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第壱話 時間遡航は雷で

お読みくださり恐悦至極。

楽しんでいただけたら幸いにござりますれば。


誤字脱字等の指摘大歓迎。


 雨の降りしきる山道を一人の少年が歩く。


 雨合羽(あまがっぱ)を来てはいるけれど、雨は雨合羽のフードの隙間から侵入してきて、合羽特有の蒸し暑さと相まって不快感をもよおす。


 登山靴も、ぬかるんだ道程度であれば水の侵入は無いけれど、こうも雨に降られては防水のしようが無い。結果、靴下まで浸水し、歩く度にびちゃびちゃと不快な感触が返って来る。


 少年はぶつぶつと何かを呟きながら、ひたすらに山道を歩く。


 もうすぐ山頂。とはいえ、雨は止む気配は無いし、雷雲も立ち込めはじめて来ている。山頂を目指すのではなく、すぐさま下山した方が賢明だ。というのに、少年はずんずんと山頂に向かって足を進める。


 それはまるで、何かにとり憑かれたかのような、迷いの無い足取りだ。


 疲れも、雨の不快感も、濡れる靴も苦にならないのか。それとも、気にならないのか。


 少年の足取りは緩むことなく、むしろ、山頂が近づくに連れて速くなっていく。


 そうして、少年がひたすらに歩を進めると、ようやく山頂までたどり着いた。


 山頂には大小様々な石が転がり、その中に一際大きな石があった。


 その石には荒縄が巻かれており、石の前には木製の立て板が立っていた。そこには、こう書かれていた。


 『史跡 殺生石』 


 その文字を見た途端、少年はぶつぶつと言葉を呟くのを止め、次の瞬間には狂ったように笑い始めた。


「ふ、ふふふっ、ふはははははははははははっ!! 遂に! 遂にだ!! 遂に俺の手に入る!!」


 雨の中、狂ったように笑い、嬉しそうに殺生石に近づく彼の姿は、誰がどう見ても狂っていた。


 なにか、良くない予感がする。


 狂ったように笑う少年からは尋常じゃない気迫が伺える。その目は爛々と血走っており、息は荒く、抑えるのが難しいと言わんばかりに笑い声がこぼれる。


「ようやくだ。ようやく、悲願が達成される……!!」


 狂ったように笑う少年は、びしょ濡れになったバッグから何かを取り出す。


「さあ、ようやくだ! 待ち侘びたぞ! 今日こそ、俺の元に来い!!」


 そう言って少年は高らかに叫ぶとーーーー


玉藻御前(たまもごぜん)!!」


 ーーーー十連ガチャを引いた。


「こい! こい! さっこーい!!」


 ジップロックに入ったスマホを握りしめ、ガチャの結果を血走った目で見る。


 雑魚、雑魚、雑魚、レア、雑魚、雑魚、雑魚、雑魚、レアーーーー


 最後の一枚。少年は、呼吸をするのも忘れて画面に食い入る。


 最後の一枚は、確定レア演出。少年の期待が高まる。


 黄金の光が弾け、表れたのはーーーー


『安倍晴明 SR ☆5』


「なんでじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 頭に手を当てて天に向かって吠える。


「おかしいだろ! なんで殺生石の前で引いて玉藻御前じゃなくて安倍晴明!? おかしくない!? なんで妖怪の前で妖怪退治のプロが当たるんだよ!? ちくしょう!! 殺生石の前で引けば当たると思ったのに!!」


 少年は、一言呟きアプリでとある投稿を見つけた。


『殺生石の前でガチャ引いたら玉藻きたったwww マジ俺嫁www』


 その投稿を見て、殺意が湧いたと同時に、俺もいけるのでは!? となった。


 そのための登山、そのための殺生石である。


 聞けば、殺生石は日本に数箇所存在するらしいじゃないか。そして、運が良いことに、少年の地元にも殺生石のある山があった。だから雨が降っているにも関わらず山に登り、不快な思いをしながらも山頂を目指したのだ。俺嫁が欲しかったのだ。


 だというのにーーーー


「安倍晴明って男じゃん!? 俺婿とか誰得だよ!? 俺は、嫁が、欲しかったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ーーーー結果は爆死である。いや、安倍晴明のレアリティとスキルの有用性を考えれば、決して爆死ではない。むしろ、大当りである。少年のフレンドでも安倍晴明を所持している者は少なく、育てれば引っ張りだこは間違い無しである。加えて言うならば、一言呟きアプリで呟けば仲間内のネタにもなるだろう。


 しかして、少年はそんなことをは望んではいないのだ。


 ネタも、安倍晴明も必要無い。本当に欲しいのは心の俺嫁玉藻御前である。


 少年はその場に膝を付く。


「そんな……ラスト十連……殺生石の前でやって、ダメだったって……」


 今までの苦労は何だったのか。そう問いただしたくなる結果に、少年は急速にやる気を失っていく。


 やることもやったので、そろそろ下山しなくては危ないのだが、そんなことを考える余裕も無い。


 少年はうなだれながら画面を見やる。そして、あるところを見てカッと目を見開く。


 そこに映るのは式札を構えるイケメン、安倍晴明ーーーーの、少し上。具体的に言えば、画面の右上の角。そこに、ガチャを引くためのアイテムの所持数が記載されているのだが、残り一回分だけ石が残っていたのだ。


 少年はすぐさま立ち上がる。


「神は俺を見放さなかった!! ラスト一回!! 俺はこのガチャに全てをかける!!」


 他の観光客がいれば完全に変人なこと間違い無いが、今は幸いにも少年一人。少年はなにも気にすることなく、大仰な仕種でガチャを引いた。


「さあ来い!! 俺嫁!! 玉藻御前!!」


 ぽちっとな、ガチャを一回引く。


 すると、またもや確定レア演出。


 少年の期待が高まる。


 そうして黄金色の輝きが弾け、ガチャの結果が画面に映し出された。そこに映し出されたのはーーーー


『安倍晴明 SR ☆5』


 ーーーー駄目押しの安倍晴明であった。


「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 少年はその場にくずおれ、年甲斐もなく泣いた。


「どんだけ出て来るんだ安倍晴明!! おのれ晴明ぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 もはや気分は蘆屋道満(あしやどうまん)。晴明が憎くて憎くてたまらない。


 少年は怒りを頼りに立ち上がり、天に向かって叫んだ。


「俺に、嫁を、くださぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 直後、雷光が瞬いた。


「ぎゃっ!?」


 自分になにが起こったのかも分からず、尻尾を踏まれた猫みたいな声を上げる少年。


 意識が途絶える間際、少年は理解する。


 ああ、自分は雷に撃たれたのだと。


 そして、思う。


 雷はいらないから俺嫁をくれと。


 まったく懲りてなかった。



 〇 〇 〇



 人々の喧騒が聞こえる。


 がやがやと喧しく、賑やかしい。


 自分は山に居たはず。だのに、人の声が聞こえて来るのはなぜ? 幽霊? それとも魑魅魍魎? どちらにせよ怖い。しかし、目を閉じているのもまた怖い。なにをされるかわかったものではないし、できればまだ生きていたいので逃げ出したい。


 見極めろ、その眼で!


 カッと目を見開く。


「は?」


 そして、口もあんぐりと開く。いわゆるアホ面である。


 しかして、誰が少年を責められようか。アホ面を晒すに足る理由が、少年にはきちんとあるのだ。


「な、んだ……ここ」


 少年の目の前に広がる光景。それは現代日本においてはまず有り得ない光景であったから。


 白土の広がる地面。その地面の上に道なりに並ぶ板を打ち付けただけの簡素な平屋。歴史の教師に習った直垂(ひたたれ)を着た人々。


 そこはおよそ現代日本とは掛け離れた町並みだった。少年の脳内で思い当たるのは、歴史の資料集で見た平安京。それに、酷似していた。


 雷に撃たれたと思ったら、目を開ければそこは平安京。


 トンネルを抜ければそこは異世界でした並にわけが分からない。いや、今の例えも意味が分からないけれど。


 ともかく、少年は思った。


 ダメだ、意味が分からないと。


 少年は一瞬思考を放棄しかけるが、すぐに頭を振って正気を保つ。


 ここで思考を放棄するのが一番まずい。正常な判断をして、いや、待て。ここでいう正常とはいったい何なのだろうか? そもそも今は正常なのだろうか? もしかしてこれは夢? 思い出せ、知ってるはずだ。こういうときにどういった対処をすれば良いのかを。


 目には目を、歯に歯を。記憶喪失になったらもう一度頭を強打すれば良いし、階段から転げ落ちた後に別の人と入れ替わったのなら、また階段から転げ落ちれば良い。そうだ、簡単なことじゃないか。


「俺は雷に撃たれれば万事解決ということだな!」


「阿呆。死ぬだけだぞ?」


 混乱した、ただの独り言。そのはずだった。


 しかし、思いがけず返事が返って来る。


 背後から聞こえる、呆れたような、警戒するような、そんな声音。


 少年は驚きながらも振り返る。


 そこには、一人の少女が立っていた。


 白を基調とした狩衣(かりぎぬ)に身を纏い、立烏帽子を頭に被り、手には黒塗りの扇を持つ少女。


 少年より、少し年上だろうか。艶やかな黒髪に目鼻立ちの通った美しい顔。さながら、狐を思わせる美しく吊り上がった目は冷徹で、こちらのことを最大限警戒しているのが見て取れる。


 少年が出会ったどの女性よりも美しい。率直に、そう思った。


 少女は扇で口元を隠しながら、狐のような目を細める。


「陳が乱れたと思って来てみれば、異邦(いほう)の者とな……」


「あ、えっと……」


 おそらく、自分に話しかけているであろう少女に、しかしてなんと答えればいいのやらと考え、言葉に詰まる。


 そんな少年に、少女はふんと鼻を鳴らす。


「いや、よい。着いて参れ」


 少女はそれだけ言うと、なんの気負いもなく背中を向けて歩きはじめる。


「え、あ、ちょっと!」


 声をかけるが、少女は構うものかと速度を緩めることもなく歩く。


 着いて来いと言われ戸惑うけれど、ここで独りぼっちになるよりかは美人な少女に着いていく方が何倍もましであろう事はすぐに分かった。それに、少女はなにやら訳知りのようだし、この状況に説明を付けてくれるだろう。


 少年は、多少の迷いはあるものの、前を歩く少女に着いて行った。


 少女は少年よりも歩幅が狭く、少年はすぐに追いつくことができた。


 追い付いても、なんて声をかけていいのか分からず、黙りこくってしまう。それと、なんとなく隣を歩くのは気が引けて、数歩後ろを雛鳥のように付いていく。


 気が引ける、というよりは、気後れする、という方が正しいか。


 ともあれ、少年は少女の後に着いて行きながら、周囲を観察する。


 建築法に引っ掛かりそうなおんぼろな家屋が多く、家屋の前で米と野菜を交換していたり、魚の干物と銅貨を交換したりしていた。


 映画のセット? いや、それにしては凝りすぎてるような気がする。


 映画のセットと言うには粗末が過ぎるし、安全面にも問題があるように思える。それに、撮影機材も無ければ、どれも現代のものとは思えないほどのクオリティだ。総合的に見て、粗雑が目立つ。


 本当に、何なんだ? ていうか、どうなったんだ、俺?


 胸中に困惑が広がる中、少女がぴたりと足を止めた。


「着いたぞ」


 言われ、少女が顔を向ける方を見る。


 そこには、他の家よりも数段立派な、しかし、所々で粗が目立つ家屋が立てられていた。現代建築とは雲泥の差ではあるが、目の前の家屋が立派であることは理解が及んだ。


「私の家だ。まあ、茶でも出そう」


 言って、家に入っていく少女。


 家に入っていく少女に、どうしたものかとあたふたしていると、玄関とおぼしきところから少女がこちらを振り返り、機嫌悪そうに言う。


「早うせい」


「あ、はい……」


 機嫌の悪そうな少女に促されるまま、少年は家に向かって足を進めた。


 ようやっと歩き出した少年に、少女はふんと鼻を鳴らして家の奥に引っ込む。


 少年は玄関の戸を閉め、靴を脱いでから上がる。


 ぎしぎしと音を立てる板張りの床を踏み締め、少女の後を追う。


 そういえばと、少年はどうでも良いことを思い出す。


 歴史の教師曰く、平安時代の庶民の家は、竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)が一般的だったらしく、ちょっと裕福な家屋でも板張りの簡素な家が多かったらしい。


 それを思い出せば、少女の家が他の板張りの家よりも立派であることを考え、少女の地位が庶民よりも高いことを知る。

 

 いや、そもそもがここが平安時代だという保証は無いのだし、少年はまだテレビのどっきり企画であることを諦めてはいない。そして、たちの悪い夢である事も。


 しかして、それにしてはディテールも凝っているし、現代らしさが感じられない。時代劇のセットなどにはどうしても現代らしい加工が見て取れるが、この場所や今まで歩いてきた道中を思い出せば、本当に所々に粗が目立っていたのだ。


 本当になんなんだここは……?


 放心というよりは、困惑をしながら、通された居間のような場所でぽつねんと立っていると、盆を持った少女が不愉快そうに根眉を寄せる。


「なにを突っ立っておる。早う座れ」


「え、あ、はい」


 言われ、その場に座る少年。


阿呆(あほう)。その場に座る奴がどこにおる。(しとね)の上に座らんか」


「え、し、しとね?」


 茵と言われても、それがなんなのかを少年は知らない。


 困惑する少年に対し、少女は説明をするのが面倒になったのか、溜息一つ吐くと自ら茵の上に座ってみせた。


 茵とは現代で言う座布団の原形である。この茵も、上席(うわむしろ)を正方形にしたものなのだが、今は座布団とだけわかれば十分だろう。少年も、少女が座って見せることで、それが座布団を指すことを理解したのだから。


 少年は一度立ち上がると、茵の上に座り直す。


 思えば、少年が座ったのは部屋の端っこに近い場所だった。確かに、そんなところで話をするのもおかしな話だ。


 少女は盆に置いた急須から湯飲みにお茶を注ぐ。


 少年はそれを黙って見る。


 慣れたような手つきでお茶を注ぐ少女は、片方の湯飲みを少年の前に置き、少年と少女の間に皿に乗った甘栗を置いた。


団茶(だんちゃ)だ。これはあけび」


「あ、ああ」


 団茶? と、また知らない言葉が出て来たが、たずねれば少女が不機嫌になりそうな気がして、少年は頷くだけに留めた。


 とりあえず、一口。


 湯飲みを持ち、音を立てないように、火傷をしないようにゆっくり飲む。


 うん、味がわからない。


 美味いのかまずいのか、それすら判別がつかない。そもそもが、少年は繊細な舌はしていない。美味しいと思えば美味しいし、まずいと思えばまずい。その程度の味覚なのだ。


 まあしかし、飲めなくはない。


 とりあえず、もう少しだけ飲んでから湯飲みを置いた。


 少年が湯飲みを置いたのを見てから、少女は口を開いた。


「さて、色々聞きたい事はあるが、()ずは其方(そなた)の名を聞かせてくれぬか?」


 敵対的、とまではいかないが、警戒をしている少女。しかし、自己紹介くらいはするつもりがあるようで、少年に名を名乗るように促す。


「あ、ああ。俺は道明寺雪緒(どうみょうじゆきお)だ」


「道明寺……? 聞かぬ姓だな……一先(ひとま)ず、其方の事は雪緒と呼ばせてもらおう」


「お、おう……」


 含むところは無くとも、少年ーー道明寺雪緒は、女性に、それも近しい年代の相手に名前で呼ばれた事が無い。そのため、少女、それも、絶世と呼ぶに相応しい美女に名を呼ばれ、気恥ずかしかった。


 そんな雪緒の心中など知るはずもなく、少女は続ける。


「私の名は、安倍晴明(・・・・)ただの占術師(せんじゅつし)だ」


「お、おう。よろし……なんだって?」


 反射的に返事をしてしまったが、彼女の名を正しく理解すると、思わず聞き返してしまった。


 少女は不機嫌そうに根眉をしかめるが、素直に答えた。


「安倍晴明だ。この近さで聞こえぬわけがあるまい? もしや其方、耳が不自由なのか?」


「聴力検査では両方ともAを超えたSランク認定されるほどの猛者だ!」


「え、えー? えす?」


 聞き慣れぬ言葉に少しだけ困惑したように返す少女。


「じゃなくて!」


 つい冗句で返してしまったが、そんなことを言っている場合ではないことを思い出す。


 手を床に着き、ずずいっと少女の方へ近付く。


「も、もう一度、お名前をお聞きしても?」


 少女は嫌そうに顔をしかめながら、身を引いて扇で雪緒の顔を押し返す。しかし、三度目にも関わらず、少女はちゃんと名乗ってくれた。


「何度も言わせるでない。安倍晴明だ」


「まじか……」


 その名を聞き、その場にうなだれる雪緒。


 うなだれる雪緒の頭を少女ーー晴明が煩わしげに扇で叩く。


「早う座り直さぬか。鬱陶しい」


「いてっ」


 叩かれたところをさすりながら、雪緒は座り直す。確かに、女性に対して近すぎた。反省。


 座り直してた雪緒は、しかしと考え、目の前に座る晴明を見る。

 

 雪緒の記憶が正しければ、安倍晴明とは男だったはずだ。それがどういうことだ? 目の前の少女は自分のことを晴明だと名乗るではないか。


「はは、無い無い。有り得なーい」


 雪緒のやっているゲームや読んでいる小説では昔の偉人が女として書かれる事は多いけれど、現実でそれが起こってたまるか、である。


 ドッキリである可能性がまた一段上がった。


「なにが有り得ぬのかよう分からぬが、私が侮られていることは理解できた」


「いや、侮ってはいないよ? ただ、俺の常識と照らし合わせたら有り得ないだけで」


「其方の常識がどうなっておるのかは知らぬが、そうさな……私も(みずから)を証明するものは持ち合わせてはおらぬ」


「いや、別に無理に証明しようとか思わなくても大丈夫だよ? とりあえず話を進めない?」


「それは私が気に食わぬ」


「気に食わぬって……」


 ふむと(おとがい)に手を当てて考え込む晴明。


 少し間を置いて、よしと一つ頷く。


「なにか思い付いたのか?」


「占術とは違うがな」


 言って、袖の中から一枚の紙を取り出す。


 その紙は人形を摸されており、紙の中心より少しだけ上の方に赤黒い何かが付着していた。


「それ」


 手でも払うように言い、晴明は手に持った紙を宙へ放る。


 紙は宙をたゆたい、地面に落ちるーーよりも前に、徐々に色付いていきそして、徐々に肥大化していった。


 目の前で起きた現象に雪緒はぎょっと目を見開く。


 肥大化した紙は単純な人形から形を変え、やがて人間の子供へと姿を変えた。


 晴明の着ているような狩衣に身を包んだ少女は、にこっと可愛らしく微笑む。


「お呼びで御座いますか、晴明様?」


「お呼びではないが、そうさな……庭の掃き掃除でもしてくれ」


「畏まりました」


 嬉しそうに言い、お辞儀一つして縁側から庭へ出る少女。


式鬼(しき)だ。式神(しきがみ)とも識神(しきじん)とも言うがな」


 突然のことに言葉を失う雪緒。


 紙っぺら一枚から少女になる様は、手品と言うにはぼかしが無かった。本当に、紙が形を変えて少女になったようだった。いや、実際にそうなのだろう。原理は知らないが、これを手品と呼べるほど、雪緒は理解が悪くはない。


 認めよう、今のは手品ではなかった。最新のAR技術とも違う。雪緒が電脳世界に紛れ込んでしまったのなら話は別だが、雷に撃たれただけだ……いや、もしかすれば雷に撃たれた後に時代が進み、雪緒が電脳世界に入れられたと考えることもできるけれど、それは余りにも暴論過ぎるし、そんなことを考えてしまえばここに来る前の自分にもその可能性があるということになる。


 まずは、しっかりと目の前の情報を消化しよう。


「式鬼ね……オーケー、理解したよ」


 真に遺憾な事に、この場所が雪緒の知らない場所である可能性が高いことは理解した。


 式鬼を召喚するところだけしか見ていないが、逆に言えばその式鬼を召喚することにすら科学的な、もしくは理にかなった説明ができない以上、雪緒はここが自分の知る場所とは違うことを否定できないのだ。


 まあ、諦めが良いとも言えるけれど。そもそも、安倍晴明が女な時点で色々言いたいことはあるし、テレビ局のドッキリ企画である可能性を否定はできないけれど。


 ともあれ、喚いて否定しても仕方がないのであれば、多少訳知り顔の晴明に話を聞くくらいはするべきであろう。


「おーけー? ……また知らない言葉を……」


「ああ、分かったて意味だ。次からは使わないように気をつけるよ」


 安倍晴明が平安時代の人物であることを考えれば、言葉遣いはもう少し考えた方が良いかもしれない。


「それで、だ。晴明。あんた、俺に起こった事を説明できるのか?」


「無い」


 即座に返ってきた答えに、雪緒は器用にその場でこける。なんとも古典的な表現方法ではあるけれど。


「無いのかよ!」


「無い。そもそも、私も其方が何故この地に現れたのか分からぬ。陳に乱れがあったゆえ、向かってみれば、そこにはもうすでに其方が居た。どうにも、私にも理解ができぬよ」


「まじかよ……」


「私が単純に其方に興味があったゆえ、連れてまいったまで。茶でも飲みながらゆるりと話そうと思うておったが……其方にも、こたびの事は説明がつかぬのか?」


「ああ、まったく。俺も気付いたらあそこに立ってた」


「神隠しか、あれと同じく式鬼であるか……」


「できれば、時代を跨いでの神隠しはご遠慮願いたいね」


 式鬼である可能性も、できれば無い方向で。自分が人で無かったなど、考えただけでも背筋が凍る話だ。


「む、其方、今時代を超えてと申したか?」


「ん? ああ。色々否定したいところではあるけど、少なくとも俺の居た時代にこんな建物はそう無いし、あんたに至っては故人だ」


 加えて男だとは言わない。話がややこしくなるから。


「ふうむ。中々どうして、興味深い」


「一応、参考までに俺がここに来る前の事を話すか?」


「ああ、そうしてくれ。私も、知らない事にどうこうは言えぬゆえな」


「分かった」


 晴明の頼みもあって、雪緒は自分がここに来るまでに起きた事を話した。所々の詳しい話はすっ飛ばして、ではあるが、全て話した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自分も結構間違える時がありますが、「人についていく」の漢字は「着」ではなく「付」を使用するのが正しいはずです。
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