ながれ星の行方 1
息がきれるまで走ったのは、いつぶりだっただろう。
白い壁、溢れかえる人混みを横目に町を駆け抜けていく。全然運動が得意ではないのに、全速力で景色を横切った。だいぶ走ったはずなのに疲れを感じないのは、恐らく体力が増えた証拠ではないだろう。それを比喩するかのように、心臓がうるさく響いていた。
まだ制服のせいか動きにくいし、周りからの視線は痛いし。 まったく………
なんで今日に限って、こんなことになってまったのだろう。
緑色が抜け落ち、辺りは赤く染まっていた。人工的とはいえ「普通ここまでやるか?」と疑問になるほど細部までこだわられている。世間一般的に秋と定義つけられる季節に、俺たちはこれ以上無いくらい忙しかった。たいして広くない教室を走り回る人。脚立を使って飾り付けをしている人。中には言い争いながら涙を流している人までいた。そんな中、黙々と作業をしながら俺はため息をつく。
ーーー【千秋祭】その名の通り秋にやるお祭りのことだ。と言ってもただの高校の文化祭で、学校ではそれの準備期間に入っていた。
………正直、気分は乗らない。もともと行事が好きではないし、こうゆうのは思い出を作りたい人や祭りが好きな人だけが勝手にやると思っていて、俺が張り切る理由もなかった。………つい昨日までは………。
「私、文化祭に参加したい!」
「………はい?」
夏休みが終わり、学校が始まってから数日、どこから情報を仕入れたのか、美季が目を輝かせながら言った。片手には、これまたどこから仕入れたのかうちの學校のポスターまで握られている。病室に入ってすぐにそう言われたため、不意討ちを食らった耳がキーンとした。
「ねぇねぇ!文化祭したい!」
「わかった、よく聞け。無理に決まってんだろ!」
「いやだいやだ!文化祭したいのー!」
駄々っ子のように手をパタパタさせる美季は、よくスーパーとかで見る子どものようだった。欲しいものを買ってもらえなかった子どもと、したいことが出来ない美季。………うん、ぴったりだ。
「だいたい、歩けもしないのにどうやって行くんだよ」
「んー……由良くんにおぶってもらう!」
「うん、ばかじゃないかな?」
ただでさえ力に自信がないというのに、美季をおぶって歩くなんて地獄すぎる。恐らくどうやっても、学校にすらたどり着かないだろう。
………実際のところ、美季を外に出そうとは何度も思った。しかしその度に見つかって、看護師さんたちにメチャメチャ怒られたのだった。「美季さんは体が悪いんだから」「変に運動させたら危ないでしょ」そんなことばかり言われた。その後は必ず美季の体の状態を聞くのだが、本人どころか病院の人も教えてはくれなかった。
「車イスだとほら、小回りがきかなくて捕まっちゃうんだよ!」
俺がおんぶしたところで変わらないと思うが………だいたい、こいつは何と戦っているんだろう。なぜか鼻息を荒げ、闘志を燃やしている。
「うーん……あ、じゃあ」
口元にペンを当てて小悪魔風に笑う彼女は、とても可愛らしかった。
「私の代わりに文化祭を謳歌してきて!これは命令ね!」
………前言撤回。ただの悪魔だった。
しかもいつの間に取り出したのか、ご丁寧にメモ帳まで取り出していた。………ぐしゃぐしゃで出すならいっそ端末でやればいいのに…
とはいえ、ここまで言われればやるしかなかった。というか、もう半分やけになっていた。そうじゃないと、わざわざ責任者に立候補したり「プラネタリウムをしたい!」と手をあげたりはしない。その都度まわりからクスクス笑い声がしたが、長年で培った鋼のメンタルでなんとか乗り越えてきたのだ。………ちくしょう…
「………ん……由良くん?」
「うお!?」
後ろを振り返ってみると、同じく責任者となった女子が声をかけてきていた。名前は………確か榎本とかだった気がする。
「ど、どうしたんですか?榎本さん」
持ち前の滑舌の良さとコミュニケーション障害を駆使して、少し裏返った声で返事をする。どうやらずっと名前を呼ばれていたらしい。
「いやあの………少し穴を開けすぎかなって」
「ん?……あぁそっか。悪い悪い」
足元に並べられた黒い布を見て思わず苦笑した。ネットで調べたところ、布に穴を開けて回りに銀紙を設置。あとはそれに光を当てるだけで簡易的なプラネタリウムなら出来るらしかった。もっとも、今の時代じゃ材料集めで苦戦してしまったが。
最初は黒い布に市販のものを写すだけという提案だったが、あまりにも簡単だったためこうゆう結果に落ち着いたのだった。
「へー由良くんって、案外器用だったんだね」
「いやいや、ただ穴を開けるだけなん
で」
「それでも凄いよ。私だったら飽きちゃってるなー」
「そ、そうですか?」
同い年にも敬語を使う俺は、他から見ればなんてコミュ障………いや丁寧な青少年と見られるだろう。最近は美季や神野くらいとしか話していなかった(元々話す人がいなかった)ため、どうもまだ他人と話すときは緊張してしまう。
「自分から責任者に立候補するし、実はやる気満々だったりとか!?」
「そんなんじゃないですよー。ただちょっと理由があって…」
「理由?なにそれ気になるなー?」
「別にそんな大したことじゃないですよ。ただちょっとやってみたいなーって」
「ふーん、でも本当に助かったよ。由良くんが立候補してくれて」
そう言いながら、榎本さんは視線をずらす。そこではちょうど、他の男子たちが絵の具を撒き散らしていた。なんだか、そのままナワバリバトルでもやりそうな勢いだった。
「もしあの人たちが責任者だと思うと……」
少し目が曇ったところをみると、この人もだいぶ苦労してるんだな…と思える。
「そういえば由良くん、前より少し明るくなったんじゃない?」
「は、はぁ………」
気まずさが残るまま会話が続いていく。この人………案外話好きなんだな。
「うんうん!由良くんにとっては高校で初めての文化祭でしょ?やっぱり楽しまないとね!」
「そ、そうですね」
とうとうめんどくさくなって、曖昧な返事を返していく。
…………あれ?
突然、背筋が凍りつく錯覚に襲われた。それは疑問にかわり、俺の頭を一瞬にして埋めていく。
俺は今高校2年生で、今まで引っ越したことはない。入学式からずっと学校に来ている。休みたいと何度も思ったが、実際に休んだことはない。それなのに……
………俺は、去年の文化祭の記憶を持っていなかった。