潮風が運ぶ夕陽
堤防に立ち尽くしていた。
海に沈む太陽、目を閉じたくなるくらい眩しかった。
目には少しの涙、額には汗が。
今日、僕は、失恋した。
失恋したと言っても、告白したわけでも、もちろんされたわけでもない。
好きな子とすれ違った際に彼、恭弥は陰口を言われているのを聞いてしまったのだ。
自分の気持ちを伝える前に終わってしまった、ということだ。
彼は恋愛における不完全燃焼の末、今、こうして堤防に立って海に沈む太陽をじっと見つめていた。
真夏の夕方だって言うのに気温は三十度を超えていた。
潮風も暑さを乗せてきていたため、緩く気持ち悪かった。
後ろから二人の女子高生の声が聞こえてきた。
「浜風くん、私のこと好きだったらしいね、笑っちゃうwww」
恭弥に聞こえる、わざとらしい大きさの声で話していた。
「や、やめなよ…恋は誰だってするものでしょ。もう、由美はひどいんだからぁwww」
恭弥は涙が頬を伝うのを我慢した。
涙ではなく、鼻先に汗が一つ。
鼻先から汗が一つ、垂れた。
汗は真っ直ぐ海の中へと消えていった。
その週、恭弥は学校を休んだ。
一週間休んだからといって、次の週から行けるのかと言われると、怖くて行けないだろう。
それでも、あの汗のように、真っ直ぐ海に落ちていったように、真っ直ぐに生きて行きたいと休んでいた時に胸の中で誓った。
月曜、あの時とは裏腹に雨風が強く、歩くのすら困難な日だった。
歩いていると、びちゃびちゃに濡れながら雨宿りしている由美の姿を見た。
恭弥も自分のことで精一杯だったので、気づかないふりをして学校へ向かった。
案の定、噂が飛び交っていた。
僕には特別仲のいい友達がいなかったから、嫌な視線を独りで浴びた。
席に着き、朝のホームルーム。
出欠をとると、由美が欠席していることに気づいた。
不吉な予感がしたが、あのまま家に帰ったか、ゆっくり向かって遅刻とかであろう、と思った。
一日の授業を終えた。
朝の嵐が嘘のように、雲ひとつなく晴れていた。
恭弥は少し上機嫌で歩き始めた。
すると、あの堤防に一つの影が…由美だった。
恭弥は肩をすくめて低姿勢で、速く通り過ぎようとした。
「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん…」
また、独り言のようだったのに、わざとらしい大きさの声で呟いていた。
それでも、無視して通り過ぎようとすると、もっと大きな声で謝り続けた。
「私が間違ってた、あの時、助けてくれたのに、ずっと忘れてて、ひどいこと言ったりした…ほんとにごめんなさい…。」
あの時…助けた…?
恭弥にはよくわからなかった。
「それって、なんのこと?」
「忘れてても仕方ないよね…。あれはこの学校に通う前、中学の頃。今朝のような嵐でずぶ濡れになっていた私に誰かが上着を羽織らせてくれたの。それが…浜風くん、だったの。」
恭弥は思いだした。
(あぁ、あの時の…)
「それでその後、通学路が一緒だってのは知ってたけど、それをいいことに浜風くんを、ストーカーに見立てて、みんなで笑ってたの…ほんとにごめんなさい…ごめん、ごめん…」
「じゃあ、あの時の、悪口…は?」
「あれは本音じゃなくて、冗談半分でやってたことなの…」
恭弥はホッとした。
別にフラれたわけではなく、遊ばれてただけだったことに。
遊ばれてた、と聞くと嫌な風に思うかもしれないが、恭弥にとってはそれでも十分だった。
「私のこと好きだっていうのはわかってたけど…」
あ…。
知ってるってことは事実で、バレてたのか…。
「答えは、NOよ。ごめんね。」
片目を閉じて、舌を出しながら恭弥をフった。
恭弥はホッとした後に、突然フラれ、悲しさを感じる前に、その状況を理解できていなかった。
「友達…からなら…いいかな…?」
そう言うと、一粒の涙を海に落として、由美は小走りで帰っていった。
恭弥は由美の立っていた横に立って、あの時のように夕陽を見ていた。
あの時とは違く、しっかりと夕陽を見つめ、涙を流さず、汗をも垂らさず、潮風を体で感じていた。
フラれても、友達になれたことが恭弥にとって、何よりも嬉しかったのだ。
五年後、二人は役所にある届出を出していた…。