3話「誘惑」
目の前に木造の天井が見えた。
なんというかデジャブ。
「起きられましたか?」
アリシャさんから声を掛けられる。
「はい。あの……。すみません、また倒れてしまいご迷惑を」
「迷惑だなんてとんでもない! マサキさんのおかげでアーニャが良くなったんですもの! マサキさんにはどのようにお礼をしていいかわからないわ。本当にありがとう」
どうやら、アーニャちゃんは無事助かったようだ。
僕は医者じゃないから正確な診断はできない。だから、可能性がある箇所をまとめて【回復魔法】してやった。全力で。そしたら意識が飛んだ。
「よかったです。アーニャちゃんの容体が思いのほか悪かったので不安だったんですけど、よくなったのなら何よりです」
「ありがとう……。本当に感謝しています。この気持ちは、言葉だけでは伝えきれません」
「魔力枯渇で倒れていた僕も助けてもらいましたし、お互い様ですよ。お気になさらず」
「そんな……。私はマサキさんをここまで運んできただけです。あんなすごい治癒魔法とは全然釣り合いません。言葉で伝えきれない分のお礼は、か、体で――」
恥じらいつつ目をギュッと瞑ったアリシャさんは、どうぞと言わんばかりに、両手を後ろに組んで体を突き出して来る。
「い、いやいや! お、お礼というなら、しばらくここに泊めて下さい! お、お金持ってなくて、い、行くあてがないんですよ! ハハッ」
突然の誘いに動揺し、声が上ずってしまう。おかげで渾身のモノマネができた。某マスコットキャラの。
「それはもちろん構いません。か、体だってマサキさんにだったら、わたし……。夫が他界してから相手もいなくて――」
恥じらいながら、欲求不満をアピールしてくるアリシャさん。
もし『じゃあ体で』って言ったらどうなるのだろう?
改めてアリシャさんの容姿を眺めてみる。
肩下まで伸びたふわふわのブラウンヘアは、横を通っただけでシャンプーのほんのりとした香りがする。背丈はそれほど高くなく、ある部分を除いて非常に華奢な体をしている。女性として今まさに花が咲き始めた様な美しさだ。
そんな彼女の見た目の中で取り立てて自己主張が激しいのは、小さい顔と反比例するような、たわわな胸だ。マシュマロみたいにふわふわな膨らみに、自然と目が吸い寄せられる。
途中から胸ばかり見ていたからだろうか。アリシャさんは蠱惑的な笑みを湛え、甘い声で囁いてきた。
「……おっぱい好きなの?」
小首を傾げて上目遣いで聞いてくるアリシャさんに、『大好きです!』と言ってしまいそうになる。
「す、すみません!」
僕は目を泳がせ、挙動不審に謝る。
「……主人も好きだったわ。男の子ですものね」
アリシャさんはフフッと笑うと、胸元のボタンを1つ2つと外していく。
「な、なに……して……」
僕は声にならない声を出して、その場に硬直した。
胸元を露わにさせたアリシャさんは、僕の目を覗き込むように熱い視線を送ってくる。そして、硬直した僕にじりじりと迫って来た。
僕の目の前でその歩みを止めると、人差し指をみずみずしい唇にあてて、クスッと笑うように口角を上げた。
意図するところは宣戦布告である。
誘惑に勝てるものなら勝って見せろと。
すると思った通り、僕を落としにかかってきたアリシャさんが官能的な誘惑スキルを発動させた。
まずは人差し指をみずみずしい唇から鎖骨へ、ゆっくり、ゆっくりと下ろしていった。まるで僕の視点を人差し指に釘付けにするかのように。
鎖骨へ辿り着いた人差し指は、今度はどこへ行こうかなと、道に迷ったようにぐるぐると円を描き始めた。
だが突然、迷いを絶ったかのように、ぴたっと動きを止めた人差し指は、あろうことか最も進んではいけない道へと進んでいった。
「――っ!?」
僕の反応を楽しむように、アリシャさんは人差し指を2つの双丘がそびえ立つ下方へと向かわせる。
人差し指は坂道が苦手なのだろうか。平地を求めて2つの双丘の谷間へ進路を取った。
奥へ、奥へと、すべすべの肌をなぞるように這っていく。
柔らかい2つの双丘は、人差し指にかき分けられて既に凄い形になっている。
僕の視線を釘付けにしている人差し指は、谷間の中腹に差し掛かったところで突如その進行を止めた。何をするかと思えば、先ほどまで避けていた丘を登り始めたではないか。
豊かにそびえ立つ双丘の頂へ。未知の絶景を求め、上へ、上へと。
やはり坂道は辛いのか、アリシャさんの息遣いも荒くなっていく。
「んっ……んっ……」
やっとの思いで登頂した人差し指は、記念にシンボルでも立てようと、むにゅっとその身を丘の頂に突き挿した。
丘が凹み、どんどん指が吸い込まれていく――
なんて柔らかそうなんだろう。
この手で触ったり揉んだりすれば、きっとその柔らかさの虜になり、快楽に溺れるだろう――
「ぁんっ……」
誘惑スキルにかかっていた僕は、アリシャさんの艶めかしい喘ぎ声でハッと目が覚めた。
「~~っ」
これ以上は危険だ。
『戦う』
→『逃げる』
僕は脳裏によぎった選択肢から、迷わず『逃げる』を選択する。
そして、前屈みになりながら脱兎のごとくトイレへ逃走した。
刺激的すぎる。
経験値が違いすぎる。
もはやドラゴンとスライムだ。
勝てるわけがない。
僕は落ち着きを取り戻すまでしっかりとトイレで心を休ませた。その後、起きてきたアーニャちゃんとアリシャさんの3人で遅めの夕食をとって就寝した。
諦めきれないのか、『一緒に寝ませんか?』とアリシャさんから誘われたが、『いつも通り寝て下さい』と丁重にお断りしておいた。
賢者になった僕は無敵だ。
――翌朝――
朝日が昇り、部屋が明るくなった頃、僕は目を覚ました。
「朝か……。起きるか」
まだちょっと眠いし、外はひんやりと寒いが、いつまでもダラダラ寝ているのはよくない。
そう思って起きようとした時、ふと違和感に気づく。
左腕が重い。
昨日、魔法を使いすぎた後遺症か?と不安を抱きながら左腕を見ると――
アーニャちゃんが左腕に巻き付いていた。
「……」
これはあかん。
脳内に弾幕の嵐が吹き荒れる。
『事後』『チュンチュン』『ロリコン』『昨夜はお楽しみでしたね』『おまわりさんこっちですよ』『ペロペロ』『●REC』
ダメだこれ早くなんとかしないと。
僕は左腕をアーニャちゃんの腕からそっと抜こうとする。
……抜けん。
なぜだ!?
12歳の子の腕力に勝てないとでもいうのか!?
今度は本気で腕を抜きにかかると――
ギュッと締め付けが強くなった。
「……」
「……」
『う~ん』とわざとらしく寝言を言うアーニャちゃん。
「……アーニャちゃん起きているよね?」
「……………起きてないよ?」
ぼそッと否定してくるアーニャちゃん。
「起きているじゃないかっ!おはよう。アーニャちゃん。できれば腕をほどいてほしいのだけど」
「やだっ」
「……」
どうしようこれ。
育ちざかりの膨らみの感触が左腕から伝わってくる。
なるほど。
何がなるほどなのかは分からないが、しっかりとアリシャさんの血を受け継いでいるようだ。
まだ12歳だぞ!?こんな子の膨らみに動揺していたら不味いだろ!
嫌な汗をかきながら焦る僕は、次なる危機感を募らせる。
これ、アリシャさんに見られたら完全にアウトなパターンじゃ――
「おはようございます。マサキさん」
「ひっ!?」
僕は突然に呼びかけに肩がビクッと反応する。
「? そういえばアーニャ知りませんか? マサキさん。朝起きたら居なくて」
「お、おはようございます。アリシャさん。アーニャちゃんですか?えっと……」
僕は無言で左腕に視線を向ける。
そしてアリシャさんが僕の視線を辿っていく。
「……」
「こ、これは違うんですよ? 朝起きて気づいたら一緒に寝ていたんですっ!」
どこの浮気野郎の発言であろうか。しかし事実に相違ない。
「……アーニャ? 起きなさい。マサキさんが困っているわよ?」
「はーい、ママ。おはよう」
「おはようアーニャ。あと、抜け駆けはダメって言ったでしょ?」
抜け駆け?
「ごめんなさい。どうしてもお兄ちゃんと一緒に寝たかったの」
誤解を招く発言だから是非とも訂正を求む。