4話「旅立」
――1ヶ月後――
ルクルド村へ来てから1ヶ月が経過した。
ここでの生活にだいぶ慣れ、村人たちとも親しくなった。
「よお、マサキ! 今から狩りか?」
「こんにちはザックさん。ええ、今日はシーカを狙います!」
「はっはっは! マサキは狙った獲物を絶対に狩ってくるからな。期待してるよ!」
「はい! 行ってきます」
狙った獲物を確実に狩ることができるのは、召喚魔法で呼び出した柴犬のおかげだ。僕は『コタロウ』と命名している。
柴犬は、日本で古来より狩猟のために飼育されてきた品種で、急峻で下生えの多い地形にも対応できる体躯と、飼い主に極めて従順な性質が特徴だ。
獲物の対象は鳥から大型哺乳類まで多岐に渡り、訓練によっては猪や熊などの大型動物とも対等に渡り合える勇敢さも秘めている。
――閑話休題――
僕は日替わりで獲物の狙いを変えている。
村の人たちは食のレパートリーが増えたことを大いに喜んでくれた。元々娯楽の少ない村だ。食に対するこだわりも強い。
だが僕は食だけでなく、生活の質自体も上げることができた。
生活魔法は便利という他ない。
【点火】
火を付けることができる。ライターやマッチ程度を火を出す。
【湧き水】
水を出す。温度調整不可。飲料水として使用可。
【洗浄】
対象を洗浄し、汚れを落とす。
【乾燥】
対象を乾燥させ、乾かす。
【冷房】
自分の半径5m程度まで冷却膜を張る。
【暖房】
自分の半径5m程度まで保温膜を張る。
【発光】
光であたりを照らす光の玉を出す。光量を魔力に応じて調整でき、事前に出しておけば半日程度は持続して光り続ける。
最初に生活魔法を使った時はアリシャさんに驚かれたものだ。
――回想――
アリシャさんが台所で夕食を作ろうとしていたある日のこと。
いつものように火おこし機で火を起こそうと四苦八苦している。
「アリシャさん、火は魔法で起こせないんですか?」
僕は魔法が使える世界であるにも関わらず、魔法を使ったところを見たことがなかったため聞いてみた。
「そうね。使えれば楽なのでしょうけど……。ただ、修道院や王都の学院でしか魔法を教えていないから、農村で使える人はほとんどいないのよ。希少な魔法書で覚えるという裏技もあるけど現実的じゃないわ」
そういってアリシャさんは頷いている僕を見て説明を続けた。
「本格的な魔法が使えるのは、騎士や有力な冒険者くらいね。簡単な魔法なら、ごく稀に商人や平民でも使えたりするらしいけど。それから、教会に携わっている方々は治癒魔法を使える人が多いわね」
「なるほど。それで魔法を使っている村の人を見なかったわけか」
「魔法が使えるのなら、村にいるより王都へ行った方がいいもの。王都で高給獲りの仕事がいくらでもあるわ」
魔法の普及率ついて僕に教えている間も、火おこし機で火を起こし続けるアリシャさん。もう5分近くは手こずっていないか?
「……ちょっと失礼」
そう言って僕はアリシャさんの火おこし機を奪い取る。
「マサキさん? 代わってくれるのは嬉しいのだけれど、これ中々コツがあって初心者には難しいわよ?」
アリシャさんが僕が親切心で火おこしを代わったと思ったのだろう。
僕も道具を使った火おこしが成功するとは思っていない。
【点火】
ボッ!っと薪に火が移る。
「なっ……!?」
「よし、付いた!」
よかった。ちゃんと生活魔法が使えて。
「マ、マサキさん? 以前あなた、治癒師って言っていたわよね……? 火の魔法も使えるの?」
アリシャさんは信じられないとばかりに聞いてくる。
「う~ん。火の魔法っていうか、生活に関する魔法であれば全般使えます。火を付けたり、水を出したり。でも、攻撃用の大きなものは使えません」
「それでも、すごいわよ……。生活全般の魔法が使えるなんて。貴族様に高いお給金で雇ってもらえるわよ?」
「いや、貴族に雇われるより、アリシャさんに喜んでもらえる方が嬉しいです」
「~~っ」
火元でずっと話し込んでいたせいか、アリシャさんの顔は真っ赤になっていた。
――夕刻――
狩りを終えてアリシャさんの家に帰った僕は、ステータスと睨めっこをしている。
スキルポイント:30
HP:100/100
MP:100/100
STR(力):30
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):30
DEX(器用):5
僕は1ヶ月間、体を鍛え続け、スキルポイント30を獲得していた。
神の言う通り、鍛錬で得られるポイントはたかが知れている。
現状、スキルポイントをバランス良く振ったとしても、ステータス的には飛躍的な向上が見込めない。ならどうするか。僕は1ヶ月間考えていたことを実践する。
こうだ!
スキルポイント:0
HP:100/100
MP:100/100
STR(力):30
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):30→60
DEX(器用):5
スキル:回復魔法、魔法阻害、剣豪、召喚魔法、生活魔法
強い敵に遭遇したらどうするんだって?
逃げるに決まっているだろう。
逃げるが勝ち。防御力があっても、それを上回る攻撃を受ければ死んでしまう。例えばドラゴンと遭遇したらどうするか。今の僕では逃げるしかない。
ならば敏捷を上げて逃げ足を速くしておくことに越したことはない。
つい先日も遭遇したドラゴンから逃げたばかりだ。
「寝るか……」
スキルを思い切って振った僕は、ベッドに入って見慣れた天井を眺めた。
この1ヶ月間は、長いようで短かった。
色々あったが、アリシャさんやアーニャちゃんとは仲良くできたし(健全に)、村の皆も優しかった。
アリシャさんとアーニャちゃんには先ほど村を出ると伝えてある。僕になついてくれたアーニャちゃんに泣かれてしまったが、最終的にはアリシャさんと共に理解を示してくれた。
――翌朝――
僕は狩りで稼いだ所持金と、諸々の荷物をポーチに詰めて旅の準備を整えた。
ポーチを持って1ヶ月間お世話になった家を出る。
見送りはアリシャさんとアーニャちゃんの2人だけだ。
しめっぽいのは嫌いなので、僕が旅立ったことをアリシャさんから村の人達へ伝えて貰うように頼んである。あたたかく迎え入れてくれたこの村には感謝の思いしかない。
僕にとってはかけがえのない1ヶ月だった。
一旦皆と別れるけど、きっとまた会えると思う。
だから、狩りにでも行くような、そんないつもの調子で言った。
「いってきます!」
「「いってらっしゃい!!」」
こうして僕はルクルド村から、まだ見ぬ世界に夢を馳せて旅立った。