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第拾漆話 怪異、きさらぎ駅

 晴明の家に着き、先ずは心配をかけたであろう小梅達に平謝りをした。


 小梅は泣きながら突進してきたけれど、冬と園女は冷ややかに微笑んでいた。その笑みに愛想など無く、怒りを笑みの下に隠している事は明白である。


 鳩尾(みぞおち)に頭を勢い良く押し付ける小梅を宥めながら、雪緒は二人にただただ謝った。


 雪緒を連れて帰った晴明と言えば、茵に座ってお茶を飲んでいた。そこに、先程のような感情的な姿は無く、常の晴明の姿があった。


 けれど、先程の晴明の張り上げた声も、呼吸の乱れた姿も、何もかもが本物だという事は分かっている。


 腰に正面からしがみつく小梅を引きずるように歩き、雪緒は晴明の正面に座る。


 座る際にも小梅は離れる事は無く、座った雪緒の腰にしがみつきながら寝転がっているといった形になっている。


 小梅の力は雪緒よりも強いので、結構苦しいのだが、心配をかけた分我慢をする。


「その……晴明、悪かった。勝手に都を出て」


「もう良い。次に外へ出る時は小梅か冬を連れて行け」


 雪緒の謝罪に素っ気なく返す晴明。先程の取り乱したような姿がまるで嘘だったかのようである。


「ただ、一つ説明をしてほしい事がある」


「なんだ?」


「其方、いったい誰と何処へおったのだ?」


 誰と、何処へ。妖と、都の外へ。


 果たして、それを言ってしまっても良いものなのだろうか。


 そう逡巡する間に、晴明の表情は段々険しくなっていく。その上、冬と園女の威圧感も増していく。


 散々心配をかけたのだから、何も話さないのは筋が通らない、か。


「実はーー」


 雪緒は洗いざらい全て話した。


 勿論、晴明について悩んでいた事は伏せてだけれど。


「ーーと、いう事がありまし、いてっ!?」


 突如、晴明が手に持った扇を投げ、雪緒の額に当ててくる。


「阿呆め。何をのこのこ付いて行っておる」


 不機嫌さを隠しもしない晴明に、雪緒は扇を軽く投げ返す。


「その時は妖だって気付かなかったんだよ。それに、悪い人じゃなかった」


「しかし良い者でもあるまい。私の陳の中に易々と入り込むのだからな。侮れぬよ」


「人に害を与える気があったんなら、俺はここに居ないだろ? って言っても、晴明の立場じゃ楽観は出来ないか」


「ああ。聡い者なら直ぐに私の失態に気付く。近々、御門に呼ばれるであろうな」


 そう言って、憂鬱そうに溜息を吐く。


「なんか、悪い……」


「其方のせいでは無い。その白藻と言う者が都の誰よりも上手(うわて)だっただけの話よ」


 そうは言うが、大して問題視はしていない様子の晴明。


「陳の中に入れるとは言え、制約が無い訳ではない。妖術にも身体能力にも制限がかかるはずだ。むしろ、身の危険があるとすれば白藻という女の方だ」


「ーー! そんな!」


「慌てるでない。白藻という女、腕も頭も冴えておる。当分、姿は現すまいよ」


「そう、か」


 それは、安心したような、寂しいような。


 安堵したように息を吐く雪緒を見て、晴明はつまらなそうに鼻を鳴らす。


 しかし、直ぐに気まずそうに眉を歪めると、扇で口元を隠しながら言う。


「それよりも、その……」


「うん? どうした?」


 晴明にしては珍しく歯切れの悪い様子に、雪緒は首を傾げる。


 真っ直ぐ晴明を見る雪緒から、晴明はついっと目を逸らす。


「その、悪かった。少々、強く言い過ぎた……」


 その言葉だけで、晴明が何に対して謝っているのかに察しが付いた。


 雪緒も、即座に言葉を返す。


「俺も、悪かった。晴明の事も知らないで、言い過ぎた。ごめん」


 小梅がまだお腹にしがみついているので少し動きづらいが、雪緒は頭を下げる。


「わ、私も、済まなかった」


 対面で、晴明も頭を下げる。


 暫くの間、無言で頭を下げる両者。


 そんな二人を見かねた園女が、二人に声をかける。


「もう良いのではありませんか? 今回はお二人とも悪かったと言うことで、この話は(しま)いにしましょう」


 園女の言葉を聞いて、二人は顔を上げる。


「ああ」


「分かりました」


 二人とも、それで納得したのか、返事をする。


 それで、この話は一旦落着となった。


 しかし、二人の間に言い知れぬぎこちなさがある事には、誰も言及はしなかった。


 小梅は、二人のそんな空気など知らず、すやすや眠っていた。



 〇 〇 〇



 夕暮れ時。殆ど人が乗っていない電車の中、少女はイヤホンを両耳に付けて音楽を聞く。


 何時もは聞いていて気分の上がる曲なのだけれど、その日ばかりは……いや、ここ最近は気分が上がらない。


 何故かと問われれば、答えは決まっている。


 中学から高校に上がって、普通なら大人になっていくんだと知り、少しずつでも親の拘束は緩くなっていくものだ。それは、親が子を大人として認めていっている証であり、子が自分で大抵の良し悪しの判断が出来るからである。


 少女の友人達も、門限が遅くなったり、遠出を許してもらったり等、親の拘束は緩くなっていっている。そんな友人達の楽しそうな会話を聞く度に、少女は思う。


 なんで、あたしはダメなんだろう?


 バイトはダメ。夜遊びはダメ。遠出なんてもっての他。学校までは送り迎えするわ。お小遣が足りないなら言いなさい。色を付けてあげるから。


 甘やかし、とは違う。


 親は心配なのだ。可愛い可愛い娘が。


 いや、その理由は分かっているし、親が過保護になるのも仕方がないとは思っている。


 けれど、もう良いだろう。もう、充分過保護をしてもらった。これからは、少しずつ独り立ちをしていくのだ。したいのだ。


 もう十年も前の事を、親は引きずっている。


 もう十年も経った。親の言い付けは守っている。あの山にも近付いてすらいない。


 だというのに、年を経るごとに親の束縛は強くなっていくばかりだ。


「はぁ……」


 知らず、溜息が口から洩れる。


 今日も帰ったら親と話そうと思っている。


 バイトをしたい。遠出をしたい。ねえ、もう危ない事も分からない歳じゃないよ?


 そう、毎日言っている。けれど、親は聞いてくれない。


 バイトなんてしなくて良いの。それじゃあ、今度の連休で何処か泊まりに行きましょう? ダメよ、貴女はまだ子供なんだから。分からない事の方が多いでしょう?


 違う、違う、違う! そうじゃない! 


 バイトがしたいのは自分が我が儘に生きているようで嫌だから。遠出に行きたいのは今を一緒に過ごす友達と。もう甘やかされるだけの子供じゃない。


 そう言っても、親は聞いてくれない。


 ヒステリックを起こすでもなく、怒鳴り散らすでもなく、心配そうな顔で言われては、少女も強く言えない。


 何時も、何時も堂々巡りだ。


 帰るのが、憂鬱になってくる。


 ぽつりと、何気ない言葉が口をついた。


「帰りたく無いな……」


 トンネルの暗闇が、照明で明るいはずの車内に一瞬影を落とす。


 電車がトンネルを抜けると、車内に少女の姿は無かった。それに誰も気付かず、誰も興味を示さない。


 まるで、初めから少女など居なかったかのように、電車は進む。


 この日、少女は忽然と姿を消した。





 晴明と、形ばかりの仲直りをした翌朝。


 今日からは何時もと違い、朝食の席に一人増えていた。


 フォークを使い目玉焼きを食べる少女。そう、小梅である。


「主殿! 主殿の作るこの目玉焼きなるものは、大変美味ですありまするな!」


「そいつは良かった」


 嬉しそうに朝食を食べる小梅を見れば、朝早く起きて料理をしたかいがあるというものだ。


 小梅に好き嫌いは無いらしく、何でも喜んで食べている。


「小梅ちゃん、このプチトマトいる?」


「はい!」


「そら、あーん」


「あーん」


 箸でプチトマトを摘み、小梅に食べさせる明乃。一見、仲睦まじいように見えるけれど、明乃が嫌いな食べ物を小梅に押し付けているだけである。


「姉さん、嫌いな物を小梅に押し付けるな」


「いーじゃんかー。小梅ちゃん、美味しそうに食べてるんだし」


「とっても美味にありまする!」


「おーよしよし。このタコさんウィンナーもあげるねー」


「ありがたき幸せ!」


 ぱくりと、タコさんウィンナーを食べる小梅。


 色々食べたい小梅と極力嫌いな物を食べたくないうえに小梅に餌付けしたい明乃。両者の利害は一致してしまっているのだ。


 そんな二人の様子に処置無しと溜息を吐く雪緒。


 因みに、朝の食卓に繁治の姿は無い。また行方者が出たとかで、朝早くに家を出た。


 噂と被害は広がるばかり。暫く、両方止まる事は無いだろう。


「っと、姉さん、そろそろ出ないと遅刻するぞ?」


「あんたもでしょー。あー、小梅ちゃんから離れたくないー」


 言いながら、小梅に抱き着く明乃。いたく小梅を気に入ったようで雪緒も安心してはいるけれど、それとこれとは話が別である。


「いいから行くぞ。小梅、戸棚にお菓子入ってるから。後、冷蔵庫にお昼ご飯あるから。レンジでチンしてから食べてな。食器は水に浸けておいてくれ」


「はい! 行ってらっしゃいませ!」


 自分のリュックと明乃を引っつかみ、家を後にする雪緒。


 小梅には昨日の時点で電子レンジと冷蔵庫については教えてあるので、使い方は大丈夫だ。


 外に出て、明乃は自分の足で歩く。


「そーいや、あんた友達出来たの?」


「出来たよ」


「何人?」


「……姉さん、友達って人数じゃないと俺は思うんだ」


「あっそ、一人ね。寂しい奴」


「くっ! 両隣が女子なのが悪い!」


「うわ、人のせいとさいてー。自分が話し掛けられないチキンなだけじゃん」


「それは聞き捨てならない! 俺は分け隔てなく話し掛けられる! ただ、隣の女子が休み時間毎に俺に話し掛けてくるから、その隙が無いだけだ!」


「妄想乙」


「おいどういう意味だ」


「イマジナリーガールフレンド」


「そんなイタい奴ちゃうわ!」


 どれだけ弟をイタい奴だと思っているのだろうか。


 とは言え、明乃の雪緒に対するこの扱いは今に始まった訳ではない。小学校高学年くらいからこんな感じだ。


 姉弟二人、喧しく登校をする。


 昇降口で友達作れよーと大声で言われこの野郎と思いながらも、雪緒は教室に向かった。


「あ、お早う雪緒くん」


「お早う、仄」


 雪緒が教室に入った事に気付いた仄が雪緒に声をかける。


 自分の席に着きながら、横目で上善寺を見る。


 上善寺は見るからに落ち込んでおり、何時もの明るさに影が差していた。


 余りの落ち込みように思わず雪緒どころか、クラスの皆まで様子を伺っている。


 何かあったのかと聞ける仲でもないし、さすがに、すぐ隣にいるのに仄に聞く訳にもいかない。


 どうしようかと逡巡していると、小野木が教室に入ってきた。ショートホームルームにはまだ早いけれど、几帳面な彼女は何時もこの時間に来る。遅れる時はだいたい用事があってだ。


 昨日の事もあり、雪緒は小野木に視線を向けると、彼女は雪緒を見て少しだけ微笑んだ。その微笑みが無理をして作っていると分からない程、雪緒も鈍くは無い。


 程なくしてショートホームルームが始まり、点呼が開始される。


 笑顔で点呼を取る小野木を見て、雪緒は苛立ちを覚える。その矛先は、勿論自分だ。


 その苛立ちの理由もわかっている。けれど、雪緒にはどうする事も出来ない。


 見て見ぬ振りをしている、そんな自分に苛立っている。


 雪緒は、極力小野木から視線を逸らしてやり過ごす。


 それでも、雪緒の耳に小野木の声が聞こえて来る。その声を聞く度に、昨日の切羽詰まった小野木の声が脳内に流れる。


 でも、じゃあどうすればいい? もしきさらぎ駅が本当に関与しているとして、自分に何が出来る? 自分に出来る事と言えば霊力を使って相手を殴る事だけだ。そして、それすらも付け焼き刃でしかない。


 方法は分からないけれど、きさらぎ駅は怪異は人を何人も消し去っている。それが出来るという事は、少なくとも雪緒が日々見るはめになったそこらの幽霊よりも格が上だと言うことになる。


 昨日の小野木の一件のように、デコピン一つで解決するような問題じゃない。


 警察も手を焼いている。そんな問題に、たかだ霊感があるだけの高校生が手を出せる訳が無い。


 だから、断って正解だ。家族を心配させるべきじゃないし、自分の手にはおえない。


 そう、頭では分かっているのに、苛立ちは収まらない。


 結局、ショートホームルームの間は、ずっと苛立ったままだった。


 仄の視線も、上善寺の様子も気にならない程に。


 苛立ちを抱えたままショートホームルームが終わり、雪緒は一つ息を吐いた。


 机に突っ伏し、脱力する。


 これからきさらぎ駅の件が解決するまで、いや、した後も、小野木を見る度にこんな思いをしなくてはいけないのかと思うと、苛立ち以上に憂鬱さが迫り上げて来る。


「どうしたの、雪緒くん?」


 仄が心配そうに声をかけて来るけれど、それに手を上げて答えるのみだ。


「何かあったら言ってね?」


「おーう……」


 心配してくれるのは嬉しいけれど、逆に心配させてしまって申し訳ないとも思う。


 しかして、苛立ちと憂鬱さが収まらない以上、不用意に顔を上げたくない。おそらく、今の自分はとても不機嫌そうな顔をしているだろうから。


 雪緒は次の授業が始まるまで、ずっと机に突っ伏した。


 けれど、苛立ちと憂鬱さは収まる事は無く、雪緒は集中できない心中で授業に臨んだ。


 苛立った雪緒の目を見て、教師達が一瞬怯んだのは、言わぬが華である。

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