虚偽と偽装と君の色 3
日が落ちた道を、何も考えず歩いていく。数は減ったもののちらほらと見える木々は風に揺れ、音を鳴らしながら夏を演出する。相変わらず、その匂いはしない。ありふれた街灯から目をそらすように上を見上げると、綺麗な大三角形が描かれていた。
特に何もないまま家が見えてくる。珍しく電気が付いているから、今日は親が帰ってきたのだろう。
「………うわぁ!」
ボーッとしていると、突然足に衝撃が走った。下を見ると、古くなって捨てられたフェンスが転がっていた。それはなぜか無惨に曲がっていて、もはやフェンスとして機能しないんじゃいか……?と思える。その奥には、これまた古びたベンチが一つ置いてあった。
とても、懐かしい光景だった。実際に来たことは無かったと思う。でも家から近いし、何度も目に入れた光景だったから、この公園がいまだ残っていることに感激した。立ち寄らなくなったのは、果たしてどうしてだっただろう。
何かに袖を引かれたように、俺はそっとベンチに座った。木の形をした何かと、本物の星空が瞬いている。一見すれば綺麗なはずなのに、なんでか心を揺らすことはない。蒸し暑い感覚を嫌がるだけだった。
ーー人は死んだら、どこへ行くと思う?
いつぞやに聞いた、神野の言葉を思い出した。でもやっぱり、答えは出なかった。そのことなんて、あと50年は考えなくていいのだから。
今日もたくさん騒いで笑ったためか、腹の虫が今か今かとうるさく鳴いている。それを押さえながら、家を目指して歩き始めた。
「それにしても珍しいね~。あんたがこんな夜に帰ってくるなんて」
久し振りの手料理を食べていると、母さんが笑いながら言った。軽い口調と柔らかい笑顔は変わっていないようだ。
「………そう?」
「うんうん、何してたの彼女とでも遊んでた!?きゃー!」
唐突に"彼女"という言葉が出て来てあやうく米を喉に詰まらせそうになる。とっさに美季が頭に浮かんできて、恥ずかしくなった。
今日の美季の話を聞いて、俺の頭のなかはごちゃごちゃになっていた。美季が昔神野のことを好きだったこと。たぶん今でも、その感情を捨てきれていないこと。そして、
………自分が美季を好きだということ
自分では制御できない感情が、心を締め付けてくる。まったく、人の寿命まで知れるほど科学は進歩したというのに、こうゆうことは解明されないなんて……むしろこっちのほうが重要なのでは?という顔で向かいの科学者を睨む。
「別に、そんなんじゃないし」
「え~じゃあなによ?あんた友達とかいなさそうだから~………」
思い詰めている横で、それが普通のように追撃を繰り出してきた。確かにその通りだが、なんか言葉にされると心が痛い。今の俺には、効果ばつぐんな一言だ。とりあえず何か反論しようと思ったが、言った本人である母さんが、やけに落ち込んだような顔をしていて何も言えない。まるで「やってしまった」と顔に書いてあるようだ。
「どうしたの?」
「…へ!?いやいやなんでもないよ?」
「………そう」
そこで会話がプツリときれた。
家では……というか日常生活であまり話すのが苦手なため、黙々と箸を進めていく。最後の唐揚げを口に含み、ごちそうさまーーと言って部屋に戻ろうとする。その後ろで、母さんがぽつりと呟いた。
「……どこに行ってもいいけど、事故には気を付けなさいね」
「………ん?ああ」
あまりに深刻そうに口にしたので何事かと思ったが、そんな大したことでもなかった。適当な返事と「俺は大丈夫だよ」と言って、階段をあがっていった。
………夢を見た。影がふたつ、混ざりあってどこかへ行ってしまう夢を。はじめは何か分からなかったが、それが人だと言うことに、今日立ち寄った公園で遊んでいることに気がついた。もう少し近くで見てみようと思ったが、足はおろか、指の一つさえも動かせない。だけどその二人ずつがは楽しそうで、案外見ているだけで充分だった。それで、充分すぎていた。影がふたつになって、やがて一つに変わった。これは何を表しているんだろう。
まだ夢から覚めないから、もう少し注目して見ることにした。影はいつの間にか、またふたつに戻っていた。
その時ふと、少女がこちらに気がついて口を動かした。
….………まだ、思い出せないの?