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プロローグ 2

「……………はぁ?」

驚き50%、意味不明さ50%の割合で言葉がもれる。この時点ですでに、アホみたいな顔の俺とにこやかな神野、そしてなぜか赤面している彼女というカオスな状況が出来上がっていた。外に広がる青空が、またいい雰囲気を出している。


「い、いやいやいや、なにいってんすか?」

「私の書く小説の主人公に………!」

「いやそれはさっき聞きましたよ!?」

「まあまあ二人とも落ち着いて…」

もとはと言えばお前のせいだろ……と俺は内心ツッコミをいれる。美季と呼ばれた少女が大きく深呼吸をしているが、その場面もわざとらしくて一種の漫才みたいだった。

「美季、人に物事を頼むときはちゃんと順番に話さないと」

「え、そうなの?ごめんなさい知らなくて」

「うん、わかればいいんだよ。次から頑張ろうね」

「あ、あの~……?」

いつの間にか俺がおいてけぼりになっていた。確かに何も知らされてないけど、ここまでハブかれるか?

「あぁ、ごめんごめん。こっからは僕が説明するよ」

それから神野は、コホンーーと咳払いをした。


聞くところによると彼女は小説を書くのが趣味で、今までは短いものをちょくちょく書いていた。それが最近になって長い小説に挑戦しようと思ったらしく、またそれの題材が、いわゆる「青春系」らしい。しかし、今まで自分が体験したことはあまり書くのが苦手らしい。

「だから俺に、「青春を演じて教える役」をやれってことか?」

「そうそう、ずいぶん飲み込みはやいね~」

「…………めんどくさい」

頭に浮かんだ言葉は、まっさきにそれだった。上がっていた息も落ち着き、冷めた頭で情報を整理していく。つまりこいつらは、遠回しに「自分の言うとおりに動け」と言っているのだ。それをやるメリットなど見つからないし、さっき会ったばかりの人のためとなるとなおさらだ。

「大体、そんな簡単なことならアンタ自身がやればいいだろ」

いつぶりか分からない静寂が、部屋の中に広がった。いつぞやに漫画で見た光景とは違ってデジタルに統一された時計からは、無機質な音の一つさえも出ていない。

「………ごめんね、それは出来ないんだ」

数秒、いや数分くらいして、ようやく重い口が開かれた。うつむきながら喋ったのといつの間にか拡がっていたグレーの空が相まって、その表情は伺えない。

「私、体が弱くてここから出られないんだ」

俺は声を出すことすら出来なかった。この時代において、病気も未来さえも全てを見通せるこの時代において、体に不備がある人なんて初めて見たからだ。それはつまり、この科学力を持っても直らない病気、もしくは直せない症状があることを示す。あまり開かない目をこじ開けるも、彼女が嘘をついている様子はない。それどころか体は小刻みに震え、怯えているようにも見える。

「なん……だよ、それ…」

そうやくの思いで声を絞り出す。それが誰かに届いたのか、発した言葉が正解かは知ることが出来ない。

「じゃ、じゃあ神ーー」

そこまで言って、俺はもはや意味を持たない口を閉じた。

「僕のことは、まだ言えないんだ。ただ出来ないことは言える。ごめんね」

あまりにも無責任すぎる、だが自虐にも聞こえる言葉が耳に届く。今まで見たことのない、悲しげな目をした神野を前に、もう俺は何も言えなかった。なにも彼女の言葉を100%信じたわけではないし、小説の主人公をやりたいと思ったわけではない。ただ………俺が呼ばれた理由も、他の人じゃダメだった理由も、この部屋では無粋だと感じた。ただそれだけだった。

「………やるよ」

いつの間にか俺は、拳を握りしめていた。二人が望む主人公とはほど遠いだろうけど、変なことをして誰かに笑われることもあるだろうけど、なぜだか目の前の彼女を見捨てることは出来なかった。本当は心の奥で、もう一つの理由があるのだが、それは他人に話す必要はない。

「本当!?やったぁありがとうございます!」

病室の空気が一気に軽くなる。ここが個室だったからよかったものの、他の誰かがいたら怒られるだろうな……と今さらながらに思う。

「じゃあ改めまして。私の名前は鈴音 美季!気軽に美季って呼んで。これからよろしくね?」

「ああ、俺は由良。よろしく」

「……え、それだけ!?名前は!?」

「別にいいだろ、呼ぶとき困んなければ」

「えぇ~……」

頬を膨らまし拗ねた表情を見せるが、美季の口元はしっかりと笑っていた。どうやら美季は誰とでも壁を作らず話をすることが出来るらしい。

「ま、いいや。ほら握手握手!」

名前を聞くことを諦めたのか、美季が細く白い手を伸ばしてきた。あいにく女子耐性のない俺はその行為だけで心に来るものがあったが、かろうじて握手を交わすことができた。美季が「じゃあまた明日ね!」と見つめてきたのが、少し照れくさかった。


※※※

「おーっす……」

「あ、やっと来てくれた!もー遅いよ?」

気だるそうに扉を開けると、いつもと変わらない挨拶が返ってくる。エレベーターでボタンを押し部屋に入るのも、もう慣れたものだった。

美季と初めて出会った日から今日でちょうど一ヶ月が経った。俺はちゃくちゃくと、小説を書く手伝いをしている。最初は難しかったが、ただ美季に言われた行動をして感想を教えるだけという作業のため徐々にこなすことができていった。…………が、やはりここまでが序盤。俺はとうとう、一つの壁にぶつかっていた。

「ねぇねぇ、今回はどうだった?」

頬を赤らめている美季と対照的に、少し目を伏せ「今日もダメだったよ」と告げる。青春という言葉に縁がない俺にとって、これほど苦痛なものはなかった。

………そう、俺の周りには、ヒロインと言う名の仲のいい女子がいなかったからだ。これでは青春系ではなくただのつまらない日常小説だ。

「うーん……そっかぁ……」

曖昧な言葉を残しながらも、美季はスラスラと文字を繋げていく。まだ最初と言うことで差し支えがないのだろうか、そのペンは迷うことを知らない。

「あ、そうだ」

「どうしたんだ?」

「私がヒロインをやればいいんじゃないかな?よし、そうしよう!」

「………いやいやいや」

いくら俺に友達がいないからと言ってそこまで妥協されると心に来るものがあった。

「え、なに不服?」

「不服っていうか問題があるだろ!それもうお前が主人公でいいじゃん!?」

「えー、でもちゃんと体験したこと書かないと心情とかが難しいんだよ?たとえ主人公が女の子でもそこはしっかりしないと!」

「主人公女だったの!?早く言ってよなんで俺の体験を女子に重ねるんだよ!」

「でも、そのほうが書きやすいでしょ?あーじゃあ書きたいことが増えるなぁ……」

美季は唐突に新しい紙になにやら文字を書いていく。一年の恒例行事をまとめたようなメモだった。

「これ、私全部やりたい!」

目を輝かせながら見せてくる姿はどこか憎めない。俺はたまらず、「また今度な」とはぐらかした。

「ホントに~?じゃあ必ずね!今年中だよ!?」

「はいはい、わかりましたよー」

いかにもやる気の無さそうに、俺はゆるく返事をした。どうせすぐに忘れるだろう。そう思って投げやりだったせいか、心から嬉しそうに紙を眺める美季の姿をよく見れてはいなかった。


※ ※ ※

「ねぇ…なにやってるの?」

突然背後から聞き覚えのある声がして、振り向くと神野がいた。最近会ってなかったため久しぶりに見たその顔には、表しがたい憐れみがにじみ出ている。

「見てわかんないか?相手を待ってるんだよ」

「はい………?」

ズボンに着いた土を落とし、体育館の壁に寄りかかりながら時計を確認する。授業が終わってからすでに1時間が経っていた。

「もしかして、これも例の?」

「そう、好きな人と待ち合わせしてる設定」

「意味あるのそれ……?」

ため息を隠さず、神野は俺のとなりに寄りかかった。二人で空を見上げる時間が続く。

「そう言えば、小説はどこまでいったの?」

「もうすぐ春が終わるよ。恋愛以外は順調」

「メインは上手くいってないんだね!?」

「だいたい主人公女なんだし、俺になにしろって言うんだよ」

「でも、やるって言ったのは由良だよ?」

「だって……」

俺は言葉に詰まって、何も言えなくなってしまう。

実際のところ、今の生活が気に入っていた。めんどくさいと思っていたことも楽しいに変わっていく。でも、だからこその戸惑いもあった。本当に、自分が適任だったのかと。本当に、安請けしてよかったのかとばかり思ってしまう。

「神野は、いつまでこっちにいれるんだ?」

「今年の秋くらいまではいるよ」

「そっか……」

偽物の花びらが遠くで落ちるのを見て、また二人に沈黙が走る。

神野からメッセージが送られてきたのは、たった一週間前だった。突然話があると言われ神野の家に行くと、なんの前触れも無く「引っ越すことになった」と言われたのだ。最初はなぜだと問い詰めたが、「家の都合だ」としか言われなかった。まだ夏にも入っていなくてまだ一緒にいれるとはいえ、美季のこともあって一年なんてすぐ終わってしまう気がした。

「今日は病院には行かないの?」

「今日は美季が検診なんだってさ。面会出来ないんだって」

どうやら神野はここ最近病院にも顔を出していないらしい。その調子だと、恐らく引っ越すことも言っていないだろう。

まだ言う必要がないと思っているのか、それとも、「言えない」のだろうか。

それから少しして、俺たちは家に向かった。いつもは気にしない無言が、なんでか今日は少し気になった。とりあえず何か話題を出そうかと思ったが、慣れないせいか頭に浮かんでこなかった。結局、俺たちは何も話さずに道を違えていった。相変わらず俺の家には誰もいなくて、その光景が初めて悲しいと感じた。俺は慣れていたはずの一人を書き消すために美季から貰った紙切れを取り出す。そこにはいつぞやに書かれた「美季のやりたいことリスト」が載っていた。始まった時期の都合で夏からの行事が載っているのだが、花火や海、スイカ割りに虫取りなど一季節を取ってもなかなか数があって、その一つさえ今まで出来ていなかったんだなと、いつになく沈んだ気分になってしまう。

ーーーーピピピピピ………

暗い夜に浸っていると、突然端末から電子音が鳴り出した。青白く光る画面には神野、という文字が浮かんでいる。

「……どうした?」

『いや~またちょっと話があってさ』

いつもと変わらない口調なのだが、雑音が混じって聞こえずらい。

『今外にいるんだけどさ、大丈夫聞こえる?』

「まー少し風がうるさいけど大丈夫、てかなんで外にいんだよ」

『そっちも外出てみな?今日は星が綺麗だよ』

回答になっていない返事に困惑しつつも、俺はベランダに出た。だがここからだと、町の光が邪魔してあまり綺麗には見えない。

『ねぇ由良……人は死んだらどこへいくと思う?』

いつもより声が弱々しく聞こえる。いつもなら流しているだろうが、今はそんな気分ではなかった。

「……わからない」

数秒黙り込んで、ようやく出した答えがそれだった。今まで人の生について深く考えることがなかったからだ。

『まぁ普通はそうだよね~』

「それがわざわざ電話してきた理由か?」

『まさか』

人工的な花びらを飛ばす自然の風が頬をなぞっては消えていく。もう春も終わる季節だ。夜のわりに寒くはない。

『君は……美季といて楽しい?』

「なんだよ急に。恥ずかしいこと聞くな

『いいだろう別に、大事な話なんだ』

「……あぁ、楽しいよ。ずっと一緒にいたいと思ってる」

『本当に?見捨てたりしない?』

「見捨てるわけないだろう。乗り掛かった船ってやつだ。小説がk書き終えるまで付き合うさ」

『……そっか』

「っていうかお前どうしたんだよ。らしくないぞ」


『いや~ちょっと感傷的になっちゃってね。まあ、その調子なら大丈夫そうだ』

「だからなにが……」

そこまで言ったところで、俺は大きくため息をついた。端末の画面には、通話終了と表示されている。どうやら一方的に切られてしまったようだ。

そういえば、俺は美季と神野の関係について何も知らない。いつ出会ってどうゆう仲なのかとか、美季の周りについては知らない事ばかりだった。それもいつか、神野から教えてくれるのだろうか。

「なに考えてんだよあいつ……」

誰もいない外の世界に、疑問だけが残されていった。



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