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異世界ファンタジーなのに攻撃魔法が使えない  作者: 三好 幸人
1章 『冒険』
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5話「プロローグ」

 私の名はクレア・オズロッテ。


 オズロッテ家の三女であり、父は男爵である。


 男爵はこの国で最も低い爵位であり、権力も財力も弱い貴族の端くれとされている。『大公』、『公爵』、『侯爵』、『伯爵』、『子爵』、『男爵』の順に位が下っていくのは、この国のヒエラルキーだ。


挿絵(By みてみん)


 貴族の人口構造はピラミッド型。大公は国に数名しかおらず、男爵は何百人とひしめいている。上を目指すのであれば、当然ながら熾烈な権力競争に勝たなければならない。かつては武力による派閥間の衝突が起きたこともあるのだ。


 男爵とは、騎士として功績を収めた者や、学院区で優秀な成績を修めた者に対して叙勲される。領地や領民などを持たないが、貴族区の居住権が与えられ、公務を司る役人として国から登用される。


 貴族の端くれの男爵といえども、安定した暮らしが約束されているのだ。例に違わず、オズロッテ家の生活水準も平民と比べればかなり高く、何不自由ない暮らしを送っていた。


 しかし三女として生まれてきたクレアの立場は、非常に刹那せつな的だった。長男や長女は家に残れるし、次男、三男などは貴族の伝手で仕事を斡旋あっせんしてもらえるが、次女、三女となれば、求められる役割は自然と決まってくる。


 ずばり政略結婚の道具である。


 一回りも二回りも歳が離れた貴族の妾にされ、子を産めと強要される。そこに自由や幸せなんてものはない。ただただ家を追い出されないように媚びへつらい、慰み者になるという重責を全うするのみだ。


 そんな暗部をクレアはまだ知らなかった。


 しかし、残酷にもその時はやってくる。14歳の誕生日を迎えた明くる日。クレアは初めて見合いをさせられた。相手はやはり二回りも歳が離れている。贅に肥え、豚のように小太りした子爵は、まだ小さかったクレアを下卑た目で見ていた。


 クレアはその男の妾になることを必死に拒んだ。救いを両親に求めるが、結果は最も悪い方へ進む。『初心な姿に惚れた。必ず妾にする。お前との初夜が楽しみでならん』と子爵が大きな腹を揺らしながら嗤った。


 貴族社会では上の爵位の者の言うことは絶対。


 クレアは絶望に顔を歪ませ、その場から自分の部屋へと逃げ去った。


 まだ幼かった無力の自分にはどうしようもなかった。14歳のクレアは、成人が認められる16歳であの男のものになる。今までは束の間の幸せだったのだ。そんな現実が受け止めきれなくて、その日は涙が枯れるまで泣き続けた。



――



 不幸のどん底を味わってから幾日か経過した。


 余命宣告されたような憂鬱な気分が晴れることはない。せめて外の空気でも吸おうと庭に出てきているクレアは、1人意気消沈していた。


 するとオズロッテ家お抱えのメイドたちが朝の仕事を終えたのか、庭先まで出てきて世間話を始めた。


「ねぇ、聞いた? 『紅蓮』の話」


「もう『紅蓮』じゃないでしょ? 今は『フリージア』って名前に改名したらしいわよ」


「その『フリージア』? がどうしたの?」


「つい1週間ほど前に冒険者区の中央広場で公開処刑が行われたでしょ? あれって『フリージア』の仕業だったのよ。ちまたの噂では、不埒を働こうとした男たちを奴隷に落として去勢したみたいよ」


「ど、奴隷にまで落とされて、それは怖いわね……」


「そうなのよ。首輪を掛けられて去勢した男たちは、全てを諦めたような顔をしていたそうよ」


「『フリージア』のギルドの団長って確か貴族出身じゃなかったかしら?」


「ええ。オリヴィア・グレンヴィル。グレンヴェル家の次女で、爵位は確か子爵の娘だったはずよ。なんでも、家のしきたりとか見合いが嫌で冒険者になったのだとか」


 クレアはメイドたちの世間話を話半分に聞いていたが、自分と同じ境遇の女性が貴族のしがらみから抜け出たと聞いて、前途に光明を見いださずにはいられなかった。


「い、勇ましいわね……。まぁ確かに豚みたいに肥えた男と結婚させられるくらいなら、冒険者になった方がましと思う気持ちも分かるけど」


「そうよね……。この前お屋敷に来ていたバーモン子爵様をお見かけしたけど、あんなのに抱かれると思ったらもう――っ!?」


 メイドの1人が咄嗟に口をつぐみ硬直した。


 連れ立っていた他のメイドたちは何事かと思い硬直したメイドの視線を辿ると、そこに居たのは今しがた話に出てきたバーモン子爵の許嫁クレア張本人であった。


「も、も、申し訳ございません! け、決して子爵様やクレア様を悪く言うつもりは――」


「教えて……」


「は、はい?」


「教えて。そのオリヴィアさんという方のことを」


 クレアはすがるような気持ちでオリヴィアが冒険者になった経緯を聞く。そして、成人を迎える前に家を出たオリヴィアが、今はギルドを束ねる団長として活躍していることを知った。


 クレアはこれしかないと思った。残された時間はあと2年しかない。


 豚の妾になるくらいなら、こんな家捨ててやると決意し、それから1年近くに渡って治癒魔法を学んだ。14年間貴族暮らしが続いたクレアでは冒険者として全く役に立たないと分かっていたからだ。


 必死に学んだ。


 どうせ捨てる家だ。理由付けは何とでも言える。『バーモン子爵に相応しい淑女になるために己を磨きたい』などと言っておけば、オズロッテ家はいくらでもクレアに投資してくれた。


 また、世間に興味を持ったお嬢様を演じ、メイドたちから冒険者の知識や一般常識を得ていった。



――1年後――



 ついにその日がやってきた。


 クレアは1年間、準備に余念なく努力も惜しまなかった。そして、冒険者としてやっていけるだけの自信と知識を身に付けた。


 クレアは書置きだけを残して家を出る。


 書置きには今まで育ててくれた親への感謝を綴るとともに、しっかりと不満もぶちまけていった。


『あんな豚と結婚するくらいなら死んだ方がまし。貴族なんてやってられるか』


 晴れやかな気持ちで貴族を辞めたクレアは、メイドたちから事前に聞いておいた『フリージア』の本部へと向かった。


 結論だけ言えば、クレアの選択した道は正しかった。


 クレアは希少な治癒魔法ヒールが使え、治癒師ヒーラーとして『フリージア』にあたたかく迎え入れてもらった。


 ギルドのメンバーは、クレアを含め総員30名。全員が女性だった。クレアは後衛部隊に配属され、隊長のレベッカのもと、冒険者として経験を積んでいった。同い年くらいの女性たちで知らない土地を冒険するのは楽しかった。同性であるため話もよく合い、地位や身分の差も存在しない。尊敬できる団長や隊長のもとで、仲の良い友人とも呼べる仲間と楽しい日々を過ごす。


 これ以上ない幸せだった。


 しかしそんな幸せを奪ったのもやはりあの貴族だった。


 いつものようにクエストをこなし、冒険者ギルドでクエスト完了の報告をした帰り。仲間と別れて自分の宿へと戻っていると、突然後ろから羽交い締めにされ、麻痺効果のある薬を吸わされた。



――――



 気づけば薄暗い部屋の中で縄に縛られていた。


「気づいたか?」


「……あなたはだへ?」


 麻痺の効果でまだ呂律が回らない。


「俺はここの盗賊団の長をしているもんだ」


 盗賊と聞いて身を強張らせるクレア。


「あー。心配すんな。お前に危害を加えようってんじゃねぇ」


「……?」


「お前をバーモン子爵のとこへ売りに行くんだよ」


「――っ!?」


 目の前の盗賊の言葉が耳に入ってくるが、脳が理解するのを拒む。


「い、いあ……。いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや――んぐっ!?」


 必死に声を張り上げて、いやいやと抵抗するクレアの口を目の前の盗賊が麻布で覆う。


「うるせぇな。とりあえず喋れないようにしておくが、それでも騒ぐってんならこっちにも考えがあるからな?」


 そう言って扉の入口にいた男たちに視線を向けた盗賊。


「○!※□◇#△!」


「□◇#○△!!※」


「△!※□○!◇#」


 扉の入口にいた男たちが、ニヤつきながら言葉になっていない唸り声を発していた。何を言っているのかは分からないが、何を考えているのかは分かった。


 その顔は見たことがあった。


 豚貴族と同じ顔だったのだ。


 クレアは身の危険を察して体を震わせながら縮こまった。


「分かりゃいいんだよ。お前は知らんかもしれんが、そこに立っている3人は『フリージア』に恨みを持っていてな? 騒いだりしたら、『フリージア』の一員であるお前をあいつらは襲っちまうぞ」


 醜悪な笑みを浮かべた盗賊がクレアに絶望を与える。


「それから、貴族に売るのは決定事項だが、ついでにお前には『フリージア』に復讐するための餌になってもらう。精々、上等な餌らしく傷物にならないように振る舞うんだな」


 クレアの歳は今年で16歳。誕生日が間近に迫っている。


 つまり、豚貴族に売られれば即座に妾として囲われてしまう。


 しかもこの盗賊は『フリージア』に仇なすとも言った。それはクレアから全てを奪うのと同義だ。クレアの人生と仲間。何もかもを奪われ、あの絶望しかなかった頃へ突き落とされる。


 クレアは、どんなに努力しても報われない自分の数奇な運命に憤りを禁じ得なかった。


 抗えない絶対的な壁のようなものを感じ、それは自分ではどうしようもないことのように思えてくる。もしかしたら、貴族として生まれた時点で不幸のレールが敷かれていたのかもしれない。


 諦観の念すら抱いてしまったクレアは、『あんまりよ……』と呟きながら、ぼとぼとと涙を落としていた。

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