虚偽と偽装と君の色 1
それが、わたしの初恋だった。
毎日同じ視点から見る景色。恵まれない周囲。いつまでも単色だった私の日常は、ある日突然に彩られた。あまりにも大袈裟だと思うだろうか?それとも気のせいだと笑うだろうか。でも他人なんてどうでもいいと思うくらい、ただ一途にその人だけが心を染めて、やがてどうしようもないくらいに、好意なんて言葉じゃ足りないくらいに
………私はその人が好きだった。
きっかけは、ほんの些細なことだった。入学式が終わり、本来ならみんなで話をしたり、俗に言う「友達作り」というものをしないといけないのだろうが、私は足早に、教室を出ていった。別に馴れ合うのが嫌いだとか、友達なんていらないなんて思ったことはない。ただ心のなかの弱虫が、そう思うことをいつも妨害していただけだった。
病院の診察結果を握りしめフラフラ歩いていると、人気のない公園が目にはいった。少し古びれた公園なのだが、自分の家の近所にあるため昔よく遊んでいた場所で、いつの間にか私は、思い出に手を引かれるようにベンチに座った。
ーーああ、暖かいな
そこから見上げる空は、雲一つない快晴だった。そこに春ならではの暖かさと桜の色がマッチして、絵の中にでも吸い込まれたような錯覚に陥る。いや、それは錯覚ではなく、まるで現実みたいに、そう、まるで……一つの世界の………よう………な………。
「……………っは!?」
目を覚ますと、辺りは一面闇に覆われていた。街灯だけが帰り道を照らし、まるでここだけすっぽりと穴が開いてしまったような人気の無さ。もともとここは子供たちの遊び場で人は滅多にいない。夜にこの公園に来たことは無かったのだが、なるほど、こんなにも気味が悪いのか。………ん?………夜……?
ーーーまずい。
まずいまずいまずいまずいまずいまずい!
私はすぐに立ち上がり走り出した。もうこんな時間だ、早く帰らないといけない。早く帰らないと……また親に怒られてしまう。焦りと憂鬱とが混ざりあい、頭は冷静さを失っていく。さっきまで気持ちいいと思っていた風が、やけにうるさく感じた。まだうまく機能しない体にムチを打って地面を蹴っていく。
その時だった。
地面が私の視界を染める。
それも当然だ。寝起き、過剰な運動。そしてなにより、病院に通い続けなければいけないほどの弱い体が無理をすればこうなってしまうだろう。まあそれを知っていても、こうするしか無かったのだが。
「ーーは、はぁ……はぁ…」
やっとのことで息を吸うが、うまく頭までいかずに空回りしてしまう。ざらざらした砂の感覚がやけに気持ち悪い。
こうなれば誰かが助けに来るのを待つしかない。そう思って周りを見渡すも、当然人の気配なんてないし、私のことで喧嘩している親のことだ。携帯なんて持たせてくれるわけがない。
「……あの……」
頭の上から声がした。空耳かとも思ったが、顔を少しあげてみる。
「だいじょうぶですか…?」
そこには、心配そうにこっちを見る男の人がいた。どこかで見たことがある制服が印象的だ。
「あの、とりあえず立ったらどうですか?」
その人から差しのべられた手は、少し冷たくて、少し暖かかった。その後やっとのことで立ち上がり事情を説明すると、血相を変えてベンチまで連れていってくれる。
「ふぅ………ありがとうございました。もう大丈夫です」
数分後、なんとか私は話せるまでに回復した。手も足も震えてはいたものの、どうにかゆっくりなら歩けそうだ。
「それでは、私早く帰らなきゃいけないので、これで…」
おぼつかない足取りで砂道を進んでいく。道中で倒れてしまったこと、誰かも分からない人に助けられたことよりも、早く家に帰らなきゃいけないという気持ちが強かった。背後からなにか声が聞こえたが、それに構っている余裕なんて、今は持っていなかった。
だから多分、出会いは最悪だっただろう。
「……はぁ……」
赤く腫れた右手を隠しながら、誰にも聞こえないようにため息をつく。せっかく高校生初の授業が始まったと言うのに、ノートのひとつも書けやしない。ミミズ見たいな暗号が、ただただ描かれていくだけだった。
昨日家に帰ったあと、結局私は親にさんざん怒られた。いつもなら口だけなのに、ストレスが溜まっていたのか手をあげられた。必死に弁解し、発作が起きたことも説明したのだが、それはもはや逆効果だった。
「はぁ………」
更新されていく黒板を嫌がるように、目線を外の方に向ける。二階から見えるグラウンドでは、どこかのクラスが体育をやっていた。二人ずつがペアとなって、体を伸ばしあっている。
「………あ」
無意識のうちに、声が出てしまっていた。慌てて口を閉じるも、誰かに聞かれていないか心配で徐々に顔が赤くなっていく。窓の外では、昨日出会った男の人が無邪気に笑っていた。あの人、この学校の生徒だったんだ………。こんな場所で会えるとは思っていなかったが、ちゃんと謝らなきゃいけないという気持ちと、もう話したくもない、という気持ちの二つがあった。正直、話したくない気持ちのほうが強かった。病気のことを、知られてしまったから。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
ひどく退屈な授業が終わり帰宅する準備をしていたとき、後ろから突然声をかけられた。振り向くと、クラスの委員長になった女子が立っていた。とっさに、赤い右手を隠す。
「今日、みんなでカラオケに行くんだけど、どうかな?」
「え……今から?」
「うん、みんなで親睦を深めよーってことなんだけど…」
「あ、ごめんね。私はちょっと…-」
私ははぐらかすように答えた。親のことや自分のことを知られたくなかったから。
「そっかー、じゃあまた今度ね!」
明るく手を振る委員長に、私は小さくごめんね、と言った。