05 侵攻作戦
まさか私たちの初めてのイオン砲台破壊がサイドステップのレールガンではなく、高価な試験機での自爆特効だとは基地のみんなも開発者も思わなかっただろう。
私自身も想像もしてなかった。と、そうクスタは思った。本来そんなに難しくなるミッションではなかったし、命の危険という面では確かに難しい選択を迫られる時が来ることもある程度想像はしていたが綿密に詰められた作戦で、準備物資が足りないわけでも失敗しても撤退できないわけでもなかったからだ。
まぁ最悪を常に想定するという考えも抜けていたわけではない。想定の想定のその上の事態が起きてしまったのがこちらの段取りを狂わせた原因だろう。
でも、そんな環境下でも全くあきらめる気はしなかった。みんながあきらめても一人で進んでいくつもりだった。
少しでも可能性があるなら突き止めたい。ジェイクが友人を失っているのに同情したのも本当。破壊の瞬間に喜んだのも本当。脱出した二人が無事だったのに安心したのも本当。
(最低に最高かぁ・・・)
しかし次の瞬間には自分の目的しかない。とある人物を殺すまであきらめないと心に誓っているためだ。その手掛かりになる情報をもとにテストパイロットになってまでも、こうして前線に出続けている。
(それにしてもあの砲台のAIシステム・・・もしかしたらついに探し求めているあいつに・・・殺したくて愛おシイアイツニアエルカモ・・・)
その目標達成のためには、まずこの基地を制圧しよう。後2基のイオン砲台。こっちは4機残ってる。まだまだ目標達成は可能だ。
「さぁてどう攻めようかねぇ・・・ケインいい案ある?」
『敵は混乱に陥っている。おそらく破壊したイオン砲台の施設内に指揮系統にかかわる人間か何かがいてそれが巻き込まれたみたい。命令が下らなくなってどこかの馬鹿敵兵士が光学式以外の無線を垂れ流しにしてる。当初の想定通りのコースを一気に進もう。私たちならそれができる』
「なんだ、意外とシンプルな案だね」
さっきのジェイクのような突拍子のない案が出てくるかと思ったが正統な返事に思わずなんだと言ってしまう。
『遮蔽物、湿地の割合、セーフティゾーンまでの距離、攻撃時の射角範囲。どれをとっても当初のコースが最適。ジェイクとタクマは引き続きハッキングがばれないように頑張って。あと後衛との連携も』
「了解了解っと、それじゃ行こうかねぇケイン」
頭の良さというより真面目な性格な彼に対して疑問もなくなったのでおとなしく当初の予定通り進むことに同意する。
と、侵攻を再開しようとしたときにタクマが会話に入ってきた。
『なんかうちの先生・・・特化処理装置がすごいこと勝手に発見したみたいなんだけど・・・』
(なんだろね?)
『二基のイオン砲台のFCSって処理上は同じプログラムを同じように処理してるんだが人間側が判断つきやすいように、というよりトリガータイミングを人間が握っている関係上、火器管制施設が司令部付近にあるんだ。そのバックドア・・・みたいなの見つけちゃったみたい・・・』
その言葉が意味するものは恐ろしい。用はこうして語り合っているうちに残りを無力化してしまったに等しい。だが、続いて説明された内容でそんなうまい話ないよねと盛り下がってしまった。
『有効なのは一回限り。しかもたぶん無効化するとこっちののぞき見がばれてコース計算ができなくなってしまう』
『なるほど、トリガー入力ができなくなったら15秒サイクルの違う発射コードになってしまうから一回きり。そういうこと』
『そうだね』
のぞき見ができなくなってしまうのはかなり危険だ。さっきの3基同時攻撃もあれがなかったらおそらく初撃以降は避けられなかった。しかもケインの射撃サポートあってこそだ。一基だけならばまだ何とかなるかもしれない。しかし二基というのは些か難しい。
『すまねぇ、こっちも敵の攻撃の第4撃が来そうだ。おい!タクマちょっと電気くれ!さっきの連射と慣れない処理で大分貯蓄を使っちまったぜ。DBキラーを解除すると位置が詳細に露見してさすがにまずそうだ』
向こうは向こうで忙しそうだ。
『ジェイク、今行くぞ。ああ、射撃の無効化はケインとクスタのオプション3ボタンに割り当てといた。そっちのタイミングで使ってくれ』
「了解」
『了解した』
山の向こうのあいつらにあまり援護は期待できないので周囲の斥候に回っていたケインと合流し当初の侵攻ルートに沿って再度歩みを進めていく。4機ならば二基のイオン砲台も余裕ができたかもしれない。時間に猶予があればもう少し堅実なルートを構築できたかもしれない。
だが、もはやその外の選択肢はなく、最短ルートでいくしかない。
向こうの砲弾と違って有効な射程が短いこちらの貫通重視のレールガン。装甲を貫いて内部機関を破壊するためにはあともう少し進まなければいけない。今までもそうだが、まっすぐ進めないし障害物をよけたりしたりすればどんどん時間が吸われていく。
砲撃をみて避ける。脅威になりそうにない細かな銃撃や空中で炸裂している散弾なんかは装甲の強度に任せているせいか、機体周囲の観測用ユニットが15%機能不全になっていたり、光学通信システムの長距離受信機構がメイン、サブともに使用できなくなっていて気が付いたらケインの機体を中継してすべてのデータのやり取りをしていた。
敵の航空部隊も後方の基地からのデータだと予想通り向かってきているようだ。破壊が間に合わなければここで私たちはゲームオーバー。侵攻も撤退もできなくなる。成功すればこちらの航空部隊が蹴散らしてくれるはずで、残りは後衛の大規模制圧部隊との交代による消化試合。
余裕だと思っていたがやはり知覚できない部分で心身共に疲労がたまっているようだ。4機の機体で負担を分担しながら進む予定だったうえに、今は集中して砲火を受けるように自身を前に無理やり進行させている。
時間がない。
そんななか機体と下意識の接続が不安定になっていく。静脈への安定剤のインジェクションもとめどなく行われ、NATSSも使用制限に近くなっているのかたびたび警告が出ておりさらに不安をあおる。
(あと少し・・・アトスコシ)
スタンバイにしていたレールガンの照準を忌々しくそびえたつイオン砲台へ向け、HMD上で有効射程に入ったことを告げる表示変化が出ると同時に右手の射撃トリガーを握りこむ。
レールガンの性能限界である20発の連続発射を容赦なくそして躊躇なく叩き込んでやる。着弾した部分の構造体から衝撃吸収用の液体がゴポゴポと漏れ出てくると同時くらいだっただろうか?
狙った場所は砲塔の角度を物理的に変えるための油圧シリンダーポンプや回転軸用のハーモニックドライブが内蔵されている建築部基礎に近い箇所だ。これによって一時的にだが稼働を停止させ、そうして最後のとどめ、動かすことができなくなった砲塔部分に向けケインがレールガンを間髪なく射撃する。
初めての破壊の連携だったが完璧にできたようで当初の破壊予定だった一基めのイオン砲台は完全に沈黙する。
タクマとジェイクは若干余裕があるのか大声で喜んでいるようだがあまり頭に入ってこず遠くの雑音に聞こえる。自身からは歓喜の声ではなくゼーゼーという情けない呼吸音だけがヘルメット内にこだましていた。
そして、流れるように二基目に向かえるようサイドステップを動かしていくがだんだんと意識が暗くなって来始めた。機体とNATSSと神経の接続がどんどん微弱になっていく。
『なっ、危ない!』
ケインにしては珍しい驚きの声で無理やり意識が覚醒される。
信じられないことに、崩壊した砲塔内で砲弾を炸裂させ破片などを散弾のように飛ばしてきていた。最後までこちらを向いていた砲塔は今度こそ完全に沈黙したようだが・・・こちらもダメージを追ってしまったようだ。
他の皆にもすぐ伝播するデータだが当然自身の目にも被弾情報が入ってくる。
(左後ろ足が機能不全・・・第3関節から先が稼働不可・・・こんな時に・・・)
『あと一基は私が壊しとくから!もうクスタは下がってて!』
「いいや!タクマ!オプション3を使うよ!」
あともう一基の破壊可能距離まで1.5キロもない。
「4本ある足が一本使えなくなった程度で止まるわけないでしょうが!」
NATSSの介入で時間の流れが緩やかになるなかサポートのケイン機を振り返るように見る。もう私もケインも機体はボロボロだ。ケインのレールガンの放熱システムは完全に外装が剥がれ煙が出ているし機体正面のバッテリーユニットや発電用のメインブロックも月の表面のようにたくさんの凸凹ができてる。後ろ足側のフレームは度重なるジャンプや軌道変更の軸として活用していたためか激しく疲労しており破断寸前だ。限界を超えた使用のせいかブルーブラッドの漏出もそろそろ無視できない次元になっている。
でも、やるしかない。二人とも無理やり機体を前進させる。
イオン砲台のトリガー入力修正まであと10秒もない。
避けることを忘れたかのようにとにかく前へ進む。たびたび被弾する小銃や固定砲台からの銃撃は確実に機体の寿命を縮めていく。
バッテリーユニットからの嫌な爆発音・・・無視。外部観測用のメインカメラ破損・・・レールガンの照準システムからの映像に変更。腰部アクチェータに被弾、途端に乗り心地が悪くなるがこれも無視。バッテリーユニットを貫通したのかタガスタービンエンジンの燃焼が不安定に・・・KERSの蓄積率の上限を120%に再設定して緊急時用のバックアップ電源を用意。
とにかく叫んでいた。
そんななか、イオン砲台もトリガーの修復を終えたのか容赦なく射撃してくる。
当たる寸前でよけようとしたがもはやサイドステップが人間の入力に間に合わずバッテリーボックスから斜めにもぎ取られていく。衝撃か破片かわからないが完全に露出してしまったメインブロックからはガスタービンはおろか強制姿勢制御用のフライホイールまで外にさらしてしまう。一瞬でちぎれた燃料パイプから引火してそんなグロテスクな内部構造を覆い隠した。
もう限界だ。脱出装置の使用をコンピューターは伝えてくる。
だが、あと少しだけ。
「だあああああああぁ!」
声にならないというより獣に近い咆哮を上げながらイオン砲台に向かって射撃する。若干距離は足りなかったがそれでも致命的だったようだ。先ほどと同じ手はずでケインが射撃する・・・とここでサイドステップの機内ネットワークはおろかバックアップ電源まですべてが喪失されパイロット保護用のエクソスーツから見る真っ暗なコックピットだけが目の前に移る。
体に染みついた動きでハガーやルーカスと同じようにコックピットハッチと同時に後方に向け脱出するように脱出用のトリガーを引く。アナログなシステムなので不安もあったが正常に動作しメインコンソールパネルと一緒に搭乗用ハッチごと勢いよく射出される。一瞬で離れていくサイドステップは見るも無残であっという間に爆発炎上していった。
(ありがとう・・・ね)
地面に脱出ユニットが軟着陸する前にだるい体を必死に動かし、一足先に猫のような動きで地面に降り立つ。
破壊は成功したとはいえこちらの制圧部隊が制圧してくれるまでいまだここは敵陣地だ。再び不安がよぎったが、ケインのサイドステップ・・・足が一本無くなってはいたが迎えに来てくれた。何も考えずタンクデサントの要領で飛び乗って必死で張り付きながら後退していく。
そこからは一瞬だった。イオン砲台の無効かを知った航空部隊が空を悠々と飛行し対地攻撃を開始。少し離れたところでは空対空の戦闘も行われているが、敵側は対地攻撃がメインの構成で護衛機が少なかったようだったため撤退していくようだ。
地上部隊は待ってましたと言わんばかりにこちらに向かって一直線に進行してくる。おそらくこちらの事情を知ってのことで、いち早く回収に向かってきてくれているようだ。
サイドステップのコックピットには二人も乗れるスペースがなく、当然ゲストルームなるものも装備はない。サイドステップは表面のグラファイト塗布の関係もあるが掴めるようなところは本来はないのだが、右インテーク付近のひん曲がったメンテナンスハッチがちょうど握りやすい形状に変形していたためしがみついて何とか振り落とされずにすんでいた。
(外部でもつかめる場所あったほうがいいね・・・これがなかったら死んでたかも)
徐々に日が落ちていき、赤みの多い地面の土がより一層赤く見え始めたころ、そんな情景を知ってか知らずかヘルメットの透過ディスプレイが外部の明るさの変化に合わせて自動で変化していく。
「6機中3機・・・壊しちゃったね」
『壊したレベルじゃなくてもはや消失』
何となく漏らした一言だった。ケインは軽口を返してきたが今はなぜかほっとした。
『ケイン、クスタ。そっちにジェイクが向かってる。万が一を考えてジェイクが一足早くそっちに向かった。俺はこっちで制圧部隊に施設状況の引継ぎを行う。あと、燃料が余ってるからわけに行くそうだ』
ジェイクと合流し、心細かった燃料も多少増やせたころ、ルーカスとハガーも地上制圧部隊と一緒にこっちに向かってきているのが見えた。
とにかく疲れた。こうして命を賭してでも勝ち取ったこの基地に、目的の情報が、個人的な対象人物の足跡が見つかればいいなと考えて、機体の回収基地に向かっていった。
基地に帰る途中。1時間と少し経ったくらいで制圧を完了したと連絡が入り、戦術から戦略の成功へと移り変わっていく。
『みんな、代償は大きいが機転を利かしよくやってくれた。各自がそれぞれに持つ技量を最大限発揮しこうして作戦成功となった。ありがとう』
隊長であるハガーの言葉。別に何でもない普通のことだ。だが、その一言で、ああ終わったんだなと気分が切り替わる。
サイドステップの回収トレーラーからでも目視で自分たちが発った後衛の基地が見えてきた。いつものようなバカ騒ぎやクレイジーな発言も飛び出さないのは、皆作戦成功の歓喜に打ち震えているのか。それとも感傷に浸っているのか。
とにかく静かな帰り道だった・・・
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基地に帰っても「作戦成功!」と打ち上げをできるほどジェイクという男の精神は堅牢じゃない。チームのみんなは全員無事に帰還したが、比喩的表現ではなく大事な存在を同期だったブライアンを失ってしまったからだ。
NATSSを外してからは地獄だった。溜めていた感情がじわじわと心を蝕むようで、脳みその中は今日の作戦の内容ばかりフラッシュバックする。すべての場面が連続して関連のない記憶まで余計に呼び出される。
これは現場で俺が取り乱さないでいられた分の罰なのか。死体さえ見つからない。最悪な形での帰還だ。それについて部隊どころか基地の皆も「仕方がなかった」とか「あの状況じゃおれもそうしたさ」とかもしくは俺をほめたたえるやつさえ出てくるしまつだ。
これは許されていいのか?誰か俺を許してくれるのか?・・・俺が俺自身を許せる日が来るのか?・・・こんな俺をブライアンがもし見たらなんて思うんだ・・・?
不安だ。怖い。そして、憤りも見え隠れするこの不安定な精神状態。
まともじゃない自分を見せたくなくて自室に閉じこもり、ベッドに腰を掛けて頭を抱える。
ほおっておいてほしかった。
今だって目の前にいるこいつを、俺のことを心配して声をかけに部屋まで来てくれたタクマをどうやって静かにさせようか。それしか頭にない。何を言われても頭に入ってこなかった。
「メンタルブレイクしてなくても、それでもつらいはずですよ・・・!僕・・・あの時考えもしなかった・・・作戦の成功のために、目的のために手段を選んでいなかった・・・でも、あの時はああするしかなかったって絶対結論が出る・・・だから…」
サイドステップと下意識化でシンクロしたときは攻撃的な口調だが、コックピットから降りてしまうとナヨナヨっとしていて、軍人の中では華奢な部類に入り、部隊内では平均より下に入る170cm程度の身長は190cm近い俺の身長と比べれば小さいといって差支えないだろう。
クリっとした大きなたれ目は悲愴な表情も相まって心配と同情を巧みに表現していた。震えているように見える手には献身さも表れている。そんなタクマのなんだか女性のような表情を、全身を何も言わずに見つめる。
その時俺はどんな顔をしてたんだ?
そして、かみしめるようにしていた男らしからぬプリッとした唇が開きこう言った。
「なぁ、僕にできることがあれば何でもしてやれる・・・だから立ち直って・・・くれ・・・乗り越えて・・・」
サイドステップに乗っていないときのタクマは基本真面目な口調になってそのギャップをいつもならおかしく思っていた。
けれでも今はその口調がとても心に響く。ただ純粋にその言葉に甘えたかったのか?
いつもなら冗談でも言えない、趣味じゃない、興味ない。でもだからこそ。
だからこそなのかもしれない。そのとき俺は思わずつぶやいたんだ。
「ならさ、抱かせろよ」