悪役令嬢と言う概念VS理解力に問題のある悪役令嬢
私、ベアトリス・ルーチェは小貴族の生まれ。だけど5歳の時にひょんなことから素敵な男の子と知り合って、将来の結婚の約束を交わしちゃったの。
私はそれから猛勉強をして、お稽古事もお母様や特別に呼んでもらった家庭教師の先生に教わって一生懸命練習したの。
15歳になって私は貴族の子女が通う王都の学院に通い、そこで立派な青年に成長したあの日の男の子と再開した!
そしたらなんとビックリ! 男の子はこの国の王子様、カイル・ロゼンシアだったの!
カイルは私のことを覚えていてくれたけど、カイルには婚約者がいた……お互いに忘れようとしたけれど、どうしても忘れられない!
私たちはお互いにどんな障害も乗り越えて見せると誓って、あの時と同じように将来の結婚の約束を交わしたわ……。
だけど世界は私たちの結婚を認めてはくれなかった。
男爵なんていう弱小貴族を見初めた王子なんてこの国の後継者に相応しくないと王様は私ごとカイルを抹殺しようとしたの!
今まさに私は絶体絶命のピンチ!
カイルは右腕をやられてもう戦えないし、私は剣のお稽古なんてやったことがない! でも戦わなきゃ! ここで戦わなきゃ、全部終わっちゃう!
私はカイルの振るっていた剣を拾い上げると、震える手でそれを暗殺者へと向ける。
「アハハハ! 貴族のお嬢様が剣で僕と勝負するつもり?」
銀色の髪に赤い瞳の男の人は馬鹿にしたように私を笑う。学院で一番強かったカイルでも敵わない剣士に、私なんかじゃ勝てないのは分かってる。
でも、私は負けられない!
「わ、私は、私は負けられないの!」
「ハッ、意気込みだけで勝てるわけないだろ、バァーカ。僕はね、この国で最強の剣士なんだよ! 分かる? 貴族のお坊ちゃま連中なんかと違って、正真正銘の最強なのさ!」
「それでも、負けられない! わ、私、今だけは、今だけはあなたよりも強い剣士になりたい! カイルといっしょに、幸せになるために!」
私は剣を振り被る。勝てっこないって分かってる。それでも戦わなきゃ!
ここで全部終わっちゃうなんて、そんなの嫌だから!
「たぁーっ!」
走り寄って、私は剣を振り下ろす。男の人は、それを鼻で笑って私の剣を簡単に弾き飛ばしてしまう。
もうだめだ。私はぎゅっと目を瞑って……。
きぃんっ……って言う、金属がぶつかり合う音が響いた。
痛みも何もない。どうして? そう思いながら、眼を恐る恐る開けた私の前には、真紅のドレスに金色の髪を靡かせる女性が、銀髪の男性に立ちふさがっていた。
「あ、あ……クラウディア様!」
そう、私が叫ぶと、クラウディア様は私にそっと顔だけで振り返ると、微笑んだ。
「剣の達人の見知らぬ殿方。確かにすばらしい腕前のようですけれど……見たところその腕前、ロゼンシア王国では2番目でしてよ」
そして、いつも通りの口上を告げてクラウディア様はニヒルに笑う。それは、クラウディア様の眼前に立つ剣士を挑発するような、そんな笑みだった。
「お前……一体なんだよ? 僕が2番目……そんなわけがない! 僕は最強なんだ! 誰だよその1番目とか言うふざけた奴は! 僕が、僕がそいつを殺して最強だって証明してやるんだ!」
男の人は狂気の混じった顔でそう叫び、クラウディア様はビックリするくらいに魅力的なウィンクをしながらチッチッチッと舌を鳴らした。
「わたくしでしてよ」
クラウディア様は、いつもと全く変わらない態度で、そう男の人に告げたのだった。
「お前が……? ふざけるなよ……ふざけんなよ! 貴族の糞女なんかに僕が負けるわけがないんだ! 殺してやる!」
「かかってらっしゃい、遊んでさしあげましてよ」
そして、クラウディア様と男の人の戦いが始まる。
クラウディア様はその顔に終始余裕の笑みを浮かべ、驚くほどに流麗な動きでその手に握ったレイピアを操る。
男の人の振るう剣なんか、クラウディア様のドレスの裾にもかからない。なのに、クラウディア様の剣は男の人を次々と傷つけて、どちらが優勢なのかは一目瞭然だった。
「そんな、そんなわけがない……僕が、僕が負けるわけないんだ! 僕は最強なんだ! 僕の剣が最強じゃなきゃダメなんだぁぁぁ――――!」
「クラウディアアタック!」
クラウディア様は眼にもとまらぬ早業で男の人を吹き飛ばす。クラウディアアタックはクラウディア様の名前を冠した必殺技! それを喰らって立っていた者はいない!
「クラウディア様……助けに来て下さったんですね……」
「ほほほ! 私が1番だと証明に来ただけでしてよ! やはりわたくしの剣の腕前が1番ですわね!」
クラウディア様は剣も出来るなんてすごい!
「く、クラウディア……なぜ、お前が僕を助ける……?」
「あら、カイル様。お久しぶりですわね。私の剣の腕前が1番だと証明に来ただけですわ。わたくし、なんでも1番でないと気が済みませんの」
それはクラウディア様以外が言えば、高慢な言葉に聞こえるものだろう。でも、クラウディア様は違う!
クラウディア様は、なんでも1番になれるだけの力があるから1番になるだけのことなんだ! クラウディア様はやっぱりすごい!
「だが……僕は……婚約者のお前を……ベアトリスのためとはいえ、お前を捨てて……」
「あら、構いませんわよ。わたくし、なんでも1番でないと気が済みませんの! これで学院で1番の家格の持ち主はわたくしですもの。王家の方が居なくなって清々しましたわ! 永遠に帰って来なくてよろしくってよ! ほーほっほっほっほ!」
そう、クラウディア様はいつも通りの高笑いをする。その瞳に、ちょっと涙が浮かんでいるように見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。
それは、クラウディア様にとっての素直でない敗北宣言だったのかもしれない。
いつも自身に満ち溢れたクラウディア様こそが、カイルの婚約者。クラウディア・フォン・フィンディミット・ハイルラディア。
ハイルラディア公爵家の長女様……私なんかとは天と地ほども違う、カイルに相応しい女の人。
最初はなんでも1番じゃないと気が済まない嫌な人だと思ってた。でも、クラウディア様は、全部自分の実力で1番を取れる凄い人だった。クラウディア様は、自分の実力に誇りを持つ、貴族としての自覚を持った誇り高い人だった。
クラウディア様には敵わない……そう思って身を引こうとしたこともある。だけど、クラウディア様は不思議なくらい私に突っかかって来た。
お菓子を作れば「あなたの腕前はこの国で2番目でしてよ」と言って、私より見事なお菓子を寄越して見せたり。
テストで必死で努力をしてもクラウディア様は当たり前のように全教科満点を取って「あなたの学力はこの国で2番目でしてよ」と言ってテストの答案を見せて来たり。
せめて私の得意な紅茶を淹れる事だけは負けないと意気込んでもクラウディア様はその上を行った。
アルバイトに王都の喫茶店でアルバイトをしたら、なぜかクラウディア様も居て「あなたの接客はこの国で2番目でしてよ」と言って私より何倍もチップを貰っていたこともあった。
私を馬鹿にして楽しいのかって、そう泣きながら怒った事もある。公爵家の子女にそんな事を言うなんて、本当なら許されることじゃない。でも、一杯一杯だった私は言ってしまった。
そうしたら、クラウディア様はなんて言ったと思う? クラウディア様はきょとんとしたかと思うと、こういったの。
「ベアトリス・ルーチェと勝負しなくては意味がなくってよ! 私が勝負に値するライバルと認めた方でなくては!」
そのとき、私はすとんとクラウディア様が私に突っかかっていた理由を知った。
クラウディア様は、私がカイルを取り合うに相応しいライバルだと認めたって事……そして、私をカイルに相応しい女の子にしてくれるために、発破をかけてくれてるんだって、その時ようやく気付いたの。
不器用だけど、私を激励してくれてる。そう思ったら、私は今までよりいっそう頑張れる気がした。
相変わらずクラウディア様にはどれ一つとして勝てなかったけれど、それでもカイルの傍にいれるだけの女の子にはなれたって……そう思うのは私のうぬぼれかな。
全部、クラウディア様のお蔭だった。
「ありがとう……クラウディア様……」
「あら、何のことかしら? わたくしが剣で1番だと証明できましたし、あなた方は学院から出ていくようですから、満足しましたわ。それではさようなら、わたくしは帰宅の早さも1番でしてよ!」
歩き去っていくクラウディア様を見送って、私はひとつ涙をこぼす。友人とは呼べないかもしれない。だけど、最高のライバルだった人。
きっと、クラウディア様はこれからも1番でないと気が済まないちょっと困った人として生きていくのだと思う。
私のように、自信のない女の子に不器用な応援をしながら……。
クラウディアはベアトリスとカイルからだいぶ離れたところで大きく溜息を吐く。
「よし! やり切った! やり切ったぞ! どうだ!」
「う、うむ。まぁ、やり切ったようではあるな……?」
ぽんっ、とどこからともなく小さな人影が現れる。それは白い肌に銀色の髪をした少女。その耳はピンと尖り、お伽噺に現れるエルフのようだった。
どうやらその人影は少女のようで、可愛らしい顔立ちには困惑の色が浮かんでいた。
それにクラウディアは怪訝そうな顔で首を傾げる。
「なんかミスってたか?」
「ミスっていたわけではないがのう……」
「だってお前言ってたじゃん。クラウディアって奴は、ベアトリスに必ず突っかかる嫌な奴で、なんでも自分が1番じゃないと気が済まなくて、ヒロインと攻略キャラを取り合うライバルだって」
「確かに間違ってはおらんが……」
だからと言って、本当に1番でないといけないと思ってはこの国1と言う人物に対して勝負を吹っかけては本当に勝って1番になっていくのは規模とかレベルが違う。
「儂の読んでた『白薔薇の王国』のクラウディアはこんなんではなかったのじゃが……」
あくまでも学院内で1番であればよかった程度の小物だった。しかしこのクラウディアは国規模にした。しかも冗談抜きであらゆる分野で。
「なんでだよ? お前が言った通りにやったぞ? なんでも1番じゃなきゃ気が済まないんだろ?」
「その通りなんじゃが……ヒロインと攻略キャラを取り合うにしても、お前あれ……」
どう考えても取り合うと言うよりはヒロインに対して発破をかけていた。どうやらライバルと言うのを鵜呑みにし、強敵と書いて友と読む感じで行ってしまっていた。
実際はそんなのではなく、天敵と言う表現が最も似合う存在だったのだが。
「ベアトリスには必ず突っかかったぞ」
「確かに突っかかっておったが……全方面で突っかかり過ぎじゃろ」
原作ではせいぜい、成績とかくらいだったのじゃが……と少女は呻く。なんでアルバイトにまで突っかかっていくのか。しかもなんでか本当に1番になってるし。
「まぁ、ええわい。これを小説仕立てにすれば大ヒット間違いなしじゃ。なんかズバットとか言われそうじゃが」
「ポケモンがどうした?」
「いやそっちじゃなくての。というかお主ズバット知らんであれやっておったのか……」
「よく分からんがうまくやれたんだな」
「うむ。さて、次はどこに転生する?」
「いや、俺は乙女ゲーとか知らないしなぁ。乙女ゲーム以外は転生させらんないんだろ?」
「ここは少女漫画の世界じゃ。それと、儂が知らんものには転生させられんと言うだけじゃ。ドラゴ◯ボールくらいなら儂も知っておるぞ?」
「あの世界で生き抜けとか無茶もいいところだわ」
「とりあえず、儂の領域に行くとするかの。お主はどうする? この世界で天寿を全うしてもええぞ。魂は回収するがの」
「うーん、お嬢様として生活するのも結構楽しかったけど、これからは平凡な生活なんだろ?」
「お主が居るだけで平凡な生活にはならん気がするが……」
「それにこれから先、結婚とかもしなきゃいけないだろうし、そう言うの勘弁だよ。俺の魂だけ抜けるんだろ?」
「うむ。肉体の方は今までと変わらずに行動するわい。では、魂を抜くぞい」
すぅ、とクラウディアの胸から白い玉のようなものが抜け落ちる。
「何も変わった気がしないが……」
「そう言うもんじゃ。お主は肉体の記憶だけで動いとる状態じゃからの。まぁ、いわゆるリビングデッドアーマーとかと似たようなもんじゃ」
「嫌だなそれ……」
「そう言うもんじゃから仕方なかろう」
「って事は俺このまんまかよ。まぁ、クラウディアとしてやってくのも悪くないかも知んないしな。結婚だけはやだけどさ」
「ま、頑張るとええわい」
「おう。じゃあな、エリーン。俺の魂も達者でな」
「うむ。ではな」
その後、クラウディアは生涯を面白おかしく未婚のままに過ごした。
ベアトリスとカイルは腐敗した王国の上層部を一層し、王国をよく統治し、王国に繁栄をもたらした。
クラウディアは相変わらずベアトリスに突っかかっては勝ち続けた。クラウディアは生涯無敗で人生を終えた。
今わの際に駆け付けたベアトリスに「先に天国に行くのもわたくしが1番ですわ……あなたは2番目……いいえ、もっとずっと後になってから来なさいな」と笑いかけると、静かに息を引き取った。
公私に渡って王と王妃を支え続けた忠臣クラウディアは国葬に伏され、王妃ベアトリスの嘆きは三日三晩国中に響き渡ったと言う。