7話「冒険者登録」
ゴーン、ゴーン、ゴーン
朝9時を知らせる大鐘楼の鐘が鳴る。
「ん~。寝たなぁ~」
伸びをしてベッドを出ると既に窓の外は人でだいぶ賑わっていた。僕は身支度を整えると下の階で朝食をとり、意気揚々と冒険者ギルドへ向かった。
『歓楽区』→『冒険者区』
内壁で隔てられた区画を通過するには数か所ある内門を潜る必要がある。内門では憲兵が検問を行っており、門を潜るには通行証を見せる必要がある。恐らく犯罪抑止のための措置だろう。一度でも犯罪を犯せば区画の行き来ができなくなり、行き場の失った罪人は袋小路に嵌っていく。
「よし」
「よし」
「よし」
「待て貴様! 背格好が一致しない! ジャック本人じゃないな? その通行証はどうやって手に入れた!!」
「ひっ!?」
覆面の男が逃亡を図る。しかし――
ピーーーーーーーーーーーーーー!!
検問を行っていた憲兵が呼子笛を吹くと、宿舎らしき建物から増援の憲兵が現れ、覆面男はあっさりと拘束された。
うわぁ……。
あっという間じゃん……。
僕はおっかなびっくり憲兵に通行証を見せる。
「よし」
内門を潜るとさっきまでの歓楽区とはうって変わって、体格のいい体つきの冒険者たちが昼間から酒場で酒を飲んでいたり、冒険譚に花を咲かせたりして騒いでいた。
ここから僕の冒険が始まる。
思わず武者震いした僕は、猛る思いを抑えつつ、目的の建物へと歩き出す。建物には大きく『冒険者ギルド』と書かれていた。
ギィ~
軋むような音を立てて扉を開け、冒険者ギルドへ入った。すると、一斉にギルドの中に居た厳ついお兄さんたちが睨んでくる。
ジロッ!
ジロッ!
ギラリッ!
冒険者特有の鋭い眼光は僕を値踏みしているかのようだった。
「うっ……」
上から下まで睨め付けるように向けられた視線に一瞬たじろぐ。僕が身動きできずに突っ立っていると、一際厳つい相貌の冒険者がのっしのっしと近づいてきた。レザーアーマーを装備したその冒険者は、背中に大きな戦斧を背負っているマッチョマンだ。とにかくでかい。マッチョマンの腹筋が僕の目の前まで迫ってきた。
「よぉ~、坊主。ここはお前みたいなガキがくるようなところじゃねぇぜ? 女一人抱いたことがないようなガキは、商業区で小間使いでもやってろや」
ぎゃはははは!とギルド内で嘲笑が飛び交う。
僕は目の前にある腹筋に向かって答えた。
「いえ、冷やかしではないです。今日は冒険者登録をするために来ました。職業は治癒師です。これから拾ってくれるパーティを探そうと思っています」
それにしても見事な腹筋だ。
「けっ。てめぇみたいなガキ、誰がパーティに入れるかよ。回復魔法使えるってぇ話も所詮ホラだろうがよ」
ひー、ふー、みー、よー、いつ、むう……。
すげぇ!6つだ!6つに割れてる!
「……」
残念ながら僕のお腹は割れていなかった……。
「おい! 何とか言ったらどうだ?」
なんか腹筋怒ってる。とりあえず謝っとくか。
「気に障ったのなら申し訳ありません」
ごめんよ腹筋。
「ちっ。好きにしやがれ」
腹筋は去って行った。
そして、腹筋のおかげで緊張が解れた僕は、さっそく受付へと向かった。
役所のような作りで受付窓口は5つ。仕切りを隔てた向こうには、整った顔立ちの若い女性たちが並ぶ。彼女たちは厳つい冒険者たちを笑顔で対応していた。
受付にきれいな子を置いておけば、ギルドへの献身度でも上がるのだろうか。だとしたら、実に生産的で打算的だな。あの営業スマイルという仮面の下に、どんな本性を隠しているのやら。
受付を眺めながら、そんな偏屈した考えを巡らせていると、受付嬢の一人に声を掛けられた。
「こんにちは。当館のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「は、はい。冒険者登録をしたいのですが、お願いできますか?」
「かしこまりました。ではさっそく手続きに移らせて頂きます。こちらの用紙に必要事項をご記入頂くようになっておりますが、代筆は必要でしょうか?」
「いえ、自分で書けます」
氏名、職、出身地、縁者、備考欄などの項目があった。
◇◆◇◆◇冒険者登録用紙◇◆◇◆◇
氏名:マサキ
職種:治癒師
出身地:ルクルド村
縁者:アリシャ、アーニャ
備考欄
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございます。万が一マサキさんの身に何かあった場合、遺品や財産はこちらに記入頂いた縁者の方へ渡ることになりますが、よろしいですか?」
「はい。構いません」
僕にはアリシャさんとアーニャちゃん以外に深い関わりのある人なんていないので迷わず答えた。
「では、通行証をお持ちかと思いますので、そちらと引き換えに冒険者カードをお渡し致します。今後冒険者カードはマサキさんの身分証明書と通行証代わりになりますので無くさないように管理して下さい」
ちなみに商業ギルドにも商人カードなるものがあり、どの組合に所属しているのか管理されているようだ。
僕は通行証を受付の人に渡し、代わりに冒険者カードを受け取った。すると、受け取った冒険者カードが、じわぁーっと熱を帯びていく。そして券面に文字が浮かび上がった。
◇◆◇◆◇冒険者カード◇◆◇◆◇
氏名:マサキ
ランク:F
職種:治癒師
年齢:18歳
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者登録用紙に記載した出身地や縁者は個人情報としてギルド内で厳正に管理されるそうだ。出身地や縁者なんてカードに載せる必要ないしな。
ランクは冒険者の階級のようなもので、ギルドへの献身度に応じて上からS、A、B、C、D、E、Fと分かれている。
「ん?」
カードを眺めていると、印字された内容に違和感を覚えた。
「どうかされましたか?」
「いや、えっと。冒険者カードに印字されている年齢が間違っているんですけど?」
そう。僕の年齢は25歳のはずで、18歳なわけがない。
「え? いえ、そんなはずはありません。年齢は魔力反応でこのギルドカードに印字されるようになっておりますので、誤魔化しようがございません」
「え、でも……」
「ございません」
「……」
どうやらこの受付嬢は嘘を言っていないようだ。ということは、こっちの世界に25歳の体で転生したと思っていたが、何かの手違いで7歳若返っていたということか。神様のことだから、そんなこともできるのだろうけど。
ちゃんと年齢と帳尻合わせずに計算しやがったな、あのダメ神め。いや、若返らせてもらったのに文句言っていたら罰が当たるか。
考え耽っていると、心配顔で受付嬢が僕を見てくる。
「あの~?」
「はっ!? すみません。僕の勘違いでした。年齢18歳で大丈夫です!」
「はあ……」
受付嬢は釈然といないような返答で受け流す。
それはそうだろう。どこに自分の年齢を間違える馬鹿がいるだろうか。
ここにいるけど……。
「そ、そういうわけで! 冒険者登録も済んだことですし、さっそく冒険というか依頼などを受けたいと思うんですけど、パーティとかって募集していませんか?」
「それでしたら、あちらにパーティ募集掲示板とクエスト掲示板がありますよ。クエストはランクごとに受注できるものと、無制限に受注できるものがあります。パーティに所属するのであれば、パーティメンバーの最高ランクまでクエストを受注することが可能です」
受付窓口の反対側にある掲示板を指さしながら受付嬢は説明してくれた。
「ありがとうございます。さっそくパーティの募集を見てみます。ありがとうございました!」
「あなたに冒険者の加護があらんことを」
冒険者カードを大事にしまって掲示板へ向かうと、そこには大量のクエストと冒険者募集の貼り紙があった。
~~~~~~ギルメン募集!~~~~~~~
ギルド名:三毛猫旅団(総員27名)
当方、後衛の魔法職を1名募集しております。
活動は、近場の『オドの沼』から遠方の『クロコ遺跡』まで幅広く行っております。
時間帯や報酬の都合がついたメンバー同士でパーティを組み、狩りに行きます。
自由に組んで4名程度でクエストをこなす場合もありますし、総員27名全員参加型の大規模討伐などもします!数日野営しながら冒険のできる方が望ましいです。
詳細の条件は下記の通り
人数:1名
資格:初級~中級の攻撃魔法が使用できる方
ランク:不問
ギルド本部:9100 バルサニャ通り,#205
応募希望の方は、ギルドマスター:ダルセーニョまでご連絡下さい。
ギルド本部でお待ちしております。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いいじゃん!いいじゃん!まるでネトゲみたいじゃん!と年甲斐もなくワクワクする僕。
募集内容を見る限り、このギルドは和気あいあいとしてそうだ。非常に好感が持てる。このギルドなら――苦楽を共にしたメンバーが、一致団結してダンジョンのボスへと挑む――そんな光景が目に浮かぶ。
メンバーは27人か。メンバーを1人を加えて28人体制にするのかな。28人ならフォーマンセルが7組できる。
しかし――
攻撃魔法を使えない僕には応募資格がない。
「ちぇ……。攻撃魔法さえ使えればな……」
仕方なく次の募集を見る。
~~~~~ギルドメンバー募集~~~~~~
ギルド名:女王と下僕の宴(現在:男13名)
我々は女王様のご降臨を待ちしております。
気高く、孤高に、我々を罵ってお導き下さい。
◇◆◇募集要項◇◆◇
・人数:1名
・条件:眉目秀麗、女王の気質をお持ちの方(面接あります)
・性別:女性
・年齢:15歳~25歳
・ランク:ドS(メンバーは全てMで揃えております)
ギルド本部:4628 カルッツァ通り,#403
代表:カサンドルフ
我ら一同お待ちしております。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……次」
~~~~~~臨時パーティ急募~~~~~~
急遽1名欠員が出たため、治癒師を募集します。
ギルド名:フリージア(総勢:30名)
募集人数:1名
応募資格:中級クラスの治癒魔法が使用可能
成果報酬:金貨10枚
雇用期間:30日
欠員の代員として一時的に入団して頂きます。討伐クエストやダンジョン探索を主な活動とし、雇用期間を全うされた場合に報酬を支払います。
志願者は冒険者ギルド受付に申し出下さい。
追って面接の日時と場所をご連絡致します。
団長:オリヴィア
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「おっ!?」
治癒師募集じゃん!しかも急募だからか、たいした資格条件もない。30日って期限付きだけど、金貨10枚なら厚遇だし、ここにするかな。
僕は引き返すように先ほどの受付嬢のところへ戻った。
「あのー」
「はい。何かご用でしょうか?」
「パーティ募集の掲示板を見たんですけど、フリージアってギルドの募集に応募したいんですが」
ガタガタッ!
ギルド内に居た多くの冒険者たちが、椅子を倒さんばかりに立ち上がる。
「お前、正気かよ!?」
「頭大丈夫か、あの小僧……」
「知らねぇぞ俺は。誰か! 俺がやつと無関係だという保証人になってくれっ!」
「……(ガクガクブルブル)」
え?
「分かりました。では、先方に連絡を取って参りますね。少々お待ち下さい」
「えっ!? いや! ちょ、ちょっと待って!!」
振り返った時には、受付嬢が受付窓口の奥へと引っ込んでおり、不穏な空気を察知した僕の必死の静止も空振りに終わる。
「神アルフよ……敬虔なる我が身をどうかお守り下さい」
「俺、帰ってきたら幼馴染のあいつと結婚するんだ……」
「……もう何も怖くない」
なんか死亡フラグ臭いセルフが飛び交っているんですけどっ!?
「お待たせしました。先方がすぐにでも、とのことでしたので、そのあたりの空いた席にでも座って待っていてください。間もなくこちらに来られるかと」
こっちに来ると受付嬢が言った瞬間だった。ギルド内にいた冒険者たちが脱兎のごとく、それはもう我先にとギルドから出ていく。残った面子は棒立ち状態の僕と受付窓口に居る数名の受付嬢のみ。
「……」
「ふふふ……。それにしても冒険者登録したばかりなのに、かなりの度胸をお持ちですね」
何が?と聞くのが怖い。しかし、何も聞かずにいるのも怖い。
「な、何がですか?みんな、何にあれほど怯えているんですl?」
「マサキさんは死の黙示録ってご存じですか?」
勇気をもって尋ねたのに、全然答えになってないじゃん!
余計に怖いじゃん!
あと簡単に死とか使うなよ!
怖いじゃん!
「……いえ。知らないですし、知りたくもないです……」
「あれは、惨劇でしたね……」
さっきまで説明していた受付嬢とは別の子がそう言ってきた。これでドッキリ説も消えた。
「エマさん、説明してあげた方がいいんじゃないかしら?」
「そうね」
冒険者登録を担当してくれた子はエマという、どうでもいい情報を得た。
「あれは、2回前の冬だったわ……」
ああ……。
回想シーンが始まってしまった……。