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虚偽と偽装と君の色 2

校門を通るなり、私は足を早めた。長い髪を揺らしながら、早まる心臓に気を使いながら。目指したさきは、昨日偶然に立ち寄った公園だった。

そこには、無邪気に遊んでいる子どもが数人いるだけだった。少し寂しくなった鞄を強く握りしめ、遊具のすき間や長く伸びた草の中まで隅々探したが、目当てのものは見つからなかった。鞄につけていた、私の宝物。まだお母さんが優しかったころに誕生日プレゼントで買ってもらった、星の形のキーホルダーを、恐らくここで落としていたはずだった。

まだ探していない場所はないか……そう思っていると一つ思い当たるところがあった。昨日発作を起こして、倒れてしまった場所。ただそこには、正直近寄りたくなかった。だって………

「(なんであの人、今日もいるの!?)」

もはやその人に、感謝しなきゃいけないことなんて忘れていた。今残っているのは、ただただ恨みだけ。その人は私が行きたい場所の近くで、静かに陣取っていた。

ーー少しすればどこか行ってくれるよね?そう思って待ってみても、いっこうに動く気配はない。諦めて、そっとその人の近くを通りすぎる。その時ペンキのような嗅ぎなれない匂いが、ふと私の鼻をくすぐった。

ーーなんの匂いだろう。

興味本位で振りかえってみると、その人が絵を描いていた。集中していて、まったくこちらには気がついていない………

「……ん?」

「うわぁ!?」

突然目があって、変な声を出してしまった。なぜかその時だけ子どもたちの笑い声もなく、裏返った声だけがむなしく響く。

「びっくりした……あれ、あなた昨日の?」

「そ、そうです……どうも……」

まさか気づくとは思っていなくて、気まずくなってしまう。

「あ、その制服。やっぱり君も同じ高校だったんだね」

「え、あ~はい………あなたはここで何をしているんですか?」

「ん?絵を描いているんだよ。ほら」

そういって見せられた絵に、私は目を奪われた。様々な色が散りばめられ、桜を中心にこの公園の全貌が細かく書かれている。まだ途中だったが、それでも十分に綺麗だった。

「………とても上手ですね」

「そう?ありがとう」

彼は無邪気に笑って、そのあとに「あ、そうだ」と言って自分のポケットを探った。

「これ、きみのだよね?昨日拾ったんだけど」

そういって渡されたのは、私が必死に探していたキーホルダーだった。

「あ、そうです私のです!ありがとうございます!」

「ふふ、ちゃんと持ち主のところに帰ってよかった」

それから私たちは、まだ綺麗な桜の下で笑いあった。くだらない会話だったのに、とても暖かくて楽しかった。

時間のことを忘れて笑ったのはいつぶりだろう。病気のことを忘れて、他人の表情を気にしながら笑ったのはいつぶりだろう。たぶん、初めてかもしれないな

ーーーなんて。


「………あ、もうこんな時間か」

気がつくと、辺りはまた闇に覆われていた。昨日怒られたばかりなのにまた繰り返してしまうなんて……と楽観視してしまうのは、それほど今までが楽しかったからだろうか。

「じゃあ、またね」

彼は道具を持って大きく手を振った。足音が夜に連れ去られ、ぽつりと一人公園に残る。

………またね、か。

その言葉は、ひどく残酷だと思った。もし本当にまた会えたとして、その「また」とはいつか不確定だし、その根拠もない。それでも嬉しいと思ってしまった自分が、恥ずかしいとさえ思う。だって………



………彼と再び会えたのは、それから数ヶ月も先のことだったから




「………………おい」

渡されたノートを閉じる。最初は何も言わないつもりだったが、ついつい言葉が出てしまう。

「ん?なに?」

「なにじゃねぇよ、これ俺関係なくね!?」

病室について突然ノートを渡されたと思えば、「途中まで出来たから読んでみて!」と言われた。だがその内容には、俺が今までやってきたことはひとつも書かれていなかった。

「関係あるよ?…………これから」

「あ、そう………って騙されるかよ」

「あう………」

ばつが悪そうに舌を出す。こっちは一生懸命やってたのに、それが何も生かされないなんて心外だ。今日だって、美季に頼まれたことを報告しにきたのだ。。暑いなか、一人でとぼとぼ移動してきたのだ。………悲しいな。

「だいたい、これ…」

渡されたノートをもう一度見る。さっきと違いパラパラとだけだったが、それでもこの物語の主人公が、美季だと言うことを確信する。……けど、もしこれが本当なら……

「なに?なにか不服?」

「いやまあ不服はたくさんあるんだけどさ………まあいいや」

「えぇ~酷くない!?すっごい気になるんだけど!」

「はは………それでこの前のことなんだけどさ」

「あー……うん、どうだった?」

「……やっぱり、ダメだったよ」

夏休みに入った俺は、ここから遠く離れた場所に向かっていた。ただでさえ家から病院でさえ遠いのに、それ以上の距離だ。蒸し暑い太陽と人混みに揺られ、今話題のリゾート(らしきもの)を目指したのだが、やっぱりそれは、もう本物ではなかった。

「やっぱりか~、まあしょうがないよね」

そうやって美季は、 もう一つのノートに斜線を引く。その「やりたいことノート」は、俺のお陰で……俺のお陰で!だいぶ埋まってきていた。でもその中には当然、今回のようにできないものもあった。

「海を見るはダメか……じゃーこれも無理かなぁ…」

どこからか美季は、桜の絵を取り出した。細部まで色とりどりに塗られたそれは、どこかで見覚えがあった。

「あれ、それ神野のやつ?」

「お、正解!よくわかったね」

いつぞやに、神野と絵の話をした記憶がある。その時俺は、こんな時代に絵かよ……と笑っていた。

「………へぇ~」

「……え、何?どうしたの気持ち悪い」

「いやいや、お前の初恋って神野だったんだな~…って」

「………はい?」

ぼけっとした美季の顔を見て、やっぱりな、と思う。

「いやいや、隠さなくてもいいんだよ?」

「いやいやそっちこそ何いってんの!?違うからね!?」

病院ということを忘れギャーギャー騒ぐこいつは、その姿を見た限りでは元気そのもので、なんなら俺よりも元気なんじゃないだろうか。

「本当に神野君じゃないよ?この絵だって、自分が引っ越すからって貰っただけだし」

「え、神野その話したのか?」

「うん、少し前にね」

てっきり、最近二人は会ってないと思っていたがそうでも無かったらしい。それでも、来る頻度は激減したらしいが。

「この小説だって、ただの思い出。まだやり残したこともあるしやりたいこともあるけど……」


………もう、諦めたから


部屋の中は静かだったのに、どうしてかその言葉は俺には聞こえなかった。

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