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剣と魔法の、電脳世界の暮らしかた。  作者: 坂ひろし
1章 少年と少女、最初の出会い
6/15

炎の賢人(1~3)

「風の獣よ、現れ出でよ! "シルフェンコール"!」


 エルフの少年が骨の杖を掲げて叫ぶと、彼の足元に光る円状の紋様が浮かび上がった。遠くに畑が見える草原に一陣の風が吹いたかと思うと、それは色を持って少年も前に渦巻き始めた。明るい緑色の、目に見える風は糸が編まれるように何かの形をとっていき、魔法が完成したころには、少し離れた場所で見学していたフィオの表情が変わっていた。


「なにその子すっっっっっっっっごいカワイイ!!!」

「ちんまりしてんな」

「……なんか、説明と全然違うんだけど」


 シルフェンコール。その魔法は、"声なき声"の説明によれば、術者の魔力で実体を持った風の精霊を召喚する魔法である。その姿は雄々しいオオカミのものであるはずであり、アート自身もウィケッドのようなとはいかずとも、身体の大きな、とても頼りがいのある姿を想像していた。しかしこれは――。


子犬呼び(パピーコール)なんて魔法は知らねぇぞ、オレは」

「……おかしいなぁ」

「いいじゃんこの子で! かわいいは正義だよ! 大昔にはそんな格言あるんでしょ、ウィケッド?」

「いや、格言ではねえと思うぞ」


 子犬。薄緑色の毛並みを持った、つぶらな瞳の幼い狼だ。試しに抱き上げてみると、ふわふわでとても愛らしい。この姿自体はアートとしても好ましいものである。が、しかし。


「僕は召喚魔法を唱えたんだ。強い味方を呼んだはずなんだ。でも君は可愛い味方じゃないか」

『――ぼくはこの格好が好きなんだ。せっかくよばれてあげたんだから、文句つけないでよ』

「…………あ、うん」


 アートは風の力を秘めた子犬を抱いたまま、しばらく考えた。はたして今のは自分の空耳だったのだろうかと。ウィケッドを見ると、彼は笑いをこらえていた。フィオを見ると、彼女は驚きで口を開けていた。どうやら聞き間違いということはなさそうだ。


「喋るんだね、君……」

『そりゃ喋るさ。ぼくには口があるんだから』

「でも犬だよね?」

『姿はね。でも中身は違う。君だって身体はエルフだけど、中身は違うだろ? それと一緒さ』


 どうやらこの風の精霊犬は、アートたちに近いものの見方をしているらしい。予想外に予想外が重なり、頭が痛くなってきたアートであったが、ひとまず彼を地面に下ろし、自分もその場にしゃがみむことにした。見た目はとても愛らしいが、なんて憎たらしい喋りだろうか。


「なんとなーく似てるよね、話しかた」

「誰と?」

『もちろん君とさ』

「僕はそんなにめんどくさい言い回ししないよ」

『でも頭の中はかなりめんどくさいよね。きっとそれが反映されたんだよ』

「なんだよそれ。まるで僕が考えること全部知ってるみたいな……」

「ちびっこ同士じゃれてねえで、さっさと行くぞー」

「『ちびっこじゃない!』」


 アートは立ち上がり、子犬姿の精霊とともにウィケッドのもとへ駆けていく。どのタイミングでもふもふしてやろうかと目を輝かせながら、フィオは二人と一匹のあとを追った。


 集落で牧場主の老人と話をした後、ヒュージホーンの縄張りの場所を聞いた三人は、ひとまずその畑を目指すことにした。目的地には途中で折れた案山子があるということだったので、その場所自体はすぐに見つかった。街道沿いの畑とは違い、土が荒れ放題なのでそこに暴れん坊のなにかがいるのは一目瞭然。そしてその暴れん坊は、探すまでもなく見つかった。


「おーおー、やってるねえ」

「野菜もないのに土を掘り返して、なにやってるんだろ」


 濃い茶色の毛と、山羊のように捻れ尖った大きな二本角。先端にかけて次第に細くなる強靭な両角で地面をまさぐっている魔獣は、紛れもなくヒュージホーンである。群れずに一頭だけということは、あの大牛が依頼にあった畑荒らしに違いないだろう。


 ヒュージホーンの見た目は、耳の上から額の正面へ曲がった大角を除けば普通の牛のように見えるが、なによりの問題はその体格である。四本足で直立した状態でも、おそらくウィケッドと同程度の身長だろう。つまり、2メートル以上の巨体だ。背の高い子供程度の身長しかないアートとフィオからしてみれば、まさに見上げるほどの大きさである。


「あれをどうにかするってこと?」

『いやぁ、ちょっと大きすぎない?』


 揃って弱音を吐いたのは、風精の子犬とその召喚主だ。


「相手が大きいほど燃えるってもんでしょ!」


 怯む新米冒険者の隣で、エルフの少女は剣を抜いた。二刀流ではなく、刃の長い直剣のみを使うようだ。そのまた隣で、一流の魔法使いが背中の留め具からから杖を取る。彼の背ほどの丈を持つ木製の長杖に埋め込まれた結晶に光が灯った。


「ビビったなら見学してな。報酬は山分けにしてやるからよ」


 そう言って、ウィケッドはにやりと笑う。


「……いや、それは遠慮させてほしい」

『そうそう! これはぼくらの初陣だからね!』


 アートは杖を強く握り、笑みを返した。足元では子供のオオカミが尻尾を立てて身を低くしていた。


「ほう、そいつは頼もしいな。んじゃあお手並み拝見と行きますかね。二人とも好きにやれ、支援してやる!」

「了解! 一番槍、いっきまーーす!!」


 ウィケッドの合図でフィオが腰を落とし、そのまま跳躍する。蹴られた地面には深い足跡が付き、剣士は牛の魔獣の遥か高くにまで跳びあがる。剣を大きく掲げ、落下の勢いを乗せて魔獣に叩きつけようというのだ。


「闘志よ、熱く滾れ! 攻撃強化だ、"ヒートアップ"!」


 詠唱を済ませたウィケッドが、杖の底を地面に打ち付ける。すると、彼の杖に埋め込まれた赤い法珠のひとつが輝き、同じ色の光を伴う波動が術者を中心に広がった。波動をその身に受けたアートは、体の芯に熱を持つような錯覚に襲われる。攻撃の強化、まさしく詠唱にあった通りの効果を持つ魔法なのだろう。


「みなぎってきたぁーっ!」


 空中でヒートアップの魔法を受けたフィオは、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。頭上からの急襲に気が付いた魔獣は、それまで地面に擦りつけていた自慢の角を思い切り振り上げ、剣士の落下攻撃を迎え撃つ。まるで金属同士がぶつかり合うかのような音が草原に鳴り渡たる次の瞬間にアートが目にしたのは、武器を手放し弾き飛ばされる同族の少女の姿だった。


「っ……!?」


 攻撃を返されたという想定外に、少女の顔が歪む。


「フィオッ!!」


 思わず彼女の名前を叫ぶアート。彼の心配をよそに、態勢を立て直したフィオは畑を抉るような足跡と土煙を立てながら、何てことなさそうに着地した。


「……腕がしびれたよー。あ、こっちは全然平気だからー!」


 二人のほうを向きながら両手を振るフィオ。彼女の言う通り、ほとんどダメージはないようだ。一方の魔獣、ヒュージホーンはというと、先ほどの攻撃が効いているのだろう。ふらふらと頭を揺らしながら、角に傷をつけた剣士を睨みつけている。怒りからか、狙いをフィオに定めた様子だ。


「ああは言うけど心配だ。精霊君、フィオの剣を届けてあげて」

『わかった。そっちは魔法でも唱えてなよ!』

「はいはい。……これじゃひとつは意味がないし、使うとしたらこっちか」


 アートが魔法の構えに入ると同時に、子犬を模した風の精霊は先ほど弾かれた剣を目指して駆けだした。一人と一匹の視界の奥では、もう一振り提げていた短剣を抜いて、鼻息荒く突進を繰り返している魔獣をいなすフィオの姿が映っている。ウィケッドはというと、次の魔法を唱えるタイミングを図っているかのように両手で杖を握ったまま、一歩も動いていない。


「わっ、と! へへーん、そんなの当たらないってば!」


 左右に飛び退き、地面を転がり、何度も繰り出される突進を避け続けながら、フィオは軽口を叩く。余裕そうに見えはするが、回避に失敗すれば鎧ごと角に貫かれてやられてしまうのは目に見えている。魔法による強化がかかった会心の一撃を受け切ったこのヒュージホーンが通常の個体より格段に強力な魔物であることは、経験の浅い冒険者であっても一度の攻撃で察しがついた。


(単純な攻撃だから、避けるのは簡単だけど!)


 低い位置から振り上げられた角を紙一重で避けながら、フィオは額に汗を浮かべる。


(こいつ、なんか変だよ!)


 至近距離で避け続けているフィオは、この魔物から違和感を感じていた。支援に徹するつもりにウィケッドと、初めての戦いで判断が遅れているアートが彼女の感じている感覚に気が付くのは難しいだろう。行動パターンは普通だし、遠目にからでは見た目も普通。通常個体よりも体が一回り大きいくらいで、すこし経験を積んだ冒険者にとっては大した相手ではないはずだった。しかし、これは違う。


 二人の魔法使いを背中に魔獣と対峙するフィオは、違和感の正体が掴めず、内心では戸惑っていた。単純な個体差では済まされないほど大きな強さの違いが何であるのかわからない状態は、徐々に彼女の精神をすり減らしていく。


『……まさか』


 唯一その違いに気付いたのは、畑に落ちた剣を口にくわえたアートの召喚獣であった。精霊であるが故の感覚なのか、オオカミの姿を取っているがための嗅覚なのか、彼はフィオを狙う大角の魔獣から普通ではないものを感じ取っていた。彼はとっさに全身を使って武器を放り投げ、詠唱済みの魔法を放つ時機を探す主人に呼びかけた。ほぼ同時に、フィオを追っていたヒュージホーンがピタリと足を止める。


「あん?」


 その行動を見たウィケッドは眉をしかめた。ヒュージホーンは後ろ足を重い体の支えにして、前の両足を高く、大きく持ち上げ、()()()()()()地面に叩きつけた。すると、大地が波打つように震動するとともに、地属性を示す黄色の魔力光が地面から昇りだし――。


「こいつは! 全員急いで……」


 ――叫ぶようなウィケッドの指示をかき消すように、大気を揺らす轟音が鳴り響いた。魔力が変転し、畑から、草原から、あらゆる場所から突如せり出した無数の鋭い岩が、その暴力的な質量と物量をもって、周囲のものを環境ごとえぐりだしたのである。逃げる間もなく岩に飲み込まれた風の精は、魔法で与えられた肉体を維持することが出来ず、主人の身を案じながら消滅するのだった。


("アースシェイカー"……! なんだってこんな低級の魔獣が!?)


 抵抗する術なく大岩に弾き上げられたウィケッドは、逆さまになった景色を睨みながら目を見開く。その視界の中心には、本来ならば使うはずのない魔法を使った魔獣の姿がしっかり捉えられていた。背中からぼとりと地面に打ち付けられ、衝撃で肺から空気が追い出される。地属性の魔法である"アースシェイカー"の副次効果は、一定時間の行動不能(スタン)。いくら経験を積んでいても、対策をしていない以上ウィケッドもこの効果からは逃れようがない。


(幸い、そもそもの力量差のおかげでほとんどダメージはねえ。だが、他の二人は……!)


 魔法に巻き込まれたであろう二人を探し、ウィケッドは視線を巡らせる。召喚された岩が黄色い光の粒となって消滅し視界が開けると、まず目に入ったのは自分に背を向ける猛牛の姿だった。その足もとには、強烈な一撃を受けウィケッドと同様に動けなくなったフィオが仰向けに倒れている。彼女の力量(レベル)を考えると、いまので体力は限界に近いはずだ。


(くそ、身体が動かねえ……!)


 魔法を詠唱することすら許されない状況で、無力感に襲われた魔術師は顔を歪め歯ぎしりをする。魔獣が眼前の敵にとどめを刺そうと頭を低くし、エルフの少女が自分の未来を悟ったとき、魔獣の足元に青く輝く円形の紋様が浮かびあがる。


「――"スプラッシュ"!」


 最低限の魔法詠唱によって吹きあがる水流が、振り上げられた猛牛の脚をさらにすくい上げる。傷は負わないまでも、突如として発生した噴水によって姿勢を崩したヒュージホーンは、堪えきれずに攻撃を諦め数歩後ずさった。


 アートの魔法で生まれた数秒が、フィオの命運を変えた。行動不能状態を抜け出した彼女はその隙に離脱し、魔獣の敵意はあと一歩を阻んだアートへ向けられ、彼をめがけて一直線に突進を仕掛ける。始めての敵意に竦んで動こうとしない少年に、異常を脱出したウィケッドから檄が飛んだ。


「ビビってんな! 走れッ!」


 声をかけられてはっとしたアートは、敵を引き付けたままウィケッドのいる方向へ走り出した。迎え撃つように、魔術師は杖の先の宝石を赤く輝かせる。二人のすれ違いざま、ウィケッドは杖を掲げて叫んだ。


「魂ごと焼き尽くせ、"バーンアウト"!」


 宝石がひときわ強く輝き、ウィケッドの正面から数メートル先の地面が赤く燃えたぎった。


 空気が揺らめくほどの灼熱と化した地面に足を取られたヒュージホーンは、土煙を上げながら動きを止め、小刻みに身体を震わせながらその場に崩れ落ちてしまうのだった。その背中から細かな足音が聴こえ、影が跳躍する。


「おかえし!」


 限界が近いとは思えない調子で回収した剣を掲げるフィオは、切っ先を下へ向けて猛牛の背中に突き立てた。鋭い鉄の刃が厚い外皮を貫き、深くねじ込まれる。その傷の深さを示すかのように、ヒュージホーンが悲鳴を上げた。


 フィオの剣は体の奥深くまでダメージを与え、普通ならこれが致命傷になるはずである。しかし、この相手が異常な存在であると身をもって知った彼女は、敵を蹴って距離を取ると同時に、すでに構えている魔術師に合図を出すのだった。


「トドメ!」

「任せろ! "インシネレート"!」


 杖の先が三度赤い光を放ち、今度はヒュージホーンの頭上高くに白い球体があらわれる。それは徐々に速度を増しながら地面との距離を近づけていき、触れると同時に、魔獣を包む空気が白く染まった。フィオが全力で背を向けて逃げる後ろでは、畑の土も草原の植物も、何もかにもが一瞬で燃え尽き、蒸発するかのように跡形もなく消えていく。


 光が去り、結局ウィケッドの背中の後ろまで逃げてきたエルフの少女は、急上昇した辺りの気温とは正反対に冷え切った顔色で、熱風にローブを揺らす魔法使いに抗議する。


「あ、あんなの使うなんて!」


 すっかり焦土と化してしまった円状の地面を指さして、涙を浮かべて掴みかかるフィオ。「どうせ味方にゃ効果ねえんだからよ」と悪びれる様子を見せないウィケッドだったが、焦土の中心――先ほどまで魔獣がいた場所を目にした途端、彼の表情が強張った。


 黒い影のようなものが、じっとこちらを見つめていた。"それ"は人の姿をしていないし、顔も瞳もどこにあるのかわからなかったが、見られている、ということだけは確かにわかった。


 様子が変わった獣人の視線を追って、フィオもウィケッドと同じものを目にする。彼女も似た感覚を味わったようで、ローブを掴んでいる手が放れないよう、さらに力をこめる。彼女にとって、それはただただ不気味な存在であった。


「あれが魔獣の様子をおかしくしていたんだ」


 二人の隣に並んだアートが、影を睨みつけて呟いた。


「どういうこった?」


 視線を動かさずにウィケッドが尋ねる。


「精霊が教えてくれたんだ。魔獣の頭にあれが憑りついてるって。お陰で命拾いしたよ」


 まるでスイッチが切られるかのように前触れもなく、影が姿を消す。ずっと見ていたはずの3人ですら、どのタイミングでそれがいなくなったのか、はっきりと認識できなかった。しかし、これでひとまずの危機が去った。2回戦がはじまらなかったことに安堵した彼らはそれぞれ、吐息とともに肩の力を抜くのだった。


 ○ ○ ○



「……とりあえず戻ろっか、お爺さんのとこ」


 高熱を浴びてボロボロになった剣をひとまず鞘に戻したフィオは、気分を切り替えて次の目標を口にする。あの陰についての疑問はあるが、この場で議論しても仕方がないだろう。


「だな。にしても、召喚魔法がそんなに便利なものだったとはなあ」


 先導するように歩き出したウィケッドが、感心したように首を振る。それは、「どうしてアートがアースシェイカーに当たらなかったのか」という話題についてのものだった。敵の正面に立っていたフィオは仕方がないにしろ、それなりに離れていたウィケッドが巻き込まれるほどの広範囲攻撃だ。戦いの経験がないアートがやられずに済んだのは、召喚された風の精霊によるお告げがあったからにほかならない。


「召喚獣ってさ、ある意味ではもう一人の自分みたいなものなんだ」

「喋りかたとか、性格とかが似てるから?」

「それもあるけど、そもそもあれはどんな魔法なのかってことだよ」


 きっと細かい部分では間違ってると思うんだけど、と付け足し、アートは話を続ける。


「精霊を召喚してるんだろ? 自分の味方として」

「うん。でも、それだけじゃ召喚者のリスクに見合わないと思わない? なにせ魔力の半分を与えなきゃいけないんだから」

「え、そうなの?」


 魔法関連の知識を全く仕入れてこなかったフィオが驚きの声をあげる。


「ああ。だから召喚魔法は使うやつが少ねーんだ。単純に魔法を使える回数が半分になるし、強力なやつなら使うこと自体できなくなる」


 ウィケッドが使った"インシネレート"も、強力な分消費する魔力は多い。普段なら三度は使える必殺級の大魔法が、召喚魔法に力を割いているせいで一度しか使えなくなるとしたら、召喚よりも期待の大きい大魔法が優先されるのも当然と言えるだろう。だが、アートが言うには召喚魔法には別方向の利点があるのだという。


「自分が考えてることって、自分でわかるでしょ? 召喚獣もそうなんだよ」

「あ? そりゃそうだろ。召喚獣だって自分でモノ考えて動いてんだから」

「そうじゃなくて……」

「召喚獣は自分自身……。もしかして、お互いの考えがわかるってこと?」


 目を丸くしてフィオを見るアート。彼女はこの瞬間、彼が自分にどんな印象を持っていたのか察しがついてしまった。


「あー、うん。フィオの言う通りだと思う。僕の召喚獣が、あの魔獣を見て危険を感じた。きっと、だから僕は、危険だという彼の呼びかけが聞こえたんだ。声を発してもいないのにね」

「で、魔法に巻き込まれずに済んだと」


 にわかには信じがたいが、結果としてそうなっている。それを確認するようにウィケッドが締めくくり、彼は頭を抱えた。召喚獣との情報共有。なるほど確かに、シンプルにダメージ効率だけを追っていたら気付きにくいメリットだ。世の中にいくらかはいるらしい召喚魔法使いたちは、こうしたメリットを知っているからこそ召喚を使い続けているのかもしれない。


 話を聞いて一人で納得していたウィケッドは、自分が見向きもしなかったものにそんな秘密があったのかと、先輩面していたことが急に恥ずかしくなって頭の後ろをガシガシ掻いた。だからといって、いまから召喚魔法を使うつもりもなかったが。


「……お前が持ってる魔法がどれもこれも攻撃力ゼロだったってわかったときは、正直冷や汗かいたけどよ。結果的には、それに助けられたんだな」

「偶然だよ。凄いのは僕なんかじゃないさ」

「そもそも! わたしがアートにあげた魔法珠だからね!」

「ははーん、宝の持ち腐れだったわけか」

「なんだとー! いいもん、いつか魔法使えるようになって魔法剣士にでもなってやるもん!」


 などと会話を弾ませていると、あっという間に牧場主の老人宅前に到着してしまった。もともと大した距離ではないが、喋っていると想像以上に時間が短く感じるものだ。離れてから数十分ほどでは様子変わらない家に入ろうとフィオが玄関扉に手をかけようとすると、ノックもしていないのに扉が勝手に開く。


「エルフ……?」


 中にいたのは、潰れたような鼻のヒューマンだった。背はフィオよりも二回りほど大きく、種族の平均よりも少し高いだろうか。灰を被ったような薄汚いマントで隠してはいるが、身に着けている鎧には剣を携えた男性の横顔が描かれた紋章が刻まれている。なによりも、特徴的な剃りこみが入った坊主頭と屈強な体つきは、それだけでも威圧感を覚えるほどだ。少なくとも、集落の人間ではない。それだけは確かであった。


「あ……ごめんなさい、すぐ退きます」


 肩を縮め、さっと脇にずれるフィオ。剃り込みの男は彼女をじっと睨むと、今度はフィオの後ろにいたウィケッドを見て目を細めた。


「おやおやアンタか、炎の賢人殿。ならさっきの焼却魔法も納得だ」

「顔に覚えはないが、そのヒゲ男の紋章なら知ってるぞ。王国のヤツがこっち方面に来るなんて珍しいじゃねえか」

「探し物があってはるばるな。……まあ、アタリはついた。仕事が済めばさっさと消えるさ」


 男はけらけら笑いながらアートを見やり、眉をひそめるウィケッドの肩をポンと叩いて去っていった。その後ろ姿を見送りながら、狼男は不快感を露わにした。


「……奴らが来ると碌なことになりゃしねえ。さっさと報告を済ませて、街へ戻るぞ」


 焦っているのか、苛ついているのか……。男と顔を合わせた途端様子を変えたウィケッドに二人は顔を見合わせ、ひとまず老人の家に入ってみることにするのだった。


 3人が居間へ向かうと、そこにはどこか疲れた様子でソファに腰を下ろす老人の姿があった。彼は足音を耳にすると顔をあげ、安堵するかのように微笑んだ。


「無事に済んだようだね。白い光や地鳴りが聞こえたときは、いったい何事かと心配になったが」

「想像してたよりも厄介な相手でな。悪いな爺さん、あの畑めちゃくちゃにしちまった」


 頭を下げるウィケッドにならい、二人のエルフも慌ててお辞儀する。老人はあごに触れて少し考えたあと、ゆっくりと首を振った。


「魔法による影響であれば、自然と元に戻るだろう。謝るようなことじゃない」


 優しく諭す老人に、ウィケッドは「すまねぇ」ともう一度頭を下げるのだった。


 その後報酬が納められた袋を受け取った3人は、先ほどすれ違った坊主頭の男について尋ねることにした。彼の存在が、特にウィケッドとアートにはどうしても引っ掛かったのだ。


「さっきの男が何をしに来たか?」

「はい。含みのある言い方をしていたから、気になって」


 それに、ウィケッドは確かに王国と言っていた。ラティーナで聞いた説明によれば、10年前に誕生した帝国に続き、各地に乱立し始めた諸国のひとつ、ということになるが。


「ラティーナへの道を尋ねられただけだよ。彼はついさっきメルシ森林から顔を出してきてな。持ち物からして、君たちと同じ冒険者ではないかな」

「……なるほどな」


 得心いかない様子で頷くウィケッド。男の言葉通りなら、彼がなにかを探していることは確かだ。それがラティーナにあるということだろうか。


(でもまるで、今ここで手がかりを得たような言い方だった)


 老人に街への道を聞いただけ、ということは、もともとラティーナを目指してはいたのだろう。そして話を聞いて、探し物の目星をつけた。


(あの人が王国……どこかの勢力の人間なのは明らかだ。紋章つきの鎧とウィケッドの反応がそれを物語っている)


 王国とやらがどんな国なのか、それについては検討もつかないが、アートのなかではミドラの露店で聞いたもうひとつの話と合致してしまった。となると多少の飛躍はあるものの、探し物が何なのか、なんとなく察しがつく。


「お爺さん、あの人は本当に道を尋ねにだけ来たんですか?」

「いや……本を探しているとも言っていた。妙に鬼気迫る雰囲気だったものだから、少し疲れてしまったよ」

「本……それってもしかして」


 フィオを見やるアート。少し遅れて、それと近しいものを手に入れた記憶があると思い至った少女は、息を飲んだ。アタリがついたというのは、つまりそういうことだ。


「ラフマン教授に頼まれた本って、どうしたの?」

「教授に渡して、はした金掴まされて……たぶん、まだ教授が持ってる」

「それを知ってる人は?」

「わたしとアートと……ミハイルさん?」

「となると……もしかしたら面倒なことに」


 彼らがどのくらいその本を必要としているのかはわからないが、取りうる行動は絞られる。そのうちの一つについて、アートは頭を抱えた。


「面倒なことに? なんだよ、そりゃ」

「そうか、ウィケッドがいたからやらなかったんだ。彼はウィケッドを……炎の賢人を警戒したんだ」

「あ? 俺がどうかしたのかよ?」


 アートの独り言についていけず、ウィケッドが首を捻る。横目で彼の様子を見て、少年は端的に結論を口にした。


「さっきの人にフィオが狙われるって話。ウィケッドは二つ名をつけられるくらいには有名なんでしょ?」

「まあ、一応はな。……まさか、もしかしてミハイルが言ってた探し物ってのは、フィオが関係してんのか」


 自分で口にしたことで、ウィケッドも二人が考えていたことが理解できたようだ。ラティーナ外の勢力の探し物。それはなにかの本であり、数日前に他ならぬフィオが依頼で手にいれていたものと同じであると。本の所在はラフマン教授のみが知っているが、その手がかりを持っているのは、依頼の話を知っている3人と、ウィケッドだけである。


 剃り込みの男がラフマン教授にまで辿り着いたとは考えにくく、彼の言うアタリというのは、きっとフィオのことで間違いはないだろう。そのためにどんな手段を使ってくるかは想像もつかないが、個人に武力が与えられたこの世界でのことである。荒っぽいやり方であっても不思議ではない。


「……ああ、それじゃ俺たちはこれで。さあ、帰るぞ」


  ウィケッドはもう一度老人に頭を下げると、2人を引き連れて家を後にする。玄関先に出た狼男は、二人の頭にポンと手を置いて言うのだった。


「忘れんなよ、集団行動だ。出来る限り誰かと一緒にいるんだ。戦争なんかしてる連中のやり口なんざ、決まってる」


 2人は互いに目をあわせ、同時に頷いた。


「だったらもう帰ろう。暗くなってきたしな!」


 そう言って指差した空は、端の方から夕焼け色の光が差し始めていた。街道を歩き、魔獣と戦っている間に、結構な時間が過ぎていたようだ。こんな感じなのかと、始めて見る茜空にアートは瞳を揺らしていた。


「今日は早く宿に戻って休むとしようぜ。全員『風のぼうし』の客なんだし、他よりも安全なはずだ」


 3人が宿に戻るまで、アートの懸念は杞憂に終わった。宿にいる間は安全だとウィケッドは言うが、例え街中であろうと武器は抜けるし魔法も使える。いまは大丈夫であっても、ほとぼりが済むまで目立つ真似はしないほうがいいかもしれない。そのようなことを話し合い、二人のエルフはこの日の冒険を終えたのだった。


「……ところで、なんで同じ部屋なのさ?」


 物が散らかったままの部屋で、アートが尋ねる。


「決めたときはお金なかったもん」

「女将さんの含み笑いはこれか……」


 昼間のムフフ笑いの理由を察した少年は、呆れたようにため息をつくのだった。


・魔獣紹介【ヒュージホーン】

正面方向に捻れた巨大な角と屈強な肉体をもつ、猛牛の魔獣。角によって視界の上半分が隠れてしまっているため、高所からの攻撃に弱い。

本来なら巨体と角による直接攻撃を除く攻撃手段を持っていない。


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