俺が助けようと思ったリストに彼等の名前は無い」


「それでどうにも思わないわけ!? 皆ただ帰りたくないって思っただけでこんな所に連れて来られて……。自業自得(じごーじとく)でもなんでもない……ただ巻き込まれただけなんだよ!?」


「それも知ってる」


「じゃあなんで簡単に見捨てられるの!? まだ子供なんだよ!? パパやママにだって会いたいはずだし、心細いはずだよ!?」


「それも分かってる」


「分かっててなんで見捨てようなんて思うのよ!!」


「分かっててもどうしようも出来ない事もある!!」


 上善寺の言葉に、雪緒が乱暴に返す。


「いいか、五枚しかないんだ! 出られるのはたったの五人なんだ! それを俺が何も考えずに選んでると思うのか? そんな訳無いだろう!!」


 雪緒だって、なにも好き好んで見捨てる訳では無い。葛藤が無い訳では無い。自責が無い訳ではない。けれど、どうしようもないのだ。


「何人かで一枚を掴んで一緒に外に出る事も考えた。でも無理だろう!? 駅に何が居るか、お前も見て来ただろ!? あれに気付かれずに移動するのは無理だ! 俺とお前しか居ないから出来た事だ!」


 全員で逃げる術を考えなかった訳では無い。けれど、雪緒には妙案は思い浮かばなかった。札の効力も考えると、これ以上考えている時間は無い。


「この札の効力もどこまでもつか分からない! これ以上時間はかけられないんだ! ……だから、頼む……黙って着いてきてくれ……」


 雪緒は、四人に頭を下げる。


「俺の事は恨んでくれていい。憎んでくれても、嫌ってくれても、構わない。けど、今はただ着いてきてくれ」


 他を見捨てて、今居る五人を助ける。


 小野木の友人はまだ見つかっていないが、あの中から小野木の友人を捜し出して連れていく事など出来そうにも無い。そんな事をすれば、他者の目には、助ける者を選別しているように写るだろうから。


「俺には、お前達だけで手一杯だ。それ以上は、俺の手に余るんだ……」


 そう、真摯に自分の力量を伝える。


「俺だって出来る事なら助けたい。でも、札は五枚しか無い。駅のあれを倒す事も出来ない。俺は、ただちょっと幽霊が見えて、こういう事にちょっと人より足を突っ込んでるだけの高校生なんだ」


 雪緒には、出来る事が本当に少ない。


 晴明のような陰陽術が使える訳でも無ければ、守護するための陳が敷ける訳でも無い。強力な式鬼を使役している訳でも、多くの知識を有している訳でも、それを生かせるだけの知恵を持っている訳でも無い。


 他に目をつむれば、本当にただの高校生なのだ。


 頭を下げる雪緒を見て、三人は戸惑う。


 けれど、千鶴は戸惑いながらも、雪緒に歩み寄る。


「頭上げて、雪緒くん」


 言いながら、両手で頬を優しく包み込み、顔を上げさせる千鶴。


「千鶴さん……」


「ごめんね、雪緒くん」


 謝りながら、千鶴は雪緒を優しく抱きしめる。


「まだまだ子供なのに、こんな辛い役回りさせて、ごめんね」


 頭を撫でながら、落ち着かせるように優しい声音で言う。


「でもごめん。そういう事でも、わたしは他の人を見捨てられないよ」


「ーーっ」


 優しく、けれど、雪緒の答えを否定する。


「わたしが看護師になったのも、誰かを助けられる人になりたいからであって、誰よりも先に助かりたいからじゃないの。だから、わたしはわたし以外の人を見捨てられない。それが子供だったら、なおさらだよ」


 揺るぎ無い、千鶴の言葉。


 それは、千鶴の強がりなどではなく、千鶴の心底からの本心である。


 抱きしめていた雪緒を離し、千鶴は申し訳なさそうな笑みを浮かべる。


「ごめんね。わたしは残るよ」


「千鶴さん……」


「変わりに、他の子を連れってあげて。皆こんな所で死んじゃいけないくらい良い子なんだよ?」


 笑ってそう語る千鶴に、雪緒は何も言えない。


 千鶴の動機と雪緒の動機は、どこか似ているからだ。千鶴の動機を否定してしまえば、自分の動機を否定する事になるからだ。


「彼女に便乗する訳じゃないけどね、僕も遠慮しておくよ」


 時雨がタイミングを見計らって声をかける。


「君も知っての通り、僕は死人だ。それに、正式な入口を通って来ていないからね。出られる確証も無い。なにより、死者が生者を差し置いて生き残ろうなんて、図々しいにも程があるだろう?」


 常のような温和な笑みで言う時雨。


 しかし、その言葉にぎょっとする二人が居る。


「し、死者って……」


「ゆ、幽霊(ゆーれい)って事……?」


 千鶴と玖珂が戦きながらたずねれば、時雨は良い笑顔で言う。


「その通り。実は僕、幽霊なんだ」


 時雨がそう言えば、二人は驚きつつも、興味深そうに時雨を見た。


「こ、こんなにくっきり見えるものなのね……」


「ウチ、幽霊(ゆーれい)なんて初めて見た……」


「場所のせいだろうね。ここ、死者の国と大差無いから」


 なんて、呑気に話をしている三人。


 そんな三人を尻目に、上善寺が雪緒に近寄る。


「ご、ごめんね、道明寺。あたし、無責任な事言って……」


「……いや、俺も悪かったな、大きな声出して」


「ううん、大丈夫。ねぇ、道明寺。他に何か方法が無いか、皆で考えよう? 皆で考えれば、良い案が思い浮かぶかもだし……」


 確かに、皆で考えれば可能かもしれない。


 何故か事情に詳しい時雨や、少し不気味だけれど関係者であろう老婆もいるのだから。けれど、そんな時間が無いのだ。先程雪緒が言った通り、札の効力の関係もある。折角の脱出手段を無駄にする訳にはいかないのだ。


「その事だけどね、一つだけ方法がある」


「ほ、本当!?」


 時雨がそう言えば、皆の視線が時雨に集まる。


「ああ。と言っても、かなり難しい」


「難しくても何でもいいの! 教えて!」


 上善寺が食い気味に言う。


「ああ。といっても、こう言って理解できるのは、雪緒くんだけだろうけどね」


「俺……?」


「うん、君だ。皆で生還してハッピーエンドを迎える方法。それはね、きさらぎ駅を構築する陳を崩す事だ」


「陳を、崩す……そうか!」


 言われ、雪緒も気付く。


「そう、ここは別世界と言っても過言では無いけど、構成の仕方は陳と同じなんだ」


「なら、ここを構成する陳を崩しちまえば……!」


「この世界は崩壊する。それで、僕らはこの世界から弾き出される。けど、これには決定的な障害がある」


「障害……?」


「ああ。一度遠目に見たけど、あれはまずい。今の(・・)僕達でどうこう出来る代物じゃない」


 そう語る時雨の目は真剣で、誇張をしているようにも思えなかった。


 自分達ではどうしようもない。そう悲観的に言うけれど、時雨がこのタイミングでたったそれだけの話をするとは思えない。


「今のって事は、何か可能性があるのか?」


「ある。雪緒くん、君、陰陽師だろう?」


「ーーっ!」


 陰陽師。その単語に、雪緒は知らず反応を示してしまう。


 実際には陰陽師ではないけれど、その反応だけで、時雨への答えには充分だった。


「やっぱりね。少しだけ、式鬼の匂いがしたんだ。式鬼神召喚は出来るんだろう?」


 問われ、雪緒は三人を見る。


 懐疑的な、と言うよりは、いったい何の話をしているのか分からないといった顔をしている。


 話そうか、話すまいか。


 けれど、これだけ話をしてしまったのであれば、これだけの体験をしてしまったのであれば、少なくとも力量を見せてしまったのであれば、最早言い逃れなど出来ようはずが無い。


「……出来る」


「なら話は早い」


「待て! 式鬼を戦わせるってのは無しだ! 俺は小梅を戦いの道具だなんて思っちゃいない!」


「小梅って……あの時の女の子?」


 雪緒が名前を出した事により、上善寺が気付くけれど、雪緒はそれには答えない。


「早とちりしないでくれ。君が今ここにその式鬼を連れて来ていないということは、それが出来ない理由があると言う事だろう? それくらい理解してるよ」


「じゃあ、どうするつもりなんだ?」


「式鬼っていうのは、正式な手順を践んで召喚する。じゃなきゃ、何が出て来るか分かったものじゃないからね」


「え、そうなのか?」


 雪緒は、晴明に言われるままに小梅を召喚した。けれど、したことと言えば式鬼札に血を付けて、霊力を掴んで式鬼神招来と唱えただけだ。


「うん。陳を書いたり、供物を用意したり……ともかく、強く、しっかりとした存在の者を召喚するには、きちんとした準備が必要なんだ」


「そうなのか」


「けど、ここでその準備は出来ない。だから、ここでも簡略していこう」


「でも、それじゃあ強い奴は召喚できないんだろう?」


「そうだね。けど、それは正式な手順を必要としている式鬼だけだ。そこに、僕は含まれない」


「僕はって……まさか!」


 時雨は、にっと、悪戯っ子を彷彿とさせる笑みを浮かべる。


「そのまさかさ。僕を式鬼として召喚するんだ」

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