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第拾玖話 助けて

 家族で過ごした楽しい休日もあっと言う間に過ぎ去り、週が明けた。


 今日も今日とて、学校だ。行方不明者が出ても、社会は動くし学校も当たり前のようにある。


 小学校等は親の迎えがあるまで帰れなくなったり、集団下校をさせたり等対策をしてはいるけれど、中学高校となれば集団下校を奨める程度だ。


 朝、電車には乗らないけれど、一応明乃と登校をする雪緒。何があるか分からない以上、一応男である雪緒が明乃の護衛みたいなものをしている。


 対人戦はからっきしだが、対霊戦では他の者よりも幾分もマシである。最悪、小梅を召喚して戦線離脱も視野に入れている。


 これは、小梅にも話を通してある。小梅も、それで納得してくれた。


 それでも、小梅を一時でも危険に晒してしまう事には、やはり抵抗があるけれど、背に腹は変えられない。逃げるために小梅を運用するというのは前から考えていた事だ。晴明にも、逃げるために小梅を使えと言われた。


 ここは、雪緒が妥協するところだ。


 それに、明乃を守るためでもある。自分のプライドなど捨てるべきだろう。


「お、明乃、彼氏ー?」


「違ーう。弟よ、弟ー」


「え、弟!? 似てなーい!」


「弟くんいっけめーん!」


 明乃と登校していると、たまたま合流した明乃の友人達にそんな風にからかわれた。雪緒としては、女子の集団の中に男一人というのはとても気まずい。


「イケメンな訳無いじゃない。こんなの目付きが悪いだけよ」


「姉さんは口が悪いよ。後、態度。後、行儀」


「ふん!」


「ぐぅっ!」


 懇親のボディブローをお見舞いされる。体重を乗せてあるので、普通に痛い。


「お姉様は?」


「おしとやかで、とても、上品な、お姉様、です……」


「よろしい」


 息も絶え絶えに言えば、明乃は満足そうに頷いた。


「明乃、弟くんと仲良いねー」


「もしかしてブラコン?」


「マジで? 意外だわー」


「明乃がブラコンとかマジうける。しかも姉弟仲良く登校してるし。かっわいいー!」


「あんた後で憶えときなさいよ。教室であんたの履いてるパンツの色言い触らしてやるんだから」


「それ洒落にならないから止めて!」


 どうやら、明乃は雪緒と違って友人がちゃんといるらしい。楽しそうに軽口を叩く明乃を見て、何故だか負けた気分になった。


「弟くーん。明乃のパンツの色は何色かね?」


 傍観していた一人に話を振られる。正直姉の下着の色など知らないし興味も無いけれど、軽口に軽口で返すのが雪緒の流儀である。


「ベージュです」


「そんなババ臭く無いわ!」


「ぐはっ!」


 キレ気味に雪緒の鳩尾(みぞおち)に蹴りを入れる明乃。


 そんな二人を見て、明乃の友人達はけらけらと笑う。


 雪緒と明乃は、明乃の友人達にいじられながら、喧しく登校した。


 昇降口で明乃を含めた女性陣に友達作れよーと大きな声で言われ、とてつもなく恥ずかしかったので、お姉様方はババ臭いパンツは止めた方が良いですよと言い返したら袋叩きにされた。


 朝からボロボロになりながら教室に入れば、仄が驚いたような顔で雪緒を見た。


「ど、どうしたの!?」


「お姉様方の不興を買った……」


「ほ、本当に何があったの……?」


 心配そうにたずねてくる仄に、雪緒はかくかくしかじかと説明をした。


 説明を聞いた仄は心配そうな顔から徐々に苦笑を浮かべた。


「雪緒くん、本当に軽口好きだね」


「辱めを受けたんだ。仕返しはしなくては」


「でも女性に下着の話はダメだよ? セクハラで訴えられるよ?」


「なら友達作れよはパワハラだ。奴らもしょっ引かれるべきだ」


「どっちもどっちだね」


 そう言って、仄は苦笑とともに肩を竦めた。


 仄と他愛の無い話を続けている内に、ショートホームルームが始まった。


 今日も小野木は無理して作ったような笑顔で教壇に立つ。化粧で隠した目の下の隈は、よく見なければ分からないけれど、よく見れば分かる程であった。雪緒がずっと気付いていなかっただけで、初めて出会ったあの日から、小野木は悩みも不安も笑顔の下に隠していたのかもしれない。


 友人の事は気の毒だと思うけれど、雪緒に出来ることは何も無ければ、もう首は突っ込まないと決めたのである。ただ、小野木の友人の無事を祈るばかりだ。


「それでは、出欠を取ります」


 小野木が常の様子で出欠を取る。


 それを常のごとく半ば聞き流す。が、今回ばかりはそうもいかなかった。


「久我さんは、今日も(・・・)お休み。次、今藤さん」


 お休み。その単語を小野木が言った途端、隣からぱきっと何かが割れる音がした。


 仄の方ではない。彼女は常の通り、真面目に姿勢良く小野木の方を見ている。


 では誰か。答えは簡単である。


 仄とは逆の席を見れば、強くボールペンを握り締める上善寺の姿があった。握り締められたボールペンにはひびが入っており、上善寺が力んでひびを入れた事は明白である。


 上善寺は雪緒の視線にも気付かず、ただ開いた手帳を睨み付けている。


 しかし、その睨みようは尋常ではない。唇を真一文字(まいちもんじ)に結び、眉尻は吊り上がり、まるで、何かを堪えているようでもあった。


 どう考えても訳ありだ。


 雪緒はそっと目を逸らす。


 上善寺に何があったにせよ、ただのクラスメイトの雪緒には関係の無い事だ。自ら首を突っ込む必要も無い。


 雪緒は知らん振りを決め込む。


 けれど、知らん振りを決め込んだ雪緒は気付かなかった。


 上善寺がちらりと横目で雪緒を伺った事に。その目が、縋るようであった事に。更には、その目が涙に濡れていた事に。雪緒は気付けなかった。





 今日()、事も無く授業が終わった。


 今まであまり集中できていなかった授業も、悩みの種が一つ減ったためか、以前よりは集中が出来た。


 授業を行う教師陳が雪緒の眼光に怯むことも無かったので、平和と言って差し支えが無かった。


「雪緒くん、ご飯食べよう」


「おう」


 何時ものように仄がお弁当を持って雪緒の前の席に座る。


 雪緒も自分のお弁当を取り出して机に広げようとしたーーが、今日はそうもいかなかった。


「ねえ、ちょっと良い?」


 何時もは友人と共にお弁当を食べている上善寺が、今日は何故か雪緒に声をかけてきた。


「どうしたの、上善寺さん?」


 声をかけられた雪緒ではなく、仄が返事をする。


「ちょっと、話があるの」


「話?」


「うん……」


 深刻そうに頷く上善寺に、雪緒は何となく嫌な予感を覚える。


「……良くない話っぽいな」


「うん……」


「悪い、仄。ちょっと席外すわ」


「ううん、大丈夫」


「さんきゅな。上善寺、場所移すぞ」


「うん……」


 仄にお礼を言い、雪緒と上善寺は教室を後にするーー前に、少しだけやっておかなくてはいけない事がある。


 雪緒は比較的大人しめな女子グループを選び声をかける。


「なあ、ちょっと良いか?」


「な、何かな?」


 少しだけ怯えた様子の女子達に、雪緒は少しだけ傷付きながらも、なるたけ優しげな顔を作って言う。


「仄と……土御門と一緒に昼飯食べてやってくれないか? 俺、ちょっと用事あってさ」


「土御門さんと?」


 女子達は顔を見合せると、小さくこくりと頷いた。


「うん、良いよ」


 色良い返事を貰えて、心中で胸を撫で下ろす。


「ありがとう。それじゃあ、よろしく頼む」


「うん」


 礼を言って、雪緒は上善寺を伴って教室を後にする。


「それで? 何処で話す?」


「屋上が空いてる」


「おーけー」


 行き先も決まったので、二人は屋上に向かう。


 階段を最上階まで登り、屋上へと続く鉄扉を開く。


 屋上に出れば、春の温かな陽光が差しており、昼寝には持ってこいの天候であった。


 しかし、春爛漫な天候とは真逆に、雪緒の心中は心底冷え込んでいた。


 鉄扉が重い音を立てて閉じる。


「それで? 話ってなんだ?」


 雪緒は前置きも無しに問う。早いところ、面倒事を済ませたいのだ。


 陰気臭い顔で話があると言われれば、十中八九厄介事だ。何故こうも厄介事が舞い込んで来るのかと、溜息を吐きたくなる。


 早く終わらせたい雪緒とは違い、上善寺は普段の明るさも気軽さも無くなった、重苦しい口を開いて言う。


「あの、一つ確認なんだけど」


「なんだ?」


幽霊(ゆーれい)が見えるって、ほんと?」


 伺うようにそう問われ、雪緒は一瞬ぎくりと心臓が跳ねるが、以前雪緒と仄が幽霊が見える事に関して話をしていたところを上善寺に聞かれていたかもしれない事を思い出した。(しら)を切っても無駄であろう。


「見えたら、なんだっていうんだ?」


 そう問えば、上善寺は一瞬言いにくそうに躊躇うも、意を決したかのように口を開いた。


「お願い! 加代を捜すのを手伝って!!」


 そう言って、思い切り頭を下げた。


 捜す。その単語だけで、半ば話の内容を理解する。おそらく、小野木と同じ手合いの話だろう。


「加代ってーと、玖珂さんの事か?」


「そう! 加代、ちょっと前から行方不明なの!」


「まさか、きさらぎ駅が関係してるって言うんじゃないだろうな?」


「そう! それ! そのきさらぎ駅! 加代、家出するような子じゃ無いし、家出したんなら、多分ウチに来るし……そもそも、加代のおとーさんとおかーさんに心配かけるような事しないし!」


 雪緒は、一つ溜息を吐く。


 雪緒の中で終わった事を蒸し返されているようで、少し苛立つ。


「その話なら首を突っ込まない事に決めてるんだ。悪いが他をあたってくれ。じゃあな」


 言いながら、屋上を後にしようとする。が、鉄扉の前には上善寺がいる。上善寺は両手を大きく広げて雪緒が校舎内に戻ろうとするのを阻む。


「お願い! もう道明寺(どうみょーじ)しかいないの!」


「いや、まだいっぱいいるさ。俺程度なんて吐いて捨てる程いる。他の、正義感が強い奴をあたってくれ。それか、本職にでも頼んでくれ」


「もう頼んだの! でも、皆嫌だって!」


 まあ、そうだろうな。


 雪緒がこれと似たような事を言ったのはこれが初めてではない。そして、何度も色良い返事を貰っていないという事を聞いている。


「なら、俺にだって出来ない。藁にも縋る思いなんだろうが、俺は藁にすらなれないよ」


「お願い! あたしの所にメッセージが来たの! ほら、見て!」


 スマホを操作して、画面を見せてくる。


 画面には、きさらぎ駅というところに来てしまった事が記載されていた。しかし、一際雪緒の目を引いたのは玖珂の最後のメッセージ。


『助けて』


 上善寺に送った言葉なのだろう。けれど、それが自分に言われているようで、雪緒は目を逸らしながら上善寺のスマホを少々乱暴に退()けた。


「それはお前に言っているのであって、俺にじゃない」


「ねえお願い! あたしじゃどうにも出来ないの!」


「俺にだって無理だ。なぁ、俺が凄腕の霊能力者に見えるか? アニメや映画みたいな陰陽師にでも見えるか? 見えないだろ? 見たまんまだよ。俺はただちょっと幽霊が見えるだけの高校生だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 それは、上善寺に言っているようで、けれど、どこか自分に言い聞かせているようでもあった。


「でも、幽霊(ゆーれい)が見えるんでしょ? だったら、何か分かるんじゃないの? お願い、ヒントとかだけでも良いの! 知ってる事を教えてくれるだけでーー」


「無理だ!!」


 必死に言い募る上善寺の言葉を声を荒げて遮る。


 声を荒げた雪緒に、上善寺はびくりと肩を震わせる。


 少しだけ怯えた様子を見せた上善寺に、しかし、雪緒は構うことなく続ける。


「俺がそれを教えたとして、お前はどうするつもりだ? どうせ自分で玖珂を捜しに行くんだろ?」


「あ、当たり前じゃない! 誰も手伝ってくれないなら、あたしがーー」


「で、お前も行方不明者の仲間入りか? それで誰が得をする? お前か? お前の親御さんか? それとも、一緒の境遇に陥った玖珂か?」


「そ、それは……」


「誰も得はしない。お前は危険な目にあって、親御さんはお前を心配して、玖珂はお前を巻き込んだ自分を責めるだろうな」


 見ていて、少なくとも玖珂加代という少女はそういう人物だと思った。


 それを、上善寺の方が良く理解しているだろう。


 最早八方塞がり。誰の手も借りられない。


 それを理解した上善寺は、今まで我慢して堪えていた涙を流す。


「じゃあ、あたしはどうすれば良いのよ……」


「何もするな。暫くは電車にも近付くな。被害者を増やさない事が、お前に出来る唯一の事だ」


 雪緒がきつい言葉を投げかければ、上善寺はその場にくずおれる。憚る相手もいない屋上で、止めどなく涙を流す。


 泣いてる所など見られたくは無いだろうと、雪緒は屋上を後にする。


 鉄扉を開け、校舎内に入る。


 背後で鉄扉が閉じた途端、雪緒は苛立ちに任せて壁に拳を打ち付ける。


 この苛立ちが何処から来ているのか、そんな事はとっくに分かっている。


 助けられない自分に苛立っている。手を出せない自分に苛立っている。踏み込めない自分に苛立っている。八つ当たりをするように上善寺にきつい言葉を投げかけた自分に苛立っている。


 何より、無力な自分に苛立っている。


 雪緒は苛立つ心を無理矢理抑え付けながら、落ち着くまで校内を徘徊した。


 今のまま仄に会えば心配かけるだろうし、仄と一緒にお昼を食べているであろうクラスメイトを怯えさせる事にもなる。


 どこか冷静な頭でそう考え、雪緒は足の向くまま歩いた。


 結局、雪緒はお昼を食べ損ね、上善寺は泣き腫らした目で教室に戻ってきた。何かあったのかと心配そうにするクラスメイト達を余所に、雪緒はなるべく上善寺を気にしないようにした。


 仄の事情を聞きたそうな目を無視して、その日は帰宅した。

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