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プロローグ

それは

この世のようでこの世に(あら)

過去のようで過去にも(あら)


國は日ノ本、世は大正

見目麗しい鉱石が

煎じ薬とされていた


極楽堂鉱石薬店(ごくらくどうこうせきやくてん)

そんな日ノ本國のとある街で営まれる

一風変わった石薬屋である

 朝露に濡れた紫陽花が(しと)やかに咲き誇る季節だった。


 その人の長い髪は艶やかに風に揺れて、矢絣の着物の肩を掠める。(すそ)に一本線の入った臙脂(えんじ)色の袴は自分と同じ國立(こくりつ)雲水峰(うづみね)高等女学校の制服だが、着ている人間が違うだけでこうも映えるものか。私は羨望の眼差しで高学年の彼女を見つめた。


 私の視線に気付いたのか、彼女がふわりとこちらを向いた。口元には微かな微笑みをたたえて。


「どうしたの?」


 この、凛とした声に恍惚とする下級生は少なくない。恥ずかしながら自分も、その一人だ。


「先輩は……」

「ん?」

「先輩はどうして、その……特定の『妹』君を持たれないのですか?」


 私の問いかけに、先輩は少し驚いた顔をした。その後にやや困ったような微笑み方をしたので、あぁ、聞いてはいけなかったのだ、と自分を恥じた。


 だけど、出してしまった言葉は戻らない。それに、知りたい。何故なのか。


「先輩を慕う下級生はたくさんいます。ご存知ない訳ではないでしょう。誰か、心に決められた妹君がいらっしゃるなら、私たちも諦めがつきました。でも、先輩はついぞ今までお独りを貫いておられた」


 こうなるともう止まらなかった。目の前の彼女は私の言葉に、静かに耳を傾けている。


「それでいて、こうして時々、私のようなものにも時間を割いてくださいます。何故ですか……」


 ああ、言いたくない。ここから先は、言いたくないのに。


「期待、してしまいます」


 気がつくと、目に涙を溜めていた。先輩のお姿が滲んで表情がわからない。涙を流さないようにと堪えていたが、気がつくと先輩はその自分の目元にそっとハンカチーフを当てていた。もう片方の手で風に揺蕩(たゆた)う私の髪に触れながら。


「可愛い人」


 ふわりと鼻腔をくすぐるのは、花の香りか、それとも。


「これ、なんだか知ってる?」


 先輩は懐から首飾りを取り出した。先端についている石は乳白色をしていて、時折青白く輝きを放つ。


「月長石……」

「貴女にだけ教えてあげる。二人だけの秘密よ。あのね……」


 月長石の煌めき越しに、先輩の柔らかな視線を感じる。彼女の瞳の虹彩に月長石が映り、その美しさに私はただ心を奪われていた。

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