15話「鐘が鳴ったョ!全員集合」
――翌朝――
ゴーン ゴーン ゴーン
本日一発目の鐘が鳴る。
『三日月亭』はこの国の南側エリアに属しているため、集合場所の南門まで徒歩数分だ。本来ならゆっくりと身支度をしても十分間に合うだろう。
しかし、女性をお待たせするのは紳士にあるまじき行為。初対面の人もたくさんいる。それも過去の事件が原因で男性に不信感を抱いている人たちばかりだ。第一印象が大事になってくる。遅刻しようものなら、印象がストップ安間違いなし。ついでにもれなくオリヴィアさんのお叱り付き。
僕は急いで身支度を整えて『三日月亭』を後にした。
「お? 久しぶりだな。マサキじゃないか」
南門へ到着すると、入国審査を担当した強面門兵がいた。名前まで覚えていてくれるとは嬉しい。門兵数名以外は南門に誰もおらず、どうやら一番乗りだったようだ。
「おはようございます。ご無沙汰しています。昨日の午前中に南門を通った時はいらっしゃらなかったですよね?」
昨日出稼ぎに南門を通った時は、もっと若い門兵が歩哨に立っていた。
「ああ。昨日は非番だったな。それよか聞いたぞ! お前『フリージア』に加入したんだってな? 街中で噂になっているぞ! マサキって命知らずの馬鹿がいるってな」
……どうやら僕の名前は覚えるまでもなく広まっていたらしい。
「エマにはめられたんです……」
「ガッハッハッハッハ! エマに一杯食わされたか! あいつ、見てくれは良いんだが、性悪女だからな」
強面門兵が破顔してエマの陰口を叩く。
はて?
『フリージア』の件は確かにはめられた感があるが、性悪とまで断定できるだろうか?
「性悪? そこまでの印象は受けなかったですけど」
「昨日、エマから霜降りラビットのクエスト受けただろ?」
「はい。ちょっと軍資金が必要になりまして、エマからクエストを受けました」
「霜降りラビットのクエストはな? 本来1人で受けるクエストじゃないんだ。べつに1人で受けちゃいけない決まりはないんだが、霜降りラビットはその特性から非常に捕まえにくい。だから普通は4~5人のパーティを組む。言わば1人では到底クリアできないクエストなんだ」
「え? でもエマは僕にとっておきのクエストを用意しますって言っていましたけど」
「違うな。1人のお前に、普通そのクエストを勧めるギルド職員はいない。正確な解釈をするなら、1人の世間知らずなお前にとっておきのクエストだな。エマは絶対無理なクエストをお前にやらせて、からかう予定だったんだよ」
……あの野郎。
「だが、お前がクエストを軽々達成したもんだから、昨日はすげぇ悔しそうにしていたぞ? エマの口から『ぐや゛じい゛~!!』なんて初めて聞いたな。おまけにあほみたいな量をエマ当人に換金させたんだろ? 悔しさで震えるエマが目に浮かぶな! ガッハッハッハッハ!」
強面門兵が腹を抱えて爆笑していた。
しかし、いくら何でも情報が早すぎないか?
「もしかして、それも噂になっていたりするんですか? 昨日の今日で広まるにしては早すぎる気が――」
「ああ。昨日非番だった俺をエマが酒場に呼びつけやがったんだよ。何聞かされるかと思えば、してやったつもりが、逆にしてやられたってんで、永遠と愚痴を聞かされてな」
そういうことか……。どんだけ悔しかったんだよ……。
「それは、何というかご愁傷様です。1%くらい責任を感じますので謝っておきますね。ごめんなさい」
「別にお前が謝ることじゃねえよ! エマの新鮮な顔が見れて俺も満足だったしな!」
どうもこの強面門兵さんとエマさんの距離が近いような気がしたので、悪戯心で僕はその関係について尋ねてみた。
「それにしても門兵さんも隅に置けませんね? 性悪とはいえ、エマみたいな美人に呼び出されるなんて。もしかして付き合っていたりします?」
ふふふ。
強面門兵がどんな反応をするか楽しみだ。
「付き合うもなにも、エマは俺の嫁だ」
「ぶっ!!」
なにそれ!?まさかカウンターが帰ってくるとは思わなかった。
ていうか嫁に対して性悪女とか言う?
「すみません。お二人が結婚されているとは思いもよりませんでした。どうぞお幸せに――」
散々エマのことを悪く言った手前、居心地の悪さを感じる。
「おう。もう十分幸せだがな。子供が出来たらお前にも見せてやるよ。俺は冒険者区のバローナ通りに住んでるアレックスつうもんだ。エマが世話になっていることだし、今度顔でも出せ」
生き様だけじゃなくて名前まで恰好いいよ。やだー。
そうしてアレックスさんと立ち話をしていると、ぞろぞろと白い集団が城郭内から出て来る。
「お。お前んとこのギルメンが揃い始めたんじゃねぇのか? しっかりやれよ。玉つけて帰ってこい」
縁起でもないから止めてくれ……。
白い集団が近づいてくると、スーッとアレックスさんがフェードアウトしていく。
やっぱりアレックスさんでも『フリージア』は怖いらしい。
「早いな、マサキ。一番乗りか?」
そろそろ20名くらいは集まっただろうか。レベッカさんが僕に声を掛けてきた。
「おはようございます。ええ。泊まっているところが近いですから。お待たせしないようにと思いまして」
「殊勝な心掛けだな。私たち後衛部隊は前衛・中央部隊の後に出発するから、もうしばらく寛いでいていいぞ?」
「そうですね。でも寛ぐ前に、後衛部隊の方たちにご挨拶しておきたいんですけど、もう揃っています?」
8名くらいの集団がレベッカさんの後ろに控えており、その中にはクロエ、ルイーズ、ローラの姿も見えた。
「ああ。そうだな。うちの後衛部隊はもう揃っている。一応お前のことはギルメン全員に話が通っているんだが、お前はメンバーの顔と名前が分からんだろうからな。紹介してやるよ」
レベッカさんが僕を引き連れて後衛部隊のメンバーと思われる集団に近づいていく。すると、僕の存在に気づいた彼女たちは、ガールズトークを止めてこちらに警戒の目を向けてくる。
「みんな聞いてくれ。こいつが1ヶ月間臨時でうちのギルドに加入することになったマサキだ」
「どうぞよろしくお願いします」
ぺこり。
クロエ、ルイーズ、ローラは一度顔を合わせているからあまり抵抗を感じていないようだが、その他のメンバーは明らかに嫌そうな顔をしている。
まぁ3人だけでも知っている人がいて良かったな。いきなり初対面の女子8人の輪になんて入れっこないし。
クロエは相変わらず俯いているが、折り紙への信仰を共感した仲だ。ルイーズも折り紙に――
ん?
ルイーズのバックから白い猫の折り紙のような物体がはみ出ているんだが、気のせいか?
――気のせいであって欲しかった。
あろうことか、ルイーズはバックから白い猫の折り紙を出して、周りの子に自慢し始めたのだ。
置いてけ!そんなもん!
とりあえず、得意げな顔をしているルイーズは放っておいて、他のメンバーの紹介をレベッカさんにしてもらう。
「じゃあ、残りのメンバーを紹介するぞ? 右から順番に、ハンナ、ルーシー、リリー、キャシー、ナタリーだ」
待て待て待て!
覚えられるか!そんな雑な紹介で!
リリーって名前しか頭に入ってこん!
どうせまた名前の通り百合キャラで、レベッカさんのことを『お姉様』と呼ぶんだろう?
それでもって、『ごきげんよう』『ホホホ』『わたくし』『男は嫌いですわ』とか言うんだろう?
僕がリリーのことを観察していると、リリーは嫌悪感丸出しに言った。
「姉御。こいつさっきからアタイのことジロジロ見てくんだけど、しばいていいか?」
「……」
――誰だよお前。
どんだけ期待裏切ったらそんな喋り方になるんだよ。
「やめておけリリー。こいつは治癒師ではあるが、剣の腕はなかなかだぞ? 昨日ランクB相当の護衛2人が赤子をひねるかのようにこいつに倒されたからな」
「げえぇ。こいつそんなに強いのかよ。黙ってヒールでもしとけよ」
とりあえずリリーは口が悪いと覚えた。