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第拾弐話 喧嘩は些細な事から

 結局、拗ねた繁治の相手をすることになり、げっそりと疲れながら就寝した雪緒は、身体は疲れていなくとも、精神的に疲れながら平安へと訪れた。


 縁側でいつも通り晴明とお茶を飲みながら他愛の無い話をしていると、繁治の対処に追われて忘れていたけれど、幽霊を見た事を思い出す。


「そういえば、俺さっき幽霊見たんだけど」


「そうか。まぁ、外を三歩歩けば(まみ)えよう」


「そんな頻繁に幽霊見てたまるか。それに、幽霊自体初めて見た」


「何? それは(まこと)か?」


 適当に聞き流していた晴明が、雪緒の初めて幽霊を見たという発言を聞いて、反応を示す。


「ああ。生まれてこの方見たことが無かった。それが昨日急に見えるようになった」


「ふうむ……」


 雪緒の言葉に、晴明が少しだけ考えるような仕種を見せると、直ぐに雪緒に向き直る。


「すまぬ。それは、私のせいやもしれぬ」


「え、どういうことだ?」


「私は、其方に霊力の使い方を教えたな?」


「ああ。式鬼神召喚がそうだよな?」


「うむ」


 小梅を召喚する時に自身の霊力を把握し、それを引き出し、使用すると言うことを行った。そして、雪緒は式鬼神召喚を何度も使用して、霊力の使い方に慣れてきていた。


「霊力を扱うという事は、霊力を把握するという事だ。そして、霊とは霊力の塊のようなものだ」


「あー。何となく分かったぞ。つまり、俺が自分だけじゃなくて、他人の霊力を把握できるようになったって事か?」


「そういう事だ。理解が早くて私は嬉しい」


 常の顔で言うので、本当に嬉しいのか疑問なところだけれど。


「てことは、俺はこれからも幽霊を見続けることになると?」


「そうなるな」


「まじか……」


 あんなグロテスクな者をこれからも見なくてはいけないのかと思うと気が重い。


 幽霊の存在を知覚出来るからといって、察知できる訳でもない。


 晴明程になれば簡単に出来るのだろうけれど、雪緒はまだ霊力を使い初めて一週間と少しだ。ただ見る事が関の山だ。


 これから外に出るときはどうしようかと考えていると、晴明が申し訳なさそうに眉を下げる。


「すまぬな。そこそこの霊力を持っておったゆえ、霊とは身近にあると思ってしもうた。私の浅慮で、其方に望まぬ力を与えてしもうたな」


 心底申し訳なさそうにする晴明に、雪緒は慌てて言い(つくろ)う。


「晴明は悪くない……とも言えないけど、俺は晴明に霊力の事を教えてもらった事は後悔してない。だって、そうじゃなきゃ小梅に会えなかったんだからさ」


 平安でも現代でも、小梅とは仲良くしている。


 基本、雪緒の部屋にしか居ない小梅だけれど、雪緒が与えた塗り絵が楽しいのか完成した塗り絵を嬉しそうにして見せて来るのだ。


 それが、歳の離れた妹の様で、とても可愛らしい。


 自分が末っ子なので、妹や弟という存在の居ない雪緒にはそれが新鮮で、なんだか嬉しかった。


 それに、小梅はとても良い子だ。


 雪緒の言い付けはちゃんと守るし、とても勉強熱心だ。この間も、平仮名を教えて欲しいと言っていたので、平仮名の表を作ってあげた。


 完全に娘を甘やかす父親の様だが、それくらい雪緒は小梅の事を可愛がっている。今度の休みには少し遠出して、大きな公園にでも連れていこうと思っている。


「まぁ、なっちまったものは仕方無い。前向きに捉えるさ」


「すまぬな……」


「謝るなよ。俺だって何も考えてなかったんだ。むしろお互い様だろ。っていうわけでも、この話はおしまい!」


 このままではひたすらに謝り続けそうだったので、雪緒は強引に話を打ち切る。


 何故だか、晴明が申し訳なさそうに眉を下げている姿を見るのが嫌だった。そんな晴明の姿を見ていると、心が落ち着かなくなって、早くどうにかしたいと思ってしまう。


 こんなに誰かが悲しんでるの姿を見るのは嫌だったかなと思いながらも、恐らく、その姿を楸が亡くなった当初の繁治や明乃と被せて見てしまったからだろうと考える。あの時は、自分も悲しかったし、苦しかったけれど、それ以上に悲しんでいる家族の姿を見るのが辛かった。


 その気持ちが、まだ雪緒の心の中に残っているのだろう。


 ともあれ、そんな気持ちで話を無理矢理打ち切ったけれど、晴明は首を振って話を続ける。


「いや、こうなってしまえば話をした方が良い。実害がある以上、対処法を知っておかねばなるまい」


 実害はまだ加えられていないけれど、いずれ実害を(こうむ)る可能性もある。悪霊だの怨霊だのはよく聞く話だ。巻き込まれる可能性があるなら、対処が出来る越したことはないだろう。


「そう、だな……それじゃあ、教えてくれ」


「ああ。といっても、簡単な話だ。霊力を手に纏い殴れば良い。それで大抵の霊は倒せる」


「え、えぇ……」


 思っていた方法とは違い、あまりに脳筋な対処法方に雪緒は思わず戸惑いの声を出してしまう。


「えっと、なんか、呪文を唱えるとか」


「無い。言葉に霊力を乗せ、言霊(ことだま)として放つことはあるが、霊相手であれば必要は無い」


「なるほど」


「それに、そもそも其方が戦う必要も無い。そういう事は式鬼に任せれば良い」


「それは、小梅を戦わせるって事か?」


「ああ」


 こくりと、まるで何でもないことのように頷く晴明。


 雪緒は、ちらりと庭いじりをする冬と小梅を見る。


 楽しそうに庭いじりをする彼女達は、見た目も相まって、ただの少女にしか見えない。


 そんな少女にしか見えない彼女達を危険に晒して、自分はのうのうと後ろで待つ。そんな事、出来るはずが無い。


 当たり前のように彼女らを危険に晒すと言っている晴明に憤りを覚えながら、雪緒は冷静さを保ちながら言う。


「小梅を危険に晒すくらいなら、俺は自分で戦う」


「それでは理にかなわん。式鬼とはそもそもが小間使いのようなものだ。それは戦闘においても変わらぬ」


「お前、それ本気で言ってるのか?」


「ああ。其方こそ、何をそんなに憤っておる?」


 本当に分からないと、そんな顔で雪緒に問う晴明。


 それが、無性に雪緒を苛立たせた。


「自分の安全のためなら誰が犠牲になっても構わないってのか?」


「そうは言っておらぬ」


「じゃあどういう事だよ」


「自らは当然として、民草や貴族、御門も私には守護対象だ。その守護する手段として式鬼を(もち)いる。ただそれだけの事だ。其方、(まこと)に何をそんなに憤っておるのだ?」


 段々と、雪緒の噛み付いて来る態度が気になりはじめてきたのか、晴明の方にも苛立ちが募っていく。


 しかし、だからと言って雪緒も引くことは無い。


「俺は、自分が助かるために誰かを犠牲にするなんて()平御免(ぴらごめん)だ。それが例え式鬼だろうとだ」


「適材適所だ。自分に出来ぬ事を式鬼に補ってもらう、ただそれだけの事であろう? それとも何か? 其方は冬や小梅よりも弱いと言うのに、自らが損をするというのに、わざわざ其方自ら出向くと言うのか?」


「当たり前だ」


「……はっ。到底、理解できぬ」


 即座に答えた雪緒を、晴明は鼻で笑う。


「何故自らが損をすると分かっておるのに、自ら出向こうとするのか、理解できぬよ。理にかなわぬ」


「損得勘定じゃねぇんだよ。大切な人が傷付くって分かってるのに、それを容認できる訳ねぇだろ」


「人では無い、化生だ」


「そういう問題じゃねぇ!!」


 畳に拳を打ち付け、声を荒げる。


 声を荒げ、自身を睨みつける雪緒を、不愉快そうに見る晴明。


 雪緒が声を荒げた時点で、さすがに静観する訳にもいかなくなった冬と園女は、雪緒の次の行動に警戒する。小梅は、おろおろしながらも、何かあれば雪緒を守れるように身構える。


 元々、二人の不穏な空気を感じて、二人に意識を向けていた三人は、しかし、介入することはなく、二人の話の行く末を見守る。


 睨み合う両者。


 一触即発かのように思えたが、ふと、雪緒の脳裏に棗の言葉が過ぎった。


『その程度で相手の何が分かる? 知らない事の方が多いに決まってる。まだそこまでの関係が出来てすらいないのに、関係者(づら)なんておこがましいにも程がある』


 何故か、唐突に、それを思い出した。


 途端に、雪緒の頭は冷静になる。


 雪緒は、まだ晴明の事を何も知らない。晴明が、式鬼を戦力だと割り切れる事も、必要な犠牲を容認できる背景も、知ってはいない。


 雪緒は、安倍晴明という人をまだ完全に知ることは出来ていない。


 冷静になった雪緒に、不機嫌なままの晴明の視線が突き刺さる。


 冷静になった今、自身の考えを否定されて不機嫌になっている晴明の視線は、雪緒の心に深く突き刺さる。


「…………悪かった。少し、頭を冷やしてくる」


 晴明から視線を逸らし、立ち上がると、雪緒は晴明の家を後にした。


 追いかける者も、声を掛ける者もいなかった。





 宛ても無く、平安の都を歩く。


 元々、自らが住まう時代でも無いので、当然ながら宛てなど無い。


 ただ適当にふらつくだけだ。


 歩きながら、自己嫌悪に襲われる。


 棗に相談して、理解できたつもりでいるなと言われたばかりなのに、晴明の心境も心情も背景も何も考えずに自分の感情だけで否定をしてしまった。


 勿論(もちろん)、晴明に言った事に嘘偽りは無い。小梅を戦わせて安全を(はか)る事には賛同できないし、そんな事をするくらいなら自分で戦う事を選ぶ。


 けれど、何にしたって熱くなり過ぎた。


 小梅は、確かに人ではないかもしれない。けれど、だからといって雑に扱って良い訳でもなければ、ましてや犠牲の勘定に入れて良い訳でも無い。


 晴明と考え方が違うのは、育ってきた環境の違いもあるだろう。昨日今日化生に触れた雪緒とは違い、晴明は化生との関わりが長い。その長い生活の中で、晴明が苦心して決めたであろう事を、雪緒は頭ごなしに否定をしてしまったのだ。


 本当に、何も考えていなかった。


 人通りの少ない路地に入り、家屋の外壁に背を預けて座り込む。


「何やってんだ、俺……」


 仲良くなろうと決めた矢先に喧嘩をしていてはどうしようもない。


 でも、嫌だったのだ。晴明が式鬼を、冬や小梅を危険に晒す事を容認しているのが。晴明が冷徹であると思ってしまうのが、嫌だったのだ。


 自分のために他人を犠牲に出来る。そんな人間であると言われているようで、心底から嫌だった。


 しかし、結局はそれも雪緒の押し付けだ。晴明にはこうあってほしいと、その偶像を押し付けているのだ。


「本当に、俺は…………まだ抜けきれて無いのかよ……」


 もう二年も前の事に引きずられている。


 前向きに行こうと思っている筈なのに、ずっと引きずられている。


 自覚はあったけれど、他人にもそれを押し付けるとなると、自分にほとほと呆れてしまう。


 更なる自己嫌悪に陥り、うなだれていると、ふと影がさす。


「もし、大丈夫ですか?」


 優しげな、女性の声。


 顔を上げれば、声の印象に違わず、優しげな顔をした、けれど、どこか妖艶な女性が立っていた。


 女性は雪緒と目が合うと、心配そうな顔で雪緒にたずねる。


「どこか、お身体でも悪いのですか?」


 女性の言葉に、(はた)から見た自分の姿を理解して、慌てて答える。


「いえ、そういう訳じゃありません。すみません、ありがとうございます」


 謝り、立ち上がってその場を去ろうとする。


「あの、本当に大丈夫ですか?」


「ええ、至って健康ですので」


 そも、式鬼と同じような身体をしているこの身体が体調を崩すのかどうかも怪しい。


 腹も減れば眠くもなるのに、疲れもお手洗い等の生理現象も無いのだから、本当に変な身体だ。


 言って、今度こそ去ろうとするーーが、その袖を申し訳なさそうに掴まれる。


「いえ、やはり心配です。一度、我が家にお寄りください」


「いや、そういう訳にも……」


「今にも倒れそうな顔色の貴方を、ただ放っておけと言うのですか? 私、そんな人で無しではございません」


 顔色と言われ、思わず手で触って確認してしまう雪緒。


 鏡も無く、また、像を写す水も無いので確認することが出来ない。


「さぁ、行きましょう。都から少し離れたところに我が家がありますので、そこに向かいましょう」


 言って、今度は強引に腕を掴んで引っ張っていく。


「それとも、貴方をお家に送った方が良いのでしょうか? お家は都ですか?」


「い、いえ。訳あって、家が無く……」


「では、なおのこと我が家に向かいましょう。ちゃんと横にならないと」


 言いながら、少し早足で歩く優しげな女性。


 抵抗することも出来た。強引にと言っても、女性の柔腕。少し力を込めれば振りほどけた。


 けれど、彼女の好意を無駄にするのも、また(はばか)られた。


 それに、都は晴明の陳の中。そう思うと、少しだけ居心地が悪かった。


 雪緒は優しげな女性に手を引かれながら、自らの意思で彼女の後に着いて行った。

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