1話「転生」
気づいた時には草原に佇んでいた。
背丈や恰好、顔などは前世のままのように感じるが、体が妙に軽くて違和感を覚える。服装はこちらのものになっており、初期装備なのか安っぽい剣を腰からぶら下げていた。
「見習い冒険者って感じだな。ゲームなら、始まりの村へ行ってストーリーを進めていくのがテッパンだけど……」
周囲を見渡す。
背後に鬱蒼とした森。その森から平野に伸びるようにして流れている河川は、日光を反射させてキラキラと輝いていた。そして前面に広がる景色は、アフリカの大地を彷彿とさせるような広大にして緑豊かな大草原である。モンスターらしき敵は見受けられない。
神から放り出されるように転生したため、状況を掴むのにも時間がかかった。
「道しるべになりそうなものは何もないな……。とりあえず人を探さないと始まらない。問題は食料がないことだよな。なんとか日没までに町に辿り着いておかないと」
日の位置を確認するべく空を見上げる。
「なんで太陽が2つもあるのかはこの際置いておこう……。まだ日は高いから、日没まで時間がありそうだな」
ここにきて異世界に来たと実感が沸いてきた僕は、森とは反対方向を目指して町や村を探すことにした。
「やっぱり人が住んでいるとしたら川沿いかな」
とりあえず町や村を探すのは大前提として、出来れば体を鍛えながら進みたい。ゲーム序盤なら鉄則だ。レベリングは大事。筋力向上や魔力向上みたいな能力はもらってないし、地道にステータスを上げていかねば。
効率よくいこう、効率よく。
基本方針が定まると、僕は人が住む場所を目指して走り出した。
「やっぱり前世の体より脚力が各段に上がっているな……。とりあえず息の続く限り走ってみるかな?」
広大な平原を走るのは思ったよりも気持ちがいいものだった。前世ではこんなだだっ広いところないし。
走り続けることしばらく。
かなりの距離を走りきることができたが、やはり体力には限界がある。息も絶え絶えになり、一旦休憩を挟むか迷い始めた頃、あらかじめ試そうと思っていたことを実践してみた。
「【回復魔法】:ヒール!」
体中に酸素が行き渡り、息が整う。そして体から疲労感が消えた。
「おお!! やっぱり!!」
体力が全快になり、また軽快に走り始めることができる。
「効率厨にはたまらんな! これで休憩の時間すら短縮できる!」
しばらく走る&回復を繰り返し、魔力が底を尽きるまで走り続けた。ゲーマたる僕は、レベリングという地味な作業を苦にしない。
「ぜぇぜぇ……。おっ! なんか、ハァハァ。村っぽいのが、ぜぇぜぇ。見えてきたっ!」
ひたすら走り続け、日が傾きかけた頃にようやく小さな村を発見する。
「ハァハァ。あと1回、ヒールで、ぜぇぜぇ、村まで完走、できそうだな……。ぜぇぜぇ。【回復魔法】:ヒール!!」
グニャン
あれ?
息切れが収まったと同時に視界が歪み、体に力が入らなくなる。初めて『魔力枯渇』味わった僕は足をもつれさせ、なす術なく地面に倒れ伏す。
そして意識を手放した。
スキルポイント:0
HP:100/100
MP:0/100
STR(力):30
INT(知力):5
DEF(防御):30
AGL(敏捷):30
DEX(器用):5
――――
ここはどこだろう。
目の前に木造の天井が見えた。
ゆっくりと体を起こすが、その手に力は入らない。
「あら早かったわね。起きられましたか?」
声のした方へ目を向けると、20代後半くらいの妙齢の女性が台所から粥を持ってきた。
「あの。僕、どうして――」
自分の身に何が起きたのか分からない。村が見えたと思ってヒールを使ったが、その後の記憶がない。
「あなた村の近くの草原で倒れていたのよ? 覚えてない? たぶん魔力を使い果たしてしまったんでしょうね」
魔力を使い果たす……。なるほど、魔力が0になると気を失ってしまうのか。貧血とか脱水症状に近い感じだな……。
手に力が入らん。
念じてステータスを出してみたところ、やはりMPが減っていた。恐らくMPが自然回復したおかげで意識が戻ったのだろう。
「なるほど。それであなたが助けてくれたんですね。すみません、見ず知らずの僕なんかを。ありがとうございます。あっ、僕はマサキって言います」
めちゃくちゃいい人じゃないか……。異世界に来て初めて会った人だったが優しい人でよかった。
そういえば、ふつうに言葉通じている。こっちの世界の言葉が分かるし話せているな。神様が気を利かせてくれたんだろうか。だとしたらありがたいけど、説明くらいはしてほしかったな。
「どういたしましてマサキさん。これも神アルフのお導きよ。そうそう、お粥を作ったのだけれど、食べられる? お口に合うといいのだけれど」
「何から何まですみません。ぜひ頂きます。今日何も食べてなくて」
お腹をさすりながら感謝する僕が微笑ましく映ったのか、目の前のマダムはクスクス笑っていた。
「あらあら、これじゃあ魔力切れなのか食い倒れなのか分かりませんね。ふふっ」
その後お粥を頂きながらこの世界のことを聞いた。
ここは、ヴァルツリッヒ皇国の南方にあるルクルド村というらしい。
僕を助けてくれた女性はアリシャさんという名前で、この村の農民だ。一人娘のアーニャちゃんと二人暮らしをしている。裁縫をしたり、近隣に自生している木の実などの採取をしたりして生計を立てているそうだ。
この村には100名ほどの農民がおり、領主によって統治されている。決して裕福ではないようだが、平和な暮らしができているという。
僕が転生した地点は、ここルクルド村から南方へ20キロル(約20km)離れたジャカル森林の入口付近。大きな町に行くには、ここから北東に200キロル(約200km)の道のりになるそうだ。
このあたりのモンスターは夜行性が多く、日中は森や洞窟にでもいかない限り遭遇することはめったにないとのこと。
この世界の貨幣であるが、王貨、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨が流通している。
王貨1枚=白金貨10枚
白金貨1枚=金貨100枚
金貨1枚=銀貨10枚
銀貨1枚=銅貨10枚
銅貨1枚=鉄貨10枚
「そういえば、今日はアーニャちゃん何しているんですか?」
不意に尋ねてみると、アリシャさんの顔が曇った。
「アーニャは……。病気がちの子でね。今も調子が悪くて寝ているわ」
沈痛な空気が流れる……。
「ごめんなさい。気に病まないで。アーニャは小さい頃から体が弱かったのよ」
場の空気を悪くしてしまったことを気にしてか、ことさら笑顔を作ってアリシャさんは気を張ろうした。
変なことを聞いちゃったなと罪悪感を抱いた僕だったが、ふと思い至る。
神様からもらった回復魔法はどこまで万能であるのか。
もしかしたら――
「あ、あの! 助けて頂くだけでは悪いので、よかったら僕にアーニャちゃんの容体を見せて頂けませんか?」
「?」
「えっと。実は、これでも僕は治癒師の端くれでして。少しでも力になれたらと思って――」
するとアリシャさんは優しく微笑んだ。
「そうね……。実は、治癒魔法なら修道士様に何度も施してもらってるの。けれど、あまり効果は無かったわ。だから、気を使って下さらなくても大丈夫よ?」
アリシャさんは僕の好意を無碍にしないように言うが、結果が見えているのか、ことさら気にしなくても大丈夫だと言ってくれる。
僕自身も神様からもらった回復魔法の効果は半信半疑だ。病気に効くかどうかも分からない。しかし、能力をもらったときに、あらゆる回復魔法の行使が可能になると書いてあった。
もしかしたら病気に効果のある回復魔法があるかもしれない。どうせ回復魔法を行使したところで失われるのは僕の魔力だけだ。それも自然に回復する。
ダメもとでやってみる価値はあるだろう。