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プロローグ


キンコンカンコンーーと無機質なベルが鳴った。さっきからざわついていた教室内が一気に静まり、各々が自分の席に座る。特に友達もいない、というか無理してまで作る気もない俺にとって、誰かの話し声や笑い声というのは不快でしかなかった。そのため俺にとってこの時間くらいの静寂が好ましいのだが、その静寂を壊すように、少しして担任の先生が教室内に入ってくる。

「はい、みんな揃ってるな?じゃあ2時限目の授業は恒例の………」

そういいつつ、白衣に身を包んだ先生がプリントをみんなに配付していく。もう一目見ずとも、その紙に書かれた内容は把握している。それほどまでに見慣れた「それ」は、俺にとってはとても憂鬱なものだった。

「じゃ~知ってると思うが、ちゃんと全部書いて提出すること。期限は今週中だ。何か質問のある人は?」

先生がクラスを見渡すが、手をあげる生徒は一人もいなかった。それもそのはず、これはもう何年も繰り返し行っている恒例行事なのだから。

「それじゃあ早速、自己紹介でもしようか、高校2年生になって初ホームルームだし」

教室内に響く反抗の声で、外の桜の花びらが一枚宙に舞っていった。


「なぁ~由良、お前どうだった?」

「………なにが?」

在り来たりな授業を終えて、俺たちは帰宅している最中だった。まだ2日目ということもあり早めに切り上げられたため、まだ青く輝く空が桜の色を協調させる。一般的には綺麗と思われ、なんなら写真も撮られるほどの風景は、しかし俺には興味がなかった。道路をピンクに染める元凶のその下を、俺は片耳だけにイヤホンを指しながら潜り抜ける。

「なにがって……決まってるだろ?今日の一時限目のことだよ。なにか面白いことでもあった?」

「あるわけねぇだろ。ていうかあったらあったで問題だわ」

「ははは、そうだよねぇ」

この学校で唯一と言っていいほどの話し相手である神野とは、案外長い付き合いだ。眼鏡と少し低い背が特徴で、俺とは正反対のいかにも真面目な印象のこいつは、男女ともにそこそこ人気があった。だがほんの少しだけ他人と壁があるのは、おそらく俺という存在があるからだろう。

夜中までゲームをしていたせいか止まらない欠伸を噛み締めながら、俺達は淡々と会話をこなしていく。ふと足元で枝が折れる音がしたが、たいして気にはならない。

だってこれも、全て「偽物」だと知っているから。

「いや~それにしても凄いよねぇ………人間って恐ろしいよ」

「ああ…………こんな世界に、俺にはあと54年もいなきゃいけないんだ。そりゃ退屈にもなるよな」

風の匂いも揺れる草木も、もちろん桜の花びらさえも、俺の鼻孔をくすぐることはなかった。


この世界において、科学という技術は進歩し続けてきた。人の欲望を叶えるために、時には新しい機械が、時には新しいシステムが開発されてきた。それだけならよかったが、便利さを知った人間たちはどんどんその先を求め、留まることを知らなかった。科学のほかにも、医学や自然学にまで手を出し、この世界は最終的に全てを操れるまでに成長した。自然のものでさえ人工的に作れるようになったり、逆に機械的なものが空に浮かんだりしている。

「へぇ、あと54年もあるんだ。それは退屈だねぇ……」

今日帰り際に渡された紙を横目に、神野は苦笑した。事細かに文字が羅列されているその見出しには、大きく「人生設計」と書かれている。

「まったくだ。こんなこと知って、何が幸せなのか…」

世界が成長したと言ったが、この街では特に医学が発達していた。コールドスリープと呼ばれる、人体を睡眠状態のまま保存することが出来る技術。どんな病気でも治療法を確立できる機械。そして、「遺伝子レベルまで解析して、その人の体にいつ何が起こるかを知ることが出来る技術」まで開発された。そのため 、一年に一度今日みたく検査されるのだ。

「僕はあと40年ちょっとだったよ。衰弱しちゃうんだってさ」

「…………あっそ」

俺は正直、このシステムをよく思ってはいなかった。確かにいつ病気にかかるか、……いつ死ぬかさえ分かるのは一見便利だろうが、同時に、根本的に人間が持っている何かを奪っているように思える。神野だってそうだ。ただの衰弱なら、今から少し頑張れば変えられるだろうに。

「あ、ごめん僕今日もこっちだから。じゃあねー」

しばらく歩いて、分かれ道に差し掛かったところで神野とわかれる。本来なら家は近いのに、最近はよくどこかへ寄り道している。なにか用事があるのだろうが、俺にはどうでもよかった。きっと同じクラスの奴から、遊ぶ誘いでも受けているのだろう。俺は一人になったとたん、イヤホンをもう片方にかけた。

「ふぅ……ただいまー」

靴を脱いで言葉を発しても、その返事が帰ってくることはない。それは果たしてまだ昼を少し過ぎた位の時間だからか、それとも仕事が忙しすぎて帰ってきてないかの判断は今はまだ出来なかった。鞄を放り投げて、俺は冷蔵庫を漁る。

「うわ………何もない…」

気が抜けたように急に主張してきた腹の虫を納めようとしたが、あいにくすぐに食べられるものはなかった。さっきまで歩いていてまた外に出るのも億劫だったため、半ば諦めながらソファに腰を掛ける。

「(どうせつまんないだろうけど………テレビでも見るか)」

おもむろにテレビをつけて、適当なチャンネルを回してみる。しかしどれもニュースばかりで、たいして面白そうでもない。まあ主に事故や事件を扱っているニュースに面白味を求めるのもいかがなものかとは思うが……

「ーーー次のニュースです。『未来審査』の精度をあげるため、新たな調査行程を追加することが決定しました」

「…………またか」

今日やったのでもかなりめんどくさかったのに、さらに増えるのか……とため息をつく。この町において、自分の未来を知っておくことは一種の「義務」であり、小さい頃からずっと行われている。そしてその結果は、いくら年を取っても変わることがないのだという。

「自分の上限ばかり決められて、その中でしか生活できないなんて………」

俺はふと、鞄の中からプリントを取り出した。今日学校で渡された、自分の人生設計の紙。これを見るたびに、嫌でも自分の不自由さを感じさせられる。

「あと54年…………いや、最高であと54年………か」

実は科学と言っても、この技術は万能ではない。いつ病気にかかり寿命が来るかを知れるというだけで、例えば事故にあったりするとそれより前に命は失われる。いわば、「天井が設定されている」だけなのだ。そのせいで、無駄に人生を消費している人も少なくないという。

まだ白紙の紙を横目に見ながら、俺はテレビの電源を落とした。これ以上見たって意味など無いと思った。

階段を登って、自分の部屋に入る。学校からの宿題も出ていないので、俺は本棚に手を伸ばした。今では紙媒体自体が珍しいのだが、俺は昔からこっちのほうが好きだった。他人に興味を持てない俺が、唯一誰かの世界に触れるこの時間だけが至福の時間だった。あ、あと寝ているときも。


正確な時間はわからないが、自分にとっては少ししか経っていないと思う。突然、俺の端末が鳴り響いた。急な出来事で驚きながらあまり使ったことのない電話画面を開く。神野からだった。

「あー由良?突然ごめんね今大丈夫?」

「まぁ……なんのよう?」

「いや~本当に申し訳ないんだけどさ、今から会えない?」

「………はぁ?」

珍しく電話がかかってきたと思えば、その内容は不可解なものだった。端から見れば彼氏彼女みたいな会話だろうが、よりによって神野からだ。とても喜べるシチュエーションじゃない。

「正直めんどくさいんだけど…」

「まぁまぁそう言わずにさ~。地図送っとくから、なるべく早く来てね~」

「あ、おい……!」

こっちが何か言う前に電話が切れた。アイツの性格や反応からたいしたことのない用事だとは思うが、わざわざ電話してきたということもありどこか引っかかる。どうしようかと考えたのち、気分転換も兼ねてそこへ行くことにする。ずっと着ていた制服を脱いで、ずっと愛用している黒いパーカーに袖を通す。何か持っていく物はあるかと考えたが、とりあえず財布だけポケットに突っ込んで外に出た。まったく気がつかなかったが、すでに時計の針は16時を回っていた。


家から指定の場所までは、若干距離があった。一番早い電車に乗り身を揺らしながら、なんとなく外を眺めてみる。そこには、無駄に整備された道路と白で描かれる町並み。たった十数分移動しただけではその光景は変わらなかった。唯一変わったところは、俺の住んでいる場所と違い、緑色が完全に無くなったところだ。人工的とはいえパラパラと配置されていた植物は、中心部に向かうにつれ見れなくなっていった。

なんと言うか、悲しかった。

科学という魔法染みた、いっそ呪いとも言えるものに染まった世界が、まるで存在意味を失ってしまったみたいで。顔も知らない誰かの手の上で、踊らされているみたいで。

そんなことを考えている間に、目的地に近い駅に着いた。電車を降りて端末を片手に歩いていく。広い青空が頭の上に広がっているが、別に周りを取り巻く風景にも興味がなかったので淡々と進んでいく。

「目的地までもう少しだな……ったく、なんでこんなところに……え?」

あまり普段運動しないせいか重くなっていく足は、だがどんどん早くなっていった。たいして心地よくもない風が吹き抜ける。


ようやく目的地にたどりついた。息が切れているのもお構い無しに、神野に電話を掛ける。出れるかどうかわからないが、それを考えている余裕は無かった。それほどまでに、目の前に広がっている病院という施設は嫌なイメージしかない。例え科学が、医学が進歩してもどうしても変えられない未来があるから。

「…あー、もしもし?」

「神野!着いたぞどうした!?」

神野の声は、いつもより少し小さかった。そのせいで俺の不安がさらに増していく。

「ちょっとちょっとうるさいよ~?…………506番部屋に来て、6階にあるか

ら」

とりあえず中に入って受付を済ます。あまり慣れた状況ではないため戸惑ってしまったが、案外すんなりと場所を教えてくれた。その最中受付の人に「お見舞いですか?」と聞かれたが、違います、とだけ答えた。

エレベーターに乗り6階を目指す。大きい病院のため人は多かったが、上に上がるにつれ人は少なくなり、とうとう俺一人になってしまった。外の風景と変わらない白い廊下を歩き、病室の前に立つ。「おい、神野。どうしたん………だ……?」

ノックもせずに扉を開けると、そこには想像もしていなかった景色が目に飛び込んできた。顔の半分を覆う包帯と皮膚に突き刺さる管。つい数時間まで元気だった神野とは思えない無惨な姿~……………と、いう訳もなく、平然と備え付けのベットの横で立ちすくむ神野の姿があった。

「ちょっとちょっと、どんだけ心配性なのさ~」

「………俺はそこまでサイコパスじゃねぇよ………」

今まで忘れていた疲れが一気に襲いかかる。冷静になって考えてみると、大事にいたるなら本人が電話してくるはずがない。

「で、俺になんのようだよ。こんなところに呼び出して」

「あ、そうそうその事なんだけどさ~」

相変わらずの軽い口調で神野が話す。その隣で、白い布団が微かに揺らいだ。

それが人の手が加わったものだと気付き身を乗り出すと、そこで少しだけ時間が止まった。

自然に伸びた長い髪の毛とまつ毛。ぱっちりとした黒目からは清楚な印象を感じさせ、それを強めるように全体を通して白い肌が見える。細くかたどられた口元には、小さく、だが優しげに笑みが作られている。

名前も知らない少女に目を奪われていると、ゴホンーとわざとらしく咳をした神野が口を動かした。

「彼女の名前は鈴音 美季。僕たちと同じ年で、一年前からここに入院している。今日由良を呼んだのは、美季が用事があるからなんだ」

「へ、へぇ~………で、その用事ってなんなんだ?」

「それは、彼女が……」

「す、ストーップ!そこからは私が話すよ!」

透き通った声が神野を遮ってきた。突然のことで背筋が強ばり、その声の主が美季と呼ばれる人だとすぐに気づかなかった。

「は、始めまして。私美季って言います。早速で悪いんだけど………」

彼女は布団の下から、一冊のノートを取り出した。授業さえも端末を使用するこの時代で今さらノートかと思ったが、自分の部屋に山積みにされている本を思い出す。まだ何か迷っているのか、そこまで口を開いたのちに、彼女は止まってしまった。パクパクと空気を揺らし数分が経つ。いや正確にはきっと数秒なのだろうが、それを確認する術はない。

「……よし…」と耳を済ましていなければ聞こえないほどの声が聞こえる。わざとらしい深呼吸をしたあとに、彼女はまっすぐ俺を見た。

「私の書く……小説の主人公になってくれませんか?」

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