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第弐拾肆話 思わぬ再会

 上善寺と行動を共にする事になり、雪緒は早速駄目押しをする事にした。


「上善寺。お前の両親はお前がきさらぎ駅に行く事は知ってるのか?」


「え、ううん。知らない。言ったら、絶対に反対されるし、パパに怒られるから」


 そう言って、申し訳なさそうに肩を縮める。


「だろうな。両親に怒られるのは嫌か?」


「うん……。パパ優しいけど、怒ると怖いし……」


「そうか。なぁ、ちょっとスマホ貸してくれるか?」


「え、なんで?」


「きさらぎ駅に行くには必要な事なんだよ」


「わ、分かった……」


 多少不信がりながらも、きさらぎ駅に行くために必要と言われれば貸さない訳には行かないので、雪緒にスマホを渡す。


 雪緒はスマホを受けとると、適当に操作をしてから耳元にあてた。


「あ、上善寺のお父さんですか? すみません、娘さんがきさらぎ駅に行くって言っていて聞かないんで、今から送って行くんで叱ってやってもらえますか?」


「ちょ! ちょちょちょちょ! 何言ってんの!?」


 上善寺は慌てて雪緒からスマホを取り戻すと言い訳をする為にスマホを耳にあてる。が、すでに通話は切られてしまったのか、スマホから父親の声が聞こえてくる事は無い。


「な、何言ってんのよ! パパに怒られちゃうじゃない! それに、一緒に連れてってくれるんじゃ無かったの!?」


「そーだな。よし、それじゃあ行くか」


「家には帰らないから!」


「そこら辺は好きにしろ。けど、行くんだろ、きさらぎ駅? ならさっさと行くぞ」


 言って、さっさと立ち上がる雪緒。


 ドリンクバーまともに飲んでないなと思いつつ、伝票片手にレジカウンターへ向かう。


「え、ちょっと待ってよ!」


 雪緒の後を慌てて追う上善寺。


 さっさと精算を済ませ、さっさとファミレスを後にする。


 ファミレスを出た後の行き先は勿論先程の駅だ。


「ねえ、どこ行くの? あたし家には帰らないからね?」


「行き先は変わらない。俺達が行くのはきさらぎ駅だ。家に帰る云々は好きにしてくれ」


 駅まで程近いファミレスだったので、駅に戻るのには数分とかからなかった。


 また適当に切符を買って駅のホームに入ると、先程と同じように小梅には穏形をして隠れてもらう。


 急に見えなくなった小梅に、上善寺は目を白黒させるけれど、説明をする事無く丁度来た電車に乗り込む。


 適当な席を見付け、二人並んで座る。


 入口であろうトンネルまで、そう時間はかからない。


「お前、今家に帰りたくないか?」


「あ、当たり前じゃん! あたし、加代を見付けるまで帰らないから! それに、帰ったらパパに怒られるもん……」


「ご愁傷様」


「誰のせいだと思ってんのよ!」


「俺では無い事は確かだな」


「あんた以外に誰が居るっていうのよ!」


「俺以外の誰かが居る。っと、そろそろか。上善寺、触るが、怒るなよ?」


「え、ひゃっ」


 雪緒は上善寺の手を握る。


 恋人が繋ぐような甘い繋ぎ方ではなく、ただ手をとるだけの繋ぎ方だ。


「な、何!?」


「効率を上げる為だ。他意は無い」


 身体的接触をしている相手を一緒にきさらぎ駅に連れ込める可能性も、無きにしもあらずだ。どちらかが行けて、そのどちらかに便乗する形で行ければ良い。


「そ、そう……」


 照れているのか、車窓から差す夕日のせいか、上善寺の頬が赤く見えた。


 しかし、そんな事はどうでも良い。


「もうすぐだ」


 入口(トンネル)が、近付いて来る。


 電車がトンネルに入る。直後、電気が付いているはずの車内が暗くなる。


「トンネルを抜けたら……」


 電車が、トンネルを抜ける。


「異世界でした……ってか」


「え、な、何!? 皆どこ行ったの!?」


 雪緒は落ち着き払って、上善寺は取り乱しながら周囲を確認する。


 人の居た車内には雪緒と上善寺しかおらず、窓の外の景色も一変していた。


 先程まで夕暮れ時だったはずなのに、窓の外は暗く、雲や星々の(またた)きすら無い、不気味な夜空が広がっていた。


 トンネルを抜けただけで日が落ちるなど有り得ない。高速道路等にある長いトンネルならまだ可能性はあるかもしれないけれど、雪緒達が通ってきたトンネルはどこにでもある短いトンネルだ。


 それに、人が急に居なくなる事にも説明が着かないし、電気が付いていたはずの車内が暗くなったのも説明が着かない。


 しかし、この場所が何処なのか。その説明だけは至極簡単にする事が出来る。


 駅のホームに停車し、扉が開く。


 丁度看板の前に座っていたのか、扉が開いた途端に駅名が目に入る。


 『きさらぎ駅』


 駅の看板には、そう書かれていた。


「嘘……」


 看板を見た上善寺が、呆然と言葉をこぼす。


「行くぞ。離れるなよ」


「あ、ちょっと! 待ってよ!」


 立ち上がり、駅のホームに降りる雪緒。その後ろをおっかなびっくりと付いていく上善寺。


 雪緒達が降車すると、機を見計らったかのように扉が閉まり、電車は発車した。


 去っていく電車を見て、上善寺が不安げな顔をする。


「……やっぱり着いて来なければ良かったって後悔してるのか? 今ならすぐ返せるぞ?」


「そ、そんな訳無いじゃん! 絶対に加代を助けるんだから!」


 そう大きな声で言うけれど、それが彼女の強がりだと言うことは、強く握り締められた拳を見れば分かる。


「意気込みはよろしいが、大きな声はーーっ! ちょっと来い!」


「え、きゃっ!」


 突如として表情を険しくした雪緒が、上善寺の手を引いて物陰に隠れる。


「ちょ、ちょっと! 何ーー」


「静にしろ……!」


 上善寺の口を手で塞ぎ、無理矢理黙らせる。


 むーむーとうめき声で抗議をする上善寺だが、それに構っている余裕は無い。


 雪緒の視線は、先程から上善寺ではなく、地下から伸びる階段に向けられている。


 真剣な表情の雪緒を見て、上善寺も何かあったのかと理解して抗議を止め、雪緒が覗く方向を見る。


 二人が階段を見詰め続ける事数分。上善寺が雪緒の警戒に猜疑心を抱きはじめたその時、階段から何者かが上がってきた。


 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。


 一定のリズムを刻んで歩くそれが、段々と姿を現した。


「ーーっ!?」


 上善寺の息をのむ音が聞こえて来る。


 雪緒も、幽霊を見慣れているけれど、思わず声を上げそうになり慌ててもう片方の手で自分の口を塞いだ。


 階段から登ってきたのは、人では無いナニカ。


 その形状は見るも(おぞ)ましく、あえて言葉で表すのであれば、出来の悪い泥人形のようであった。


 しかして、その醜悪さと異形(いぎょう)さは、決して泥人形で留めていい状態では無い。


 背筋が(あわ)立つ。


 見ただけで分かる。あれが良くない者であると。


 泥人形は首であろう部分を動かして辺りを見渡すと、何かを捜すように駅のホームを徘徊しはじめた。


 おそらくも何も無い。雪緒と上善寺を捜しているのだ。


 大声でばれたのか。はたまた電車から降りてきたから分かったのか。


 ともあれ、二人がここに居ることはすでに知れてしまっていると見て間違いないだろう。


「移動するぞ。なるべく音を立てないようにな」


 雪緒が上善寺の耳元に口を近付け、なるべく声を落として言えば、上善寺はこくこくと頷いた。


 その顔は青褪めており、余裕の無さが伺える。


 二人はなるべく音を立てず、周囲に気を配りながら駅のホームを移動した。


 地下へ行くと逃げ場が無さそうだったので、二人は地上を移動した。本来なら降りてはいけない線路に降りたり、改札を跨いだりと、普段なら出来ないような移動方法で駅から出た。


 駅の中には先程の泥人形とは形が違うけれど、異形と呼ぶに相応しい者が何体か居た。


 歩いていたり、立ち止まっていたり、座り込んでいたり、行動は様々だったが、どれもこれも危険だという事は分かった。


 ともあれ、無事に駅を脱出した二人。三人を見付けてまた駅に戻らなくてはいけない事を考えると安心は出来ないけれど、何が何処に居るのかは把握できた。移動する可能性や増える可能性も考えれば楽観視は出来ないけれど、有益な情報ではあるだろう。


「……まったく知らない町並みとはな……」


 駅から出た二人。しかし、直ぐに問題に直面した。


 駅を移動している時から薄々は思っていた事だけれど、やはり、雪緒の知っている町並みではなかった。


 駅の構造も違えば、外に見える景色も違った。


 とりわけ違いとして分かりやすいのが、一際大きく視界に写る巨塔である。


 雪緒の住む町にあんな塔は無かったし、建設予定も無い。


 巨塔には多くの風車が付いており、風も無いのに忙しなく回っている。


「さて、なんの手掛かりも無い訳だが……」


 巨塔を眺めながら、とりあえず歩き始める。


 歩き始めた雪緒に、慌てて上善寺が着いて行く。


「ねぇ、聞きたい事があるんだけど」


「なんだ?」


「きさらぎ駅に来る方法ってなんだったの? あたし、何度も電車に乗ったけど、来れたの今日が始めてなんだけど?」


「お前……」


 何度も電車に乗ったと聞いて、雪緒は呆れた眼差しを向けてしまう。


 雪緒の眼差しを受けた上善寺は慌てて弁明をする。


「だ、だって! 仕方ないじゃない! 誰も手を貸してくれなかったんだもん!」


 そう言う上善寺の目は、あんたも手を貸してくれなかったと雄弁に訴えかけてきた。


 多少バツが悪く思いながらも、雪緒は言う。


「だからって、短絡的な行動をするもんじゃない。お前を心配している人だって必ずいるんだ。その人達の事をもっと考えるべきだ」


「それは、ごめんって思ってるけど……」


「まぁ、ここに来てる時点で、俺もあんまり人の事は言えないけどな……」


 決して短絡的では無いけれど、明乃や繁治を心配させる選択をしてしまっているのには変わり無い。


「それよりも! どーしてここに来れた訳?」


 これ以上は二人で反省会になりそうだったからか、上善寺が少しだけ声の音量を上げて話を切り替える。


 雪緒も、上善寺の気遣いに乗る。


「色々、情報を教えてもらった。その中できさらぎ駅に関連しそうなキーワードがいくつかあった」


「キーワード?」


「ああ。まずは、陳。結界とも呼ぶ」


「じん、結界……? じんは分からないけど、結界は分かるよ。でも、結界って……あんた、アニメの見すぎじゃないの?」


「そう言い切れるか? 今俺達が居る場所を思い出してみろよ。噂や空想とされてきた怪談の中にいるんだぜ? あんまり常識的に考えてると、分かるもんも分からなくなる」


 自分が常識の外に居ると今更気付いたのか、上善寺は確かにと神妙に頷いた。


「次に、家庭環境。だけど、これは正直キーワードとしては弱かった。家庭環境が複雑なら良いって訳でも無かった訳だしな。お前、家族仲は良いのか?」


「うん。仲良いよ。パパもママも、後お兄ちゃんも仲良い」


「そいつは何より。んで、そんな順風満帆な家庭環境であるお前がここに来れた。ということは、家庭環境は間接的な要因の一つにはなりうるが、直接的な原因では無いという事になる」


「ん、んん? ……どゆこと?」


「つまりだ。家庭環境の悪さはあまり関係が無い。被害者の割合が多いだけだ」


「んー……なーる、ほど?」


 分かってないのだろうけれど、頷く上善寺。実に謎解きのしがいが無い相手である。


 雪緒はこれ以上言葉を重ねて混乱させる事はせず、次に移る。


「とまあ、俺が得ることの出来たキーワードはこれくらいだった。んで、そこから考えてみた。彼等の共通点とは何か、ってな」


共通点(きょーつーてん)?」


「ああ。一つ聞くが、玖珂は時折こう言ってなかったか。帰りたくないって」


「んー……あっ! 言ってた! あたしん家泊まりたいって言ってた!」


「やっぱりな。俺の知り合いも似たような事を言ってた。だから俺は仮説を立てた。帰りたくない、そう思った人がきさらぎ駅に招かれてるのでは、ってな。ま、お前や俺がここに居る事が最早証明になっているがな」


「……あ! だからパパに電話したの!? あたしが帰りたくないって思うように!」


「ああ。因みに、安心して良い。電話はしてない。ロックナンバーが分からなかったからな」


「あ、確かに! あたしスマホロックしてたんだ!」


 今更気付いたのか、上善寺は納得したように声を上げる。


 そんな上善寺に呆れつつ、雪緒は続ける。


「帰りたくない。そう思う感情こそがきさらぎ駅に入るための鍵だった。だからこそ、家庭環境は要因の一つでしかない。今のお前や俺みたいに、別の要因で帰りたくないって思うんだからな。家庭環境が悪い人が、被害者になりやすいってだけの話だったわけだ」


 家庭環境が悪ければ、少なくとも近所に住んでいる住民はいくらかそれを知っているだろうし、実際に目撃もするだろう。そこから噂となり徐々に広がっていく。きさらぎ駅の被害者の噂が家庭環境が悪いものばかりだったのはそのためだ。


「あんたも、帰りたく無かったの?」


 不意に、上善寺が心配そうにそうたずねてきた。


「ああ。姉の不興を買ってな。帰ったら説教の嵐だ」


 それについては自業自得であるし、覚悟はしている。


「ま、心配かけるんだ。それくらいは甘んじて受け入れるさ。お前も、覚悟しといた方が良いぞ。絶対に怒られるから」


「うっ……確かに。連絡もしないで来ちゃったし……」


 雪緒が電話をかけるふりをしたため、上善寺の父親に連絡は行き渡っていない。つまり、無断できさらぎ駅に来てしまったという事だ。


 帰ったら怒られると憂鬱そうに呟く上善寺に、帰れたらの話だけどなという言葉を、雪緒はどうにか飲み込んだ。


 それは言う必要の無い言葉だ。言う必要が無いなら、言わなくて良い。ましてや、自分の不安から来る言葉ならなおさらだ。


 上善寺には聞かれていないけれど、気まずい心中を誤魔化すように雪緒は言葉を紡ぐ。


「それにしても、陳と言うよりは異界だな……まるで別世界だ……」


「うん……あんなでっかい建物、見た事無いし……」


 不安げに風車の巨塔を見る上善寺。少しだけ、雪緒の方に近付く。


「それに、地理も違う。捜すのも骨が折れそうだ……小梅なら匂いで分かったんだろうけど……」


 小梅は幼子(おさなご)のように見えて、その本質は化生、妖である。嗅覚は人以上だ。


「ねぇ、そういえば、あの子は誰だったの?」


 くいくいっと袖を引きながら上善寺が雪緒に問う。


 問われ、雪緒は考える。


 ここまで知られてしまったのであれば、多少の筋の通った説明はするべきだろうと。


「信じるか信じないかはお前の好きにすれば良いが、小梅は俺の式鬼だ。ああ見えて、人間じゃない」


「しき? えっと、聞いたことはあるよ? あの、あれでしょ? 陰陽師(おんみょーじ)が使う奴! じゃあ、あんたも陰陽師(おんみょーじ)なんだ!」


「いや、俺は陰陽師じゃないけどな」


「じゃあなんでそのしきってのを使えるの?」


「成り行きだよ、成り行き」


 雪緒が晴明に師事して教えを乞うた訳でもないので、完全に成り行きである。だから、雪緒は陰陽師になった訳ではない。明乃と繁治に説明するのに誤魔化すために使ったけれど、自分としては陰陽師になったつもりは無い。


「というか、やっぱりただ歩くだけじゃダメか……」


 話をしながらも頻りに歩を進めているけれど、無人の建物ばかりで人の姿は見えない。


 一応、大まかな霊力を把握しながら移動しているので、先程のような化け物に遭遇する事は避けられているけれど。


 しかし、大まかに把握できるだけなので、細かな分布は把握できていない。そのため、人捜しに使う事も出来ないのだ。


「それにしても、人の影も形も無いな……」


「やぁ、呼んだかい?」


「わぁっ!?」


「きゃあっ!?」


 突如背後から声をかけられ、驚きの声を上げながら振り返る二人。


 雪緒は咄嗟に霊力を拳に溜めて構え、上善寺は雪緒に必死にしがみついた。


 二人が振り向いた先。そこには、一人の青年が立っていた。


「や、久し振りだね」


 そう言って笑顔で手を振るのは雪緒の知る人物であった。


 緊張で力んだ身体の力が抜けていく。


「なんだ、あんたか……」


 二人の目の前に表れたのは、雪緒がいつか出会い公園で少しだけ話をした血濡れの青年であった。


「どーもー」


 軽い調子で返事をすると、血濡れの青年はにこにこと人好きのする笑みを浮かべた。

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