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異世界ファンタジーなのに攻撃魔法が使えない  作者: 三好 幸人
1章 『冒険』
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8話「死の黙示録」

 『フリージア』がまだ『紅蓮』というギルド名だった頃の冬。雪がちらつく季節とあり、冒険者稼業もオフシーズンに突入しようとしていた。


 紅蓮の団長であったオリヴィアは雪が積もるまでギルドの活動を続ける方針を出し、メンバーも付き従うようなかたちでクエストを受注していった。


 当時のメンバーは団長のオリヴィア含め総員40名(内30名は女性)。


 女性冒険者は、通常1人でギルドやパーティに入りづらい。身内同士だとしても、女性1人が入ったパーティはしばしば内部関係に軋轢を生みかねない。逆に、女性が多いギルドは安心して入団することができた。その点、幹部が全員女性の紅蓮はうってつけのギルドであり、必然的に女性メンバーが多くなった。


 多くの若く美しい女性冒険者が紅蓮のギルドに入団し、花形のギルドとなると同時に羨望と嫉妬の対象となる。


 そんな花形ギルドで肩身狭く所属していた男性冒険者10名は他ギルドの冒険者に付け入られた。


 他ギルドの冒険者は言った。『お前ら、あんな綺麗どころの女どもと同じギルドでいい思いしているんだろ?』『俺らなんて、ヒキガエルみたいな顔の巨人女と冒険してるんだぜ?』『俺らにもいい目みさせろよ。なぁ?』と。


 しかし、紅蓮の男性メンバー10名は女性メンバーに一切手を出していなかった。いや、出せずにいたという方が正しい。


 紅蓮の幹部は他を寄せ付けないほどに強かった。彼女たちは元貴族や道楽目的の元女騎士、教会魔法師の卵だったなどタレントに事欠かない。幼少の頃より研鑽を積んで修めた彼女たちの武術や魔術は並みの冒険者を凌駕していた。


 近くにいても手を出せない高嶺の花。ギルド内の男女格差。長年のフラストレーションが溜まった紅蓮の男性メンバーたちは他の冒険者たちの甘言に誘惑された。


 今の今まで倫理観を持って自制していた心がついに決壊した。


 周囲の意見に流されてしまった紅蓮の男性メンバーは、もはや仲間と呼べるギルドメンバーではなくなっていた。



――深夜のとある宿屋にて――



 紅蓮の男性メンバー10名と他ギルドの冒険者20名の総勢30名が集っていた。この人数は残り者をつくらないための下世話な配慮であり、腕力で女に負けないという驕りでもあった。


「決行は紅蓮のクエスト遠征中の深夜。俺たちが見張り番を任されて、女供が皆寝静まった時だ」


 紅蓮の男性メンバーであるミゲルがそう言った。


「しっしっし! 舌なめずりしちまうなぁ~。紅蓮の女どもが俺たちのもんになるなんてよぉ~」


 涎を拭く仕草をする他ギルドの冒険者であるラッカス。


「オリヴィアは、ハァハァ。俺の、ハァハァ。俺の子を産ませる、ハァハァ……」


 止めどなく流れる汗を拭こうともしない他ギルドの冒険者であるジャーマル。


「しっしっしっし。わぁーってるって、ジャーマル。豚みたいなてめぇがオリヴィアを孕ませるとか、どんな子供が産まれてくるんだ?」


「愛の結晶……ハァハァ。俺とオリヴィアの愛の結晶……ハァハァ」


「ラッカス、ジャーマル。作戦会議中に私語は止めろ」


「しっしっし。わりぃわりぃ。それよか薬はどうすんだよ?盛らねぇのか?」


 ミゲルが2人の会話を中断させると、ラッカスが悪びれもなく睡眠薬を提案してくる。


「いや。薬はなしだ。まず高価な睡眠薬を30人分も用意できる資金がない。それに、そんな量の薬を仕入れてみろ。憲兵に目を付けられるぞ」


「しっしっし。しゃあないか。薬で弱ってない生の悲鳴も燃えるしなぁ~。しっしっし。しかし、ジャーマル。てめぇ弱ってないオリヴィアを抑えられんのか?」


「馬乗り、ハァハァ。のしかかって、ハァハァ。犯す、ハァハァ」


「まぁ、てめぇの体重で馬乗りされたら身動きとれんわな。しっしっし」


「それにだ。薬を盛った場合、鑑定スキルを持ったやつにばれる危険がある。紅蓮には、鑑定スキル持ちの女性メンバーが2人いる。名前は……」


「あぁ~。いい、いい。俺がヤる女以外の名前とかどうだっていい。だいたい30人も女がいるんだ。覚えられるかっての!しっしっし」


「……まぁいい。女が寝静まった後、俺が合図を出す。その後、総員でテントへ突入し……」


 3人の会話を聞いていた他の男たちが生唾を飲む。


「パーティーだ!!!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」」」


 今日一番の歓声。


 この場に集った男たちは待ちきれないといった様子で盛り上がる。その後、紅蓮の男性メンバーであるミゲルが女性メンバーの特徴や作戦の首尾を情報共有した。



――決行当日――



 ミゲルたち10名の紅蓮の男性メンバーは手筈通り男だけで夜の見張り番を担当し、テントの灯りが消えてから数刻経った。


 森の中に静けさと暗闇が満たし、男たちの心臓は早鐘を打つ。


「やるぞ……」


 ミゲルがその場にいた他の男性メンバーに告げると、右手に持った松明を高く掲げた。すると、森の茂みに待機していた他ギルドの男たち20名が這いよるようにテントへと向かって行った。


「おい、ミゲル」


 もう間もなくテントへと突入が開始されるであろうタイミングで、ミゲルの隣にいたケビンが声を発した。


「なんだ、ケビン? あまり声を大きな出すな。気づかれるぞ?」


 柄にもなく早口で捲し立てるミゲル。


「いや、もう手遅れだけどさ。この作戦が成功したらその後どうすんだ?」


「……」


「作戦では、女たちを犯したら成功とまでしか話し合われてないだろ?」


「……決まってんだろ? 紅蓮を脱退する。それから新たにギルドを立ち上げるんだよ」


「紅蓮の幹部を敵に回してのうのうと生きていけるか?」


「……」


 もちろんミゲルも分かっていた。この街で紅蓮を敵に回して生きていけないことくらい。しかし、男女格差を長年味わい、劣等感を抱き続けて溜まったフラストレーションはもう限界を超えていた。


 これはいわば、ミゲルにとっての復讐なのだ。傲慢で一方的な復讐。唯一の免罪符は、ギルドの全権を女性メンバーが独占したことだ。男性メンバーは世間から女の尻にしかれた軟弱男と揶揄され、その評判のせいで女は寄ってこなくなった。世間から迫害を受けた責任の一端は女性メンバーにあるのではないか。


 後ろめたいことに目を背け、必死に自分を正当化した。


「「「「きゃあああああああああああああああああああああああ」」」」


 ミゲルとケビンが2人で立ち話していると、テントの中から何人もの甲高い女性の悲鳴が聞こえた。


「ハァハァハァハァハァハァハァハァ。オリヴィアたんっ!! ハァハァハァ。俺のっ! オリヴィアたんっ!! ハァハァ」


 ミゲルがテントから中を覗くと、必死に抵抗する女性メンバーを力尽くで押さえつけようとする他ギルドの冒険者が目に飛び込んできた。


 寝ているオリヴィアに馬乗りに乗ったジャーマル。


 同じく女性メンバーに跨り、無理やり抵抗を押さえつけようとしているラッカス。


 まさに地獄絵図。


 そこには阿鼻叫喚が広がっていた。


「――っ!? 何をして……ちょっと、あなた!! どきなさいっ!! 何をしているのか分かってるの!?」


「わかっているよぉ……ハァハァ。今から、ハァハァ。俺がオリヴィアたんを……グヒュッ」


「――っ」


「武器を探してるんだね?ハァハァ。ざんねん。ハァハァ。枕元に武器を置いて寝てるってことは、ハァハァ。ミゲルから聞いてるよ?ハァハァ。全部回収済さ」


「ミゲル!? どうして……」


 絶望的な顔をしたオリヴィアが、テントの入口に居たミゲルを視界にとらえる。


「ミゲル!! あなた、紅蓮を裏切ったわねっ!? それもこんな最低な方法でっ!! 絶対に、絶対に許さないわっ!!」


 オリヴィアが仲間の裏切りに顔を歪めて激高する。


「ハァハァ。オリヴィアたん。怒った顔も素敵だよ? ハァハァ。もういいだろう? ハァハァ。もう我慢の限界だよ。ハァハァ」


 ジャーマルがその巨体をフルに活かして馬乗りの体制からオリヴィアに覆いかぶさるようのしかかり顔を胸に埋める。


 オリヴィアの胸元があらわになり、ジャーマルは躊躇いなくオリヴィアの谷間に顔を突っ込む。


「っ!? やめてっ!! やめなさいっ!!」


 ジャーマルとオリヴィア以外も惨憺たる有様だ。


 すでに上半身を裸にされた女性メンバーもおり、悲鳴と色欲に狂った男たちでテントが埋め尽くされていた。


 そんな中、ミゲルは二の足を踏んでいた。まがりなりにも長い間共に冒険をしてきた間柄。いざ行為に及ぼうとする時になって足が震えだす。


「はは……。これじゃあ世間の評判通りじゃないか……。女に歯向かうこともできず、尻にしかれた軟弱者。腰抜け冒険者……」


 残りの紅蓮の男性メンバー9名もミゲル同様、テントの入口付近で立ち尽くし惨劇を眺めるばかり。


 しかし、この場で立ち尽くす10名によって、男30名がかりで女性メンバー30名を組み伏すという作戦が瓦解する。棒立ちの男性メンバー10人と組み伏されていない女性メンバー10人という戦力差。


 女性メンバーたちは一致団結して他ギルドの冒険者たちを排斥して回る。


 武器がなくとも魔法の才がある者や、男に負けぬ格闘術を持った者が多く、次第に形勢が女性メンバーの方に傾いていった。


「オリヴィア!! 大丈夫か?」


「……ええ。無事よ」


 半裸のオリヴィアにのしかかっていたジャーマンは救助に来た幹部のレベッカによって気絶させられていた。


「くそがああああ!! おい! ミゲル!! てめぇ、なんで突っ立ったまんまで俺たちに加勢しない!?」


 ラッカスがいつもの『しっしっし』という笑い声を出す余裕を無くし、戦犯のミゲルに詰め寄る。


「……すまん」


「すまんじゃねぇええんだよ!! この期に及んでビビってんのか? あ゛あ゛? てめぇのせいで作戦失敗じゃねぇかよ!!」


「……すまん」


「この腰抜けがああああああああ!!」


 ラッカスは思いっきりミゲルの顔面を殴ると、ミゲルは抵抗することなく地面に倒れ伏す。


「そこまでよ!!」


 上着を羽織り、幹部を後ろに侍らせたオリヴィアが高らかに宣言する。


「あなたたちの下賤な作戦とやらは失敗したわ。金輪際顔も見たくないっ……。けど、それじゃあ後ろで泣いている子たちに申し訳が立たないわ」


 グスッ……。ひっく……。ひっく……。


 うっ……。グスッ……。ぅっ。ぅうぐぅっ……。


 何人もの女冒険者が嗚咽を漏らし、恐怖にうち震えていた。


「だから、絶望なさい。男として、人としての尊厳なんて与えない。生きていることを死ぬほど後悔させてやるわっ!!」


 オリヴィアの般若のごとく怒りに狂った顔を見た男たちは青ざめた顔で必死に命乞いをする。


 しかし、オリヴィアは一切取り合わずに男たちを拘束し、日が昇ると同時に街へと帰還した。手足を縛られた男たちは、まるで奴隷のごとく衆人環視の中を1列に歩かされ、そのまま牢に繋がれた。



――数日後――



 見張りをしていた憲兵から牢を出してもらうと、男たちはやっと解放されたのかと淡い喜びに浸る。


 しかし、連れて行かれたのは罪人に法の裁きを与えるヴァルツリッヒ法廷。


 絶望に顔を染める男たち30人は必死に反省の弁を述べるが、この国の立法機関は罪人に寛容な法など制定していない。



 判決は、執行猶予なしの『有罪』。



 裁判官は罪人30人の控訴要求を棄却し、反対に原告の紅蓮が主張した要求を認めた。原告の紅蓮ギルド幹部が要求したものは、罪人30人を第1等級の奴隷とした上での身柄の引き渡し。


 この国では奴隷身分が3等級に分かれており、最下層の第1等級の奴隷にはもはや何一つ人権が与えられていない。



◇◆◇奴隷制度◇◆◇


第1等級 犯罪者などが該当。生死問わず奴隷のすべての権利は、所有者に帰属する。


第2等級 人身売買などが該当。生死以外の奴隷のすべての権利は、所有者に帰属する。


第3等級 捕虜や没落貴族などが該当。奴隷ごとに定められた一部の権利は、所有者に帰属する。


◇◆◇◇◆◇◇◆◇◆



 判決を受けた男30人の中には青ざめた顔を通り越して、緑色になった顔で泡を吹いて倒れる者もいた。当然である。紅蓮が死ねと言えば、死ななければならない身に落とされたのだ。しかも、第1等級の奴隷は所有者の許可が無ければ未来永劫奴隷の身分から解放されることはない。首輪をつけられ、命令に無視しようとすれば首輪に付与された魔力が発動し、首を締めあげる。


 ちなみに第2等級、第3等級に至っては、金銭の授受による釈放余地がある。


 最下層の奴隷に落とされた男30人がまず命じられたことは『公開去勢』。紅蓮は処刑執行人と医師を雇い、執行官を立ち合わせた。そして、男の部位を切断し、回復魔法で止血させるという所業を公開で行なわせた。


 これは後顧の憂いを絶つために紅蓮幹部が判断したことだった。『紅蓮に手を出せば恐ろしい目に合う』ということを世に広める必要があったのだ。


 公開処刑が終わった男30人の目に光は残っていなかった。男性の機能を奪われたのだから仕方のないことだった。


 しかし、紅蓮の荒行はこれにとどまらなかった。


 オリヴィアはあの晩こう宣言した。


 『だから、絶望なさい。男として、人としての尊厳なんて与えない。生きていることを死ぬほど後悔させてやるわっ!!』


 去勢は男としての尊厳を奪った。続いて奪ったのは人としての尊厳。


「やめてくれっ!! もう俺たちは男として生きていけなくなったんだ!! 許してくれ!! 頼むっ!! もうバカな真似しねぇよ!!」


 必死に頭を地に擦り付けて懇願するラッカス。


「だめよ。やってちょうだい」


「いやだあああああああああ!! うぐあぐあう…○! ※□◇#△!」


 紅蓮が今回行ったのは舌の切断。去勢の時とは異なり、今回は紅蓮への風評被害を考慮して非公開で行われた。舌の切断は人として喋ることすら許さないという紅蓮幹部の総意だった。


「○!※□◇#△!」


「□◇#○△!!※」


「△!※□○!◇#」


 もはや言葉を紡ぐこともできなくなった男たち。しかも、罪人である男たちは元々教養のない冒険者であったため、文字の読み書きもできず、およそ人の世界でコミュニケーションを取ることができなくなった。


「当然の報いね。私たちはあなたたちに相応の罰を与えたわ。これ以上は本当に顔を見るのも嫌よ」


 そう言ってオリヴィアは、近くに居た小間使いに荷馬車をひいてこさせた。


「あなたたちは奴隷の首輪をしたまま、この国から出て行きなさい。その首輪がある限りこの国の門を潜ることはできないから、金輪際会うこともないでしょうね。城郭の外で野垂死ぬなり、後悔の念を抱きながら無様に生きるといいわ」


 辛辣に容赦なく言い放ち、男たちを国から追放した。


 人は口に出すことすら憚れるこの事件を、後に明かされた死よりも恐ろしい物語『死の黙示録』として語り継ぐこととなる。


 そして、オリヴィアをはじめ幹部以下ギルドメンバーは今回の件を教訓として、男に対して隙を見せず、純潔を守り抜くという決意を持ってギルド名を変えた。


『紅蓮』から『フリージア』へと。


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