07 選択ミス?
6機出撃して3機のみ帰還。その上稼働する状態で帰ってこれた3機のうちの1機、ケインの機体は一から作り直したほうが早いほどの損傷だった。
比較的、というより大分負担の少なかった自身とジェイクの機体のオーバーホール作業を行いながら揃っている部品のみでどこまで修理できそうか考えてみる。
少なくとも、この世から消えてなくなった3機分は今回の作戦結果を反映したマイナーチェンジモデルとして新ブロック開発するらしい。
根本的かつ基礎的な部分は共通なので、スペアとして用意されていた部品や機体を使用することで早急な組み立てが行われるそうだ。
自分が使用していた機体は燃料・弾薬補給と点検整備のみで即日出撃出来る状態だった。
ジェイク機はNATSSバックアップユニットのアッセンブリ交換を行う必要があったため作業のための準備を行っている最中だ。
今回の作戦結果は問題点がいくつか散見でき、また犠牲も出してしまったが、上層部としては統合的な成果を考えると重要な兵種だということに結論がいたったので開発資金の追加と人員増強が図られるらしい。
人員といってもほとんどが機械加工や運搬業務の人員だが、部品の納期や納入時期の調整がかなり楽になったのでこちらは整備作業に重点を置き仕事ができるようになった。もちろん資金のおかげでこうして早々なマイナーチェンジの開発も行えたというわけだ。
さすがに翌日は休日を与えられはしたが、その一日はリラックスできるような状態ではなかったのでこうして作業を行っていたほうがよっぽどか楽だった。他の隊員はハガーとルーカスは制圧した基地の探索や調査中でケインは改良個所のレポートや作戦のブリーフィング、クスタはジェイクとエクソスーツの整備やその他装具と補給物資の整理などを行っている。
(ジェイク、大丈夫かな・・・)
おとといの自分の行動はあれでよかったのだろうか?何度考え直しても正解を導き出せない。そして、あの日の夜を思い出すだけで体の芯から熱が発せられる。
ジェイクに抱き着かれ、男同士であるにもかかわらず無我夢中で体を求められた。確かに自分は筋肉量が多いわけではないし、身長も部隊内では小さいほうで顔つきは髪の毛を切るのを忘れると女性と間違えられることもあった。それでも、女性っぽいというだけで10秒も見つめれば誰だって男だと気づいてくれる。
でも、彼の体にすっぽりと覆いつくされ、彼の体温や呼吸音を身近で感じ、はっと思った時には唇と唇が合わさっていた。女性との性的接触が少なかった自身にとって長時間のキスというのがあれほどまで呼吸が難しく無様にフーフーと必死に鼻から呼吸を行うので精いっぱいだった。
いわゆる性行為のリードというべきなのだろうか。おかしな話だが、そこでオスとメスが決定してしまっていた。現実感のない頭でなすがまま、されるがまま。しかしそこには微かな幸福感もあった。
男としてのバグなのか、ジェイクの為に身を挺身している自己犠牲によるエゴの精神だったのか、3時間以上にも及ぶその行為は二十数年生きてきたタクマにとっても確かな変化をもたらせるに至る。
「お~い、タクマ~。BBの強制圧送ポンプカムのDLCと各パイ数のシリコンホースが入荷してきたみたいだぞ~」
無意識のうちにもじもじしていた体が突然の呼びかけにビクッと反応してしまう。
声の主は整備部署での上司に当たるアランであった。それぞれの部門で部屋が分かれており、個室のようなところで一人一人が作業を行うような間取りのため、こちらの個室にドアを少し開け首を突っ込み、作業用ゴーグルを手で上げながら「なんでびっくりしてるんだ?」と不思議そうな顔を浮かべている。
ボサボサの髪に真っ白な作業着の組み合わせはどことなく医師のような佇まいで、一方、白い肌とティーンエイジャーに見える童顔っぷりやソバカスはギークボーイらしさもある。実年齢は29歳だが典型的なジンジャー系だ。
「こ、これ組んだらすぐ行きます!」
あきらかな取り繕うような態度だったが若干鈍感なアランは「じゃあ先に組み込みの段取りしてくるから」と言い残してさっさと歩いて行った。
(さっさと組み立ててアランさんの手伝いに行かなきゃな)
段取りの為の段取りを済ませ、考えながら、レールガンの照準合わせ用部品の一つであるプラネタリギアユニットをバンドブレーキとくみ上げてさっさとユニットとしてしまい込む。シザーズギアの作動を確認して点検を行い、バーコードを貼り付けしてスキャンし端末にタッチペンでサインを記載する。
一つ一つの作業を確実に行う必要があるためとはいえ手順や段階が多い作業は作業そのものより処理の申請の方が時間がかかることもあるほどだ。
作業場からの退出申請を行い、予備部品の組み立て現場から物資の搬入口兼基地内の作業場、正確には前線基地の航空機用のハンガーを少し改良した別の棟へ移動する。
一つの作戦が終わったとはいえいつ敵が攻めてくるかわからないし支配地域付近の現地民のお世話もあるおかげで基地上空ではたびたびヘリコプターや航空機の出入りが見受けられる。物資運送車両の出入りも非常に多く、施設からの出入りに非常に時間がかかることこの上ないようで、別部隊の人間は近くの川に遊びに行ったりBBQするのですら面倒なため、飛行場の隅で爆音に耐えながら肉の焼けるさまをゆっくりと眺めながら過ごしているらしい。
敷地内を移動する自分たちVLTMwのパイロットはまるでヒーローのようで敷地内を少し移動するだけでもちょっかいを出されてしまう。急にお尻や肩をたたかれるのに慣れていない自分としては反射的に悲鳴が出てしまうし心臓に良くない。
「なぁなぁ?あの機体のパイロットのタクマっすよねぇ?」
(ほれきた)
考えていればなんとやら、早速進路を邪魔するように色黒のおそらく年上だろう女性、体躯は結構がっしりしているうえに準装備状態の兵士が立ちふさがる。あの機体、と言ってはいるが指さしているのは整備用の元航空機ハンガーだ。
「はい、そうですが何かご質問がありますでしょうか?大変失礼ながら作業中につき手短にお願いいたします。」
相手については部隊章などあったようななかったような微妙かつ曖昧な記憶の配属名だったが特に気にも留めず、適当に形式的挨拶を行い一応返答する。態度が悪いとうわさが広まると嫌だなという対外的評価を気にする日本人らしい性格がそうさせているのかは分からない。おかげでかなのか外に出ると必ず最初に自分に声がかけられる。
「いや~悪いっすね。操縦についてうわさを聞いて・・・気になっていたところにちょうど君がいたんでついね~。操縦に関しては下意識で行うのはわかったんだけど、脳内は四つん這いのイメージって本当なの?これの答えが聞けたら今夜はすっきり寝れそうなのよ~」
「はい、本当です。正確には最も想像しやすい、動かしやすいイメージを定着しやすくするためそのように教えられています。ただ、やはり人間として本来ない箇所や、逆に設定がない関節は非常に違和感があります。が、慣れですね」
「へぇ~そうか~。君も夜の営みはバックが好きなのかな?はは、冗談。邪魔したね。ああ、あともう一つ、次敵が来たら6機揃う姿っていつ見れる?記念の写真撮りたくて、英雄の」
彼女にとっては何気ないジョークのつもりだったのだろうが、見透かされているような気がして顔を真っ赤にしながら「三週間後です!」と言い放ち、設備の接続通路を一人通過した。
「はぁ・・・」
周囲は誘導のホイッスルやクレーンの作動音。無人の移動式パレットの警告音など騒がしいが自身のため息だけはやけにクリアに聞こえてくる。
(僕は乙女か!?クソ!)
ジェイクのコクピット内で作業をするだけでいろいろな感情や思い出が思考の邪魔をするためため息が絶えない。
しかし、彼、ジェイキンスの過去を知っている分胸中はある程度想像できる。
また仲間のパイロットを失ってしまった、と。
約4年前から猛威を振るい始めたイオン砲台と散布材のセット、不運なことにその脅威を身をもって体感した人物の一人である彼は、7機編隊で威力偵察を行いに行った結果5人の戦友を失っている。
ちなみに、生き残った二人のうち、ジェイクともう一人リーダーだったハガーとはこの時から仲間だったらしい。
低い高度で敵側防空圏内へ進入中に、一機、また一機と失っていき、自身も片側の主翼をなくした状態で命からがら帰還するが、何もできなかった自分に対し自暴自棄になりかけていたところをハガーに止められ、ヴァルキュリーのテストパイロットになったそうだ。
そのテストパイロットの仲間、その命でさえも、作戦成功のために道具のような使い方をしてしまったのだ、軍法会議が許してくれても自身を許すことなどできるはずもない。
(しかし、そんな冷酷な判断すら下せるようになってしまうNATSSのシステム・・・カプラの接続構造の特殊性や素肌に密着する際のゲル素材は昔の職場で何度も見たことがある。YD・湯浅電装とフィルム会社の製作した素材だったか。筋電位計測にも採用していたから・・・ちょっと知り合いのつてを頼ってみるか)
個人的興味もあり、少しNATSSについて軍の資料以外も探ってみようと心に決め、作業を続ける。
コクピットのシートや内部パネルの取り外しは脱出装置に関連するため、大まかに3つに分かれているブロックのうちコクピットブロックを丸ごと外し作業の確実さと工数の削減を図っている。
118種類のカプラと11本の流動パイプを取り外し、各部シーリングをチェックした後、32本の磁性誘導式ロックボルトを専用のマグネットツールを使用して緩めていく。コクピットブロックとメインブロックが完全に分離しジャッキによって分割した部分からコクピットが下がっていき、複雑かつグロテスクともいえる内部構造があらわになっていく。
「検品と動作テスト終わったぞ!タクマ、そっちはどうだ?」
アランがタブレットにサインを記載しながら声をかけてくる。
「こっちももう外せます。早いですね?」
ジャッキの昇降操作システムをロックし腰に負担のかからないように作業しやすい高さにし、取り外す部品の確認と段取りを考えながらアランの手早さに感心する。さすが作業着に汚れ一つない優秀な人材だ。きれい好きとはちょっと違う清潔感もたまに感じるが。
「日本からの納入はスピーディで安心できていいね!サプライヤーの3割が日本でよかったよ。ここからなら近いし。ついでにアニメのデータも輸入してほしいよ」
「そうですね・・・実質一日ですもんね」
「あ、作業終わったらジェイクに来てもらって今日中にセッティングを終了させるから、あと4時間くらいは頑張らなきゃな。たのむぞ」
「えぇ・・・わかりました。皆さんもがんばりましょう!」
ジェイクに対しての勝手な羞恥心を飛ばすように大きな声で他の作業員と励ましの言葉をかけあった。
その後も作業は順調に進み、ジェイクの乗り込みより先に機体の起動テストなどを行う段取りまできたので乗り込みを行う。
ややこしいことにエクソスーツを着用することが前提になっているので、NATSSなどのシステムだけを装備した専用の作業着へ着替える、というより、作業着の下につけていたというほうが正しいか。
まず、VLTM”サイドステップ”の後方へ立ち、コクピットのドアロックを操作し、フタを上部へ開ける。
フタをあけると、足をかけるためのステップとスーツのバックパックにある連結システム用の接続ワイヤがたれてくるので、ソレを接続する。今回は整備用の簡易ジャケットなので日頃より作業がしやすい。
接続後はワイヤが引っ張られるのでそのまま吊り上げてもらい、足のステップに足をかけ、フタの内側の取ってを手でつかみ滑り込むように着座する。
この時点で、スーツからの設定や個人情報の送信が終わっており、スタンバイの表示がサブディスプレイに表示されている。
(エクソスーツを着ているとすごい窮屈なのに生身で入ると意外とスペースが広いんだよね。絶対正座しながら着座なんてできないよ)
そして、乗り込みを終えると、各種システムの起動に入る。
「スーツからのパーソナルデータ転送確認。起動コード問題なし。メインIGオン。燃料ポンプ作動チェックOK。燃料残量10%。電光サブ警告等異常なし。バッテリ電圧、温度問題なし。」
(えーと、手順15~22は飛ばしてOKと)
「セルフチェックの走査を開始・・・機内ネットワーク構築問題なし。ダイアグノーシスコードチェックOK。パラメータ、ステータス・・・基準値及び動作正常。通信システムと周囲の安全チェック、それと同時にセンサー、投影システムの動作を確認。問題なし」
「発電システムの始動可能を確認。DBキラー作動状態で始動します。出力LOW。オルタネータ磁性誘導回転開始・・・始動可能回転までの上昇を確認。燃焼を開始。圧力、回転上昇率許容範囲内」
「オルタネータの発電モードへの移行を確認。発電量にデータとの差異無し。搭乗者データ、コクピット室内、機内ネットワーク、通信システム、観測投影システム、充発電システム、すべて問題なし。アクチュエータ実働チェックへ移ります」
「キネクティクリアクションホイールチェック、3軸とも問題なし」
「blue blood強制潤滑ポンプとサブポンプの制御は入力比例モードへ変更確認。動作チェック最適確認を開始。今後危険区域への侵入は危険なので注意してください」
一通り動作のチェックを行い、問題がないことを確認したのち、ちょうどいいタイミングでジェイクがやってきた。
「あ、あのジェイク・・・最終確認おねがい」
左手をおなかの前でイジイジしながら同じく簡易ジャケットを着ているジェイクに作業用のタブレットを手渡す。なぜか恥ずかしくて顔が見れない。
ジェイクはタブレットを受け取ると、すれ違いざまに「今夜もよろしくな」と言い残すとサイドステップ内に吸い込まれるように入っていった。
(あわわわああぁぁ!)
やはり、おとといの選択は間違いだったのか?心臓が体内で暴れまわるような今までにない感覚に陥っていた。それがタクマの、自身の恋心の表れと知らずに。