6話「城壁都市ヴァルツリッヒ皇国へ」
柔らかく粉のように白っぽい朝の日差しを受けて一日の始まりを感じる。陽気に鳥が囀り、朝風に揺れる草木の音に牧歌的な風情がある。そんな今日という門出に僕はルクルド村を出発した。
馬を召喚し、北東へ道なき道をひた走っている。
乗馬は初めてだったので、最初は時速10kmくらいで走らせ、徐々に慣らしていった。馬を乗りこなせるかが心配であったが、どうやら杞憂だったようだ。召喚された馬は非常に従順で、しかも言葉で指示が出せるので、下手な手綱捌きでも乗りこなすことができた。
馬に慣れて3時間くらいした頃だろうか。時速60kmくらいで馬を走らせていると、ついにヴァルツリッヒ皇国の城門が見えてきた。
ヴァルツリッヒ皇国は南北にそれぞれ大門があり、僕が目の当たりにしているのがその南門。南門には、僕と同じく入国目的で訪れた人たちが列を作っている。どうやら入国審査を受ける必要があるようだ。僕は馬から降りると、こっそり召喚を解除してから列に並ぶ。
順番が回ってくると、門兵に出身地と入国の目的を申告する。
「ルクルド村出身、目的は冒険者志望っと――名前は?」
「マサキと申します」
「マサキ、マサキっと――リストに該当はないな。入国は初めてか?」
門兵が分厚い冊子のリストと照会し、そこに該当がないと分かると、名前と背格好を新しいページに記入していく。
入国者名簿なのか、犯罪歴を照会するためのブラックリストなのか定かではないが、入国に問題は無さそうだ。
「はい。初めてです」
「わかった。じゃあとりあえず、入国の前に2つだけ禁則事項を伝えておく」
門兵が僕の情報を記入し終え、分厚い冊子をドンッと音を立てて閉じると説明を始めた。
「まず1つ。罪を犯すな。領内での犯罪は、いかなる理由があろうともこの国の法で裁かれることになる。治外法権なんて無い。もしも何かしでかせば、このリストに犯罪歴が載り、死ぬまでこの門をくぐれなくなる。変な気は起こすなよ? いいな?」
門兵はドンッと分厚い冊子を叩いて言った。
やっぱりそれブラックリストじゃん。さっき思いっきり僕のことを記入されていたけど……。入国者名簿にもなっているのか?
「肝に銘じておきます」
「もう1つ。貴族には絶対に逆らうな。盾突けばただでは済まんぞ? それから、貴族区の出入りは禁止だ」
「わかりました。貴族区とは何ですか?」
知らずに入って騎士とかに切られでもしたら目も当てられない。
「ああ。貴族区とは、貴族のみが住むことの許された区画のことだ。内壁をよじ登らない限りは入れん」
よかった。どうやら簡単には入れないところのようだ。続けてヴァルツリッヒ皇国や各区域について聞いた。
城郭で囲まれた城壁都市ヴァルツリッヒ皇国は人口が100万人を超える大都市である。議会制政治をとっているが、議員は全員貴族で構成されており、最終的な決定権はすべて皇帝に委ねられている。他国との陸上貿易が盛んであり、冒険者を多く輩出する国として有名だ。都市の中心には壮大な城がそびえ建っており、その城に連なっている内壁が都市を這うように外壁まで伸びている。
この内壁によって区画が5つに分かれているのだ。
貴族区(中央)……城を囲むように区画された男爵の位以上の者しか住まうことができない区域
冒険区(東)……冒険者ギルドがあり、酒場や武器屋、魔道具店が多い区域
商業区(西)……市場や商業組合が立ち並び、商いが盛んな区域
歓楽区(南)……宿や酒場、見世物小屋や娼館など娯楽施設が多い区域
学院区(北)……魔法学院、騎士の士官学校や研究機関が集まった区域
5つに区画されているといっても、食事処や教会、住居などは区画に縛られることなく各エリアに点在している。
門兵が説明を終えると、僕は入国税の銅貨10枚を支払い、通行証をもらった。
ちなみに1ヶ月間村で稼いだ僕の所持金は金貨2枚、銀貨5枚、銅貨12枚、鉄貨25枚だ。
「通行証は門を出るときに必要だから無くすなよ? 無くしたら色々とややこしい手続きを踏まなくちゃならん」
パスポートと言って差し支えないだろう。
「はい。気を付けます」
「あーそうだ。これは別に入国時に必要な注意事項じゃないんだが――」
「?」
なんだろう……。
「数日前に冒険者ギルドから告示があってな。最近かなり危険なモンスターが近場に出没しているそうだから、念のため気を付けとけ」
「わかりました。ご忠告ありがとうございます!」
僕が入国目的を冒険者志望と言ったからだろうか。最後にそんな忠告をしてきた。この門兵の人は、厳しそうに見えて案外面倒見のいい人なのかもしれない。
そして、恙なく入国した現在の区域は南に位置する歓楽区。
とりあえず寝床を確保するべく宿を探すことにした。
そして今、雑多に立ち並ぶ建物と人の喧騒に圧倒されている。
「寄っていきな! 見ていきな! 西の大陸の勇者が生み出したといわれる最強のバルカン師団と我らがヴァルツリッヒ皇国騎士団との戦物語!さぁさぁ間もなく開幕だよ!!」
「らっしゃい! らっしゃい! 今日は良い酒とつまみが入っているよっ! おっ! あんちゃんどうだい?一杯?」
「誰か! 誰かおらぬか!? 腕に覚えありと思う者は挑まれよ! 勝者には、賞金100ヴァルツ! 参加料は5ヴァルツだ!」
「そこの逞しいあなた? どう? ちょっと休憩していかなぁい? かわいい子いっぱいいるわよ?」
誰も彼も浮足立って街道を往来している。さすが歓楽区といったところだろう。日のある内から娼館の呼び込みはどうかと思うけど……。
そして、大きな街道を小道に一本入ったところでそこそこの宿屋を見つけた。月を象った看板を立てかけているその名も『三日月亭』。
「いらっしゃい! 泊まりかい? それとも食事かい?」
威勢のいいおばちゃんが出迎えてくれた。
「えっと、とりあえず7日間泊まりで。食事も付けていくらになりますか?」
「あいよ! 1泊あたり朝夕の2食込みで20ヴァルツ。7泊で140ヴァルツだよ!」
先ほどから街で叫ばれているヴァルツとは、この国の通貨で1ヴァルツ鉄貨1枚になる。140ヴァルツとなると、銀貨1枚と銅貨4枚の計算だ。ちなみに今の所持金をこの国の通貨に換算すると、2,645ヴァルツだ。宿泊代として140ヴァルツ使用して残り2,505ヴァルツ。
僕は銅貨と鉄貨で140ヴァルツ分を支払うと2階の部屋へと通された。
「あんたの部屋はここだよ! 食事は、朝は鐘が2回鳴ってから。夕食は下の食堂が開いてからならいつでもいいよ! 食堂は夕方から夜にかけて食事処になるから、混む前に済ませるのが得策だね」
「わかりました。じゃあ荷物置いたら下に降ります」
ゴーン、ゴーン、ゴーン
部屋に入ると本日9回目の鐘が鳴る。鐘は商業区の教会にある大鐘楼を鳴らしているそうだ。朝9時を1回目とし、1時間置きに18時まで1日に9回鳴らされる。つまり今は時刻18時。日が落ちてだいぶ暗くなってきている。
仕事帰りなのか外では昼間とはまた違った賑わいを見せており、街の酒場や食事処に人が吸い込まれていく。
僕はさっさと荷物を置いて下に降り、夫婦で営む三日月亭の食事処で夕食を取る。威勢のいいおばちゃんに対してご主人は寡黙な方で、ただただ厨房に立って飯を作っていた。出てきた料理は肉と野菜とパン。やや味付けが濃いような気がしたが、塩気が効いていて旨かった。
「明日は冒険者ギルドに行くか」
まだ下の階は騒がしくやっていたが、旅で疲れていた僕は早々に床に就いた。