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第弐拾伍話 捜し人を見付けた

 出会った日と変わらぬ優しげな笑みに、しかし、雪緒は血濡れの男を警戒する。


「なんであんたがここに?」


「いやあ、たまたま入り込んじゃってね。どうやらここ、僕らみたいなのは迷い込みやすいみたいだね」


「迷い込んだ……? 入口から入ってないのか?」


「うん。気付いたらここに居たよ。いやあ、参ったね」


 笑いながら言う血濡れの男を見ると、とてもそうには見えない。


「多分、同じ性質の者は引き寄せられるみたいだね。有無を言わさず、ってのがまた(たち)が悪いね」


 確かに、雪緒達は正式と言っては変な話だけれど、手順を踏んできた。けれど、幽霊である血濡れの男は気付いたらこの場に居たと言う。いったいどういう事なのだろうか。


「それよりも、どうして君はここにいるんだい? 君もここに迷い込んだのかい?」


「いや。俺は自分から入った。ちょっと連れ帰んなきゃいけない人がいるもんでね」


 そう言った雪緒に、血濡れの男はすっと視線を鋭くさせた。普段の優しい面からは想像も出来ない鋭さに、雪緒は一瞬たじろぐ。


「悪いことは言わないから帰った方が良い。ここは君が思うよりも危険な場所なんだ」


 真剣な表情を見るに、心底から雪緒を案じての言葉であると理解できる。


 けれど、雪緒だってここに肝試しに来たわけではないのだ。


「……悪いが、その問答はもうしないって決めてんだ。俺が関わる理由がある以上、もう引かない。俺は俺が救いたい人を救い出すよ」


 真剣で、茶化す要素を一つも見せない雪緒。


 数秒、互いに視線を交わす。


 すると、血濡れの男は一つ溜息を吐いて、常の柔和な笑みに戻る。


「参ったね。そうも真剣だと、僕は何も言えないや」


「ま、何言ったところで、もうたたで引き返す気は無いけどな」


 駅に居る異形の事を考えると、引き返すのも一苦労なのだ。なんの成果も無しには帰れない。


「なら、仕方ない。僕も一緒に行くよ」


「え、あんたが?」


「ああ。君の捜し人が誰だかは分からないけれど、幾つか(・・・)思い当たる節がある。そこまで、僕が案内しよう」


「俺達にとっては願ってもない事だが……良いのか?」


「勿論だとも。僕はもうどうにもならないけど、君や他の人は違うからね。|生者(君達)に手を貸すのは、やぶさかじゃないよ」


 言われて、雪緒は考える。


 この場でまともに話が出来る初めての遭遇者。


 しかし、彼は幽霊だ。ということは、必然化生に分類される。


 駅で見た異形は、冬や小梅に近しいものを感じた。つまり、奴らも化生に分類される。


 そう考えると、今目の前に居る血濡れの男もあまり信用しない方が良いのではと思ってしまう。


「はは、警戒してるね。まぁ、無理も無いか」


 雪緒の険しい表情を見て、しかし、呑気に笑みを浮かべる血濡れの男。


「君達、さては僕以外の妖を見たね? 場所的に考えると、駅で見たのかな?」


「……ああ」


「それなら、警戒するのも無理は無いね。けど、安心して良いよ。あれは言ってしまえばなれの果てだから。僕が果てるまでには時間が有り余ってる。だから、安心して良い」


 なれの果て、という言葉は気になるけれど、どうやら、駅で出会った異形とは違うようだ。


 それに、雪緒に探知能力が無い事は確かだ。闇雲に捜しても見つけ出せる確率はかなり低い。


 ならば、雪緒に選択肢は元より無いも同然だ。


「分かった。案内を頼む」


「よし来た。それじゃあ、早速移動しようか」


 言うが早いか、血濡れの男は歩き始める。


 その後ろに雪緒と上善寺は着いていく。


 歩き始めて直ぐに、上善寺がくいくいっと雪緒の袖を引く。


「ねぇ、あの人って誰なの? あんたの知り合い?」


「知り合いって程知ってる訳でも無い。一回会った事があるくらいだしな」


「……なんか、怪しくない?」


「至極怪しいけど、現状で頼れるのはあいつだけだからな。俺達に選択肢は無い。多少のリスクには目をつむるしかない」


 それに、雪緒は目の前を歩く男が悪い人物には思えないのだ。


「そういえば、まだ名前聞いてなかったな。俺は道明寺雪緒。あんたは?」


「僕? 僕は時雨(しぐれ)鬼一(きいち)時雨だよ。親しみを込めて、時雨と呼んでくれたまえ」


 血濡れの男改め、鬼一時雨は首だけ振り返りながら柔和な笑みを浮かべる。


 時と場所が問題ではあるけれど、平時で見れば世の女性を(とりこ)にするであろう笑みだ。しかし、上善寺はそうではないようで、胡散臭そうな顔で時雨を見ている。


「それで、そちらのお嬢さんは?」


「あ、あたしは、上善寺青子、です……」


 若干雪緒の後ろに隠れながら言う上善寺。


 そんな上善寺を見て雪緒は気付く。


「そういえば、なんで上善寺にあんたの事が見えるんだ?」


 上善寺に霊感の類は無いはずだ。なのに、時雨の姿や異形の姿が見えるのはおかしな話だ。


 雪緒の問いに、時雨は考える間も無く答える。


「ここは現世とは隔離された世界だ。隠世(かくりよ)と言っても過言では無いね」


「かくりよ?」


「ようは死者の世界って事だ。まぁ、あの化け物どもを見れば、納得だけどな」


 あんな者は今まで見た事が無い。普通の生活をしていれば、普通の幽霊ならよく目にするけれど、あれは幽霊と言うには余りにも異質で異形で、醜悪過ぎる。


「死者の世界では、死人達が正規の住人だ。その正規の住人が見えない世界だなんて、おかしな話だろ?」


「だから、上善寺があんたを見ることが出来るって事か」


「ちょ、ちょっと待って!」


 雪緒が納得していると、上善寺がわって入る。


「なんだよ?」


「二人のその言い方だと、時雨さんが幽霊(ゆーれい)みたいに聞こえるんだけど……?」


 冗談だよね、と視線で問いかけて来る雪緒と時雨は顔を向かい合わせた後、すっとぼけた顔で言う。


「幽霊だぞ?」


「幽霊でーす」


 雪緒はさも当然のように、時雨は少しだけ悪い笑みを浮かべる。


 当の上善寺は幽霊だと認識すると、さっと顔を青くして雪緒の後ろに隠れる。


「ど、どどどど道明寺! ゆ、幽霊(ゆーれい)だよ幽霊(ゆーれい)!」


「そうだな。てか引っ付くな。歩きにくい」


「何呑気にしてんの!? た、退治しないと!」


「退治してどうするよ。案内人だぞ?」


「で、でも! 幽霊(ゆーれい)だよ!?」


「だから? 別に、全員が全員悪い奴って訳じゃなんだから、退治する必要なんて無いだろ」


 それに、目の前の男が黙って退治されるようには、何故だか思えない。


「あと、何度も言うけど、こいつは案内人だからな? 退治したら玖珂のところに連れてってもらえないぞ?」


「うっ、た、確かに……」


 頷きながら、上善寺は雪緒の後ろからそろっと顔を出して時雨を見る。


「はは、可愛らしいお嬢さんだ」


 退治してと言われたはずの時雨は、しかし、気分を害した様子もなく笑う。


「君も、出会った時は良い反応をしてくれたね」


「うるせぇ。あの時は幽霊なんて始めて見たんだ。しかも出会い頭にグロい奴の登場だぞ? びびって当然だっつうの」


「あはは。あれは悪いことをしたと思ってるよ」


 まったく悪びれた様子も無く笑う時雨に、雪緒は若干イラッとする。


「けどね、本当はびびった方が良いんだよ?」


 声は明るさを残し、けれど、声に残る感情はどこまでも真剣であった。


「僕なんか比べものにならない程の悪い奴(・・・)も居る。だから、慣れるのも良いけど、びびった方が良い」


 真剣な時雨の言葉に、雪緒も少しだけ真剣な声音で返す。


「びびってるよ。俺に出来る事なんて高が知れてるからな」


 だからこそ、ここに来るのも遅れた。だからこそ、駅で異形と遭遇しないように隠れた。


「そうか。それなら良いんだ」


 言って、声を常の温厚さに戻す。


 訳知り顔の時雨に、雪緒は当然の疑問を覚える。


 いったい、目の前の人物は何者なのだろうか、と。


 きさらぎ駅の事も知っていて、異形の事も知っている。そして、雪緒にまるで先駆者のごとく言葉をかける。


 明らかに、こちら側(・・・・)だ。それも、雪緒なんかよりもずっと深く入り込んでいる。


 いったい何者なんだ?


 そんな問いを口にしようとしたとき、雪緒よりも早く時雨が口を開く。


「着いたよ。ここが最初の思い当たる節だ」


 そう言って時雨が立ち止まったのは、人気(ひとけ)の無いスーパーマーケットだった。


「ここに数人立て篭もってる……はずなんだけど、ダメだね。人気は(・・・)無い。直ぐにここを離れよう」


 人気は無い。その言葉の裏を読み取れない程、雪緒の思考能力も霊感も劣ってはいなかった。


「え、なんで? 入ってみないと分からなくない?」


 しかし、上善寺はまったく分かっていない様子。


 まあ、上善寺は雪緒達とは違い、ただの一般人だ。理解が及ばなくても仕方が無い。


「入らなくても分かる。というか、入らない方が良い」


「なんで?」


「駅のと似たようなのが居る」


 多少反応は弱いけれど、確かに同じような者が居る。


 しかし、少しだけ違和感を覚える。遠くからでは分からなかったけれど、近くに寄って分かった。反応が弱いのと他に、どこか人に近しいものを感じる。


 そこまで思い至って、雪緒は事の理由を理解し、戦慄する。


「あ、気付いた?」


 雪緒の(おのの)くような顔を見て、時雨は軽い調子で言った。


「なれの果てって、そういう事か……!」


 お門違いだと分かっている。けれど、雪緒は飄々とした態度を崩さない時雨を睨みつける。


「え、な、何? どーしたの?」


 突如憤り始めた雪緒に、上善寺は戸惑った声をあげる。


「そ、こういう事だよ。きさらぎ駅(ここ)では、幽霊も人も、どちらもなれ果てる。幽霊は時間経過で、人はこちらの物を摂取して時間経過で。よく言うだろ? 黄泉(よみ)の國の物を食べてはいけないって」


 黄泉戸喫(よもつへぐい)。黄泉の物を口にすると、現世に帰れないという話だ。


 時雨は言った。ここは隠世、死者の世界だと。死者の世界という事は、つまり、黄泉の國という事だ。


 死者の國の食べ物を食べた伊邪那美(いざなみ)は、現世に帰れなかった。それは黄泉戸喫をしたからだ。


 彼等も黄泉戸喫をしてしまった。スーパーマーケットの中に居た彼らは、空腹で中の物を食べてしまったのだろう。そうして彼らは徐々に黄泉の国の住人となっていった。


「知ってたのか、この事を」


「知ってたとも。じゃなきゃ、真っ先に帰れなんて言わないだろ?」


「じゃあなんで……!」


 彼等を止めなかった、なんて言葉は雪緒には言えなかった。


 時雨が彼等を止めたとしても、彼らは食料を口にしただろうから。食料を必要としない時雨とは違い、彼等に食料は必要不可欠だ。いずれどこかで何かを口にしなければいけない。


 時雨は彼等を止められない。その事を一番よく理解しているのは、他ならぬ時雨だ。


「……悪い。あんたを責めるのはお門違いだ」


「良いよ。君は優しい子だね」


 言って、優しく笑う。


「そんなんじゃない……」


 雪緒はただ憤っただけだ。そこに正当性は無ければ、彼等に対する情は無い。ただ自分の心が痛んだから、憤った。それだけの事なのだ。


「……先を急ごう。案内頼む」


「分かったよ」


 雪緒に促され、時雨は歩き始める。


 雪緒は、時雨の後に続く。


 そんな二人に置いてけぼりをくらっている上善寺は何がなんだか分からず、けれど、良いことが起きていない事は理解できたのか、不安な心をそのままに、雪緒との距離を先程よりも詰めて着いて行った。





 あれから二カ所回った。けれど、どこも手遅れで、人気はまったく無く、あるのは異形の影形(かげかたち)のみであった。


 その事実に、雪緒は焦燥を隠せない。


 千鶴がいつここに迷い込んだのかは分からないけれど、食欲はそう我慢できる物ではない。


 それに加え、千鶴はここの物を食べてはいけないという事も知らないのだ。


 知らず口にしてしまうという事もありえない話ではない。


 もしかしたら今まで巡ったスーパーマーケットの中に千鶴が居たかもしれない。そう思うと、心が自然と逸っていく。


「ここが最後だ。良かった、ここはまだ平気みたいだ……」


 冷静さを欠いてきた頃、最後の思い当たる節に到着した。


 時雨の言を信じるのなら、ここにはまだ人が居るらしい。


 最後の場所は大型のホームセンターであった。


「ここに逃げた人は賢いね。恐らく、黄泉戸喫の事も考えてるはずだ」


「そうか……」


 それを聞いて、少しだけ安堵する雪緒。


 しかし、ここに千鶴が居るとは限らない。雪緒は、安堵に緩みかけた気持ちを引き締め直し、ホームセンターの扉に手をかける。


 自動ドアは電気が通っていないので動かず、自分たちで引くしかない。


 が、人が立て篭もっているなら、当然鍵がかかっている。自動ドアはびくともしない。


 多少危険だけれど大声で問いかけるしかない。そう思ったとき、暗がりから一人の人影が出て来た。


 着物を着た白髪の老婆。


 一瞬幽霊かと思った雪緒は身構えるけれど、目の前の存在からはそんな気配は感じない。


 着物の老婆は三人を見ると、自動ドアに近付いて鍵を開けた。そして、老婆は自動ドアを手で開けた。


「あんた達も迷子かい? さぁ、中にお入り。遠慮はいらんよ。なんせ、あたしん家でも無いからね」


 いっひっひと不気味に笑って奥に引っ込んでいく老婆に、上善寺がびくっと身を震わせ、雪緒に耳打ちする。


「ね、ねえ。この人、幽霊(ゆーれい)じゃないの?」


「失礼な事言うな。れっきとした人間だよ。……ちょっと、怖いけど」


「二人ともお喋りは中でしよう。とりあえず入ろう」


 言って、さっさと中に入る時雨。


 そんな時雨を指差して、雪緒は言う。


「あれが本物の幽霊な」


「全然見えない……」


「見た目じゃないって事だ」


 言いながら、雪緒も中に入る。その後ろを上善寺が慌てて入り、最後に鍵を閉めた。


 中に入った三人は老婆の後に着いていく。


 とある外から死角になり、バリケードが作られている一角へと案内された。


 バリケードには人一人通れるくらいの入口があり、そこに老婆は入って行った。


「お邪魔しまーす」


 あくまでも陽気に時雨は遠慮も無く入って行った。


 しかし、雪緒は二の足を踏んでしまう。


 もし、中に千鶴がいなかったら。そう思うと、怖くて入れない。


「どーしたの?」


 上善寺が、雪緒の袖を握りながら不安そうな顔で問いかけてくる。


「……いや、なんでもない」


 ここに来る前に偉そうな事を言っておいて、雪緒が怖じけづいていたのでは示しがつかない。それに、雪緒を信じて着いてきた彼女に申し訳ない。


 雪緒は覚悟を決め、バリケードの中に入った。


「お邪魔します」


「雪緒くん!?」


「え、道明寺くん!?」


 すると、すぐさま反応が帰ってきた。


 見やれば、そこには千鶴と玖珂がいた。しかし、二人の手にはトランプが握られており、今まさにゲームに興じていたのは明らかであった。


 そんな千鶴と玖珂を見て、雪緒は安心するやら脱力するやらで、なんとも言えない気持ちになった。


「ちょ、道明寺! 早く入ってよ! あたしが入れない! 一番後ろってめっちゃ怖いんだからね!?」


「あ、ああ。悪い」


 上善寺から文句を言われ。雪緒は慌てて道を譲る。


「え、その声、まさか……!」


 玖珂がそんな声を上げ、上善寺はバリケードの中に入る。


 入ってきた上善寺の姿を見た玖珂が、更に目を丸くして驚きの声をあげる。


「青子!?」


「ーーっ! 加代!」


 互いに互いを認めると、二人は駆け寄ってお互いを抱きしめた。


「加代、加代ぉ……!」


「青子、なんで……! いや、ごめんね? ウチのせいだね……」


「ううん。あたしが勝手に来ただけだから……加代はなんにも悪くないから……!」


 互いに抱きしめ合い、涙を流す二人。


 感動の再会を果たした二人を見て、雪緒は安堵の息を吐いた。

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