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第拾肆話 行方不明ときさらぎ駅

 一切の笑いも、冗談も無く、仄は至って真剣に雪緒にたずねた。


 一瞬、冗談の類かと思ったけれど、仄の真剣な表情を見るに、それは無いであろう事が分かる。


 まだ浅い付き合いだけれど、雪緒を心配していた仄がそんな詰まらない嘘を付くとも思えないからだ。


 雪緒は、こくこくと頷く。


 そうすれば、仄ははぁと一つ盛大に溜息を吐いた。


「いつからなの?」


「つい最近」


「そう……」


 雪緒の肩から手を離し、顎に手を当てて考え込む仄。


「ていうか、仄もその……見えるのか?」


「うん」


「いつから?」


「生れつき、なのかな? 物心付いた時には見えてた」


「そうなのか……」


 それは、一体どんな生活だったのだろうか。


 雪緒は、たった一日も経たないで精神的に参ってしまっているというのに、仄はそれが十五年も続いているというのだ。幼い頃は何が何だか分からないだろうけれど、それが恐ろしい者だということは分かったはずだ。


 そこで、気付く。


 晴明も、同じなのではないかと。


 晴明も、最初から力を持っていた訳ではない。


 幼く、無知な時分(じぶん)があったはずだ。その時の恐怖が、晴明の中にずっと残っているのだとしたら? ずっと、拭えていないのだとしたら?


 自分も、誰かも傷付くのが怖いと言った白藻。それは、晴明が自分も誰かも傷付くところを見るような環境にいたからなのかもしれない。


 全ては憶測だ。けれど、当たらずとも遠からずではあるはずだ。


 お互いがお互いの考えに没頭し始めた時、ショートホームルームの開始を知らせる本鈴(ほんれい)が鳴る。


「雪緒くん、この話は後でしましょう」


「あ、ああ」


 真剣な眼差しのまま言うと、仄は前を向いて座り直した。


 雪緒もそれに倣って前を向く。と、仄とは反対の席から視線を感じた。


 ちらりと見やれば、上善寺青子がじーっと雪緒を見ていた。と思ったら、雪緒と目が合うとふいっと視線を前に戻した。


 なんだ、いったい……。


 もしや幽霊云々(うんぬん)の話を聞かれていたのではあるまいかと考えて焦るけれど、上善寺の目は雪緒に興味の欠片も示していなかったので、おそらくは大丈夫だと思う。いや、そうであると信じたい。


 しかし、もし聞かれてたらどうしようと考えていると、本鈴に少し遅れて担任である小野木が教室に入って来る。


 小野木の姿を見て男子生徒は顔をだらし無く緩める中、雪緒だけは勘弁してくれとうなだれた。


 昨日はまったく気付かなかったけれど、小野木の後ろに居るのだ。中年の男が。


 一見普通の男のように見えるけれど、しかし、その男はクラスメイト達には見えていない。隣の仄を伺えば、少しだけ嫌そうな顔をしている。


 つまりは、小野木の後ろに居る中年の男も幽霊なのである。


 血濡れでない事は良いのだけれど、その中年の男が息を荒げながら小野木を見ているのが気持ち悪い。小野木を見て欲情しているだろう事が手に取るように分かる。


 小野木の髪に顔を近付けて思い切り深呼吸をしたり、大分変態じみた事をしている。


 仄の額に青筋が浮かぶ。


 女性として許せないと思う気持ちも充分に分かるし、同性としても中年の男がしている事は気持ちが悪すぎる。


 しかし、今はショートホームルーム中。勝手に出歩けないし、遠くから中年の変態を撃退する術を雪緒は持っていない。


 なんとか、ショートホームルームが終わるまで我慢する。


「それでは、連絡事項は以上です。次の授業の準備をしておくようにね」


 小野木はそう言って締め括ると、教室を出て行く。


 雪緒は即座に席を立ち、教室から出て小野木を呼び止める。


「小野木先生!」


「ん? どうしたの、道明寺くん?」


「ちょっと、すみません」


 断りを入れてから、雪緒は手を伸ばす。


 手を伸ばしてくる雪緒に、小野木は小首を傾げるも、特に抵抗したり嫌悪感を示したりしない。


 その事にほっとしつつ、雪緒は中指を親指に引っ掛ける。所謂(いわゆる)、デコピンの形である。


 中指の先に霊力を集め、小野木の服を少しだけ掠めるようにしつつ、小野木の後ろに居る中年変態幽霊に向けて指を弾く。


 霊力を帯びた指が、中年変態幽霊に直撃する。


「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 直後、中年変態幽霊が断末魔の声を上げる。


 思わずびくりと身体を震わせる雪緒。しかし、断末魔の声に驚いたのは雪緒だけではなかった。中年変態幽霊に憑かれていたであろう小野木も、驚いて身を震わせたーー


「きゃっ!」


 ーーだけならば良いのだが、驚きすぎたのか、小野木は雪緒の方に飛び込んできた。


 倒れ込まないようにそっと小野木を支える雪緒。しかし、かつてない程近くに居る異性に、雪緒の心拍数が上がる。


 いや、晴明が近くに居た事はあったけれど、小野木は晴明とはまた違った魅力を持つのだ。女性と手をつないだことも無い程恋愛経験が無い雪緒にとって、羞恥や緊張で心拍数を上げるには充分だった。


「え、な、なに!?」


 しかし、緊張してしまっている雪緒とは対称的に、突然聞こえてきた絶叫に驚きを隠せずにいる小野木は、(しき)りに絶叫の聞こえてきた背後を確認している。


 それに加え、更に問題が起きた。


 驚いた様子で、教員や生徒が廊下を確認しはじめたのだ。


 そう、中年変態男の絶叫はあろう事か他の生徒や教師にも聞こえていたのだ。


 ポルターガイストとは訳が違うだろうけれど、それと似たような事が起きたのは間違いが無い。


 ざわざわと、階全体が俄に騒ぎ出す。


 しかし、驚きの渦中に居る小野木はその事に目が行っていない。


「ど、道明寺くん! 何かした!?」


「い、いえ、悪い虫(・・・)が居たので、指で弾いただけですけど?」


「で、でも、誰かの声聞こえたわよね!?」


「き、気のせいでは?」


「気のせいじゃないわよ! 絶対に聞こえたんだから!」


「でも、誰も居ませんよ?」


「で、でも……!」


 最初の凛としたイメージとは打って変わり、今の小野木はとても幼く見えた。おろおろと狼狽していて、まるで何かを怖れている子供ようであった。


「とりあえず、先生。その……いったん離れません?」


「え? あ……」


 雪緒の言葉に、自分が今どんな状態になっているのかに気付いた小野木は、途端に顔を真っ赤にして雪緒から離れた。


 しかし、時すでに遅く、狼狽していた姿も、子供のように雪緒にしがみつく姿も大勢の生徒と教員に見られてしまっていた。


 まさかこんな事になるとは思っていなかった雪緒は、小野木に申し訳無くなる。


「お、小野木先生、何かありましたか?」


 若干頬を赤くしながら、ジャージ姿の男性教員が小野木に声をかける。


「な、何でもありません! 道明寺くん! 放課後職員室に来るように!」


「え、えぇ? いったい何故?」


「いいから! 来るように!」


 それだけ言うと、小野木は顔を赤くしながら去って行った。


 そんな小野木を雪緒とジャージ姿の男性教員は見送る。


「あー……道明寺。何があったんだ?」


「悪い虫を指で弾いただけなんですけどね……」


 雪緒がそう言えば、ジャージ姿の男性教員は苦笑を浮かべた。


「まぁ、どんまい。俺から小野木先生には言っとくわ」


「お願いします」


 ジャージ姿の男性教員に頭を下げて、雪緒は教室に戻ろうと振り返る。


 そこで、複数人の視線が真正面から雪緒に突き刺さる。


 雪緒のクラスから、ほぼ全員が廊下の様子を伺っていたのだ。


 皆の目は好奇心に溢れており、事の顛末が気になって仕方がないといった色を浮かべていた。


 その中には仄の姿も在り、その目は呆れていた。


 口パクで「お馬鹿」と言うと、さっさと引っ込んでいった。


 どうやら、雪緒を助けてくれる気は無いらしい。


 誰の援護も得られないと知り、雪緒は一つ溜息を吐いた。





 朝から散々な目に合い、休憩時間の合間にクラスメイトから質問責めにあった雪緒は、昼休みになると力尽きたように机に突っ伏した。


「おーい、大丈夫ー?」


 机に突っ伏した雪緒を仄がつんつんとペンで突っつく。


(つつ)くんじゃねぇ……」


 雪緒に突くなと言われながらも、仄は雪緒を突く。


「良かったね。クラスメイトに声かけてもらえたじゃない」


「こんな事で話し掛けられても、余り嬉しく無いけどな」


 言って、起き上がる雪緒。


 雪緒が起き上がれば、仄はようやくペンで突くのを止めた。そして、対面に移動して待ってましたと言わんばかりに雪緒の机に自分のお弁当を広げる。


 最近は雪緒もちゃんとお弁当を用意しているので、学食には行っていない。そのため、こうして教室で一緒にお弁当を食べているのだ。


 男子達の視線が痛いけれど、仄と友人になるという事はそういう視線と今後も付き合っていかなくてはいけないということだ。


 多少気になるけれど、少しずつ慣れていくしかない。


 いただきますと、食前の挨拶をしてから、二人はお弁当に手を付ける。


「それで? あの悪い虫はどうしたの?」


「デコピンしたら絶叫して消えた」


「やっぱり。って、デコピン?」


「そ、デコピン」


 言って、指を弾く仕種をする。


 仄は一瞬呆気に取られたような顔をした後、呆れたような顔になる。


「呆れた。そんな方法で追い払うなんて」


「仕方無いだろ? そうしなきゃ虫が付いてたって言い訳が立たなかったんだから」


「虫がどうこう言っても意味が無い程の騒ぎになったけどね」


「ごもっとも……」


 まさか幽霊が絶叫を上げて、その上それが普通の人にも聞こえるとは思っていなかった。そこが雪緒にとっての誤算だった。


「でも、良かったね。放課後は小野木先生とデートだよ?」


「デートと言う名の説教だけどな。はぁ……気が重い」


「まぁ、小野木先生的には恥をかかされた訳だからね。元凶である雪緒くんに八つ当たりしたいんだよきっと」


「八つ当たりって……」


 しかし、小野木の怒り様を見れば、その可能性もある。


 どうにかジャージ姿の男性教員が宥めてくれている事を願うしかない。


「そういえば、話は変わるけど」


 仄はそう言うと、少しだけ真剣な表情を見せる。


「雪緒くんは電車通学?」


「いや、徒歩だよ。てか、最近その手の質問多いけど、電車で何かあったのか? 脱線しやすいとか?」


「それじゃあ運休して徹底調査するでしょう。それに、大々的にニュースになるよ?」


「確かに」


 では、いったいなんだと言うのか。


 そんな思いを込めて視線を向ければ、仄は少しだけ声を潜めて言った。


「雪緒くんは、きさらぎ駅って知ってる?」


 きさらぎ駅。その単語を、今朝聞いた記憶はある。


 けれど、それが何なのかまでは知らない。


「知らん。どっかの駅? それとも、道の駅みたいな場所? お土産とか野菜の直売場とかあるの?」


「もう! 茶化さないで聞いて。そんな話ならわざわざ声なんか潜めないよ」


「確かに」


「次茶化したら、お弁当のおかず全部食べちゃうから」


「太るぞ?」


「は?」


「すみません」


 尋常じゃない程の怒気が込められた返答に、雪緒は即座に頭を下げた。


「雪緒くん、私は確かに平均的な体重よりも少し、ほんの少し重いけど、それは筋肉のせいなの。分かる?」


「分かります。筋肉は脂肪よりも重いって知ってます」


「宜しい。土御門仄は平均体重。さん、はい?」


「土御門仄は平均体重」


「エクセレント。良く記憶しておくように。次は無いから」


 最後にそう言って、怒気を収めてくれる仄。


 仄が怒気を収めた事により、雪緒の身体から力が抜ける。


「それはそうと、茶化したので、雪緒くんのおかずは全て没収です」


 言って、雪緒のおかずを全て奪っていく仄。


 変わりに寄越されたのはプチトマト一つのみ。ご丁寧にヘタは取ってくれた。


「ご親切にどうも……」


「よきに計らえ」


 偉そうに言って、本当に雪緒のおかずを食べ始める仄。


 おそらく、雪緒に返す気は無いのだろう。


 雪緒は仄からおかずを取り戻す事を諦め、話の続きを促す。


「それで? きさらぎ駅ってのはいったい何なんだ?」


「さあ?」


「さあって」


「本当に分からないのよ。そこがどういう場所なのか、何があるのか、どうやったら行けるのか」


「じゃあ何で噂になってんだ? 噂があるって事は、少なくとも誰かが言い伝えたって事だろ?」


「雪緒くんは何時の時代の人なのかな? 今はインターネットという素晴らしいものがあるじゃない」


 言って、スマホを取り出す仄。


 慣れた調子でスマホを操作し、画面を見せて来る。


「これ」


 仄のスマホには、どこかの掲示板が映し出されていた。


 おそらくは、読めということなのだろう。


 雪緒は仄からスマホを受け取ると、掲示板を読み始める。


 その掲示板には、電車に乗っていて、気付いたらきさらぎ駅という駅に着いていたという事が書かれていた。


 軽く読み進め、最後まで読むと、スマホを仄に返す。


「最近、行方不明者が増えてるの。その行方不明者の共通点は電車に乗っていた事と、皆掲示板とかSNSにきさらぎ駅って書き込みをしてるの」


悪戯(いたずら)じゃないのか?」


「悪戯で行方をくらます?」


「まぁ、ちょっとやり過ぎだって判断が出来れば、しないだろうな」


 それに、行方をくらませて、これ程の騒ぎになれば普通直ぐに姿を表すだろう。


「そうなの。行方不明者も、大人から子供まで年齢関係無し。そこに共通点はまったく無いの」


「同じ地区とかは?」


「てんでんばらばら。乗ってる電車もばらばらだし」


「それはまた、おかしな話だな」


「そうなの。だから、ネットで話題になってるの。一部のオカルト好きも騒いでてね」


「まぁ、かっこうのネタだよな。話題性もあるし、きさらぎ駅だなんて失踪者が残した共通のワードもあるし」


「ネットは規制できないし、人の口に戸は立てられないし……もう大変よ」


「だろうな。って、なんで仄が大変なんだ? 何か関わってるのか?」


「え、いや、せ、世間よ! 世間とか、警察とか、もう大変じゃない!?」


「まぁ、大変だろうけどさ……」


 何故そこまで焦るのか。少しばかり訝しみの視線を向ければ、仄はついっと視線を逸らす。


「なぁ、ほのーー」


「ちょっと、いい加減にしてくれる?」


 言いかけて、横から遮られる。


 視線をやれば、そこには不機嫌そうな顔をした上善寺青子が二人を睨みつけていた。


加代(かよ)は電車通学なんだから、加代の近くでそんな話しないでよ」


 上善寺が不機嫌そうに言うと、上善寺と何時も一緒にいる褐色肌の少女が苦笑しながら言う。


「いいよー別に。ウチにはかんけー無い話だし」


「でも加代、嫌だなーって言ってたじゃん!」


「それは、そーいう事が起きてるのが嫌ってだーけ。別に、噂があるのは仕方ないと思ってるよ」


「でみゅお! ひゃにふんほ!」


「はーい気にしなーい。二人も、話の邪魔しちゃってごめんねー?」


 上善寺の頬を掴んで伸ばして、強制的に話を終わらせる。


「ううん。こっちこそ、不謹慎だったわね。玖珂(くが)さんの気も知らないで、お話しちゃってごめんなさい」


「俺も、悪かったよ。確かに、教室でするには不謹慎な話だった」


 二人とも、素直に頭を下げる。


「いーっていーって! ささ、お二人さんはお話を続けて! 青子、飲み物買いに行くよー。奢ったげるから」


「あ、待ってよ加代!」


 上善寺は慌てて席を立ち、二人を一つ睨んでから玖珂を追った。


「嫌われたかな?」


「少なくとも、好かれた感じはしないな」


「だよね」


 その後、反省をした二人がきさらぎ駅の話をすることは無かった。


 他愛の無い話をして、お昼休みは過ぎていった。


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